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アルルーナ、誕生日を迎える

「我々が不完全な生き物だったというのは、どういうことじゃ?」

マリーはナフトラナ氏の言ったことに対し、怒るでもなく聞き返した。

「すみません、少し話が飛びました……。これが遺骨の見つかった場所です」

ナフトラナ氏は重なっていた紙の下からそれをひっぱり出し、上に置く。


それは翡翠湖周辺の地図だった。

中央に翡翠湖があり、イスミト市近辺に数十の点が打たれている。

「発見された遺骨の数は25、ですが、種類は9です」

「種類?」

「全く同じ形の骨をした遺骨があるのです。頭蓋の縫合線まで一致しています。つまり、同じ人間が複数存在していたのです」

ナフトラナ氏の声は、最後のほうが震えていた。

「こんなことはありえません。信じられません。私は頭がおかしくなってしまったのかと思いましたが、大学の医師も2つの頭蓋は同じ人物の骨だと判断しました。でも、私が発表の準備をしている時にイスミト教から発表を止めるようにと指示が来たのです」



マリーの方を見る。

マリーは横に首を振り、知らないと目線で伝えてきた。

「私も、研究の協力者達も固く口止めをされました。本当は今も話してはいけないのでしょうが……アルルーナ様は魔人について調べられているのですよね?」

「ええ」

「では、このことについて何かご存知ではないですか?」

ナフトラナ氏は期待のこもった目でこちらを見る。

私だって分かっていることは少ないが、結び付けられそうなものに心当たりがあった。

 


「転生者と同じ類の現象でしょうね。恐らく」

私がそう言うと、ナフトラナ氏は怪訝な顔をして眉間にしわを作った。

「転生者?」

「こら、アルルーナ」

話をマリーに止められる。

「マリー。あなた達が悩んでいる転生者の発生に、役立つ助言がもらえるかもしれないわよ。もうすでにイスミト教でも管理しきれていないじゃない」

「むぅ……そうじゃのう……。ナフトラナ殿、この事は口外しないで頂きたいのじゃが」

ナフトラナ氏がもちろんと了承したので、私は湖で見つかっている転生者の話をした。




「転生者……湖から産まれるとは、聞いたことがありませんでした」

ナフトラナ氏は口元を押さえながら考え込んでいる。

私は机の上の穀物茶を一口飲み、続けた。

「転生者は魔人の遣いだと言う説がありますが、私は魔人そのものだと思っておりますの。だから、その見つかった骨は魔人の物かもしれませんわ」

「ですが、骨は我々人間と全く変わったところは無かったですよ」

「じゃあ、我々の祖先は魔人なのかもしれないですわね」


そう言うと、ナフトラナ氏、ザカハ、マリーの三人が私の方を見た。

カンナとレイザンは私の後ろに控えているのでわからない。


「最初の人類は転生者だったとして、同じ遺骨が複数というのは、転生後に亡くなってまた転生したのでは?魔人なら魔術でそういう事が可能なのかもしれませんわ」


それを聞いてナフトラナ氏は、本の山の中から的確に一冊のノートを取り出し、あるページを開いた。

カンナとレイザンを除いた我々4人はそれを覗き込む。

「9種類の人骨ですが、圧倒的に多い人が一人います。女性なのですが、この人が何度も()()()()()この世界に生き延びられる環境を作ったのかもしれません」



死に戻る。

初めて聞いた表現だが、なるほど分かりやすい。

しかし想像しただけでゾッとする。

ナフトラナ氏のノートでは、見つかった25の骨の半分以上がその彼女のものであった。

見つかっていないものも含めたら、何回死に戻ったのだろう。

そんな事に精神が耐えられるのだろうか?

仮説を立てておいてなんだが、だんだん信じられなくなってきた。



「ただの推測ですが、ちょっと突飛すぎましたわね。この説で行くと魔人が魔術を使えて、我々に使えないというのもおかしな話ですし」

そう言うと、今まで黙っていたザカハが口を挟んだ。

「そうだな。多分違うんじゃねえか?」

「なぜそう思うのじゃ?」

マリーが聞くと、ザカハは自分の顔を指して言う。

「今現れてる転生者はみんな東海諸島人だろ?俺達とは見た目が違う」

確かに、東海諸島人は見たらわかる程度にはサンドラ大陸人との違いがある。

サンドラ大陸の人は髪も眼も肌も様々だが、東海諸島人は全員黒髪黒目が特徴だ。

「それに、サトウ氏は自分の意志で転生したふうじゃなかった。過去の転生者もそうだろ?東海諸島人に転生をさせている別の奴がいる」

「そんな残酷なことを、誰が」

「それが魔人か、神人なんじゃねえの」



その後も話し合ったが、どんどんこんがらがってきたので一回止めることにした。

ナフトラナ氏が沸かしたお湯を持ってきて、茶を淹れ直している。

「ありがとうございます。こちらに隠居して十数年、こんなに新しい事がわかるとは思いもよりませんでした」

「ナフトラナさま。な〜んにも分かっておりませんわよ。今日出た話は全部仮説に過ぎませんわ」

魔人が関わる話は、科学で説明がつかない話が多すぎる。

魔術だと言ってしまえば何でもありだ。

そもそも転生とは何なのだ?

