アルルーナ、レイザンと対話する
「つまり、俺達は死んだら地面の下にあるでっかい魂のかたまりに吸収されて、おしまいってこと?」
ザカハが何度目かの質問のあとにケイゴ氏に聞いた。
「そうそう。たま〜に分解しきれなかった記憶みたいなのを持ったまま次の生にいく魂もあるみたいだが、極めてまれかな」
「魂を成長させるというのは、勉強をたくさんするということかの?」
マリーも頭を抱えながら聞いている。
「勉強もそうだが、深く思考したり、複雑なものを創り上げたりすることもそうだな。魂を濃くするとも言う」
「他の人と同じ夢を見ることは、魂に関係している?」
私がそう口に出すと、ケイゴ氏の顔色が変わった。
「それは誰から聞いた?」
「私自身の話よ。カンナやレイザンと夢で会ったことがあるわ。レイザンから薬をもらってからは落ち着いているけど」
「……夢を見るっていうのは、死ぬ以外で魂を星に還す方法でもある。眠ると物質界と魂のつながりが弱くなり、弱い記憶や想像を星に還して、魂を薄める」
ケイゴ氏は手元の虚空を操作して、我々の前に別の図を示す。
大きな星を包む靄からは、いくつもの枝が生えており、その先に人の形がある。
枝は根本ほど太くなっており、まるで星に棘が生えているかのようだった。
人の形が眠ったようになると、魂のもやが星に向かって流れるような動きをする。
「夢を見るとき人の魂はこのあたりまで降りてくる。このあたりは物質界である魂の先端部分より魂同士が近い。このとき、魂過多の人間は夢に周りの魂を巻き込むことがある」
一つの幹が太くなり、他の幹を飲み込んだ。
「つまり私は魂過多ってことかしら?」
「いや……レイザンさんの方じゃないかね?そうだろう?」
ケイゴ氏がレイザンに意見を求めると、レイザンは首を横に振る。
「いや、お嬢様の方だ。少し魂が溢れているようだったから、バウンダリー強化のためにパスレイン錠を処方している」
「それは未成年の成長に伴うズレのレベル?それとも」
「たまに報告されるレベルの症状だ。そろそろ落ち着く頃だろう」
そこまで聞いて、ケイゴ氏の緊迫した空気が解けた。
「いやすまん。たまにあるんだ、子供は身体の成長と魂の成長にズレが起きやすくてな。魂過多になりやすい」
「私は身体が小さいからかしら」
「いや、背丈はあまり関係ないんだが……ともかく、アルルーナさんのは大人になればズレが解消されて無くなるから安心していい」
「安心できない場合というのは?」
そう聞くと、ケイゴ氏は腕を組んで悩み始める。
「例は少ない。だから言えることも少ないんだが……人が星になってしまうことがある。何らかの理由で魂が多い場合、無理に押し込めたときに濃度が高くなりすぎて裏返っちゃうっていうね」
人が裏返る、と聞くとなんともグロテスクな想像をしてしまう。
「でもまあそんな事は殆ど無いな。地球で1件、他の星で2件くらい報告されてるだけ」
宇宙とはとても広く、この宇宙で知られた例が3件というのは、砂浜の中の3つの砂粒程度のことらしい。
自分が4粒目にならなくて良かったと、よくわからないがホッとした。
あっという間に時間は過ぎ、マリーやザカハも疲れて口数が少なくなっている。
それを見たヒシブキが手を挙げた。
「今日のところはそろそろお開きにしてはどうですか?色々詰め込んでも、溢れるばかりですよ」
「そうだな。部屋もできた頃だろうし、案内しよう」
ケイゴ氏の研究室を出て窓のない廊下を歩く。
幾人かとすれ違ったが、軽く礼をするだけで特にじろじろと見られることもなかった。
彼らは皆ここの研究員だという。
文化や歴史の研究者もいるが、主に霊魂を研究しているそうだ。
「イスミトは転生者が産まれるからな」
ケイゴ氏はそう説明する。
今日は多くのことを聞いたが、まだ転生者の仕組みは分からない。
転生者の話は明日聞かせてもらえることになった。
「この手前の部屋が男性陣、奥の部屋が女性陣用だ」
そう言ってケイゴ氏はドアの前で何か操作をしている。
そしてレイザンとザカハに扉へ手をかざすように指示した。
レイザンがまずやり方を見せるように手をかざすと、扉に光の筋が模様を描いて、消える。
なんでもこれで手をかざすだけで扉が開くようになるという。
「これは魔術じゃないの?」
「いえ、この部分に静脈センサーがついてまして……」
仕組みを聞いたのだが、頭の容量を超えたのか右から左に流してしまった。
今度もう少し基礎知識がついたら、また聞こう。
