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アルルーナ、聞き耳を立てる

ナフトラナ氏の店に向かうにつれ、人の声が増えてくる。

何のにぎわいかしらと思いながら歩いていくと、店のある通りに入った所でその正体がわかった。



「あっ、おじょーさま!はやくはやく!」

カンナが両手を上げてこちらを呼ぶ。

ナフトラナ氏の店には溢れんばかりの客がつめかけており、実際店から溢れて道端に机を置いている客もいた。

「……どういうことかしら?レイザン」

「祝い事はにぎやかな方が良いかと思いまして」

レイザンが人集めをしたようだ。

貴族の誕生日会などは、人を招いて盛大にやることが多いけれど。

旅先でまでやるのはまるで馬鹿貴族ではないか。

「賑やかなのは嫌いじゃないけれど、私に黙ってやるのはどうかと思うわね」

そう言うとレイザンがこころなしかしょんぼりとした。


カンナに連れられて、人を縫うように店の中へ進む。

てんやわんやのナフトラナ氏をなんとか捕まえた。

「あっ、アルルーナ様。ようこそお越しくださいました」

「今晩はナフトラナ様。うちの従者が無理を言ったようで申し訳ありませんわ」

ナフトラナ氏は苦笑しつつ、手を振って否定の意を示す。

「いえいえ。厨房は少々無茶をしておりますが、普段も貸し切り営業などに対応していますから無理ではないですよ」

「でも、人集めもして頂いたのでしょう?ネシュリーには他に伝手もありませんし」

「うちの常連客の方々に話を回したら、喜んで来てくださいました。私の伝手でネシュリーの町長や商工会長なども招いてますので、後程ご紹介します」

「そんな偉い方々まで恐縮ですわ」

「町長たちもここの常連の一人なのですよ。皆さんもアルルーナ様と繋がりが出来るのを喜んでいました」

私には特に権力とかそういうものは無いのだけれど、大丈夫かしら。

過大評価されている気がするので不安だ。



マズ教のお膝元だからだろうか?来てくれた客はみな私に好意的で、急に現れた私のような小娘の誕生日を祝福してくれた。

まあ、店のものが飲み食べ放題だったので、気分も良くなろうというものだ。

机によって肉料理やスープなどが分かれて置かれており、好きに回って食べて良い形式となっている。

私もナフトラナ氏にいろいろな方を紹介してもらいながらも、ネシュリーの料理に舌鼓を打った。

特に美味しかったのはスープだ。

牛骨を長時間煮込んだというスープはとても濃厚だった。

さらに小麦粉の生地で肉を包んだものがスープに入っており、モチモチとした食感がたまらない。

スープはトロリとしていたので、熱々で火傷をしそうだったがそれがいいと思った。

また、ヤギ乳から作ったらしいチーズを挟んだ揚げパンは特に絶品だ。

甘いと思ったら蜂蜜も入っている。これはデザートにとっておくべきだったろうか。

周りを見るとこれを食べながらお酒を飲んでいる人もいたので、おつまみ的なもののようだ。



「ありがとう、レイザン」

壁に飾られた『アルルーナ様16歳おめでとう』の文字を見ながらそう言うと、レイザンが安心したように息をついた。

「良かったです。勝手なことをしたので怒っていらっしゃるかと」

「最初はね。知らない人たちに祝われても嬉しくないんじゃないかと思ったわ。でも意外と、おめでとうってたくさん言われるのは嫌じゃなかったわね」

お酒はあまり得意ではないので、果汁の炭酸水を飲む。

レイザンも同じものを飲んでいた。彼がお酒を飲んでいる所は見たことがない。


そろそろお腹もいっぱいなので、なにか甘いものでも食べて終わりにしようかと考えていたとき。

「お待たせしました〜。しめのアイスクリームですよ!」

厨房からたくさんのアイスクリームの器を持って、店員が現れた。

「今日は特別に、木苺を凍らせたものを混ぜ込んでみました!」

その言葉に店中の客が店員のもとへ集まっていく。

「おお〜!昨日とは違うアイスじゃな?楽しみじゃ〜!」

そう言いながら、マリーもアイスへ群がっていた。

マリーはいつの間にか客に溶け込んでおり、ネシュリーの人たちと話が盛り上がっているようだ。

「そういえばカンナはどこかしら?」

最初に会ったきり姿を見ていない。

もしかしたらアイスが来たのに気づいていないかもしれない。

「アイス、持っていってあげましょうか」

私がそう言うと、レイザンも笑って頷いた。



カンナが店の中にはいなかったため、ナフトラナ氏に声をかけてから店の外に出る。

少し離れた所の机で一人ご飯を食べているようだ。

近づこうとしたら、レイザンに軽く肩を掴まれた。

それと同時に、ザカハがアイスを2つ持ってカンナの方へ近づいているのに気がつく。

(先を越されちゃったわね)

小声でレイザンに言う。


ザカハったら気がきいてるじゃない。

それとも、カンナだからかしら?

