レイザン、研究所のことを思い出す
緑之の家は都心に平屋建てという広さで、時が経てば文化財に指定されそうな佇まいだった。
車を降りたあとは、使用人が玄関の扉を開けてくれる。
恐縮しながら扉をくぐると、とても広い玄関で、どこで靴を脱いでいいのかわからない。
「おお、よう来たな真堂。そのまま上がってええよ。靴脱ぐのはもうちょい先やから」
緑之が奥から出て来て出迎えてくれた。
「ありがとう。これうちの両親からご挨拶って」
「呼んだのはこっちなんやから、気ぃ使わんでええのに。ありがとな」
上等な持ち手のついた紙袋を渡すと、緑之は受け取ってから使用人に渡した。
それが自然な流れだったので感心してしまう。
緑之について歩くが、たいそう広くてもうひとりでは玄関まで戻れないなと思った。
「うわ、あの花瓶、高そうだな」
壁のくぼみに置かれた大きな花瓶がすごい存在感を放っている。
「ああ、それは高いらしいなあ。そのへんにあるのはそうでもないけど……詳しいんか?」
「いや、なんとなく」
本当は、花瓶にまとわりつく霊を見てうわっと口にしてしまい、ごまかすために言ったのだが。
高いものはそれだけ魂をひきつけやすいのかもしれない。
「君が真堂くんか」
緑之の祖父、邑日会長はにこやかにそう言った。
その横で緑之は出されたケーキをモリモリ食べている。
それを見て少し緊張がほぐれた。
「はい。今日はお招きいただきありがとうございます。祖父がお世話になったそうで」
「いやいや。世話になったのはこちらの方や。今日はその話をしようと思うてな」
会長に促され、自分もケーキに手を付ける。
そしてしばらく会長の話を聞くことになった。
邑日グループは明治時代から続く大企業で、業種も幅広い。
グループ会社の一つが過去にヤバい人体実験などをしていたらしく、邑日会長は若い時代にその施設の解体を任されたそうだ。
解体とは物理的な意味で更地にするだけで、組織自体はとっくの昔に闇に葬られている。
最後に研究施設の建物をなくせば終わりだったのだが、不可解な事件が続き工事が進められない状態になっていた。
邑日会長は御曹司とはいえ、当時まだ各グループ会社を回って勉強しているところで、跡取りの座を狙う親戚の派閥からの嫌がらせでその仕事を押し付けられたそうだ。
「現場の人らに話聞いたらな、もうこれは絶対祟られとる、除霊や除霊やって言うもんで、私も有名な神社とかにかけあったんやがな。どこも『うちには無理だ〜』とか『関わりたくない〜』とかフワッとした事言いながら逃げよんねん」
「それは相当だったんでしょうね」
邑日会長は大きくうなずく。
「過去の担当者にも死人が出とってな。私の命も危ないからそりゃもう必死に除霊師探してなあ。やっと見つけたのが君のおじいさんや」
祖父はその仕事を受けたそうだ。
元々祖父の実家は神社だったのだが、祖父は異質すぎて勘当されており、細々と除霊の仕事をして糊口をしのいでいたという。
「最初は信用しとらんかった。他で全部断られたのに、こんな若造ができる訳あれへんと思たんやけどな。でも彼はなんか人を騙すとかそういうタチの人間に見えなくてなあ」
君によく似ていた、と会長は笑った。
会長が祖父を解体現場に連れていくと、祖父は建物の周囲を囲むように杭をうち、縄で区切った。
それは何かと訪ねたら、悪霊が外に逃げ出さないようにする境界線だと言ったそうだ。
