アルルーナ、映画を見る
「おじょーさま、起きてくださーい」
カンナの声で意識が浮上する。
真四角の部屋、ふかふかの白い布団、手にはカンナの手帳を握りしめている。
レイザンと会ったのは夢だったのだろうか?
いや、夢じゃなかったはずだ。
彼に握られた手の感触は今も思い出せる。
「おじょーさま、起きました?」
カンナがドアをノックする。
「今起きたわ。ちょっと待って」
昨日、柄にもなく走ったせいだろうか。
足がなんだか痛い。
「どうしました?」
ドアの隙間からカンナが顔を出す。
「足が痛いの」
「筋肉痛っすね〜。かわいそうに」
「ここの技術でスッと痛みを取ったりできないのかしら?」
「痛み止めの薬ならあると思いますけど、普段から運動してたらあんまりならないんすよ。おじょーさまは運動不足だから」
「悪かったわね」
カンナが水で濡らした布を持ってきてくれて、それで冷やすと少し良くなった。
「マリーは起きてる?」
「起きてると思います?」
まあ、そうよね。
旅の間、いつも最後に起きるのはマリーだった。
「今日は9時に迎えが来るらしいので、それまでに朝ごはんを食べないといけないっす。今はもう8時なんで」
「あら、もしかしてこの手帳のこの部分は時刻?」
手帳に映し出されている数字は、見るたび変わっていて何だろうかと思っていたのだ。
「そうっすね。あと、それは手帳じゃなくてタブレットっていいます」
文字盤じゃなく数字で時刻が読めるなんて、見やすくていいわね。
しかも1分単位で表示が変わっている。
きっととても精確な時計なのだろう。
そういえばこれには東海諸島語ではなく大陸共通語が使われている。
普通に読んでいたが、よく考えると不思議だ。
「このタブレットは大陸共通語でも書けるのね」
「ああ……おじょーさま達が使っている大陸共通語は、宇宙共通語とほとんど同じなんです。だから翻訳が表示できるんすよ」
「私達は宇宙共通語を使っているの?魔人達がそう教えたの?」
「そういうのも含めて、今日説明があるんだと思うっす」
やはりまだ聞かなければいけないことが山ほどあるようだ。
今日で終わればいいのだが。
学校でサンドラ大陸の歴史を何年もかけて教えられたことを思うと、そうはいかない気がしてきた。
マリーを叩き起こし、食堂へ向かう。
食堂では10人ほどの人が集まっており、それがみな東海諸島人なのが不思議な感じだった。
部屋の奥にザカハとヒシブキの姿が見える。
「おはようザカハ、ヒシブキさん。レイザンはどこ?」
「皆さんおはようございます。レイザンさんは早朝にイスミト入りした山名支部長と打ち合わせ中です」
「起きたらコイツがいてビックリしたぜ。お前らも眼鏡貰えよ」
そう言うザカハは細い銀縁の眼鏡をかけている。
妙に似合っているなと思っていたら、横にいるカンナが「ひぇえ……かっこいぃぃ〜………」と変な声を出した。
漏れてるわよ、心の声が。
マリーもヒシブキから赤く透き通った縁の眼鏡をもらい、上機嫌だ。
「おお〜。早速これで朝食を選んでみようかのう」
私は昨日借りた眼鏡と交換で、金縁の眼鏡を貰う。
わざわざ一人一人色を変えるなんて、まめなことをする男だ。
「朝食後に個人設定の方法をお教えしますね」
「よく分からないけど、お願いするわ」
レイザンがそばにいないのはなんだか落ち着かない。
「レイザンはいつ頃戻るかしら?」
朝食のパンを食べ終えて、りんごのジュースを飲みながらヒシブキに訊く。
「ううん……今日は戻らないかもしれませんね。ここは安全ですのでご安心ください」
「そんなに?そうなの……」
私がしょんぼりしていると、ザカハが口を挟む。
「いない方がいいんじゃねえの。あいつの事、ケイゴさんに訊けるだろ」
「あら、レイザンが居たって訊くわよ私は」
その答えにザカハは呆れた顔をし、ヒシブキは笑ってイヤリングを揺らしていた。
その後、ヒシブキに眼鏡の個人設定というものをしてもらった。
眼鏡にはいろいろな機能があり、それを持ち主以外が使えないようにする事だそうだ。
「どんな機能があるのかしら。ものが宙に浮かんで見えるのは分かったのだけど」
「例えば、そうですね……右上のカメラのアイコン……じゃなくてええっと……こういう絵を見続けてみてください」
ヒシブキが空中にさっと絵を描いた。
たしかにその絵のような小さい絵が視界の右上にずっとある。
他にもいくつかの絵があるから、これがひとつひとつ機能を表しているのだろう。