中に入ると、入ってすぐ横に扉があり、別の部屋と繋がっているようだった。
奥には小部屋が2つあり、中はふわふわのベッドと小さなテーブルが備えられている。
「部屋の大きさの関係で、5部屋は用意できなかった。申し訳ない。2部屋しかないが、中にこんな感じで個室は設けてあるので我慢してほしい」
ケイゴ氏が閉まっていた横の扉を開くと、トイレや風呂になっているようだった。
「バスルームの使い方は後で秋浦兄妹に聞いてくれ。食堂はいつでも使用可能だが、自販機の使い方が分からなければ秋浦兄妹に聞くか、俺かアトを呼べ」
「ありがとうございます。ケイゴさん、滞在費などを払う必要は?」
ケイゴ氏は手を振り、いらないと言った。
「もらわない理由はちゃんとある。明日以降それは説明するから、今日はゆっくり休んでくれ」
奥側の部屋にマリーとカンナと3人で入る。
先程は2つだった奥の個室が3つあり、その分少し広い部屋だった。
「ずっと並んで寝ていたせいか、分けられると少し寂しいわね」
「でもひとりになれる時間がずっと無かったっすよね。そういう時間は大事ですよ」
カンナの言うとおり、ここ最近は常に誰かといる。
ひとりになれるのはトイレくらいだった。
「そうだ、おじょーさまにこれ貸してあげます」
カンナがポケットから小さな手帳を取り出した。
「これはザカハを追いかける時にも使ったやつなんすけど、宇宙じゅうの本がこれで読める機械です。私はこの目があれば読めるんで、本当は必要ないんですけど……」
手渡された手帳を開くと、東海諸島語が書かれた絵が並んでいる。
カンナはそれを漫画というものだと言った。
絵で話が描かれているので、文字を読むより話の状況が理解しやすい。
だから小説より漫画のほうが好きだそうだ。
「これはだいぶ骨董品なんすけど、旅に出るときにレイ兄がわざわざ取り寄せてたんすよね。発信機能が付いてるから、念の為私に持っておけって渡されてて……でも多分、それはおじょーさまにあげるのが正解なんじゃないかなって思うんす」
カンナが頁上を指で操作すると、絵と文字が消え、大陸共通語で本のタイトルらしきものが羅列された。
カンナがそのうちの一つを触ると、本の表紙と内容の簡単な説明が浮かび上がる。
「ここを一回触るとあらすじが読めるっす。好きな本を読んでみてください」
「……この小さな手帳に?宇宙じゅうの本が??」
「厳密には、本の内容は別のところにあって、それを見るだけの機械っす」
よくわからないが、私が夢に見たような宝物がいま手の中にある。
簡単な操作方法をカンナから聞き、本当に様々な本が読めることがわかった。
「素晴らしい……素晴らしいわ。あなた達、ズルいわよ。こんなの早く教えてほしかった」
「でも日本のことは隠さなきゃいけなかったし、もし渡したらおじょーさまずっとそれ読んじゃうでしょ」
「それはそうだけど」
「いいのう〜。私もそういう便利なもの欲しいのじゃ」
マリーが覗き込んできたが、文字ばかりなのを見て興味を失ったようだ。
「夕食にせんかの?腹が減ったぞ!」
「…………そうね。先に食事をしたほうがいいかも」
「そうっすね。はいおじょーさまそれ閉じて閉じて」
渋々手帳を閉じ、いつもの鞄にしまった。
食堂には誰も居らず、3人で食事をした。
メニューはカンナに選んでもらったが、ハンバーグと白米という不思議な組み合わせだった。
しかしこれが意外と合う。
そう言うとカンナは「そうでしょう」と鼻を高くしていた。
なんであなたが誇らしげなのよ。
食事後に入ったお風呂は不思議だった。
お湯を使い放題なのも驚いたが、風呂上がりに横にあった円筒形の小部屋に入ると、びしょびしょの髪や身体がスッキリと乾く。
そういえばトイレにも同じような機能があった。
カンナも仕組みはうまく説明できないが、そういうものだそうだ。
備え付けられていた洗髪料も良い香りがして、いつもより肌はスベスベ、髪はサラサラになる。
ぐるぐると巻いた私の髪も、こころなしかゆるやかだ。
地下なので窓はないが、窓を模した額縁が各小部屋の壁にかけられている。
まるで外が見えているかのように、時間によって変化していた。
そしてもう夜だというのに部屋は明るい。
ベッドのそばにも読書灯が備えられ、いつまでも本を読んでいられそうだ。
「おじょーさま、早く寝てくださいよ。今日は絶対疲れてるから」
そう言いに来たカンナも眠そうだ。
マリーなんてフカフカのベッドに興奮した声がしたかと思ったら、すぐに寝息が聞こえてきたので、二人で布団をかけてあげて扉を閉めた。