いや悪霊を建物から追い出してくれと会長が慌てて訂正すると、祖父は首を横に振り、『こんな悪霊達を野放しにはできない。ここで潰す』と言い切った。
会長は霊なんて見えないし感じない。
しかし、その後祖父が何やらブツブツと唱えると、周囲の空気が変わったように感じたそうだ。
それでも気のせいかと思っていたら、祖父が顔を上げて『もう大丈夫ですね』と言った。
同時に建物が大きく崩落し、砂埃が舞う。
『悪霊が建物とかなり一体化していたんで、建物の魂もちょっと持ってかれたみたいですね。まあ、解体の手間が少し省けたということで』
こともなげに言う祖父を見て、会長は『こいつは本物や』と鳥肌が立ったそうだ。
祖父の資料を見てわかるのは、祖父は『地獄の門番と取引をする』と書いていた。
今思えば、それは地球の魂にアクセスしていたのではないか。
その現場でも、悪霊となった魂の集合体を星の意思によって還らせたのであろう。
こちらは悪霊を退治できてハッピー、地球は取りこぼした魂を回収できてハッピー。いい取引だ。
しかし地球のやり方では、永星の魂にアクセスすることはまだできていない。
それができれば、サンドラの時ももっとうまくやれたかもしれないのに。
「あの件をうまく片付けたおかげで、今の私があると言うても過言ではない……彼にはもっと礼をしたかったが、残念や」
会長は寂しそうに言う。
「あの、祖父の話を教えていただき、ありがとうございます。自分も祖父の遺した資料を見て、除霊とかの研究を趣味でやっているんです」
「お前が見てたのって、それやったんか。てか除霊とかできるん?」
そこまで黙っていた緑之が口を挟んだ。
彼を見ると、ただ興味があるから聞いてきたような顔をしている。バカにしている様子はない。
しかしこんなことが学校で広まったら居づらくなるかもと思ったが、そうなったら彼に嫌な霊をとりつかせてやればいいやと思って話を続けた。
「俺も幽霊が見えるんです。でも祖父みたいに除霊師になりたいわけではなくて……霊魂学としてちゃんとした形にまとめたいと思っていて」
そこまで言うと、邑日会長が少し身を乗り出す。
「それはええな。うちの研究所にも幽霊とか魂をもっと研究せえとはずっと言っとるんやが、まず手がかりが何ものうて進展がなくてな」
その後、会長から研究所の連絡先を貰い、力を貸してほしいと言われてしまう。
こんなただの中学生がなんの役に立つのかわからなかったが、霊魂学を研究しているという人達の話はぜひ聞いてみたい。
必ず連絡すると答えると、会長は満足したように笑った。
「幽霊が見えるってホンマなんか」
帰り道、家の中また緑之のあとをついて歩いていると、緑之がこちらを振り向いて聞いてくる。
「ああ。生まれつきそうみたいだ。学校で言いふらす?」
「せんよ……そんなんしたら、俺のほうがアホみたいになる。中学生になってもオバケ信じとるんかって」
それもそうかと笑うと、緑之も笑った。
その顔は彼のおじいさんによく似ていた。
「すまんな、うちの仕事に巻き込んで」
「いや、むしろ助かるよ。誰も教えてくれる人がいない分野だからさ」
「……好きなんやな。その、霊とか研究すんの」
そう言われて少しビックリしてしまう。
自分は好きでやってるのだろうか?
祖母に言われたから?
祖父の仕事を知りたいから?
