アルルーナ、映画の続きを見る
サンドラはまた水の中で目を覚ました。
浮上すると、先程と同じ湖の中。
体に外傷はなく、熊に食われた跡もない。
また一番近い岸まで泳いでいくと、集めた木の枝や石と共に、自分の無残な遺体があった。
見たところ、死後数日といったところだろうか。
死体を見るのは初めてではないが、自分の死体を見ることになるとは思わなかった。
「この星が、私をここに連れてきたのね」
何故、どうやって、などわからないことは多々ある。
しかし、地球で宇宙連邦の使者から習ったことを考えれば、星の意思というものがこの状態を引き起こしているのだろう。
星には意思があり、それは魂の裏返りを目指しているようだ。
魂の濃い生命体を目指して、生命を創り進化させる。
だが、基本的に進化は物質界のシステムで動いており、星はそのシステムにいくつか手を入れる程度の干渉をする。
星の干渉は気まぐれであり、どうすれば知的生命体になるかは星にもわからないようだ。
そのため、この永星のように知的生命体の発生に至らず進化が行き詰まった星が多々ある。
地球の場合は進化がある程度うまくいっていたためか、ほとんど干渉はなく人間に星の意志が気づかれることはなかった。
星の意思が、星の魂そのものの意思なのか、それとも高位の次元に意思を持った存在がいて星を操っているのか、確かめるすべはない。
「放って置けば日本人が移住してくるのに、馬鹿な星」
私にここでどうしろというのか。
現代人が裸で放り出されて、生きることすらままならないとは思わなかったのだろうか。
「いえ、思うとか、そういう次元の生き物ではないのよね」
星は試しているだけだ。より沢山魂が得られるような方法を。
特にこの星は進化に行き詰まっていた。
そこに魂の濃い知的生命体が現れて、どうにか増やそうとしているのだろう。
だが星には分からない。人間がどれ程脆いか。そしてひとりでは増えることができないということが。
「何回私が死んだら諦めてくれるかしら?」
そこからサンドラは何度も死を繰り返した。
餓死、凍死、外傷からの病死も経験したが、そのたびに湖で目を覚ます。
サンドラを食べた熊は人の味を覚えたようだ。
熊の縄張りから外れるように何度か場所を変えたが、執拗に狙われる。
サンドラも反撃し、片目を潰したり、木片を突き刺すことはできた。
しかしその後はいつも食われた。
「火がない事には、どうにも長生きはできないわね」
火をつけることはまだできていない。原始人を尊敬する。
季節は秋になり、凍死することも増えてきていた。
このままだと今生も凍死だと頭を悩ませていると、湖が水音を立てる。
湖から動物が生まれることは珍しくないため、またそれかと振り返ると。
今回は人間だった。
水中でもがいている誰かに向かって手を振ると、こちらに向かって泳ぎ始めた。
近づくにつれ、見知った顔だとわかる。
「ミハイル!あなたまでここに……」
「サンドラ!?君は死んだはずじゃあ」
体力を消耗し、混乱しているミハイルをまずは落ち着かせる。
脂肪が少ないからか体の冷えがひどいようだ。
なんとか体を温めようとしていると、もうすでに慣れた気配が現れた。
「出たわね……良いわ。ミハイル、あいつを倒すのを手伝って」
「えっ……な、く、熊!?なんで……」
ミハイルに、何生か使って作り上げた石器の槍を手渡す。
「こんなので倒せるわけ無いだろう?!」
「そうね。今回もきっと死ぬわ。でも少しずつダメージを与えていけばいつかは」
「君が何を言っているのかわからない!」
ミハイルは混乱したまま、熊の威圧に後ずさる。
「詳しい説明はまた次に会ったらね」
ミハイルの槍は役に立たなかったが、別に作っていた石槌は大分ダメージを与えられたようだ。
残念ながら途中で壊れてしまったが、材料が残っていることを期待する。