と、思っていたら視界が少し変わった。
「見続けるとこういう画面になると思います。そうしたら、親指と人差指をこうしてみてください」
ヒシブキは右手の親指と人差指を直角にして、顔の前に出す。
ザカハとマリーと3人でそれを真似すると、視界が一瞬瞬いた。
「これで写真が撮れました。左上の戻る矢印をまたしばらく見てください」
「??今のは何なのじゃ?」
「マリー、とりあえず言うとおりにしてみましょう」
ヒシブキの指示に従って、言うとおりに左上やら右上やらを見ていると、自分の視界が1枚の絵になったかのようなものが現れた。
「それが写真です。見ているものを記録することができます。動いているものを記録することもできますよ」
「こりゃもう絵描きはいらねえな……」
ザカハがそうつぶやくと、ヒシブキは首を横に振る。
「絵と写真は別ですよ。絵を描く仕事は無くなっていません」
「そんなもんか」
「これがあれば、思い出が記録できて良いわね」
教わったやり方でカンナやマリーの写真を撮っていると、カンナがうなずく。
「私、2年前からのおじょーさまの写真ありますよ。見ます?」
「私もそれ見たいのじゃ!」
マリーがそう言うと、カンナはいくつもの写真を空中に広げ始めた。
小さくて見えない写真は触れると大きくなり、両手ほどになる。
「あら、これはカンナが書籍館に来たばかりの頃ね。懐かしいわ」
「おっ、これは最近じゃな!私がいる」
「おいおい、俺もいるじゃん。俺ってこういうふうに見えてんだな」
まるで過去の自分が生きているかのような絵に、3人とも興奮してしまう。
カンナはこの旅のあいだ、何枚も写真を撮っていた。
エジオステの峠から水平線を眺めているところや、大きな鯨の骨とアシリーさん。
アーヤールア川の蒸気船に、キキヤキの街並み。
リトゲニアでのシド王子とレイザンの模擬戦は、一部始終をカンナの視点からもう一度見ることができた。
自分の記憶がかなり曖昧になっていることに気づき、もっと早くにこの技術を手にしていたかったと悔しくなる。
カンナの写真には、当たり前だがカンナが写っていない。
「これって貰うことはできるの?」
「できますよ。ちょっとまってくださいね」
カンナが私の写っている写真を一枚選び、何かをして私に手渡した。
それを手に取ると、私の眼鏡に吸い込まれるように消える。
貰った写真の見かたも説明してもらった。
「写真を人にあげるにはどうするの?」
「えっと、撮った写真を選んで、あげる相手を選んで……」
カンナの説明を聞きながら、さっき撮ったカンナの写真を渡す。
貰ったカンナは少し驚き、嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!えへへ」
そんな事をしていたらあっという間に9時になってしまっていた。
眼鏡の視界には9:12という数字が見える。
「大変。遅刻だわ」
「大丈夫ですよ、渓吾は時間にうるさくないので。では行きましょうか」
ヒシブキがのんびりと立ち上がる。
我々は食堂を後にし、昨日の部屋へ向かった。
ケイゴ氏は部屋にまだ来ていなかった。
「やっぱり……少々お待ち下さい」
ヒシブキは片手を耳に当てた。
「……もしもし?渓吾?もうこっちは着いてるんだけど。……え?9時って言ったのはそっちだろ。じゃあ待ってるから」
何やら独り言を言っているが、どうもケイゴ氏と会話をしているらしい。
ヒシブキは手を耳から離してため息をついた。
「待っている間、通話方法をお教えしましょうか」
この眼鏡を使えば、遠くにいる人と話をしたり、文章を送ったりできるそうだ。
ザカハがこれは便利だと感心していた。
「これまで手紙送るのに何日もかかってたのがこれなら一瞬だろ?仕事の早さが違ぇよ」
「その代わり待ち時間がないので仕事は忙しなくなりますがね」
ヒシブキの言葉に、ザカハが納得していた。
マリーは文章の書き方が慣れない様子だ。
「文字はペンで書くほうが早いのじゃが……」
「慣れるとペンより早くなりますよ」
「ほんとかのう」
そう言ったあと、短い文章が私の視界に現れた。
マリーから送られてきた文のようだ。
口では難しがっているが、まあまあ使いこなしているではないか。
その機能の練習をしていたら、ようやくケイゴ氏が現れた。
「うぃーす。みんな早いね。おじさん眠くてダメ」
「年をとったら早起きになると聞いたけれど」
「俺そこまで年取ってないよ〜」
