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アルルーナ、講義を聞く

「大曽根って呼ばれるの嫌いなんでね、俺のことは渓吾って呼んでくれますかね」

ケイゴ氏はそう言って無精髭を撫でる。

「分かりましたわ。ケイゴさん」

馬車はカラカラと音を立てて、ゆっくりと進んでいた。

先程までの魔人の乗り物に比べたら、揺れも大きいし椅子も硬いが、見慣れた形式の馬車に安心してしまう。


「ええと。あなたがアルルーナさん。その隣が秋浦零残さん。後ろにいるのが妹さんの秋浦閑鳴さん。んで、マリーエルヴェさんとザカハさん、で合ってます?」

レイザンの名字は聞いたことがなかったが、レイザンを見ると頷いていた。

「この菱吹が見た光景は、俺達関係者でも共有していたんで今朝からの流れは把握してます。そんでレイザンさん」


向かいに座っていたケイゴ氏は、レイザンに顔を近づけた。

「あんたが何者か山名さんから軽く聞いてるが、あんな事されたらカイセン教でも隠しきれない。明日山名さんがリュカナから来るから、今後について話し合ってほしい」

「……山名は俺のことが分かっていたのか」

「会長は伝えなかったらしいがね、あの人は出来る人だから。そのせいで研究部門から引き抜かれてリュカナ支部長なんか押し付けられてるが」

「君は研究部門か」

「俺はイスミト本部霊魂研究部専門研究員です。こっちの菱吹は情報管理部なんで研究員じゃない」

東海諸島語で話せばいいのに、なぜか大陸共通語で二人は話している。

我々にも聞かせたいということなのだろうか?

では、質問させてもらおう。


「すみません、霊魂研究と聞こえたのですが?」

「ああお嬢さん、気になります?俺は人の魂を研究してるんですよ」

「……それは哲学的な話?心理学的な話でしょうか?」

ケイゴ氏は首を横に振る。

「魂はあります。ですが、この物質的な世界とは別の法則で出来ている別のモンなんです。これは霊魂学として1つの体系になってます」

そしてケイゴ氏はレイザンを指差した。

「霊魂学についてはこの人が一番詳しいと思うんで、この人の前で説明するのは緊張するんですがね」

「おい、それ以上は止めろ」

レイザンが強めに言うと、ケイゴ氏は肩をすくめて身を引く。

「あんたが隠したい理由がわからんね。それにもう隠せなくなるだろうに」

「……ちゃんと、この世界について説明してからだ。俺の事は最後でいい」

「ま、それもそうかな」



「レイザンさんが言う通り、秋浦のご兄妹以外の3人はそもそもの知識が足りないから、現状の説明をしてもわからんと思うんだよね。だからまずは歴史の説明からしないといけないかな」

