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アルルーナ、聖女を見る

「アルルーナが旅に出た理由を聞いたからな。私も情報を対価として返そう」

マリーがそう言って、話しだす。



一番最初の聖女は、神人の子を宿したそうだ。

神人が去ったあとに産まれたその子は、美しい黒い髪と黒い目をしていた。

聖女はその子を次の聖女とし、神人の教えを伝えるための聖典を記す。

それがイスミト教の始まりである。



「聖女が産んだ子のうち、一番髪の色と目の色が黒に近い者が次の聖女になる。私の髪は少し茶色いが、姉妹の中では一番黒かったのじゃ」

「マリーは神人の血が流れているのね」

フフンと胸を張るマリー。馬車が狭くなるからやめて頂戴。

「なんでそれは秘密なの?聖女は神人の子孫だって言えば、もっと信者が増えるかも」

「聖女の決め方が聖女にしか伝えられておらんのは、聖女の夫やその後ろ盾になって権力を得ようとするやつが現れるからじゃ。それか、黒目黒髪だから自分は神人だと言い出すやつとかな」


マリーは馬車の中を見回す。

「ザカハのような南部のマズ教徒や、レイザンやカンナのようなヤツシマ人に黒目黒髪が多い。神人はそのような見た目だったと言われたら、イスミト教徒は嫌がるじゃろう?」

「そうね……じゃあ、そんな事を私達に教えて大丈夫なのかしら?」

「よいよい。聖女が言っていたなんて、他に言って信じられるとは思えんからな」

それはそうかもしれない。

ただ、ザカハの裏の顔は情報屋だ。

既に今の情報をいくらで売ろうか考えている顔をしている。

マズ教なら買うかしらね。



これまで静かにしていたレイザンが、おもむろに言葉を発した。

「マリー様。最初の聖女について、他に伝えられていることはありませんか?」

「ん?あるぞ。まあ、タダでは教えられんがなぁ〜」

ニヤニヤとマリーが笑っている。

レイザンは少し残念そうに引き下がった。

それがかわいそうだったし、私も興味があるので、こちらから追加で情報を渡すことにする。


「これが西海岸で見つかった、魔人大陸から流れてきたと思われるものよ。テザネスで調べたけれど、サンドラ大陸の技術では無かったわ」

そう言って、マリーに例の小瓶を渡す。

マリーはしげしげと小瓶を眺めていたが、よく分からないといったようにすぐ戻してきた。

「魔人大陸か……アルルーナは魔人になりたいのか?」

「いいえ。でも、わからないことがあるって気持ち悪いじゃない?」

「そうか。その気持ちはわかるぞ」



ちょうどそんな話をしていたところで、馬車が川沿いの街に着いたようだ。

前も泊まった宿に馬車を置き、食事をとりに町中へ出る。

「ジジオさんはほっとくわよ?」

「いい。あれはいないものと思っていい」



マリーを加えた5人で、前も来た食事処に来た。

私が頼んだ羊肉のトマト煮込みは、よく煮込まれていてとろとろと肉が口の中でほどけた。

レイザンが頼んだ羊肉の腸詰めと魚の串焼きを、マリーが珍しそうに見て同じものを頼んでいる。

ザカハは薄焼きのパンに皆が頼んだ色々を包んで食べていて、私も一枚もらった。

カンナもそのパンをもらい、スープに浸して美味しそうに食べている。


「自由じゃ……!食べる順番も決まってない、火傷しそうな熱さの料理、手づかみの食事、はじめての事だらけじゃ!」

マリーが心底楽しそうに言い、魚の串焼きにかじりついた。

ほふほふと口から湯気を上げている。

「もぐもぐ……そうじゃ、馬車での話が終わってなかったのう。最初の聖女の話じゃったか」

「ちょっと、こんな周りに人がいるところで話していいの?」

「まあ、つい最近までは秘密じゃったが、もう意味のないことじゃからな。無くなってしまった聖地の話じゃ」



「聖女は代々ある聖地を守るように口伝されておった。それはイスミトの近くの森だったのじゃが、人が増えてその森が邪魔だと言う話になっての。その森を残すには、聖地としての理由が足りなくてのう。先代の聖女のときに全部木を切ってしもうた」



