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アルルーナ、サーシャの足取りを追う

イスミト大聖堂で一番大きなステンドグラスは、神人降臨図だ。

頭から布を纏った人間が空から無数に舞い降り、天には神の乗り物が点々と描かれている。

下半分には翡翠色が一面に散りばめられていた。

おそらく翡翠湖を表しているのだろう。

その中に、肩ほどの長さの金髪の女性が腕の中に子供を抱いて立っている。



「あれが最初の聖女サーシャ様じゃ。抱いているのは2代目聖女のレイシャ様じゃな」

マリーが解説をしてくれた。

「ステンドグラスの周囲に文字が描かれておるじゃろう。あれは神人と魔人についての一節じゃ。今も頑張れば読めると思うが」

マリーの言うとおり、言葉は一部違うものの大体意味はつかめる程度に読める。

しかし内容はすでに知っているもので、そのステンドグラスからはそれ以上新しい情報は得られなかった。



その右のステンドグラスは一枚目よりも少し荒く描かれている。

本を手にした金髪の女性が栗色の髪をした少女にひざまずいており、その下には多くの人が同じように頭を下げていた。


「5代目聖女のアグラータ様とその姉シャーリアじゃ。シャーリアはサーシャ様の生まれ変わりと言われておるが、シャーリアは聖女には選ばれなんだ。アグラータ様はいくつもの奇跡を起こしたと言われておるからな」


そのステンドグラスに文字はなかった。

アグラータの起こした奇跡とは何かをマリーに訊くと、病に倒れた人を治したり、神人の言葉を伝えたりしたとのこと。

それはサーシャの入れ知恵では?とも思ったが、今は関係ないので無視した。

きっとサーシャは、聖女になったら誰かと結婚しなければならないからそれが嫌だったのでしょうね。

だから妹を聖女に仕立て上げた。想像できるわ。



「絵から読み取れることは少ないわね。一枚目のように文字があればよかったのだけど」

「文字があっても読める者が少ないからのう。イスミト教でも大司祭の一部が読めるだけで、あとは教えは歌で伝えておるからな」

イリョールの民はイスミト教の敬虔な信者が多い。

それゆえに識字率も高くない。

「マリーは聖女なのによくそんなに知識があるわね」

「母を見ていたらな、学がないといかんと思うたのじゃ。母はとても美しく優しいが、自分で考えることはせん。そのせいで聖地も言われるがままに売ってしまった。私はそういう気性ではないからのう」

父親に似たのか、と言いながらマリーは笑った。



3枚目のステンドグラスには、焦げ茶色のウェーブがかった髪の女性が様々な作物に囲まれた図になっており、一番上に太陽と重なるように、本を抱えた金髪の幼い娘が小さく描かれている。


「聖女シャルナディア様とその妹ハーラバートじゃ。シャルナディア様は飢饉の起きたハスタス等の南部地方に、宗教を超えて救援物資を送ったという記録がある」

「ハーラバートは何故描かれているの?」

「サーシャ様の生まれ変わりというが、子供の迷言という説もある。しかしシャルナディア様はそれを信じていたと言われておるのじゃ。聖女の寛大さを示す作り話かもしれぬが」


