アルルーナ、すねる
「要約すると、レイザンは700年前の霊魂学者の生まれ変わりってことなのね」
私がそう言うと、ケイゴ氏は複雑な顔をしながら腕を組んだ。
「レイザンさんに関してしか要約してないだろそれ」
「私が知りたいのはそこだもの」
しかし映画での描写は少なく、まだわからないことも多い。
「レイザンが9回も生まれ変わっているのは、実験のため?」
「そう聞いてるぞ。生まれ変わるたびにうちの研究所に顔出して、いろんな成果置いていってるらしいけど……」
ケイゴ氏は言葉を濁す。
「けど?」
「じゃあなんで、こっちの大陸に来て冒険者みたいなことしてんのかなって」
「そうね……カンナはなにか聞いていない?」
問いかけられたカンナは、腕を組んで考えている。
「レイ兄が真堂博士の生まれ変わりだっていうのは、旅立つ前に聞きました。でも両親にも言ってないし、他には研究所の一部の人にしかバラしてないはずです。こっちの大陸に来たのは、人探しだって言ってました」
「人探し?」
「人を探しているような素振りは、無かったけれど」
少なくとも私が彼に会った後は、ずっと書籍館にいた。
この旅の間も情報収集をしている感じはなかった、と思う。
「書籍館に勤めてしばらく経った頃に、レイ兄に聞いてみたんすけど、『もう諦めた』って言ってましたよ」
「なんで諦めるのじゃ!」
急にマリーが拳で机を叩く。
みんな驚いて椅子をガタつかせた。
「何よマリー。何を怒ってるの」
「怒らずにいられるか!映画に出てきたサーシャ様は、一番最初の聖女と言われている女性じゃ!」
「そうなの?それがレイザンとなんの関係が……」
「彼女は神人の子供を産んだ。即ち真堂博士の子供を産んだということじゃろう!レイザンはサーシャ様を探しておるのじゃ」
「……待ってマリー、それは論理の飛躍よ。その当時は他にも神人……日本人が居たのでしょう」
それに、私はそれを信じたくない。
彼に愛した人が居たなんて。
「いいや。聖女一族には過去に、サーシャ様の生まれ変わりを自称する娘が数回現れているのじゃ。伝説に過ぎぬが、今なら本当であったと思える。生まれ変わっても出会いたいほどの想いなら、諦めてはなるまい!」
これまでに様々な世界の真実を聞いたが、そのどれよりも私に衝撃を与えた。
だって、私はサーシャの生まれ変わりなどではない。
そんな記憶は持ち合わせていない。
「も、もしかしたら、アルルーナさんはサーシャの生まれ変わりで、記憶がまだ戻っていないのかもしれませんよ。ねえ渓吾?」
ヒシブキが私の様子を見て、気休めを言う。
しかしケイゴ氏がそれを否定した。
「もちろん、肉体が前世の魂を受け入れられるようになるまで記憶は戻らないはずだ。しかしその歳なら十分戻っていいはずだし、そもそも真堂博士みたいに何度も生まれ変われる人間なんていない。魂が濃くなりすぎて、普通の肉体では耐えられない」
「じゃあレイザンはどうやってんだよ?」
ザカハが訊く。
確かにケイゴ氏の言うとおりなら、レイザンだって魂が濃くなりすぎて生まれ変われないはずだ。
「彼は自分の魂を分割して、守護霊みたいに肉体に入れずに繋ぎ止めるらしい。そして少しずつ取り込むことで肉体の負荷を軽減しているとか」
ケイゴ氏は何らかの書類を参照しながら答えた。
見せてもらうと、真堂博士名義の論文のようだ。
署名は「真堂伶」と書かれていたが、やはりその名に見覚えはない。
「そもそも魂を分割するのもどうやるのかさっぱりだ。凡人にはまず理解できない」
ケイゴ氏は両手を挙げる。と、同時に持っていた書類が消えた。
それだけレイザンは……真堂博士は天才なのだろう。
「サーシャは今も生まれ変わっていると思う?」
「どうだろうな……最近はもうイスミト教にもサーシャの生まれ変わりは出てきてないんだろう?」
「そうじゃな……400年前にいたという話は残っておるぞ」
ケイゴ氏はため息をついて首を振った。
「それじゃあ、もうとっくに魂は星に還ったんじゃないか。その魂の残滓みたいなものをアルルーナさんに見て、探すのを諦めたと」
「なんでおじょーさまが?」
「魂はもとの肉体に似たものの方が入りやすい。アルルーナさんはサーシャと外見的特徴に重なるところがあるから」