「分かってるわ。ほどほどにする」
どのくらい寝ただろうか。
カンナから借りた端末をいじりながら、どんな本があるかを見ているうちに寝てしまったようだ。
まだ一冊も読めていないのは悔しいが、疲れているのか体が重い。
しかし一度目が覚めてしまった。
バスルームで水でも飲むかと思ったが、なんだか温かいものが飲みたい。
ヒシブキの眼鏡を持って、食堂へ向かうことにした。
廊下は暗かったが、私が歩いているまわりだけ明るくなる。
そして時間が経つとまた消えていくようだ。
暗い廊下には私の足音だけが響いている。
天井からは光る案内板が下がっており、東海諸島語と絵で方向が示されている。
ミェドラ山から降りるときに見た緑の看板も光っていた。
私はフォークとナイフの絵が示している方へゆっくりと進む。
食堂へついて眼鏡をかけると、先程の機械の前に東海諸島語が浮かんでいた。
これも、案内板のように簡単な絵が一緒に描かれていたのでだいたい意味はわかる。
飲み物の絵が描かれているところに触れると、様々な飲み物の見本が現れた。
しかしどれも味が想像できない見た目をしている。
カップに入った温かそうな飲み物のあたりを見ながら悩んでいると、後ろに人の気配がした。
「お嬢様、どうされましたか?」
レイザンが音もなく食堂へ現れた。
少し驚いたが、彼に会えた嬉しさが勝る。
「あらレイザン。のどが渇いて目が覚めてしまったの。温かいものを飲もうと思って」
「ではこのハーブティがおすすめですよ。眠りを誘う効果がありますし、香りもいい」
「じゃあそれにするわ」
鎧はつけずに薄手の黒い服だけを着たレイザンは、私と同じハーブティを選んでいた。
一番小さな円卓に向かい合って座る。
「大丈夫ですか?今日は色々なことがあったので、心配していたんです」
「私は大丈夫よ。マリーも爆睡してるわ。ザカハはどう?」
レイザンはすこし困った顔をしたが、微笑んだ。
「今は寝ていますよ。色々と混乱はしていましたが、『寝て魂を薄める!』と言って布団に入っていました」
「早速今日学んだことを活かしているのね。さすがだわ」
そう言って私も笑う。
眠ると魂の一部が星に還るというけれど、そんな話を聞いたら怖くて眠れなくなってもおかしくない。
なのに我々三人はちゃんと眠れている。
ここまで一緒に来たのがザカハとマリーで良かったと思った。
「本当に大丈夫ですか?」
レイザンが真剣な顔で聞いてくる。
「ええ。自分でも意外なくらいに、理解できたのよ。魂と星の仕組みとか、腑に落ちる感じがしたわ」
ハーブティを一口飲む。たしかに良い香りがする。
「それより、私はあなたの事が知りたいわ」
「私ですか?」
「そう。魔人大陸のことも、カイセン教のことも大体わかったわ。でもあなたのことは全然わからない。一番知りたいことなのに。それが知りたいから旅をしてきたのに」
レイザンをまっすぐに見ると、彼も目をそらさずにこちらを見た。
昼に見た、黒くひび割れた顔ではなく、いつもどおりの彼の顔。
彼は人ではなかった。
でも怖くはない。好きだという気持ちも消えない。
自分の理性が、『何故彼を恐れないのか』と問うてくる。
私はこれほどまでに恋に盲目な愚かな人間なのだろうか。
「明日、あなたの事を聞けるかしら」
「そうですね。もう少し……この星の歴史を学んだら、お教えできると思います」
「約束よ」
「……私が何をして来たのかを知ったら、お嬢様は失望されるかもしれません」
「しないわ」
「これまでの私は、その覚悟が出来ていませんでした。でも、今はなんとか心の準備が出来たのではないかと思います」
「しないって言っているじゃない」
2度言ったが、レイザンは寂しそうに微笑むばかりだった。
そして、彼は私の手を取る。
そんな事はこれまでに無かったので、心臓が早鐘を打った。
レイザンは私の手を大きな両手で握り込み、目を伏せた。
「私の事を好きになって下さって、ありがとうございました」
「レ………」
私が何かを言える前に、レイザンは私の手を離した。
そして、ニッコリと微笑んで静かにお茶を口にする。
「さあ、お茶を飲んだらベッドに戻らないと、すぐに朝ですよ。明日も学ぶことが色々とあるでしょう?寝不足はよくないですよ」
「……」
彼に何も言えなかった。
彼がどんな気持ちで今の言葉を言ったのかわからないから。
私は彼のことを何も知らないから。
離された手をじっと見て、なんて人を好きになってしまったんだろうと初めて後悔した。




