レイザン、旧友と語らう
アルルーナ達が映画を見終わった頃、カイセン教……即ち(株)邑日回線のサンドラ支社イスミト本部地下にある、(株)邑日総合研究所転生研究センターにて、ある会合が行われていた。
センター長室から邑日回線のリトゲニア支部長、山名大路が出てきて、そのままアルルーナ達のいる大曽根専門研究員の部屋に向かう。
部屋の中には一組の男女と、通話相手の男性が残された。
「あいつ、変わったな。昔はもっと気安い奴だと思ってたんだが」
フカフカのソファーに背を預け、山名の出ていった扉を見ながら呟く。
「スネてるんですよ。博士がすぐに正体を明かしてくれなかったから」
私の対面に座る高齢の女性が笑いながら言った。
彼女はここのセンター長で、名を荒方という。
「あいつも研究所から異動して随分経つしな、もう頭が権力争いに毒されとるんやろ」
通話先の若い男性が喋る。
私とそう変わらぬ年頃で、髪は短く整えられていた。
その髪型は、現在の日本人が見たら大分古い髪型に見えるだろう。
「権力のトップは権力争いに関係なくて良いなぁ」
「いや、俺もクーデターとかされたり色々大変なんやって。まあその位の意気がなきゃ困るけどな」
「よく言いますよ。会長の元を離れた人達は皆今じゃ鳴かず飛ばずです。賢い人は逆らおうなんて気起こしません」
「おお?荒方〜。遠回しに自分は賢いっつっとるやん」
三人で笑い声を重ねる。
その部屋だけ20年前に時間が戻ったようだった。
「緑之、まだ前の体は生きているんだろう?移行に問題はないか?」
「もうほとんど終わっとる。来年くらいには代替わりやな。時間がかかってしゃーないわ……もうちょい何とかならんか、伶?」
邑日グループ会長の邑日緑之は、魂をクローンに移しながら私と同じくらいの時を生き続けている。
それは真堂伶という名だった時に開発した技術を使っていて、生まれ変わりの技術を応用したものだ。
クローンが産まれたときから魂の移行を開始する必要があり、さらに記憶の移行はある程度体が成長してから行わないと負荷がかかりすぎるため、全体の移行には10年以上かかってしまう。
「そうだな……まだ試していないけれど、魂を核と記憶に分ける際、記憶だけ媒体に紐付けておくことができそうなんだが」
「全然わからん。メリットだけ教えてくれ」
緑之が手を振りながら結論を急ぐ。
荒方は詳しく聞きたそうだったが、それは別の機会でもいいだろう。
「移行を早めることはできないが、今は記憶が移行できるまでもとの体を生かしておいているだろう?それをしなくて良くなるかなと」
「つまり、記憶だけを別場所に保存しておけるかも、ということですね」
荒方は理解が早く、話をまとめてくれた。
そして緑之は顔をしかめて、私の案を却下する。
「ボケ老人を生かしておくコストが無くなるのと、俺の精神衛生的なメリットはでかいが……ナシやな。ボケ老人でも生きてりゃプレッシャーになるからな」
「そうか……じゃあ、あとは肉体の老化を防ぐ方法を開発するしか思いつかないな。それは専門外だ」
「博士は記憶を保持するために魂を霊化しているんでしたっけ?以前、それが一番難しいと伺いましたが」
荒方が目をキラキラさせながら聞いてくる。
彼女は昔から私の話を聞くのが好きだった。
「ああ。いっぺんに記憶を戻すと魂の圧縮が追いつかないから、重要度別に戻す順番を決めて魂を切り分けて、霊化している。どうやるかと聞かれると難しいんだが……」
魂が魂のまま肉体を持たずに存在している形態を霊と呼ぶ。
普通は、肉体を離れた魂は星に吸い込まれてしまうのだが、霊はそうならずに地上に留まることができるのを参考にした。
そのために必要な要因は様々あるのだが、一番影響するのは思いの強さという曖昧な力だ。
自分はお嬢様とまた出会いたいという思いを、現世への錨に使っている。
「霊化は心が折れたら使えないから、確実性が低い。生まれ変わりたいのならオススメしないよ。だから緑之もわざわざ前の肉体を残しておいてるだろう?」
宙に浮かぶ画面の中の男に話を振ると、緑之はヘラヘラ笑いながら答えた。
「アレはメンドイからな。記憶の量もどんどん増えてくるし。俺はもう秘書に重要な記憶とそうでないのを分けさせておいて、重要な記憶以外は捨てとる。軽くなってええんよ」