もうこのあたりですでに怪しくなってきた。

真堂博士は天才だから生まれ変わりもできたが、サーシャは何回もは出来なかったと考えても良いのではないか。


ただ、気になるのはシャーリアもハーラバートも本を持って描かれている点だ。

「この本は何かしらね」

「それは、サーシャの書と呼ばれておる」

「サーシャの書?」

「サーシャの書を読める者はサーシャ様の生まれ変わりだけであるとされていた……と聞いているが、まずそんな書物はイスミト教には無いのじゃ」

マリーは赤縁の眼鏡の位置を直しながら言う。

「書物のような財産はほとんどイスミト教にはないからの」

「サーシャの書が読めたのなら、ハーラバートはサーシャの生まれ変わりなのではなくて?」

「本当に読めたのかどうか、わかる人間がおらんじゃろ」

サーシャしか読めないのなら、それはそうか。



ステンドグラスが目の前から消え、殺風景な机だけある部屋に戻る。

眼鏡を一度外し、目をこすった。

「サーシャの書、ね。サーシャがちゃんと生まれ変わりを続けられていたのなら、それは書籍館にあるかもしれないわ」

「シャラガートか。書籍館の創設者かもしれないということじゃが、その時サーシャの書を持ち出したかも、ということじゃな」

私はそんな本を実家で見たことはないが。


「なんとか書籍館と連絡が取れないかしら」

ヒシブキの方を見て言うと、少し考え込んでいる。

「取れなく……はないです。リトゲニア支部の誰かを書籍館に送って……」

「おいおい。それはあからさま過ぎて政府との交渉が不利になるんじゃねえか」

どうも、書籍館には監視の目があるらしい。


「それは良くないわね。レイザンの足を引っ張りたくはないから」

少し考えて、旅立ちの頃の出会いを思い出した。

「そういえば。リトゲニア軍に日本人がいたわ。レイザンのことを知ってたから、あなた達みたいに連絡がつくかも」

名前はたしかセキエイと言った。

カンナに話を振ると、カンナが連絡先を控えていたようだ。

「でも、セキエイさん返事返ってこないっすね」

「僕にも連絡先送ってください」

カンナがヒシブキにセキエイの連絡先を送ると、ヒシブキは何か作業をしたあと額に手をあてていた。

「この方、亡くなっていますね」


なんでも、我々がリトゲニアを離れた直後に前線に配置され、戦死したそうだ。

「そもそも、こちらの大陸に来て軍隊に入る人間なんて、死にたがりか合法に人を殺してみたいっていう人間ですからね」

ヒシブキが首を横に振りながら言う。

私とカンナは少し絶句し、やるせない気持ちになった。


「セキエイさんのことは残念です。でもおかげで、丁度いい人材を僕も思い出しました」

「そんな方が?」

「はい。マツリカ家の虎白さんです。ご存知でしょう?」

コハク、というと、ユナのお付きの護衛だ。

「彼も日本人なの?」

「マツリカ家には日本人が多く居ます。過去に日本人が立ち上げた家系なのですが、今でも定期的に日本人を雇っていますね」

ですが、とヒシブキは続けた。

「我々の使っているネットワークは、日本生まれの者にしか与えられません。そもそも手術ができないですし、その眼鏡も使うには電気が必要ですからね。なのでマツリカ家一族はネットワークを使えないはずです」

「だからユナではなくコハクなのね」

コハクたちがこのネットワークなるものを活用しているとすれば、密偵が優秀なのも当たり前だ。



ヒシブキがコハクに連絡を取ると、すぐに返事が返ってきた。

文字情報で返ってきたそれを、ヒシブキが全員に見えるように共有してくれる。


『株式会社邑日回線 サンドラ支社

 情報管理部

 菱吹様


 ご連絡頂き誠にありがとうございます。

 アルルーナ様にユナ様がお渡ししたブローチの発信機が、突然あり得ない速さで移動いたしましたので、

 近々ご連絡があるのではと予想しておりました。

 

 書籍館に連絡を取るにあたり、方法はどう致しましょうか。

 文章をお送り頂き、こちらで手紙にして館長に渡しますか?

 それとも直接お話をされますか?』



「まどろっこしいから、直接話したいわね。よくって?」

「監視にバレないようにすれば、良いと思いますが」

「そうだなあ。一人だけ、絶対他言しないと約束できるなら良いんじゃねえかな」

お祖母様なら大丈夫だと思うわ。

書籍館のことならお祖母様に聞けば全部わかるはず。

そうコハクに伝えてもらうと、少し待つように返事が返ってきた。



夕方頃、コハクから連絡が入る。

すぐに目の前にお祖母様の顔が写し出された。

『アルルーナ!本当にこんな機械で……?信じられない』

「お祖母様。ご無沙汰しておりますわ。私はこの通り元気です」

笑って手をふると、お祖母様はぎこちなく笑って手を振り、困ったように右上を見た。

おそらくそちらにコハクがいるのだろう。



「早速ですけれどお祖母様。サーシャの書、というものに心当たりはございませんか?」

『サーシャの書……?サーシャとはイスミト教の最初の聖女の事でしょうね。ちょっとすぐには思い当たらないわ』

流石お祖母様、サーシャと言うだけで理解してもらえて話が早い。


「書籍館の創設者、シャルル・アガートは、イスミト教聖女一族でサーシャの生まれ変わりと言われる、シャラガートであった可能性があるのです」

『ちょ、ちょっとお待ちアルルーナ。シャルルがシャラガートであるという説は、私も行き着いたことがあります。イスミト教には言っていませんが。ですがシャルルがサーシャの生まれ変わりというのはどういう事?そもそもコハクからもあまり話は聞いていないのです。説明をして頂戴』