周りを見渡すと、熱い穀物茶を口にしながら全員何かを考え込んでいる。


後ろにいたカンナは寝ていた。

隣のレイザンに目線を移すと、あわてて妹の頭をはたく。

「あてっ……あ、お話し終わりました?」

取り繕うようにニコニコと笑うカンナに、こちらもニコニコと笑い返しながら言う。

「あなた達が知ってる事を教えてくれたら、こんなに話し合う必要もないのだけれど」

「な、なんにも知りませんよう」

カンナは目を泳がせた。

レイザンは申し訳ないとばかりに眉を下げる。

そんな顔をされたら、何も言えないわ。



我々のやり取りを聞いていたナフトラナ氏が声をかけてくる。

「失礼。アルルーナ様……そちらのお二人は、何かご存知なのですか?」

期待のこもった目で見られるが、私は首を横に振った。

「隠し事をしているのはカイセン教ですわ。カイセン教は転生者を回収しておりますし、魔人と何かつながりがあるはずです。でもカイセン教は秘密主義ですから」

「なるほど……なぜカイセン教は信者を増やそうとしないのか不思議に思っていましたが、魔人に関する事を隠すためだったのですね」

ナフトラナ氏は納得して、それ以上レイザン達に質問はしなかった。

信仰を尊重してくれたようだ。



「考えすぎて頭がいたいのう……今日はこのくらいにせんか?」

下の店から取り寄せた甘味をぱくつきながら、マリーがおでこに拳をあてる。

「頭が痛いのはその食べている氷菓のせいじゃないの?」

「何でこの寒いのにアイスクリームなんて食ってんだ」

「寒い時でないと食べられんじゃろうが」

この近くの山中に氷室があるそうで、このあたりではアイスクリームが名物と言われている。

夏場は高級品だが、冬は案外安く食べられるようだった。


「まあマリーの言うとおり、一回頭を冷やしたほうが良いかもしれないわね」

「ではまた明日、こちらにいらっしゃいますか?」

ナフトラナ氏がウキウキしながらそう言うので、明日でも良いかと思い返事をしようとしたら、レイザンに止められた。

「明日は駄目ですね」

「あら?どうして?」

なにか予定があっただろうか?ネシュリーでは他に用事はないはずだが。

「明日はお嬢様の誕生日ですので」



レイザンが場にそぐわぬ事を言ったので、部屋の時が一瞬止まった。

「……それはそうだけど、この話となにか関係ある?」

「お嬢様のお祝いをしなくてはいけません。こんなややこしい話でお嬢様の誕生日を浪費するわけにはまいりません」

そんなことを言いながら真剣な顔をしているので、本気で言っているように見える。

レイザンってこんなに面白かったかしら?