「それなら移行はもっと早くても大丈夫じゃないか?今の移行期間は私基準で長めにとってあるから」
「お?ええこと聞いたな。次の60年後はそうするわ」
「では、博士はここまで心が折れずに生きてこれたのですね」
荒方が微笑みながらそう言った。
しかし今の自分には皮肉のように聞こえてしまう。
「……今回はダメかもな。彼女は、もういないみたいだったから」
そう言うと、これまで賑やかだった部屋が静まり返る。
「……まだ見つけてないだけかもしれんやろ?」
緑之が励ますようなトーンで言う。
「でも、とても似ているんだ。本当に、お嬢様にまた会えたと思えるくらいに」
「顔はそんなに似てらっしゃらないようでしたけど」
荒方がサーシャお嬢様の写真を表示し、アルルーナお嬢様の写真をその隣に並べた。
いつ撮ったんだその写真。情報部の仕業か?後で送って欲しい。
「写真じゃあ、わからないだろう。話すときの目の動きや、手の仕草がそっくりだよ。きっとお嬢様の魂の形が残っているんだろう。あれだけ残っているということは、私にまた会いたいとそれだけ思っていてくれたんじゃないだろうか」
そう言うと、二人とも微妙な顔をしてまた黙ってしまった。
私がお嬢様の話をすると皆こんな顔をする。
「おっと……総理の時間が取れたみたいや。ちょっくら行ってくるわ。時間かかると思うから、ゆっくりしとき」
そう言って緑之は通話を切った。
代替わり前に面倒なことを頼んでしまって申し訳ないが、自分には彼しか頼れる所がない。
しかしこの星で一番頼りになる人物なのだ。
自分は待つことしかできない。
「それでは博士、少しお休みになって下さい。私は別件で席を外しますが、この部屋は自由にお使いいただいて良いので」
荒方が席から立ち上がると、彼女が座っていた椅子は床に溶け込んでいった。
この部屋の家具はすべてナノマシンで構成されており、色や質感の情報はMRシステムで付加されている。
日本においては各家庭でも使われている技術だ。
おそらく渓吾研究員の居室もこのシステムがあるのだろうが、昨日は物理的な机と椅子が置いてあった。
MRシステムを持たないアルルーナお嬢様方のために、急いで出力したのだろう。
「荒方は、いつ頃戻る?」
「実は、しばらくイスミトを離れます。テザネス近くの湖でも転生者が見つかっている件について、大陸中の湖を調査する必要が出てきたので」
それは骨が折れそうだ。
移動手段はこちらの技術レベルのものしか使えないだろうし、それほど研究員がいるわけでもない。
「現場にトップが出払って大丈夫か?」
「だって人が足りないですし。今なら何かあったら博士もいますしね」
「私を頭数に数えないでくれ……」
呆れた顔をして訴えてみたが、この教え子に効いたとは思えなかった。
荒方が部屋をほとんどリセットして行ったので、自分のライブラリから適当にセットを呼び出して配置する。
またたく間に真っ白な四角い部屋が、高級感あふれるラウンジのようになった。
便利になったものだ。最初の人生の頃は、こんなことが可能になるなんて考えられなかった。
ゆったりとした椅子に腰掛け、オットマンに足を乗せる。
腹の上で手を組むと、久しぶりに時がゆっくり流れるように感じた。
目を閉じると、はるか昔の記憶が蘇ってくる。
自分の最初の人生である、真堂伶は永星移住日本人の二世だった。
父親は学生時代に移住して、その後永星日本で医師として働いていたので、移住者の中では豊かな生活ができていたほうだと思う。
両親と妹がひとり、父方の祖母がひとりの5人家族だ。
父方の祖父は早くに亡くなっており、祖母一人で父を育てたと聞いている。
祖父の形見だというお守りを祖母から渡され、いつも身につけるように言われていた。
父は私を医者にして、後を継がせたいと思っていたようだ。
しかし、私が9歳のときにあるニュースを見たのがきっかけで、私は違う道へと進むこととなる。
サンドラ・グリーンが老衰で亡くなった。
その数日後に、少しだけ若返った彼女が湖から引き上げられるシーンが、各メディアのトップニュースで流れる。
「おかあさん、この人はなんで生き返ったの?」
母に問うが、彼女も説明に窮していた。