「なるほどのう。たしかに映画のサーシャ様はアルルーナに少し似ておった」
「あれはサンドラのスキャンデータと通信記録を元に作った偽物だけどな」
やめて。
そうしたら、すべてのつじつまが合ってしまう。
彼が私を特別に見てくれた理由も。
そして頑なに私の想いを拒否するのも。
私に他の女を思い出していただなんて。
「マリーも渓吾さんもそれ以上はやめてください!もうおじょーさまのメンタルはボロボロです!」
「そうだよ渓吾!あんたにはデリカシーってもんがないのか!」
カンナとヒシブキが私の背中を撫でる。
私はというと、胸の痛みをごまかすためにぎゅうと目を閉じて考えていた。
真堂博士とサーシャは生まれ変わっても出会いたいと思うほど愛し合っていた。
そして、サーシャはおそらく生まれ変わることができた。何度かは。
でも何回目かで諦めて星に還ってしまった……。
あるいは、技術的に難しくなり、諦めざるを得なかった……。
もし私がサーシャなら。
レイザンを諦めたりなんてしないわ。
なんとしてでも生まれ変わる方法を見つけるはず。
諦めるなんて、そんな女より私の方が良いんじゃないかしら?
レイザンは諦めたと言っているけれど、それなら私だっていいはずじゃない。
なのに彼はまだサーシャに囚われている。
じゃあ私にできることは?
サーシャのことをもっと知ることよ。
「サーシャの生まれ変わりの記録……イスミト教会に残っているの?」
顔をあげてマリーに訊くと、マリーは頷いた。
「イスミト大聖堂には歴史を記したステンドグラスがあるのじゃ。正面は神人降臨の図にサーシャ様を描いておるが、右側には5代目聖女の姉シャーリア、左側には12代目聖女の妹ハーラバートの図が描れておる。彼女らはサーシャの生まれ変わりと伝えられておるな」
「その二人だけ?」
「19代目聖女の妹シャラガートもそうじゃという説がある。しかし、正式には認められておらん。シャラガートは戦乱の中で行方不明になってしまったからの」
その名前を聞いたことがあるような気がした。
シャラガート、同じような響きの……。
「それ、書籍館創設者のシャルル・アガートではなくて?」
「ぬ?知らぬぞそんな名前。そうなのか?」
シャルルは後のアガート建国王の右腕として様々な知識を与え、その代わりに王の庇護のもと書籍館を創立してもらった。
建国王はシャルルに求婚をしていたようだが、シャルルはそれを断り、代わりにアガートの名を譲ったと聞いている。
最初の書籍館では、戦乱に伴い増えた孤児を集めて学校のようなものを開き、その中から本好きな子供を選んで後継者にしたそうだ。
なので私はシャルルの血を引いているわけではない。
「サーシャがイスミト教会から出た理由は知らないけれど、それならどこか別の所で生まれ変わっているかもしれないわ」
「……探すのか?恋敵だぞ嬢ちゃん」
ザカハがやめとけという風に聞いてくる。
でもそれは愚問だ。
「探すわよ。レイザンが好きになった女の事を知りたいの。その上で私の方が良いってわからせてやるの」
そう言うとザカハは笑い、他のみんなも笑った。
「さすが嬢ちゃん」
「おじょーさまはこうでなくちゃ」
「アルルーナは強いのう」
「でもここから出るのはおすすめしませんよ。まだ日本政府との話がついていませんので」
ヒシブキが忠告してくる。
確かに、我々は知ってはいけないことを知ってしまったのだ。
本当なら日本大陸へ連行されなければならない。
「あら?でも、大陸間の交流を断ったのはサンドラの方よね?星の裏返りを先延ばすっていうのはあと付け?」
「いろんな考えがあるのさ。サンドラは隣の大陸を羨まずに済むようにしたかったし、日本は支援物資を送らなくていいし星の裏返りを先延ばしできる」
ケイゴ氏は空中に図を描きながら説明する。
「もちろん、サンドラの考えに同意できない奴らが興したマズ教があったり、星を裏返らせたい永星解放党があったり、他にも人権団体とかいろいろいるけどな」
「我々はただの会社のいち社員ですが、日本で一番大きな会社です。その名前を使って、裏から日本政府に働きかけています」
ヒシブキがそう言ったとき、部屋のドアが開いた。