そう思いながら湖から上がり、いつもの拠点に移動した。
寒さが厳しい。気を抜くと意識が持っていかれそうだ。
見慣れた自分の死体の近くから壊れた槌の材料を集める。
ミハイルの死体もすぐ近くにあった。
恐怖に怯えた顔をしており、かわいそうに思った。
何生か前に簡単に作った小屋で風をしのぐ。
槌を修理し、木の実などの食料を備蓄する。
体力があるときに仕掛けようと、小動物用の罠も作った。
そうして数日なんとか耐えると、ミハイルが湖から再度産まれた。
時間差があるのは、星が物質界に干渉する力には制限があるということだろうか。
「おかえり、ミハイル」
「サンドラ、君は……君はこんな事を、何度繰り返したんだ?」
「まだ50回には達していないわね。さあ、生きるわよ」
ミハイルはできるだけ死なさないようにしたかったが、火がないことと気温が下がってきたことで、なかなか生き延びるのが難しくなってきた。
何より、水中から始まるのがきつい。
水分が体温を容赦なく奪う。
運良く罠にかかった兎の毛皮で身体を拭うが、裸では冬は耐えられないだろう。
火、せめて服がほしい。
幾度目になるか、片目のない熊と対峙する。
冬眠前だと言うのに細い体を見て、相手もまた星に弄ばれる被害者なのだと思う。
「でも、私を襲うのはリスキーでしょう?」
いつだったか、足の骨を砕いてやった。
今は三つ足で歩いている。
体にはいくつも枝や槍が刺さり、そのうちのいくつかは毒草の汁を塗った。
それに引き換えこちらは生まれ変わりたての無傷だ。
「今日こそ勝つ。大丈夫、どうせあなたもまた生まれ変わるわ」
寒空の下、熊が一声鳴いた。
眼の前で、大きな熊が息を引き取る。
サンドラ自身も大怪我を負い、もう長くないと経験から感じた。
「サンドラ!」
ミハイルは軽傷で済んでいる。良かった。
「熊の、皮を服にしましょう。腱を糸に、歯を針にして……」
「わかった。あとはやっておく。もう喋るな」
「すぐ戻るわ……死なないでね」
そうは言ったが、死ぬときはいつも『今度こそこのまま死ねないだろうか』と願ってしまう。
そしてその願いはやはり叶わなかった。
「なんなのこれは。デザインもへったくれもないわ。もう少しなんとかならなかった?」
「仕方ないだろう、こんな事やったことないんだから……」
ミハイルに任せた皮の処理は、ヘンテコな形の服もどきという結果になっていた。
仕方無いとそれを着ていると、ミハイルが湖を指差す。
そこにはあの大きな熊が、また湖から産まれてきていた。
「サンドラ」
ミハイルが石器を渡してくる。
熊はこちらを一瞥し、その場に倒れ込んだ。
数日そのままの体勢で居たため、近づいてみると死んでいるようだった。
「この生に絶望したのかしら?熊のくせに、私よりメンタル弱いのね」
「いや、君も……何でもない。皮を剥ごう」
2回目は少し慣れて、皮に傷も少なかったためちょっと良い服ができた。
固くて着心地は悪いが、無いより遥かにマシだ。
あとは火が得られれば良いのだが。
3度目に熊が産まれたときは、こちらを見もせずどこかへ走り去っていった。
またそこで死んでくれれば皮が得られたのに、と思ったが、流石に酷いと思い口には出さない。
季節が進むにつれ、湖から産まれる生き物は少なくなっていった。
また、生き返るまでの間隔も長くなっているようだ。
冬の湖は冷たすぎて、泳いでいる途中でショック死ということもあったので、死んでいる期間が長いのは助かる。
ポールが湖に現れたのは、湖面が凍り始めた頃だった。
凍りきる前で良かった。ミハイルと二人で助け出し、意識が朦朧としているポールをなんとか暖める。
火がないので厳しいかと思ったが、なんとか会話ができるようになる。
「隊長……、ミハイル……ああ、ここは天国なんですね?」