ケイゴ氏はあごひげを揉みながら考えている。

そこに、しばらく黙っていたヒシブキが横から口を出した。

「いつか使うだろうと思ってプレゼン資料作っておきました。使います?」

ヒシブキが手で何かを渡す振りをすると、ケイゴ氏はそれを受け取る振りをする。

「おっ、完璧。流石アト〜。送っといて」

「はい。今送りました」

何をしていたのかと困惑していると、ヒシブキが懐から眼鏡を出して私に手渡した。

「それをかければ見えるはずです。どうぞ」

言われるがままに眼鏡をかけると、ヒシブキの手元には先程までは無かった書類がある。

慌ててメガネを外すと、彼の手元は空だ。

メガネをかけ直すとヒシブキが書類を一枚渡してきたので、受け取る。

触感はない。が、視覚では確かに手に持っている。

書類上では先程祭礼殿の上で見たような、球体のこの星の像がくるくると回っていた。

レイザンが教えてくれたように指で操作すると、やはり球体を大きくしたり止めたりすることができる。


マリーも見せろというので貸し、その後ザカハもかけていた。

「すごい技術ね。でもあなた達は眼鏡をかけていないわ」

「僕は目に手術でその機械を埋め込んでいますので、眼鏡はいらないんです。その眼鏡は万が一壊れた時用の予備です」

「俺は埋め込んでなくて、ちいさ〜くしたレンズを目に貼っ付けてるだけ」

目に機械を埋め込んだり貼り付けるなんて、恐ろしいことよくやるわね。

「レイザンも見えているの?」

「はい。私は手術しましたね。地図とかも見えるんですよ。これのおかけでお嬢様が連れ去られたときもすぐに見つけられました」

「誰がどこにいるかまでわかるの!?」

「いえ、お嬢様には発信機をつけておりますので。その鞄がある所は見えます」

レイザンから貰った鞄を見る。

そんな機能がこれにあったとは。

「肌身離さず持っていて良かった、ということね」

「言っとくが本人の同意なく発信機つけるのは犯罪だからな」

私がニコニコしているのを見て、ケイゴ氏とヒシブキがちょっと待てと注意してきた。

なるほど、確かにそういう法律はありそうね。

そういえばザカハが連れ去られたときもすぐ見つけられたけれど、あれもそうなのかしら。


「ザカハにも発信機をつけていたの?」

私の問を聞いて、ザカハが驚いて体をペタペタと触っている。

「いえ、あのときは……カンナが持っていた発信機付き端末をザカハのポケットに滑り込ませたんです。カンナのお手柄ですよ」

カンナが照れながら頭を掻いている。

「でもそれも犯罪なのよね?」

「ひ、非常時は別っすよ!別!」



その眼鏡があまりに便利なので、マリーとザカハと3人であれこれ聞いていたらいつの間にかイスミト市内に着いていた。

やはりカイセン教会は背が高くて目立つ。

しかし、さすが大陸一の都市イスミト、カイセン教会に負けないくらいの建造物が立ち並んでいる。

その中でもイスミト大聖堂はその豪華な意匠が、街のどこからでもよく見えた。

「私は見つからんようにしないと、顔見知りがいるかもしれんのう」

マリーが馬車の中で頭を屈める。

「あ、じゃあアレ使いなさい。カンナ、アレあるでしょ」

「ああ、アレですね」

カンナが荷物の奥底から、クシャクシャになったカツラを取り出した。

アガートからリトゲニアに亡命するときに使ったカツラだ。懐かしい。

「なんでこんなものがあるのじゃ……まあ、使わせてもらおう」

マリーはカツラをかぶり、「変ではないか?」と聞いてくる。

変ではあるが、聖女には見えないというと不満そうに納得していた。




カイセン教会の裏手に馬車をつけ、裏口のようなところから中に入る。

「狭い通路ですまんな。カイセン教でも、表向きの事業しか知らない社員とそうでない俺みたいのの2種類いてな。ほとんどは前者なんで、あまり知られたくないんだ」

「表向きの事業というのは?」

「転生者の保護、移住者の管理、サンドラ大陸内ネットワークの管理が三本柱。1つ目は国から金が出てる。2つ目と3つ目は移住者から金とってる」

「じゃあ裏の事業っていうのは?」

「霊魂学の研究と、そこにいるレイザンさんの支援」

ケイゴ氏はそう言いながら、壁の一部を押すと隠し扉が開いた。

質問を続けたかったが、扉の中に入るよう促され、小部屋に入る。

「7人は……詰めたら乗れるかね。つめてつめて」

「これ、エレベーターね?」

「お、よく知ってますね〜。そうそうエレベーター。下に参ります」

ぎゅうぎゅうに詰まった小部屋は、音もなく下へ降りていく。

私の後頭部にマリーの巨乳が当たるのが少し許せなかった。



エレベーターを降りると、広間のようなところに出る。

「まずは飯だな……こっちが食堂です」

案内された部屋は丸い机と色とりどりの椅子が置かれ、観葉植物もある可愛らしい部屋だった。

しかし厨房のようなものは見当たらず、大きな箱状の機械が2つ置かれている。

一人がそこで食事をしており、こちらを見て手を振った。