ケイゴ氏の年齢はよくわからないが、身なりをちゃんとしたらもう少し若く見えるのだろうか。
今日もボサボサの髪と無精ひげ、さらに昨日よりダルダルの服を着ている。
「昨日はどこまで話したっけ。俺達がサンドラ大陸にできるだけ干渉したくない理由は分かった?」
「ええ。星の魂が濃くなることで、裏返るのを先延ばしにするためでしょう」
そう返すと、ケイゴ氏は小さく拍手をした。
「いやすごい。こんなに理解が早いと助かるわ。じゃあ、今日特に聞いておきたいこととかある?」
マリーとザカハを見ると、黙っているようなので私が答える。
「レイザンが何者なのかを知りたいわ」
私の発言に、ケイゴ氏はボサボサの頭を掻いた。
「あの人はなぁ……うーん……じゃあまずサンドラ大陸の古い話をしようか」
まずは転生者とか、地球のことを聞かれると思ったとケイゴ氏はつぶやく。
そして、ケイゴ氏は机の上に大きく絵を浮かび上がらせた。
その絵は動いているので、さっき説明を受けた『映像』というもののようだ。
「これは過去に実際あったことを元に作られた、劇みたいなものだ。だから一部誇張はあるかもしれないが、大筋は本当だと思っていい」
劇には解説の声もついていたが、分からないところはケイゴ氏が補足してくれながら、我々はしばらくそれを眺めた。
劇の主人公は、サンドラ・グリーンという女性だ。
サンドラは金の髪とグレーの瞳をしており、少しだけ私に似ていた。
演じているのは役者だが、見た目は本人の外観を再現しているそうだ。
サンドラを含む男女5名は、地球人が住める環境かどうかを確認するための先遣隊としてこの星にやってきた。
この役目には地球で宇宙飛行士の訓練を受けたものが選ばれ、他にもいくつかの星に同様の先遣隊が送られている。
一行は永星の2つの大陸のうち、広いほうに降り立った。
「知的生命体はいなさそうね。事前情報どおりだわ」
サンドラは地上の分析結果を見ながら言った。
「宇宙連邦とやらを信用してもいいのかな?」
「彼らが僕らを騙すメリットは無いよ。魂の話は、まだよく分からないけど……」
二人の男性が会話をしている。
背の高いほうがミハイル、東海諸島人のほうが悠理という名前だった。
その横で、アナイスという女性が光る床に座って目を閉じている。
「……地球と連絡が取れたよ。環境に問題がないことを伝えた。他の隊の報告がまとまったら、移住を開始するって」
アナイスが目を閉じたまま言う。
「その、魂で通じ合うってどういう感覚なんだ?どういう技術なんだろう」
「技術は私もわからないけど、魂には物質界での距離が関係ないんだって。その代わり、地球との心の距離が離れちゃうと連絡がつきにくくなる」
アナイスが目を開けて立ち上がると、床の光が消えた。
ポールという男性は、不思議そうにその床を調べている。
「この星は知的生命体の育成に失敗したみたいね。小さな二足歩行の動物はいたけれど。ネズミ程度だわ」
サンドラがあの本を食べる害獣の、ロムの情報を記録しながら言った。
「そう思うと、地球はだいぶうまくやった方よね。なぜ地球は魂が漏れるようになったのか宇宙連邦でもわからないんでしょう?」
問いかけられたミハイルが答える。
「初めてのケースらしいね。ただ、地球にも魂の研究をしていた人間が居たらしくて、その記録を今見直しているらしいよ」
「オカルトだのスピリチュアルだのを信奉している人の中に、本物がいたってわけね」
「何でもあの日本の邑日グループが、ずっと研究してたらしくてさ……大企業様は考えることが違うなあ」
「そういえば今この星に向かっているのは、日本の移民船なのよね?悠理の国ね」
サンドラが声をかけると、何かの実験をしていた悠理が振り向く。
「そうですね……僕の家族は乗らなかったらしいですけど。あれって、僕たちがここまで来た方法と同じで、魂だけ運んで肉体はスキャン情報をもとに現地でプリントするって方式じゃないですか」
悠理が指差した方向には、部屋一つ分ほどの大きさの水槽がいくつも置かれている。
「そうね。私達からしたら、何万光年もテレポートしたのと同じだわ」
「でも、もとの肉体から魂を外すってことは、一回死ぬみたいなもんでしょ。肉体はスキャンデータそっくりそのままとはいえ、前とは違う体に入って生き返る。親世代ではそんなことするより地球で死にたいって意見が強かったですね」
「うちの国でもそうだよ。若い人でもそう言う人はいっぱいいた」
ポールが横から口を挟む。