「聖地としての理由が?」

「そうじゃ。聖女が残せと言っても、特に言い伝えがあるわけでもなかったからな。聖地になった理由すら伝えられてなかったのじゃよ」

マリーは串を皿に置き、ザカハのパンに手を伸ばした。

少しちぎって食べて、嬉しそうな顔をする。

「でももったいないわね。何百年も守ってきた森がなくなるなんて」

「しかし聖女も先代で第53代じゃ。むしろここまでよく口伝したと思うぞ」

「レイザン、今の話に気になったことはある?」

最初の聖女のことを聞いたのは彼だ。

レイザンに話をふると、珍しく少しボーッとしていたらしく、驚いたように返事をした。

「あ、はい!えっと、そうですね……森はただの森だったのですか?何か遺跡のようなものがあったとかでは?」

「いや、ただの森じゃな……ああ、石造りの池のようなものがあったらしいが、学者に見せたら工事を止めろと言われるから、調べずに取り壊したと聞いたな」

「それ、大事な遺跡だったんじゃないすか?」

カンナが言うとおり、私もそう思う。

歴史的に重要な遺跡だったらかなりの損失だ。

聖地にあったと言うならその可能性は高い。

「イスミトは人口の増加が激しくてのう。聖地に手をつけるくらいじゃ。森の伐採を決めた人間からしたら、工事の延期や中止はありえんのじゃ」

マリーが諦めたように言う。

考古学者が聞いたら憤死しそうだわね。



「そういえば。東の山岳地帯に父の知り合いの考古学者がいるはず。シャマツタールに行く途中、少し寄ってもいいかしら?」

「何て街だ?山岳地帯も広いからな」

鞄から父の手紙を取り出し、確認する。

父の手紙はいつも分厚いので、必要な情報の部分だけ取り分けて持ち歩いているのだ。

「ええと、ネシュリーという街だそうよ」

「ネシュリーなら行く途中だ。丁度いいんじゃねえか」

ザカハはそう言って食後の薬茶を飲んだ。

薬草のいい香りがする。

マリーはあまり好きではないらしく、お茶に砂糖を入れて飲んでいた。



宿ではカンナとマリーとの三人部屋となり、いつもより賑やかな夜を過ごす。

マリーがいつまでも聖女という役目の愚痴をこぼしていて、いい加減にしろと言おうとしたら火が消えたように急に寝た。

「なんて騒がしい聖女なのかしら」

静かな声でカンナにそう言うと、カンナも苦笑している。

カンナはベッドを降りて、隣のマリーに布団をかけてあげていた。

「ルルおじょーさまのほうが聖女っぽいですねぇ」

「よしてよ。こんなに目つきの悪い聖女、私だったらイヤ」

カンナがクスクスと笑いながら布団に入る音がする。

曇っていて月の光もなく、真っ暗な夜だった。



次の日の朝、窓の外が騒がしかったので三人共目が覚める。

「なんじゃあ〜?朝っぱらから。騒がしいのう」

マリーは眠そうに目をこすっており、私も寝起きでぼうっとしていた。

カンナがさっさと身支度を済ませ、通りに面した窓を開ける。

「あれー?レイ兄……とジジオさん?どったの?」

レイザンの声はうっすらとしか聞こえない。

「あ〜、じゃあ着替えたらすぐそっち行くね」

そう言ってカンナは窓を閉める。


「夜の間にマリーさんを攫おうとしたイリョール騎士が、ジジオさんとレイ兄に捕まったらしいすよ。その人らをどうするかでちょっともめてるみたいで」

「いったいレイザンはいつ寝てるのよ?」


マリーが寝癖のついた頭をかきながら、大きなあくびをしている。

「ふああ……仕方ないのう。少しこの部屋を使わせてもらってよいかの」

「何をするの、マリー?」

「少し強めに言い聞かせるだけじゃ。私は聖女じゃからな」

そう言いながらマリーは鞄の中をごそごそとしている。

すると布袋から、とてもなめらかな生地がとろりと飛び出した。

「それは聖女の服?」

「そうじゃ。こういう事もあろうかと持ってきたぞ」

その服は朝日を浴びてキラキラと複雑な反射をしている。

貝殻を砕いたものを縫い付けてあるのだろうか?