開いたドアからは、見覚えのある人物が現れる。
「ヤマナさま」
私がそう言うと、彼はニッコリと笑ってお辞儀をした。
「お久しぶりです、アルルーナ様。お便りは拝見していましたよ」
「山名支部長、レイザンさんは?」
ケイゴ氏が訊くと、ヤマナ氏は近くの椅子に腰を下ろして答えた。
「『真堂博士』は、会長とお話しています。私はお邪魔なので退出してきました」
「失礼しますわ。レイザンと何を話していたのか伺っても?」
「主にただの思い出話ですよ。あと、政府への働きかけを表からも、博士に矢面に立って頂いて行う戦略を立てていました」
ヤマナ氏は私の方をまっすぐ見る。
挑戦的な目線を鋭く見返してやると、ヤマナ氏は少し口角を上げた。
「アルルーナ様、テザネスで佐藤様から何か託されませんでしたか」
そう言われて思い出す。
確かに、サトウ氏から封筒を貰った。
中身は言われたとおりまだ見ていないが、今がその時なのだろう。
鞄の中を探り、封筒を出す。
「これかしら」
「開封してみて頂けますか」
ヤマナ氏に促され、封筒の中から紙を取り出す。
そこには東海諸島語と、謎の文字が書かれていた。
「読めないわ」
皆に見えるように広げると、ザカハとマリーは私と同様に首を傾げ、他の全員は分かったようだ。
「これは、佐藤氏とその御父上の連絡先ですね」
ヤマナ氏が説明してくれる。
「佐藤氏の御父上は、日本では結構偉い政治家の方なのですよ。夕生夜様は御父上の秘書官を務められていたのですが、ある日テロ……政治家を狙った殺人事件に巻き込まれまして、命を落とされました」
日本は技術が進んでいても、そういった物騒な事件はこちらと変わらずあるようだ。
カンナも昔いじめられていたというし、人間ってなかなか変わらないものね。
「御父上の佐藤議員は幸い軽症で済みまして、夕生夜様がこちらに転生させられたことを泣いて喜んでいたそうですよ。これは、あなた方の助けになりそうですね」
「あなたに差し上げるわ。我々には使いこなせないだろうから」
そう言うとヤマナ氏は微笑んで封筒を受け取り、また連絡先の登録方法を教えてくれた。
「あなた方の前に佐藤様を引き合わせるとは、この星は大分賢くなってきているようですね」
「星ってそういう知性もあるのかしら?」
「星は賢いですよ。孤独なだけで」
ヤマナ氏の言うことはよく分からない。
しかし、星の意思というのはかなりの融通がきくようだ。
サトウ氏の片足がなかったのは、我々と引き合わせるために急いだことと、物質構成に適していない環境の湖を使ったせいだろうとのこと。
つまり、我々は星に導かれていたのだ。
数多の人類がいる中で、星に存在を認識されるとは。
レイザンという爆弾を抱えていたのだから、それは仕方ないことなのかもしれない。
封筒を取り出したときに鞄の中で気になったものを、机の上に乗せた。
「これは西海岸で鯨の体内から出てきたものだけど、あなた達のもの?」
例の小瓶を見て、カイセン教の3名は眉をひそめる。
「これは我々はもう使用していない材料でできていますね。表記も英語のようです」
「観光客が捨てていったか?持ち込みも制限されているはずだが」
「こうなることを目論んだ、永星解放党の仕込みかもしれないな」
最後にヤマナ氏がそう言うと、ケイゴ氏もヒシブキも頷いた。
「それと同じものがアガート王立大学にもあるわ。私の旅の目的も、それがきっかけだったから永星解放党は上手くやったわね」
「耳が痛いですね。しかしとても運任せの計画です。普通は上手く行きませんよ」
「これすらも、星の意思かもしれないわね」
そう言うと、ヤマナ氏達は神妙な顔をする。
冗談のつもりだったのに、そうは受け取ってもらえなかったようだ。
ヤマナ氏にサーシャとレイザンについて何か知らないかと聞いてみた。
すると驚いた顔をして、そして寂しそうに笑う。
「なんと、そこまで推理されるとは……流石です。おっしゃる通り、真堂博士はずっとサーシャ様の生まれ変わりを探しておりました」
皆が私の方を伺うが、無視する。
ヤマナ氏も私の方を見据えながら続けた。
「あの方がアルルーナ様とずっと共にいらっしゃると聞いて、やっと見つけられたのかと喜んでいたのですが……違ったようですね」
