アルルーナ、情報交換する
カイセン教会に着くと、サトウ氏が出迎えてくれた。
間にレイザンの通訳を挟んで会話する。
『アルルーナ様。今日出発だと伺いました。どうぞお気をつけて』
「ええ。サトウさんも慣れない場所で大変でしょうけど、無理しないで下さい」
『ええ。助かったこの命、大事にいたします』
サトウ氏は微笑む。左足には、棒のような義足がつけられていた。
「義足、つけられたのですね」
『テザネスには義足職人もおりまして、その方にお願いしました。まだ練習中ですが、丈夫で良い感じです』
話している我々の後ろで、マリーがキョロキョロと建物を見回している。
『あの、失礼ですが後ろの女性の方は?』
「新たに旅に加わったマリーです。カイセン教会がめずらしいんですのよ」
「マリーじゃ。イスミトのカイセン教会の者とは付き合いがある。教会に入るのは初めてじゃがな」
『サトウです。普通はめったに他教徒は入れないのですが、アルルーナ様は私の命の恩人ですからね』
それを聞いてマリーは不思議そうな顔をする。
まあ、まだ何も説明していないからしょうがないわね。
サトウ氏は別れ際に一枚の封筒を手渡してきた。
『これは必要ない物かもしれませんが、お渡ししておきます。今中身を見ても何かはわからないと思いますが』
「あら……いつ見れば良いものですか?」
『ええと……アルルーナ様がいつかまた私の名前を見かけたら、思い出して下さい』
封筒の表にあるのがサトウ氏の名前の字だという。
そこには『佐藤 夕生夜』と記されていた。
これがカンジというものね。
マリーとザカハが覗き込んで、「線が多い!」だの「読めん!」だの後ろで騒がしくしている。
「わかりました。その時を楽しみにしていますわ」
そう言って私はその封筒を自分の鞄にしまった。
テザネスを出たあとは、マリーが船に乗りたいと言うので渡し船の方へ向かう。
どうせ東に行くので、上流の橋を渡っても良かったのだが仕方がない。
船代はマリーに出させることにし、船着き場の街に向かいながらマリーといろいろな話をした。
「アルルーナは魔人について調べていると言うが、なぜイスミトヘ来ないのじゃ?」
魔人と神人がいたとされているのは翡翠湖周辺、イスミトのあたりと言われている。
それにイスミト教の聖地があるので、魔人のことを知りたいと普通に考えたらそちらへ行くだろう。
「マリー、タダで情報はあげられないわよ。あなたも代わりに役立つ情報を頂戴」
「ふむ……そうじゃのう……。イスミト教の聖女は、学校に行かせてもらえぬ。知識は悪じゃからな。信者たちには生活もあるからあまり厳しく言わぬが、私はイスミト教の事以外に触れぬようにされていた。何故かわかるか?」
「知識が悪というのは、上の者が下の者を使う時に賢くなければ御しやすいからの教えかと思っていたけれど……違うの?」
「違う。聖女にはこう伝えられておる。人が皆知識を得ると、世が滅ぶと」
マリーは真面目な顔で言うが、どういうことなのだろうか。
「マズ教は世を破滅に向かわせようとしておる。私はそう習った。普通の聖女たちは皆それを信じて、知識は悪だと説いていたが……」
「マリーは違ったの?」
「私は少々やんちゃでな。よく教会を飛び出して、街の子供たちと遊んだ。彼らから足し算や文字を習ったのじゃ」
懐かしそうな目をしながら、マリーは思い出を語る。
「文字を習ったら本が読める。しかし本は禁止されていての……聖典すら口伝で暗記せいと言われる程じゃからな。ただ、弟のワクロが昔は私にそっくりでな。あいつを影武者にして抜け出していた」
「弟なの?!」「えっあの人いくつ!?」「弟ォ!?」
馬車の中が騒然となった。
「ワクロは17、私が18じゃ。あやつは老け顔じゃからな」
マリーが爆笑しながら答える。
なるほど、聖女に逆らえないというだけでなく、姉には逆らえないという刷り込みがされているのね。
それであんなに無理を言われて……かわいそうに。
「ワクロさんがマリーの弟だという情報は面白かったわ。じゃあ私もお返しをしないとね」
「おいおい、それよりももっと大事な事を話したじゃろうが」
マリーが不満げに口を尖らせる。
冗談だと言うとまた笑っていた。
マリーの笑いが落ち着いたところで、話を切り出す。
「魔人は実在するわ。私はその証拠を掴んだ。私はカイセン教と魔人に繋がりがあると思っていて、カイセン教についても調べているの」
「待て待て。情報が多いのじゃ。なぜカイセン教と魔人に繋がりがあると?」
「そこの二人がカイセン教で、魔術を使っているとしか思えないから、というのが一つ目の理由ね」
レイザンとカンナを指差す。
カンナはブルブルと顔を横に振り、レイザンは苦笑していた。