「違うわ。ここは星の反対側よ。私達は別大陸に連れてこられたの」
そう言っても、ポールは理解できないような顔をする。
「寒い……寒いです、隊長……」
「がんばって!ここではまだ火が起こせていないの。あなたの気力次第よ」
「火……」
ポールが周りを見渡す。
我々の服装や、小屋とも言えない拠点を見て絶望的な顔をした。
「隊長……自分はもう駄目です」
「心を折っては駄目!ポール!!」
「氷です……氷をレンズに、火をつけれるかもしれません」
ポールが湖を指差した。
そしてその手は地面に落ちる。
ポールは意識を失い、息を引き取った。
「ポール……ありがとう。次会うときまでには、きっと火を手に入れるわ」
ミハイルと二人で簡単な筏をつくり、晴れた日の朝にできるだけ分厚く透明な氷をとった。
この湖の水はとても透明で、氷もよく光を透す。
石器で氷の形を整え、表面は体温で滑らかにした。
手がかじかむが、背に腹は代えられない。
ミハイルと交代で氷を滑らかにし、凸レンズのような形状を作る。
光が集まるように何度も形を整え、手の感覚がなくなってきた頃。
火口にした木くずから煙が立ち始めた。
暖かい。
そして、明るい。
拠点の中にしっかりとした焚き火ができた頃には、日が沈んでいた。
しかし、今我々は夜なのに明るさの中にいる。
久方ぶりの暖かさに、ミハイルと手を取り合いながら、泣いた。
「本当に氷で火を起こすなんて、さすが隊長」
その後再度湖から産まれたポールが、拠点を改築しながら言った。
やはり男手が二人もあると助かる。
「必死だったのよ。ほんとに、火ってすばらしいわ」
食材も加熱できるようになり、ここしばらく死んでいない。
「アナイスと悠理は地球に帰ったんですって?」
「はい。隊長に続いてミハイルも原因不明の死亡事故、ってことで宇宙連邦が調査に来まして。二人は帰星を希望したので」
「あなたは希望しなかったの?」
「二人が亡くなった原因が知りたかったんですよ。こんな形で知りたくなかったですが」
「それで、宇宙連邦はなんて言ってたんだ?」
森へ採集に行っていたミハイルが戻ってきていた。
冬になって食料は渋いが、たまに湖に半分凍った小動物が流れ着くので何とか食べることはできている。
「宇宙連邦もまだ調査中なんですが、俺が死んだことで調査が進んでることを期待しますよ。SOS、もっと大きくしときます?」
湖畔には枝や骨で作った大きなSOSの文字がある。
しかし、彼らが隣の大陸に気がつくのはいつになるだろうか。
そしてもうすぐ雪が積もる。あの文字も埋まってしまうだろう。
「いいわ。いつかは助けが来るわよ。私達は死ねないし」
「……そうですね」
アナイスと悠理はこの星を離れたおかげか、湖から生まれることはなかった。
しかしある日、湖に見知らぬ女性が現れる。
生まれ変わった時用に開けておいた氷の穴から人の顔が覗いており、慌てて筏を出した。
女性はメシュナーと名乗った。
「私は宇宙連邦から派遣された調査員だ。まさかこんな事になっているとは」
褐色の肌に黒い髪が美しいその女性は、額を押さえ眉根を寄せた。
宇宙連邦から来る彼等は、地球人と同じ肉体構成をした容れ物に魂を入れている。
本来であれば、魂は容れ物の形がある程度同じでないと入れ替えられないそうなのだが、彼等には魂の形状を容れ物に合わせる技術があるそうだ。
魅力的な外見の女性が熊の毛皮だけを身にまとっており、ミハイルとポールは目のやり場に困っている。
そりゃ、50のおばさんと比べたらこの若々しさは罪よね。
「こんな事は前例がない。地球人は面倒事を起こすのが得意だな」
「好きで起こしてるんじゃないわよ。貴重なデータが取れて良かったわね」
サンドラがそう言うと、メシュナーは苦笑する。