すこし……いえ、結構気になるわ。

レイザンに物陰に行くように促すと、苦笑しながらついてきてくれた。



会話が聞こえるくらいの位置に二人で隠れる。

カンナは急に現れたザカハに戸惑っている様子だ。

「ど、どうしたんすか。中は随分盛り上がってるみたいすけど?」

「ああ。これが出てきたからな。お前も食べたいだろうと思って持ってきた」

ザカハがアイスの器をひとつカンナに渡す。

「私より、マリーにあげたら喜ぶっすよ」

「マリーは自分で取りに行った。あいつ昨日も食ってたのにな」

そう言って二人は笑う。


「なんでこんなとこで食ってんだ?中入ればいいだろ」

「中は人いっぱいで……お客様優先っすからね〜」

「お前だって客だろ?気にすんなよ」

ザカハは何も聞かずにカンナの隣に座る。

「戻らないんすか?」

「十分食った。マリーはまだまだ食うみたいだがな」

そう言って二人はアイスをつつき始めた。

「おいしい」

「木苺が入ってて良いな。こりゃ売れるぜ」


二人が食べるのを横目に、私もひとくち食べた。

木苺の酸味がアイスクリームの甘みと相乗効果を生んでいる。

外で食べるには少々寒いので、夏場に手に入れば最高なのだが。

(レイザンもどうぞ)

スプーンで少し多めにすくって差し出すと、レイザンが手を伸ばしてきたので払い落とす。

(口を開けて)

(いや、それは)

(早く。溶けるわ)

こぼれそうなアイスを見て、レイザンは仕方ないといった表情で口を開けた。

アイスを食べさせてあげると、小さく(おいしいです)と言っていた。

私は大変満足した。

今日は良い誕生日だわ。



「元気ないな。なんかあったのか?」

ザカハがカンナに訊いている。

元気なかったかしら?いつもどおりに見えたけど。

「なんもないっすよ。ザカハは情報屋の仕事をしに行かなくていいんすか?」

「ここはシャマツタールのすぐ近くだからな。俺以外の奴が居るよ」

それだけど、とザカハは続ける。

「情報屋のやり方はもう聞かなくていいのか?」

そういえば、カンナはザカハに弟子入りしたと言っていた。

最近はザカハについて行っているところを見ないが、やめたのだろうか。

「私には向いてなさそうっす。おとなしく侍女します」

「侍女も向いてねーじゃん」

「そ、そんなことないっすよ」

「言っとくけど、あのお嬢様じゃなかったらとっくにクビだぞ?」

それはそうね。

私には丁度いい適当さなのだけど、普通の貴族令嬢には仕えられないわね。

ザカハにそう言われて、カンナはしょんぼりとしている。


「親は心配してねえのか?」

「う〜ん……国に戻っても多分牢屋行きなんで……元気にやってればいいと思ってるんじゃないすかね」

「じゃあ嬢ちゃんにずっと仕えるのか」

「そうしたいんすけどね」

けど?けどってどういう事かしら。

ザカハも納得したように頷いている。

「嬢ちゃんがこのまま普通に書籍館に戻るとは思えねえしな」

「船ができたら乗って魔人大陸に行く!とか言い出しそうっす」

さすがに安定した航路ができるまでは乗らないわよ。

船、苦手だし。


「……ザカハはどうするんすか?このままルルおじょーさまに同行するんすか」

「そうだな……マリーがいるしな」

その言葉を聞いたカンナは少し固まり、そのあと背筋を丸めた。

「そ……そうっすか……」

「……イスミト教がいるのにマズ教が遅れを取れねえからって意味だけど?」

からかうような目で、ザカハが微笑んだ。

カンナは慌てて言い繕う。

「わ、わかってるっすよ!?でも、マリーは美人だし」

「美人だし?」

「胸も大きいし、話も面白いし」

「で?」

「お金持ちっすよ!」

何故か必死になって言うカンナ。


ザカハはそこまで聞いて大笑いし始めた。

「俺がマリーと付き合えばいいって?ハハハ、面白えな」

「でも……仲良さそうじゃないっすか……」

カンナは口をとがらせながら言う。

これは、もしかして?