「なんやその顔は。趣味っちゅうてたから楽しんでやっとるんやろ?」
緑之は不思議そうに眉をひそめる。
「そう……そうだな。楽しいね。自分の知らなかったことが、どんどんわかるようになるのは楽しい」
「オマエ、変なやつやな。怖くないんか?死んだ人間なんやろ、幽霊って」
「死んでるから怖いんじゃなくて、そこまで残っている強い悪意が怖いんだよ。死んでようが生きてようが、人は怖いよ」
「……ああ、確かに俺はオマエがちょっと怖いわ」
そう言って緑之は口角を上げる。
ただその目は怖がっているふうでもなく、面白そうに光っていた。
「今日はありがとう。邑日くん。また明日学校で」
「緑之でええよ。俺もこれから伶って呼ぶし。なんか色々とお前にゃお世話になりそうやからな」
「こっちこそ、すぐにでも研究所に行ってみるよ。世話になる」
この時は、今後700年以上も貸し借りを作り合うほどの仲になるとは思っていなかった。
彼に会わなければ人生が全く違っていただろうと思うと、私は本当に運が良い。
サーシャお嬢様に会うことができたのも、この強運のお陰だろう。
「真堂くんは、私に霊を見せることはできる?」
邑日会長に紹介されて会った、邑日総合研究所の研究員の方と話していてそう聞かれた。
彼は関屋さんと言い、幽霊などは見えないが、人類が魂をどう扱ってきたかといった研究をしている人だった。
「……いえ、できません」
そう返すと、関屋さんはうなずいて話を続けた。
「君には幽霊を見たり、魂を星に還す技術がある。しかしそれは普通の人にはないものだ。もちろん、除霊や悪魔祓いといった行為は過去にも多く行われているけれど」
関屋さんは私に様々な事例を教えてくれた。
祖父のやり方と全く違ったので、まだ自分にはわからないことだらけだと痛感する。
「霊魂学をやるには、再現性がないと。君だけができても意味がない。誰にも信じてもらえない」
それはその通りだ。
魂は見えなくて、触れられない。
我々とは別の世界に存在している。
自分の魂をもってすれば見も触れもできるのだが、普通は肉体という境界線の中に魂がいるので、そこから出ることはない。
自分は生まれつき魂が肉体の外にはみ出していて、それが幽霊を見ることができる原因らしい。
これらは祖父の考察からわかったことだ。
「除霊とかを生業にしていた幽霊を見れる人たちは、地球の魂が溢れた時に大分亡くなってしまったし、残った人もほとんど移住を選ばなかったらしくてね。うちの研究所に霊が見える人はいないんだ……残念だけど」
「あ、でも、もしかしたら関屋さんでも霊が見えるようになるかもしれないです」
そう言うと関屋さんは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
「……なんだって?一体どうやって」
「祖父が遺したお守りは、幽霊を見えなくするものでした。それは、肉体による魂境界を強化して浮遊魂にチャンネルが合わないようにするものなんです。それを応用して、逆に境界を弱めてチャンネルを合わせることができれば……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。理解が追いつかない」
関屋さんに祖父の資料を見せながら説明すると、関屋さんは電話で数名の研究員を呼び出し、また1から説明するようにお願いされた。
小一時間ほど話し合ったところで、集まってきた研究員たちは腕を組んだり頭を抱えたりしながら黙り込んでしまう。
「……君のおじいさんは、ここまでわかっていながら何で公にしなかったんだ?こんな技術を」
「たぶん、メリットがなかったからじゃないでしょうか?」
「メリット?金にならないということかい?」
関屋さんに聞かれ、私は首を振った。
「いえ、霊を見たり触れたりするということは、相手からも干渉しやすくなるということです。素直に死なない霊なんてだいたいろくなものじゃないですから。除霊とかに関する限り、見えないし信じないほうがよっぽどいいんですよ」
でも、と私は続ける。
「死んだ霊をどうこうするだけじゃなく、生きている人の魂を取り扱うことができるメリットを宇宙連邦が教えてくれましたよね。祖父がもし生きていたら、早速魂転送機とやらの仕組みの解明に取り掛かっていたと思います」
そこまで言ったところで、一人の研究員の方が手を上げた。