「ああ。霊魂研究者達にはよい研究材料だろうな。残念だが私はただの技官だ。君たちに変わって物質構成機と魂転送機の操作をしていたのだ」
ポールはメシュナーと面識があるようで、頷いていた。
「君達二人が突然死した件について、まずは連邦が貸し出した機械の不備が疑われた。しかし私も一通り点検したのだが、機械に不備はなかった」
我々は四人で鍋を囲む。
この鍋はポールが記憶を頼りに焼いた素焼きの鍋だが、意外とよくできている。
味の薄い兎鍋だ。今後できれば塩を見つけたい。
「次に未知の病気の可能性を調べた。物質医は何も見つけられなかったが、霊魂医の勘に引っかかる何かがあった」
「あら、じゃあ我々が死んでいないことは分かったの?」
メシュナーは首を横に振る。
「勘に引っかかる程度だ。何がおかしいのかは分からなかったが、普通の死体に比べて残存魂の跡が大きい気がするとは言っていた」
それが何を意味するのかわからない。
3人が頭の上に?を浮かべると、メシュナーはそれに気づき説明を加えた。
「生命は死ぬと魂が星へ帰るが、死体を構成するための魂が残存魂として残る。残存魂には、魂が分かたれたときに出来る傷跡のようなものがある」
メシュナーは木の枝で地面に器用に絵を描いた。
丸く魂を表した図に、枝でひとかき傷跡を入れる。
「今ならわかるが、物質界の原因による死ではなく、魂をむりやり引きずり出されたが故の死だったために、傷跡が大きいのだろう。それに霊魂医が思い至るかどうか」
「それに気づけば、こちらに来ていることもわかる?」
メシュナーは顔の横の黒髪を耳にかけ、横のポールを見た。
ポールは少し照れたように笑っている。
「魂のつながりがないとサーチできない。そこでそのポールを使って魂をサーチしようとした。その矢先に死なれたが」
ポールは、好意があって見つめられたわけではなかったことにしょんぼりとしている。
当たり前でしょうに。
「もうあの基地に死んだ3人と深いつながりのある者はいない。手詰まりだということで、霊魂医達はこの星を後にした。そして私が死んだ」
「そういえば、何故日本人より先にメシュナーがこちらへ来たの?」
「物質生成機を使用したからだろう。入れる魂は地球のものだが、肉体を構成したのはこの星の魂だ。星の魂を増やすということは、星と深くつながってしまう」
「だから私、ミハイル、ポールの順だったのね」
それはあの機械を動かす役目の順だった。
「貴女の仲間は貴女をサーチできないの?」
「やっていると思う。まだたどり着かないが。だから、私は基地にいる仲間とチャネリング出来ないか試してみる」
「そんな事ができるのね!」
これは早く助けが来るかもしれない。
ミハイルとポールと顔を見合わせ、喜ぶ。
しかしメシュナーは苦い顔をしている。
「現代の地球人が裸で放り出されたら手も足も出ないように、私も現代人だ。普通ならチャネリングには専用の補助道具や設備がある。何もないここで、しかも体は地球人の体で、できるかどうかはわからない」
我々の拠点から少し離れたところに、もう一つ小屋を建てた。
そしてそこをメシュナーのチャネリングスペースとする。
メシュナーはよく分からない絵や文字を壁面に書き、なぜか熊の頭骨等を配置していく。
まるでシャーマンだな、と思うが、地球のシャーマンも実は魂を操っていたのかもしれない。
メシュナーは集中すると言い、我々に出ていくように言った。
「ポール、勝手にあっちの小屋に行くなよ。お前は昔から女に目がないからな」
「お前こそ、ず〜〜っと尻ばっかり見てたじゃんか。わかんないねえ。俺は乳派」
「あなた達、あんまり馬鹿なこと言ってたら寒中水泳生き返りの刑よ」
そう言うと、ミハイルとポールは背筋を正して拠点へと歩いていく。
その姿が面白く、またこんなふうに人と会話できることが嬉しくて、笑った。