当時日本人の多くは、サンドラのことを知ってはいても、彼女が星に囚われた詳しい経緯や理由まで調べて知っている人は少なかった。
サンドラが死に戻ったそのタイミングで、サンドラに関する解説が急に増えた。
自分もそれらを見て、サンドラを可哀想に思ったのを覚えている。
解説の中には、サンドラ達が向こうの大陸を発展させているおかげで、日本人が死に戻りにならずに済んでいるという見方もあれば、サンドラ達がこの星を問題無しと報告したせいで、こんな星に移住するハメになったという主張もあった。
自分は地球を知らないので、この星に住むことは別にいい。
ただサンドラは死ねないまま何度も人生を繰り返すのかと思うと、可哀想だった。
サンドラの過去をドキュメンタリー風に流す番組にはすぐに飽きた。
それよりも、霊魂学を解説するネットのページなどを読むのが楽しくなる。
父はそれに対してあまりいい顔はしなかった。
霊魂学イコール胡散臭いものと感じていたらしい。
普通ならそのあたりで他のものに興味が移るだろう。
しかしある日、祖母の部屋に呼ばれた。
「伶さん。あなた、霊魂学とやらに興味があるそうね?」
祖母は穏やかにそう言った。
今どき珍しく毎日和服を着ている祖母は、背すじがぴんとしており目線も鋭く、言葉は穏やかでも迫力がある。
「はい。霊魂学は地球人の移住にも使われたと聞いています。ですが、地球人は霊魂学がまだ何なのかよくわかっていません。未開拓の分野は興味深いです」
そう答えると祖母は少し目線を落とし、畳の目を見ていた。
そして、右の手のひらを私の方に向ける。
「伶さん。あなたの持っているお守りを貸して頂戴」
祖母にそう言われ、毎日首からかけているお守りを下着の下から引っ張り出し、渡した。
祖母はそれを懐かしそうに見て、少し撫でる。
「これは、あなたのおじいさまが作ったお守りなんですよ。元は私のためだったのですが、私があなた用に書き換えました」
なんの事かわからず話の続きを待っていると、祖母の後ろから見知らぬ女性が急に姿を現した。
「わっ。あ、すいません。どちら様ですか」
驚いて声を上げてしまい、マナー違反を詫びると祖母は笑った。
「驚くのも無理はありません。このお守りは、幽霊があなたに近づかないようにしているものです。伶さんには今幽霊が見えているのですよ」
幽霊と言われて、そんなまさかと思いまた女性の方を見ると、見えるような、見えないような不思議な感覚があった。
祖母を見ると視界の端に確かに何かがいる。
気持ちが悪くなり、汗がこめかみから流れるのがわかる。
「あなたのおじいさまは、霊や魂といったものに対処する仕事をしていました。真堂家は元々そういう家系なのです。霊魂学という言葉はありませんでしたが、我々にもそういう知識はあったのです」
「じゃあ、父さんもできるのですか?」
祖母は首を横に振る。
「あの子にすべを教える前に、あなたのおじいさまは仕事で命を落としてしまいました。あの子が知っているのは、幽霊を見えないようにする方法だけです」
それから祖父に関する話を聞いた。
ずっと祖母の後ろの幽霊がこちらを見ているのが気になったが、見られているだけならと徐々に慣れてくる。
我々が地球に住めなくなったのは、魂過多の人間が増え始めて宇宙連邦から警告をされたからだが、その前に祖父のような人々が対処を行っていたらしい。
何かが原因で星の魂が溢れ出るようになり、それが地理的に日本と重なっていた。
祖父達は彼らの技術を用いて溢れを抑えようとして、ある程度は保ったのだが、いつか抑えきれずに祖父達は星の魂に飲まれた。
それが亡くなった理由だそうだ。
「地球にいた頃は、霊が見えるなんて言ったら頭のおかしい人扱いですからね。今でもそうですが……。霊魂学というものが確かにあると知られているから、まだ可能性はあるでしょう」
祖母にお守りを返してもらうと、幽霊とやらは見えなくなった。
祖母は文机の上の香炉に香を炊く。
魂をあるべきところへ還す働きがある香とのことだ。
「地球ではそこら中に幽霊がいたから、常にこの香を纏っていたものですよ」
こちらではほとんど幽霊を見ないから、連れてくるのが大変だったと言われた。
わざわざ連れてきたのか。そんな事をして大丈夫なのか?