困惑するお祖母様に、少し時間はかかったがこれまでの経緯をかいつまんで説明した。

お祖母様は途中眉間を押さえたり、何かを書き取りながら聞いていたが、話を聞き終えると大きなため息をついた。

『アルルーナ……あなたを旅に出したのは、正解だったのか、失敗だったのか……』

書籍館の見覚えのある椅子に深く座り、お祖母様は憔悴したように天井を見上げる。

そして少しそうしてから、またこちらに向き直った。


『シャルルが集めた本の一部は禁書庫に入れてあるので、アルルーナも見たことが無いはずです。でもそれは中身の情報が危険なわけではなく、本の保存状態が危険なので人が簡単に触れないようにしてあるのです』

館長だけは、数年に一度入って中身の確認を行うとのことだ。

確かに禁書庫は入ったことがない。

とても魅力的だが、鍵が無いのでどうしても入れないのだ。

幼い頃兄となんとか入ろうとして、両親に怒られた記憶がある。


『禁書庫の中に一冊だけ、私でも読めない本があります。サーシャの書とはそれの事かもしれません』

「それは、見せてもらうことはできますか?」

私がそう聞くと、お祖母様は頷いた。

『この機械は移動可能なのよね?では、コハクも一緒について来なさい』



禁書庫の扉が開く。

その中は私も見たことがない風景だった。

本棚はなく、暗い部屋に整然と木箱が並んでいる。

お祖母様が壁にランタンをかけてくれたので、少し明るくなった。

お祖母様は両手に手袋をはめ、一つの木箱の蓋を開ける。

その中には一冊の本が包まれていた。


『これがその本です。題名も中身もわからないのですが、相当古いものであることは確かです』

お祖母様の言うとおりかなり劣化が進んでおり、表紙も取れそうだ。

表紙に手書きで書かれた題名らしき文は、知らない言葉で書かれている。

それを見てヒシブキが声を上げた。

「英語だ!」

ケイゴ氏もそれに続き、少し身を乗り出す。

ヒシブキが題名を読み上げた。



「サーシャの日記……これは、日記帳です。サーシャの」



ヒシブキの言葉に場が騒然となり、早く表紙をめくって欲しいという声が上がる。

それに対して、手を上げて異を唱えた。

「勝手に女性の日記を読んでよいのかしら?」

そう言うと皆が一瞬静まり返ったが、ザカハが答えた。

「女性っつったって、700年前の歴史上の人物だろ?そういう人間の恥ずかしい記録は、暴かれるのが世の常だろ」

「それもそうね」

その意見には同意し、お祖母様に中身を見せてくれるように頼んだ。


『良いけれど、中身はだいぶ長いのよ?全部は今日中には読めないでしょうし、そもそも私が読めずにページをめくるだけなのはなんだか……悔しいわね』

『菱吹様。一度全てスキャンして翻訳をまとめてかけたほうが手間が省けるかと』

コハクも見えないところから意見をくれる。

「そうですね……。虎白さん、その日記帳をイスミトまで輸送するのを頼めますか?」

コハクが了承し、お祖母様もこの本が読めるようになるならと館長権限で持ち出し許可を出してくれた。



サーシャの日記。

一体何が書いてあるのだろうか。

レイザンとの恋愛模様など書かれていたら、嫉妬で狂ってしまうかもしれない。

でもまだ真堂博士とやらとレイザンが私の中でちゃんと結びついていないので、衝撃を和らげられるかも。

いやそれでも、あとから嫉妬に狂うのは間違いないのでは?

見たいような見たくないような、そんな気持ちで日記の到着を待った。



書籍館からイスミトはそれほど遠くはないので、数日後には日記が届いた。

コハクはユナのもとを離れられないとのことで、運んできたのは兄の護衛についていたセンリだった。

センリは言葉を発することなく、我々に日記の入った木箱を渡すとすぐに消えてしまう。

それを見てケイゴ氏が「忍者みてえなやつだな」とつぶやいた。

ニンジャとはなんだろうか。そういう職業が日本にはあるのだろうか?



日記はヒシブキが読める形に翻訳してくれるとのことだったが、一度実物を見たかったのでケイゴ氏の研究室に集まった。

木箱の蓋を開けるのは私の役目だ。

両手に白手袋をして蓋をそっと取る。

中には布包があり、それを木箱から出して布をほどく。


茶色い革表紙の、サーシャの日記が現れた。

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