隣のカンナも半笑いだ。


「まあ、誕生日までこんな話してんのも憂鬱だよなあ」

「確かにの。私だったら一日寝て過ごすのじゃ」

「ああ、では下の店で誕生日のお祝い会をするのはいかがですか?私からもお祝いいたします」

ナフトラナ氏の発言に、皆が同意し始めた。

「ちょっと皆待ちなさい。私の誕生日なんてどうでも良いわよね?お祝いなんて別に……」

「お嬢様」

私の前にレイザンが屈む。

顔が近くて心臓が跳ね上がってしまう。

「どうでも良くありません。一年でいちばん大事な日です」

「あ……そ、そうなの……?」

レイザンにまっすぐ見つめられてそう言われたら、頭が熱くなってもう何も考えられない。

なんだかなし崩し的に、明日は私の誕生会をする事になった。



「俺は祝い事とか好きだから別にいいけど、お前の兄貴は何で話をそらそうとしたんだ?」

「そうじゃ。アルルーナは誤魔化されたが、あからさますぎるじゃろ」

「ふたりとも……穿ち過ぎっす。レイ兄はマジで毎年おじょーさまの誕生日に命かけてるんす……」





次の日、私は16歳になった。

アガートの文化では、誕生日を祝われるのは小さい子供だけで、基礎学校に入学する頃には親への感謝を表す日に変わる。

なので私も祝われるような年ではないのだが、レイザン曰く東海諸島ではいくつになっても祝われるそうだ。

そのせいか、レイザンとカンナからは毎年祝いの言葉と贈り物を貰う。

勿論お返しもしているが、まさか旅に出ている間も誕生日を気にするとは思わなかった。


カンナに身支度をしてもらうと、少し良い服を選ばれた。

「別に普段着で良いんじゃないかしら?」

「え〜、でもせっかくですし」

王城に上がるのも普段着でいいと言っていたくせに、なぜ誕生日にめかしこむのか。

カンナがやりたそうなのでそのまま好きにさせたが、この間レジームに習った技術を発揮して、いつもより濃い目の化粧をされた。

丁度そのときマリーがやっとベッドから起き、私を見て少し驚いた顔をする。

「おお、可愛らしいのう。フリージアの花のようじゃ」

「ありがとう。自分の誕生日に気合が入りすぎてると恥ずかしいのだけど」

「私なんか誕生日は聖女生誕日として休日じゃし、生誕祭が国中で開かれるぞ」

「あなたと比べないでよ」

カンナは私の支度をしたあと、レイザンになにか用事を言い渡されているそうで足早に出ていった。

マリーは用事がないのでもう一度寝るという。起きなさいよ。



「おはようございますお嬢様。16歳おめでとうございます」

食堂で朝食にしようと宿の寝室を出ると、レイザンが居間で控えていた。

しかしいつも着ている鎧はつけておらず、珍しく黒いシャツのみを着ていた。

長い髪も後ろで束ねており、いつもとは違う雰囲気だ。

朝からこんな格好いいものを見たら、血圧差で倒れてしまいそうになる。


めまいがする頭をこらえながら、レイザンに挨拶を返した。

「おはようレイザン。鎧はどうしたの?」

「今日は夜まで外に出ませんので、必要無いかと」

そんな事を決めた記憶はないのだが、今日の予定はレイザンが全て決めているらしい。

まるで執事ね。

そう思うと、今の格好も執事らしく見えてきた。

私の専属執事のレイザン……素敵すぎる考えに、思わず拳を握る。


「お嬢様。どうされましたか」

「いえ、レイザンが執事みたいだわと、ちょっと思っただけ」

そう言うとレイザンはくすりと笑って、いつものように私の前に跪く。

「どうぞ執事のように扱ってください。今日はできる限り何でもご要望を叶えます」

こんな幸せな誕生日があってもいいのだろうか?

 


食堂には行かず、レイザンがホットケーキを居間まで持ってきてくれた。

聞くと彼が厨房を借りて焼いたという。

ふわふわでバターのしみたホットケーキは、これまでで1番おいしい朝食だった。


「外に行かないと言っていたけれど、本でも読んでいればいいのかしら?」

朝食後にレイザンが淹れてくれたミルクティーを楽しみながら、何を読もうか持っている本を思い出す。

「そうですね。これが私からのお誕生日のお祝いです」

レイザンがリボンのかけられた紙包みを机の上に置いた。

「毎年ありがとう。開けてもいい?」

レイザンがもちろんと言うので、そっとリボンに手をかける。



包みの中身は本だった。

しかも見たことのない本だ。

表紙はぴかぴかで、どう見ても新品である。

「レイザン、これはどこで?」

テザネスかリュカナくらいの街でないと、こんなものは手に入らない。

「お気に召さなければ、別のものにしましょうか?」

「いえ。いいの。これがいいわ」

気に入らないと思われてはたまらない。

私は居間の椅子に深く腰掛けて、その本の表紙をめくった。





「お嬢様。そろそろナフトラナ様の店に伺いましょうか」

レイザンの言葉に本から顔をあげると、もう空が赤くなりかけている。

いつの間にそんなに時間が経ったのか?

「私お昼たべたかしら?」

「読みながら軽く召し上がっていましたよ」

「マリーがまだ寝てるのではなくて?」

「昼前に起きてどこかへ行きましたね」

全然記憶にない。本に熱中しすぎていた。

「その本、気に入って頂けて何よりです」

そう言ってレイザンはニッコリと微笑んだ。



その本は存在しない国を舞台にした、ある島に住む少女の話だった。

主人公の少女は空想が好きで、その子の目を通して描かれる島の風景はとてもきらきらと美しく、眩しい。

少女の話は少し長いけれど、それを一生懸命話していると思うと笑いがこみ上げてくる。

また、主人公の周りの人物も魅力的だ。

主人公に気のある男の子がいるが、これからどうなるのだろう?



まだ続きが気になるのだが、祝いの席を用意してくれているとなれば行かないわけにはいかない。

しぶしぶ、本に栞を挟んで閉じると、レイザンが苦笑した。

「気に入っていただけたようで良かったです」

「さすがレイザンね。私の好みをとってもわかっているわ」

そう言うと、レイザンはやや深くお辞儀をした。

この見たこともない面白い本を、レイザンはどこで手に入れたのか気になるが、そんな事より続きが気になる。


「来年は2巻を用意いたしますね」

「続刊があるの!?来年じゃ遅いわよ!!明日持ってきて!!!」

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