まるで虹の光を纏ったようだ。


カンナが着替えを手伝い身だしなみを整えると、そこには絵から出てきたような神秘的な女性がいた。

凝ったレースのヴェールをかけ、顔が見えないのも妖しさを増している。

「凄いわね……あくびをしてた人間と同一人物とは思えないわ」

「これが仕事じゃからの。すまんが騎士たちを呼んできてくれんか」



私とカンナは階下に降り、レイザンとジジオにその事を伝えた。

どうやらレイザンは捕まえた者たちをどこかに捨てに行こうとしていたようだ。

それをジジオが止め、しばらく騎士たちを説得していたのだが、どうしてもジジオの言うことを聞かないそうだ。

「彼らは聖女のマリー様しか知らぬからな……」

ジジオがため息をつく。

そんな狂信者、私もレイザンと同じくどこかに捨てるしかないかと思うのだが、マリーが呼んでるのでとりあえず連れて行くことにした。



騎士は3人いた。

隠密行動のためか鎧などはつけていなかったが、持っている剣にイリョール騎士団の紋章が入っている。

宿の2階へレイザンとジジオが3人を連行していると、一人が私に話しかけてきた。

「貴様が書籍館のアルルーナか」

「ええ。私のことはなんて聞いているの?」

「魔人を崇拝し、世界に害をなそうとしている悪女だと」

冷たい目で睨みつけられる。

不快だったので睨み返したら、少し怯まれた。

「馬鹿言わないで頂戴。私程度の者が世界に何ができるって言うの」

「しかし実際に、貴様は聖女台下を捕えている」

「捕らえてなんかないわ……本人から直接聞いたらどう?」

そう言って、部屋の扉を開ける。



東側に面した窓からは、冬の朝でまだ低い陽光が眩しく差し込んでいる。

その光を背負い立つのは、彩雲色の衣を纏ったマリーだ。

その姿の前では、部屋の埃を照らす光さえも神々しいものに見えた。



「せ、聖女……台下」

「レメンダール、ミクオ、ヨーケスじゃな」

名前を呼ばれた3人は固まり、縛られたまま跪いた。

それを見てマリーはゆっくりと言葉をつなげる。

「私を助けようとしたのじゃろう?その気持ちは有り難いが、今回はそなた等の勘違いじゃ」

「は……はっ!ですが……」

「私は神から啓示を受けた……アルルーナと共に行けと」

3人が息を呑むのが聞こえる。

少し震えているようにも見えた。

それでも、一人が声を上げる。

「危険です!それならば騎士団を連れて行って下さい」

「違う。神や魔人の関わる話じゃ。むしろ危険なのは、私以外の君達じゃよ」


その言葉に、3人は顔を上げた。

するとマリーはヴェール越しにうっすらと見える口元を微笑ませて、近づいてくる。

そしてそっと手のひらを一人の額に近づけて、囁くように言葉を紡いだ。


「人からの危険を君達が守ってくれているように、私は君達を魔人から守ろう。それが聖女の役割じゃ。どうか、私がいない間のイスミトを頼むぞ」


ついに3人はマリーに対して祈り始めた。

一人なんかは涙まで流している。

なんて役者かしら、この女。

本性を知っているジジオまで感動しているように見える。

見物していたカンナやザカハも、この光景に目を奪われているようだ。


しかしレイザンを見たら、つまらなそうに爪を見ている。

それで少し安心した。感動しない私がおかしいのかと思ったわ。




騎士団の三人はうまいこと聖女に言いくるめられて、イスミトヘ帰っていった。

「は〜やれやれ。人気者はつらいのう」

お忍び用の服に着替えて、マリーは朝食のパンを食べながら喋っている。

この口元がパンくずまみれの女がさっきの聖女だとは。

騎士たちにこれを見せてから帰してやればよかったわ。

「マリーあなた、騎士団の人の名前を全員覚えているの?」

「おお。頑張って覚えたぞ。聖女なんて、聖典と儀式の作法を覚えきったら他に覚えることもないからの」

こういう時役に立つ、とマリーは笑っている。



「マリーは魔人が世界に害をなすものだと思う?」

そう聞くと、マリーはきょとんとしていた。

私はレイザンが魔人だと思っているから、悪いものではないと思っている。

しかし、神が私を止めろと聖女に言うくらいなのだから、何か私は悪いことをしているのかもしれない。


「魔人は我々に知識を授けたじゃろう?確かに、知識があるせいで悩み苦しむこともあり、動物のように生きられたらと思わぬでもない。だが、それ以上に我々は考え、学び、伝える自由を得た。これは害なのじゃろうか?」

マリーがパンの最後のひとくちを口に放り込み、口元を拭う。

「神はそれが世界を滅ぼす元だと言うが、なぜ我々が知識を得たら世界が滅びるのじゃ?滅びぬように皆で考えたほうが良くはないか?私は神がアルルーナを止める理由が知りたい。その理由がわかるまで、アルルーナが悪かどうかは判断できぬ」

「神が言うから悪、とは考えないのね」

「神はアルルーナを止めろと言っただけで、悪とは言っておらんよ。ハハハ」

そう詭弁を述べながら、マリーはカップに口をつけた。

少しあつかったらしく、ふうふうとカップを吹いている。



マリーの言葉に勇気づけられたような気がして、進んでいなかった朝食の続きを口にする。

しかし今日はこれから船に乗るから、ほんの少しでやめておくことにした。

今回はテザネスで調べた船酔い防止策を色々試してみたいと思う。

でないと、東海諸島に行くなんて言えないからだ。



船で試した結果、上を向いて寝ているのが一番いいとわかった。

甲板に備えられたベンチに、カンナの膝を枕にして寝転がっている。

雲が流れていくのが見える。

気分はいいわけではないが、前よりはかなりマシだ。

「マリーは大丈夫そう……?」

カンナに声をかけると、遠くの方を見やって首を横に振った。


マリーは朝食を食べすぎたのと、乗船時にはしゃぎすぎたせいか、

今は盛大に戻していて一緒に乗ってきたジジオに介抱されているらしい。

さっきまであんなに聖女だったのに、今はゲロゲロなんて、天国と地獄ってこの世にあるのね。

マリーの二の舞にならぬよう、今のマリーのことは頭の中から消した。

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