(レイザン。カンナはザカハのことが気になっているのかしら?)

(直接聞いたことは無いですが、そのようですね)

あら。あらあらあら。

カンナったら。そんな恋の話があるなら、私に相談してくれてもいいのに。


「仲は悪くねえよ。あいつ面白え姉ちゃんだしな」

「お、お似合いだと思うっすよ?」

「なんだ?ヤキモチか?」

「ななななんで、私がヤキモチやくんすか!」

カンナが真っ赤になって、大きな声で言う。

それを見てまたザカハは楽しそうに笑っている。


「可愛いな、お前」

「!!!!」


ザカハの言葉に、カンナが返事を返せずにいる。

よっぽどの衝撃だったのだろう。耳まで真っ赤になっているのが見える。

(聞いたレイザン?すごい殺し文句だったわよ)

(……ああいう事を言われるのがお好きですか?)

(私はお前って呼んでくる男はイヤ)

首を横に振りながら言うと、レイザンは安心したように微笑んだ。

まあ、レイザンになら一度くらい言われてみたい気がしなくもないが。

いや、言われたいかも。むしろ無理やり言わせたいわ。

想像するだけでぞくぞくするわね……。



「マリーは俺にとっちゃ異教徒のトップだぜ?そういう関係になる気は起きねえよ。お前達はそういう感覚が薄いのかもしれねえけど」

「で、でもじゃあ、私だって異教徒っす」

「ん?お前が異教徒かどうかが何で今関係あるんだ?」

「うぇ!?あの、違くて」

ザカハがカンナを完全に手玉にとっている。

ダメよカンナ。いい女は男を手玉にとらなければ。

ヤキモキしながら見ているが、カンナは完全に落ち着きがなくなっているようだ。


「お前、彼氏いたことはあるのか?」

「なななないっす」

「今18だよな?15くらいに見えるけどな」

「に、日本人は若く見られ……」

(あっ、馬鹿!)


レイザンが焦ったように言うと同時に、カンナは口を押さえて声にならない声を上げた。

「!!!〜〜〜〜!!!!」

「お、おいどうした!?大丈夫か?!」

見かねてレイザンが立ち上がったので、私も遅れてあとに続いた。


「カンナ、落ち着け。すぐにおさまる」

レイザンが痛みに涙を流すカンナの背を擦る。

「レイザン、これはどういうこと?」

「……口の中でも噛んだんでしょう」

「レイザン」

もう一度強めに問うと、レイザンは諦めたように目を伏せた。

「カンナが自らに課した制約です。我々の秘密に関することを漏らしそうになったら、口を閉ざすようにと」

「それは……魔術か?」

ザカハがレイザンに訊く。

「魔術なんてものは存在しない」

「……本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だ。少し痺れるだけだ」


「……しゅ、しゅこしにしては……いたいっすね」

カンナが涙を拭きながら顔を上げた。

どうやらレイザンの言うとおり、大丈夫そうで安心する。

「痛いのね?なんだか分からないけど冷やしなさい。アイスあげるから」

「おお、俺の残りも食え。変な事聞いて悪かったな」

私とザカハからアイスの器を押しつけられ、カンナはぎこちなく笑った。

「すみません……わたしがドジなばかりに……」

アイスに囲まれながらしょんぼりとするカンナを見て、なぜこの子が隠し事なんかをしなければならないのかと腹が立った。


「……カンナが隠し事をしなくていいような、世界にしたいわね」

そう言うとカンナは目をキョトンとさせる。

なぜかレイザンも同じ顔をしていた。

「おじょーさまなら、できるかもしれませんね」

カンナがそう言うのを聞いて、私の旅に婿探し以外の目標ができたような気がした。



「あっ、ここにおった!おいアルルーナ!主役がずっと不在なのはいかんぞ!」

店の中からマリーがアイスを食べながら顔を出す。

「はいはい。今戻るわ」

マリーは近づくと強い酒の匂いがした。

「何。あなた酒臭いわよ」

「この街の酒豪と飲み比べをしての。勝ってもう一皿アイスをもらったのじゃ」

店の中に入ると酔いつぶれた男たちが死屍累々と転がっている。

私は呆れながらマリーを見上げた。

「あなた本当に面白い女ね」

「褒めとるのか?ありがたく頂いておこう」

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