「……ごめんなさいね。私がサーシャではなくて」
「ああすみません。責めているわけではないのです。ただ単純に、残念だと」
取り繕われても気分は悪い。
いらいらしてふと目を背け、眼鏡に描かれた時間を見るともう昼食の時間だった。
「レイザン、遅いわね?」
ヤマナ氏に聞いてみると、手を軽く振って答えた。
「博士は今日は来られないと思いますよ。邑日会長と話したあとは、日本の偉い方々との会談がセットされると思います。もしかしたらそのまま一度日本に戻るかもしれません」
「そんなの聞いていないわよ!」
私が大きな声を出すと、ヤマナ氏は落ち着くように手で制しながらも続ける。
「博士は皆様が日本政府に追われることの無いよう取りはからっているのですよ。止める理由は無いでしょう」
「……レイザンは私の護衛よ。私に黙って居なくなるなんて許せないわ」
「では新しく護衛を雇われてはいかがですか?良い人材をご紹介しましょうか」
「レイザンより強い護衛がいると思って?」
「それは難しい条件ですな」
私とヤマナ氏が言い合っていると、ヒシブキが立ち上がった。
「昼食にしましょう。空腹では頭の回転がにぶりますので」
確かに、お腹はすいてきた。
しかしヤマナ氏と食事をするのは気に入らないなと思っていると。
「では私はこれで。この手紙は十分に活用させていただきます」
サトウ氏の手紙を手に、ヤマナ氏は去っていった。
「レイザンがしばらく戻らないという話、どう思う?」
ヤマナ氏がいなくなったあと、昼食を食べながら皆に問うてみた。
彼と顔を合わせない時間が長くなってきて、落ち着かない。
本当に日本に戻ってしまうのか。違うと言ってほしかった。
「確かに日本政府とは直接の対談が必要になってくるかとは思います。ですが、日本に行ったら霊魂隔離室に入れられてしまうかも」
ヒシブキがそう答えたが、それは何だろうか。
「魂過多の人間が物や他者の魂に影響を及ぼさないように、霊魂を閉じ込める部屋というのがあるんです」
「ミェドラ山の監視カメラ映像なんかも共有されてるだろうから、それはやむを得ないだろうな」
「つまり、牢屋みたいなものってことかしら?」
「自由に出られない部屋という点では、牢屋と同じですね」
私に黙ってそんなところへ行く。
主人の許可も得ずに、何をしているのかしらあの護衛は。
唇を尖らせているとカンナが面白そうに覗き込んでくる。
「……それでもおじょーさまはレイ兄が好きなんですね?」
「当たり前でしょ。あなたは兄が誰かの生まれ変わりだったからと言って、急に嫌いになったの?」
カンナは首を横に振って笑った。
「いや、だって私の知ってるレイ兄は、生まれ変わってるレイ兄だけですもん」
「なら私も一緒よ」
「ただ……」
カンナが普段あまり見ることのない、寂しそうな顔をする。
「両親には内緒にしたいってレイ兄言ってました。こうなったら、バレちゃうのかな」
誰かに生まれ変わるということは、まだ未発達な魂を上書きするということらしい。
つまり、真堂博士がレイザンを選ばなければ、彼自身の別の人生があったのだろう。
それが許されてよいのか。
自分の欲のために、他者の可能性を潰すのは殺人と同じではないのか。
自分の息子を他人に上書きされたと知ったら、親はどう思うのだろうか?
カンナへの返答はできずに黙っていたが、私はそれでもレイザンが好きだった。
愛する人のためならどんな手でも使う人。
それは、自分もそうだと思ったから。
気持ちがよくわかったのだ。
「レイザンは戻って来ないし、外には出られないし。やれることは限られるわね」
昼食を終えてケイゴ氏の研究室に戻り、今後どうするか話し合う。
そこへヒシブキが小さな機械を持って現れた。
「イスミト大聖堂の調査をしましょう。すぐ近くなので、虫ドローンを飛ばしました」
何を言っているかよくわからなかったが、すぐに目の前にイスミト大聖堂が映し出されたので、何をするのかは分かった。
ヒシブキが手元の機械を操作すると、まるで鳥になったかのように我々の視点が宙に浮く。
そして、視界には荘厳な3枚のステンドグラスが広がった。