「いらっしゃい。渓吾さん、116室と117室の改装、夕方までには終わるみたいです」

「オッケ〜。急にすまんね。今度奢るわ」

「別にいいですよ。皆さんごゆっくり」

その人は残りの料理を平らげて、食器を機械に放り込み出ていった。


「適当に選ぶから好きなもの食べて。メニュー言っても分からないだろうし」

またケイゴ氏は虚空を操作している。

ヒシブキから眼鏡を借りて見ると、ケイゴ氏の前にはいくつもの料理の立体像が映っていた。

「私これがいいですわ。美味しそう」

「あっ、アルルーナずるいのじゃ。私にも見せろ」

「俺も見たい」

サンドラ大陸人3人が一つの眼鏡を奪い合う。

「眼鏡、人数分用意しておきますね」

ヒシブキが後ろで苦笑していた。



選んだ料理は機械からすぐに出てきた。

作り置かれたものではなく、まるでできたてのように見える。

お盆に乗ったそれを持って全員で卓を囲んだ。

「これは何ていう料理ですか?とても美味しいわ」

私が食べている料理は、見たことのない形状をしたパスタに、フワフワとした泡状のソースが絡みついている。

濃厚だがくどすぎず、一瞬ハーブのような香りが鼻を抜けていき爽やかでもある。

「それはカルバザルと言って、ビタリ星のカルバザル地域で採れるコムイエという貝のような生き物をムースソースにしたものですね」

「ごめんなさい、聞いておいてなんだけど全くわからないわ」

ヒシブキが説明してくれたのだが、何がなんだか分からなかった。

とりあえず貝、貝でできているのだろう。貝はどこだかわからないが。



マリーもザカハも、見たことのない料理をパクパクと食べている。

レイザンとカンナは、白米の入った器を手にしみじみと料理を食べ進めていた。

さっさと食べ終わったケイゴ氏が、良い匂いのするお茶を飲みながら話し出す。

「食べながら聞いて欲しいんだが、さっき聞いたとおり部屋を二部屋用意した。女性用と男性用で考えているが、女性用はカンナさんに色々説明を頼みたい」

「分かったっす。お風呂とかあります?」

「小さいが用意した。男性用の方なんだが、ザカハさんあんたこの人と一緒で大丈夫?」

ケイゴ氏がレイザンを指差す。

結構失礼な物言いだが、今日のレイザンの所業を思うとその質問はするべきだとも思う。

ザカハは少し食事の手を止めたが、首を縦に振った。

「問題ねえよ。ずっと旅してきた友人だ。今更怯えるのは馬鹿だろ」

ザカハのその言葉に、レイザンが少し微笑んだ。

「じゃあ部屋2つでいいね。夕方には用意ができるから、それまでは俺の研究室で説明をしよう」




食事を終えて案内されたケイゴ氏の研究室は、予想外にきれいだった。

「研究室というともっと雑然としたものかと思っていましたわ」

「あー、研究資料は全部データになってるからな」

「紙や本になってないんですよ。先程眼鏡で見た書類のような形になっています」

ヒシブキが説明してくれて分かった。

この仕組みがあれば、ネシュリーのナフトラナ氏の部屋もキレイになるだろうに。


人数分の椅子を置くとだいぶ狭くなったが、四角い机の周りに6人が座り、ケイゴ氏は立って何かを机に置いた。

すると、机の上になにか文字が浮かび上がる。

「おー、動いた動いた。久しぶりに使うからな〜」

祭礼殿の上で見たのと同じように、眼鏡をかけなくても立体的な像が見える機械のようだ。

ケイゴ氏は永星と呼ばれる球状の青い星を映し出させて、説明を始めた。



「これが永星。俺達の住む星……ってのは、聞いたと思う」

「ええ。こちらがサンドラ大陸、こっちがニホン大陸ね」

ケイゴ氏は頷きながら、もう一つ星を映した。

「こっちが地球。俺達日本人がもともと住んでいた星。日本はこの星の、このいくつかの島がある国だった」

ケイゴ氏が指すところには、東海諸島のような島々がある。

そしてその星には、他にいくつもの大陸があった。

「地球の他の国も、それぞれ別の星に移住してる。それは、地球が住めなくなったから疎開したんだ」



質問したいことは山ほどあるが、まずは説明を聞くことにした。

ヒシブキが飲み物を皆の前に置く。

口をつけると、飲み慣れた紅茶の味がした。



「地球が住めなくなった理由に、霊魂学が関係してくる。当時の地球には霊魂学なんて無かったが、様子のおかしい人間が生まれ始めた」

ケイゴ氏は2つの星の像を消し、人の形をした絵を映し出した。


「普通の人間は魂が人体という物質に制限されていて、他の魂とは感覚器官を通じてしか触れ合うことはないし、物質の機能を超えたことはできない」

人の絵の上に「視覚」や「聴覚」などの文字が浮かび、それぞれの器官と線で結ばれる。

なるほど、こういう図があると分かりやすいわね。


「しかし地球では、ある時から魂の感覚器官を持つ人間が生まれ始めた。それは人の心の声を聞いたり、物の記憶を見ることができるなどの特殊能力として現れる。これは、人体という物質に対して魂が過多になると起きる現象だ」