「ちゃんともとに戻れなかったら、って不安もあるよね。俺たちは身をもって生き返りを体感したからいいけどさ……おっと、もう日本人の第一便が届くみたいだぞ」
日本は地球の中でも魂過多の症状が特に多く出ており、移民が急いで進められたそうだ。
そこで一度ケイゴ氏が映像をとめ、重ねるように違う写真を出す。
「魂が星から漏れ出ていると、産まれるときに魂を多く与えられてしまう。そういう子供はこういう見た目になる。見たことあるだろ?」
その写真には、白髪で白目が黒く、まぶたが頬まで裂けた子供が写っていた。
まるで、昨日のレイザンと同じだ。
ヒシブキも驚いたように写真を見ている。
「これは……初めて見た。こんなの教わった覚えはないですよ」
「まあ、霊魂学者か医者じゃなかったら知らなくてもいい話だしな。それに、こういう人間が産まれるようになったらもうその星はダメだ」
「でもレイザンは……」
私がそう言うと、ケイゴ氏は手を振る。
「ありゃ先天的なもんじゃない。後天的なもんだ。自ら魂を増やしてあんなんなってる。あの人絶対頭おかしい」
「ちょっと。言いすぎじゃなくて!?」
私が机を叩くと、周りはビクッと身体をすくめた。
ケイゴ氏も申し訳無さそうに頭を下げる。
「すまん、言い過ぎた。とりあえず、続きを見てくれ」
サンドラたちは日本人の魂と付随した肉体のスキャンデータをもとに、次々と人間をプリントアウトしていく。
並行して人間以外の生物もプリントし、地球の生態系を再現する役割も進めていた。
プリントするためのマテリアルは地中や水中から得ているそうだ。
宇宙連邦の進んだ技術は使い方だけ教えられ、あとは秘匿されている。
まるで神の如く生命を作り上げていくさまを、地球人は眺めることしかできなかった。
サンドラ隊は移民に機械の使い方を指導し、ある程度地盤が固まったら一度地球に戻る予定であった。
そんな時事件は起きた。
「誰か!サンドラが……サンドラが……!!」
アナイスが叫び、男性陣も何事かと声のしたほうへ集まる。
アナイスは、ぐったりとしたサンドラを抱きかかえて震えていた。
「息をしてないの……急に倒れて……脈もない……」
「何だって!?」
急いで救命措置をしたが、サンドラは目を覚まさなかった。
死因も不明で、先遣隊はリーダーを喪い悲しみに暮れる。
不可解な事故は起きたが、日本からの移民作業はそのまま続けられた。
大陸の向こう側、翡翠のようにきらめく湖の湖面は凪いでいる。
湖の縁では、何かの動物が水から上がってからだをふるわせ、水をきった。
そしてどこかへ走り去っていった。
湖の中では、つい最近までいなかった地球の魚たちが泳ぎ回っている。
魚たちが一斉に泳ぎ去る。
水底から白いものが浮かび上がり、静かな湖面に勢いよく波を立てた。
「っハァ!な……何!?何で水……」
サンドラは冷たい水から顔を出し、立ち泳ぎをしながら周りを見渡す。
「ここは……何処?私は……基地にいたはずなのに」
ひとまず、全裸で泳いでいては体力がいつまで持つかわからない。
水から上がるために、一番近い岸を目指して泳ぐ。
湖は広く、岸に着く頃には体力が限界に近かった。
「はぁ、はぁ、はぁ……寒い……」
周りに人の気配はない。誰かに拉致されたのだとしても意図がわからない。
震える体を抱えながら、回らない頭をなんとか回す。
息を整え、鼻先から滴る水滴を数えていると、少し落ち着いてきた。
気温が高かったのが幸いだ。それでも火を起こしたほうがいい。
サバイバル訓練を思い出すが、その時の装備は何もない。手ぶらでどう生き延びたら良いのか。
植生を見れば、どうやら永星のどこかのようだ。
とりあえず枯れ枝を集めてみる。
木をこすってもなかなか火はつかない。手が痛くなるばかりだ。
火打ち石になりそうな石もない。
「日が暮れてしまう」
高かった日も今は地平に落ちようとしている。
空には二つの月が登り始めていた。
火起こしも成功せず、空腹もあり心が萎えそうだった。
「何故こんなことに?」
誰かの陰謀だろうか。リーダーが疎ましかった基地の誰かの犯行?
でも殺すならすぐに殺せるはず。
こんなところにまで連れてくる理由はなんだ。
そんなことを思っていたら、後ろで足音がした。
助けか、敵か。
咄嗟に近くの枝を掴んで振り返ると、そこには大きな熊がいた。
熊は明らかにこちらに狙いを定めている。
「……神よ」
抵抗虚しく、サンドラは熊に捕食され息絶えた。