そう聞くと祖母は首を横に振った。
「幽霊になる人は、何か現世に強い心残りがある人です。悪霊も少なくありません。関わらないのが一番ですよ。ですが……」
祖母は両の手を握り、私に言った。
「これは私の勝手なお願いなのだけれど。伶、あなたが霊魂学を学んで、皆に教えてほしいの。人類を助けるために、おじいさま達が命を落としたという事実を」
先祖代々伝わる資料を祖母は地球から移し持ってきていた。
一人が持ってこれる量には制限があったのに、それを選んだのか。
祖母はそれをすべて私に託した。
「そう言われてもな……」
行李いっぱいの資料を見て、教わる相手もいないのにこれらを読むだけでなんとかなるのか?と考える。
まあ、やるだけやってみよう。
興味がないわけではない。自分が幽霊を見ることができるという事実にもドキドキしている。
自分の身を守るためにも、知っていたほうが良いだろうと思い資料を1つ手に取った。
「よ、読めない……」
とても古そうな紐で閉じられた本をパラパラとめくると、達筆すぎて何が書いてあるのかさっぱりだった。
逆に新しいものでは、祖父が残したという電子媒体があったが、見る方法がなかったので専用の変換器などをネットで探し、祖母に買ってもらう。
祖父は過去の資料を研究して、自分なりの技術を開発していたらしい。
引用されている参考資料をひいてくるついでに、それらも電子化しておく。
祖父の代までは先祖代々積み重ねられた経験から、御札やら呪言やらを用いて悪霊退治をしていたようだが、祖父はそれらを理論化しようとしていた。
その試みは私にとって非常に助けになった。
祖母も少しだけ霊を感じることができる人だ。
お守りの書き換え方法を祖母から学び、祖父のお守りを無効化することができるようになった。
学校の放課後、お守りを無効化して幽霊を探すことを始める。
そして、幽霊に対して祖父が研究していた内容を試してみた。
うまく行けば幽霊は成仏し、失敗したときはお守りを有効に切り替えて逃げた。
そうして祖父の仕事をなぞることで、徐々に魂についての知識が増えていく。
中学受験をし、入学した学校で生涯の友が出来た。
それが邑日緑之だ。
邑日グループの御曹司で、クラスの中でも明るくリーダーシップを発揮していた。
入学当初は別世界の人間だと思い話すこともなかったのだが、休み時間にいつも電子端末を見ている自分が気になったらしく、緑之の方から声をかけてきた。
「オマエいっつもそれ見てるけど、何読んでるん?」
緑之は空いていた私の前の席に座り、私の机に頬杖をつく。
「ああ、俺のおじいさんの形見だよ。先祖代々受け継がれてきた資料をまとめてあるんだ」
正直にそう言うと、緑之は予想と違ったのか変な顔をした。
「形見ィ?なんやお前、立派な家の子か」
「あはは。君からしたら大したことのない家だよ。歴史だけはあるけどね……」
その時は、そんな会話だけで終わった。
次の日、緑之がまた自分の席まで来て前の席に腰掛ける。
「お前のじーさんな、俺のじーさんの知り合いみたいやで」
「本当に!わぁ、偶然ってあるんだな。おじいさんによろしく伝えておいて」
「よろしくも何も、じーさんがお前に会いたいっちゅうてるぞ」
そう言われて私は固まってしまった。
緑之の祖父。それ即ち邑日グループ会長ではないか。
「なんで?」
「知らんよ〜。思い出話でも聞かせてくれるんと違うか?まあ、飯ごちそうするから今度遊びに来いや」
突然のお誘いに驚いた私だったが、それを聞いた私の両親のほうが驚き、慌てた。
祖母も祖父と邑日会長のつながりは知らなかったようだ。
数日後の休みの日、指定された時間に家の前に迎えの車が来て、私は緑之の家へ向かった。