映し出された人の図からは、モヤモヤとした霧が溢れ出している。

魂とはこういうモヤモヤしたものなのだろうか。


「当時の地球人には原因がわからなかったが、そこに宇宙連邦からの使者が現れた。そして、もうこの星は捨てるべきだと教えてくれ、移住船を貸してくれたんだ」

人の図が消え、地球と呼ばれる星がまた現れた。

そして、その星がさっきのモヤモヤに包まれる。



「魂と星になんの関係があるのか?というのは、生命というのは星の魂濃度を上げるシステムの一部に過ぎないからだ。我々は星から魂を分け与えられ、魂を成長させ、死んで星に還す。星は魂の農場であり、知的生命体は効率のいい作物なんだ」

星と生命の循環図が現れる。

生命だけでなく、人が作った物にも魂が宿るらしい。


「そして魂濃度が一定を超えた星は、裏返って宇宙の魂濃度を上げる。そうなると、その星の上の魂は引きずられて生命はいなくなる」

机の上の星のモヤモヤが爆発し、星は砂ばかりの不毛な塊になった。


「しかし地球は濃度が上げられず、物質界に魂が漏れ出ていた。その原因は分かっていないが、そんな星を放置してはまずいと黙っていた宇宙連邦が動いた。宇宙連邦は基本的に各星に手を出さない。なぜなら、下手に知性を高めると星の裏返りの引き金になりかねないからだ。俺達がサンドラ大陸から隠れているのもそれが理由だ」


そこで話がわからなくなり、眉根を寄せるとヒシブキが説明を加えてくれた。


「星によって裏返る魂濃度は違うのです。なので、どのくらい魂が還ると裏返りが起きるのかわからない。そのため日本では人口を制限するなど、できるだけ永く裏返りが起きないように努力しています。サンドラ大陸に我々の技術が伝わったとき、一気に魂濃度が上がるでしょう。それは星を滅ぼすかもしれないのです」

「そう、そして俺のじーさん率いる永星解放党は、星の裏返りこそ人類の正しい終着点だと言って裏返りを積極的に起こそうとしているやばい奴ら、ってわけ」



色んな情報を一気に聞いたので、少し休憩を入れる。

甘いものを摂ると良い、と、ヒシブキが小菓子を用意してくれた。

小菓子はバターたっぷりのパイで甘くて黒いクリームを包んだもので、無限に食べれそうだったが、マリーと争うように食べたらすぐに無くなってしまった。



「魂が星に還るという話は、理解しやすかったわ。でも裏返るというのはどういうこと?宇宙の濃度とは何?」

甘くなった口をお茶で薄めながら、質問をしてみた。

ケイゴ氏は紅茶ではなく、先程飲んでいたいい匂いのするお茶を飲んでいる。


「魂を集めて、ギュ〜っと押し込んでる状態なんだよ。星って。これ以上押し込めない!っていう限界が来ると、物質界で言う爆発みたいなことが起きる」

ケイゴ氏は先程のモヤモヤの爆発をもう一度映して見せた。

「魂の世界では、『自分』というくくりが重要になる。『自分』をくくらないと、いくらでも他と混ざってしまうからだ。物質界みたいに物理的な障壁がないから。しかし裏返ると、世界がすべて『自分』になる」

「世界が?」

「そう、この星も、地球も、宇宙全部『自分』になる。唯一、泡のように『元自分』が残るとは言われているが、それがどう影響するのかはまだ分かっていない」

「その後どうなるの?」

「分からん。すでにいくつもの星が裏返った。宇宙の魂濃度が上がっていることは観測されている。しかし、その行き着く先にどうなるのかはわからん。俺の予想では、宇宙もさらに裏返るんじゃないかと思ってはいるが」



私は理解が早かった方で、マリーやザカハはピンとこないのか何度も質問をしていた。

それを聞きながら、レイザンとカンナの方を見る。

レイザンは静かにこちらを見ていたが、カンナは机に突っ伏して爆睡していた。

カンナを指差し、レイザンに言う。

「起こして」

「はい」

レイザンがカンナを揺すると、カンナが顔を上げた。

「ふぁい。……おわりました?」

「あなた、全部知っているから寝たの?それともただ寝たの?」

「知ってますよう。義務教育で習いますもん。それに、知識とかあんまり無いほうが魂濃度を上げないから世界に貢献するんすよ」

「勉強しない奴はみんなこう言います」

レイザンが冷たく言うのを聞いて、どこの国も同じようなものだなと納得した。


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