「あなたが言うとおり、魂を扱うとこちらの魂にも干渉される恐れがあるなら、どう対処すればいい?魂に干渉されるとどうなる?」
「魂に干渉されると、魂の一部を持っていかれたり、魂に入り込まれたりします。そうすると記憶をなくしたり、狂ったようになったり、悪いときは死にます」
そこまで言うと、研究員達がざわついたので慌ててフォローする。
「でも直接魂に触れられないように、間に身代わりを挟んでやることができます。とても強い悪霊とかには瞬殺されちゃうらしいですけど、魂転送機を作るのには使えるんじゃないかと」
「そうだな。我々は悪霊を相手にしたいわけじゃない。生きている人間の魂を扱うのだから話が違う」
すでに霊魂学に取り掛かっていた研究員の方々はさすがで、こちらの説明をよく理解してくれた。
私は特別研究員としてそこでアルバイトさせてもらえることになり、様々な開発に着手することとなる。
地球人が移住したどの星でも、その当時はまだ霊魂学の活用どころか基礎の基礎すら築けていなかった。
宇宙連邦も、文明のレベルからして地球人達が霊魂学を扱えるようになるのはまだ先だと想定していた。
なので永星の邑日総合研究所が魂通信機を開発したと発表した時、宇宙連邦本部ではひと騒ぎになったとあとから聞いている。
研究室で他の研究員たちと議論していたら、緑之が現れた。
とたんに皆の背すじが伸び、あからさますぎて少し笑ってしまう。
「今日も来たのか緑之。大学って暇なのか?」
「まあ暇やな。適当なサークルに入るより、ここに来るほうが面白いのも悪い」
緑之はそう言いながら近くの椅子を引いて座る。
「なんか新しいもんはできたか?」
「そうそう。今皆と話していたんだが、霊化の方法を応用して生まれ変わりができるんじゃないかと思ってね」
そう言うと、周りの人たちが手をパタパタと振って否定する。
「我々は主任の話を拝聴していただけです。まだチンプンカンプンですよ」
いつの間にか与えられていた主任という役職で呼ばれ、くすぐったい気持ちになる。
大学にも行っていない私に役職を与えるとは、つくづく懐の大きい会社だ。
「俺が主任なんて、変だよなあ。やっぱり俺も大学行っとけばよかった」
「馬鹿いえお前、大学で何学ぶことがあるんや。その時間が人類の損失や」
「そうですよ。そもそも主任に教えられる先生がいないでしょう。全くの専門違いのこと学びに行くつもりですか」
ポロッと漏らした発言に集中砲火を浴びる。
確かに、日本にこの研究所以上に霊魂学を学べるところはない。
緑之が終身雇用を約束してくれているから将来の問題はないのだが、もっとスキルアップしたいという気持ちがくすぶっている。
先祖の資料は全て読み解いた。祖父の技術ももう応用まで可能である。
ここからは自分が切り拓くしかないのだが、まだまだ若造の自分にはもう少し指導役が欲しい。
「ごめんあそばせ。真堂伶はどなた?」
いきなり見知らぬ声とともに扉が開いた。
そこに立っていたのは、昔の地球人が想像したような、目が大きく顎の小さい宇宙人の顔をした女性だった。
女性だと思ったのは、長いシルバーの髪にフワフワとしたアクセサリーをたくさんつけ、さらにドレスのような服を着ていたからだ。
「う、宇宙人!?」
研究員のひとりが驚いて声を上げた。
日本人でも、宇宙連邦の使者は目にしたことがある。
しかし彼らは地球人への精神的な影響を抑えるためと言って、地球人と同じ姿をしているのが普通だ。
こんな宇宙人らしい宇宙人を見るのは初めてのことだった。
「正確には、フィスケ人と地球人のハーフです。フランチェスカとお呼びくださいまし」
白目のない大きな目で、じっと見つめられる。
彼女の目は私を真っ直ぐに見ていた。
「私が真堂です。なんの御用でしょうか?」
「ちょい待ち伶。ここはセキュリティがメチャクチャ厳しい場所やぞ。部外者がここまで入ってきとるのは看過できん」
緑之が慌てて私を制する。
それは思い至らなかった。いきなりのことで動転していたようだ。
「私達にとっては鍵など意味を成しません。ここの機密には興味が無いのでご安心を」
フランチェスカはレースの扇を広げて、大きな目を細めた。
きっとあれは笑っているのだろう。
「私は真堂伶、あなたをスカウトしに来たのです」
「えっ……どこから?」
「ラボ。研究所。ただそう呼ばれています。宇宙中の頭脳を集めた、唯ひたすらに世界の理を解く場所」