「二つ目の理由は、湖で転生者らしき人を拾ったから、かしら。それがさっき会った佐藤氏よ」
私のその言葉に、マリーが強く反応した。
「湖!?翡翠湖か?!あそこは聖地として厳しく見張られているはずじゃぞ!?」
「……翡翠湖じゃないわ。この近くの湖よ。そう言うということは、翡翠湖でも転生者が現れるのね」
マリーはしまったという顔をして、頭を抱えてしまう。
しばらくそうしていて、思い切ったように顔を上げた。
「言ってしまったものは仕方ないのじゃ。それに、そこまで知っているのなら隠すよりアルルーナの意見が聞きたい。翡翠湖に現れるヤツシマ人のことを」
マリーが語ったのはこういう話であった。
約300年前のある時、翡翠湖のほとりに人が倒れているのが見つかる。
全裸の東海諸島人で、彼女は気がつくとたどたどしい言葉で話した。
『私をカイセン教会へ連れて行って下さい」
彼女を保護したイスミト教の人間は、ただの溺れた遊泳者ではないと感じ説明を求めた。
すると彼女曰く、自分は転生者であると言う。
「これからも同じような転生者が現れるだろうが、皆カイセン教会に連れて行ってほしい。そうすれば、イスミト教の邪魔はしない」
転生者だと主張する女性はそう訴えた。
イスミト教では転生者は魔人の使いとされている。
当時の大司教たちが『殺してしまおうか』と話し合っていたところ、転生者は言葉を足した。
「私をカイセン教会に引き渡せば、相当な金が得られるはずだ」
その女性が言うとおり、カイセン教会は女性と引き換えに多額の金、宝飾品を渡してきたのだった。
それ以降、イスミト教により翡翠湖は聖地として監視され、遊泳も禁止となった。
そして女性が言ったとおり数十年に一度、翡翠湖では溺れかけの転生者、もしくは溺死体が上がる。
それらはすべてカイセン教会に引き渡されており、これはイスミト教の極秘事項である。
「私は聖女になってからその事を知ったのじゃが、数十年に一度ではない。数年に一度の頻度に上がっておる。しかも、翡翠湖以外でも出現しているとは……」
マリーが深刻な顔をしている。
私も今の話は奇妙すぎて、考え込んでしまった。
転生者とは何なのだろう。湖から産まれるだけでなく、そのまま死んでしまう者もいるとは。
しかもそれらは全て東海諸島人だそうだ。
転生者は前の世界で一度死んでいるという。ということは、こちらに来ようとして来ているわけではない。
誰かが、転生をさせている?
「ふむ。大司教の一部には、神が転生者を送ってくるのは試練を我々に与えているためだと主張する者もいるな」
私の考えをマリーに言うと、マリーは頷きながらそう答えた。
「イスミト教が試練だと考えるんなら、マズ教では神の助けとでも言うんじゃねえかな」
ザカハが御者席から口を出す。
「どういう事じゃ?」
「転生者ってのはこっちには無い技術を知ってるんだろ?それを俺たちに伝えてほしいから、神が送り込んできてるんじゃねえか?」
「しかし転生者は皆何もせずに去るぞ?」
「神と敵対してんじゃねえか。理由は知らねえけど」
マリーという客が増えて、馬車の中はこれまでより一層にぎやかになった。
しかしカンナとレイザンは、魔人に関する話には口を挟まずに静かにしている。
彼らをのけものにしているようで、心苦しくなり別の話題を振ることにした。
「マリーは旅するのは初めて?」
「いや、即位のときにイスミト教を国教にしておる国は回ったぞ」
マリーは、リトゲニア、ゴティス、マーヒトガイヒ……と国の名前を挙げていく。
「アガートにも行ったが、あそこの王子はなんじゃ?私の気をひこうと必死になっておった。聖女を何じゃと思うとるんじゃろうな?」
「あれはただのバカよ。ねえカンナ?」
静かにしていたカンナに話をふる。
カンナは嬉しそうにニッコリと笑った。
「もう王子でもないですしね!バカ王子ならぬただのバカです」
「そうじゃった。アガートはリトゲニアになってしまったな。何があったのかよく知らんのじゃ。教えてくれるかの?対価は払うぞ」
私とカンナは旅に出たきっかけやリュカナであったことを、マリーに説明した。
つい昨日のことのようだが、旅に出たのは夏の終わり、今は真冬である。
随分前のことになるのだな、としみじみ思いながら回想していると。
「ほう。今のアルルーナがおるのはそこの護衛のおかげじゃな。何度も危ない目にあっておるではないか」
マリーが目線でレイザンを指す。
「そうね。レイザンは私の一番の宝物よ」
レイザンの方を見やってそう答えると、レイザンはちょっと驚いた顔をしてから、照れたように笑った。
はああ、素敵すぎる。もう一回笑ってほしい。
「羨ましいのう。私の護衛は私の邪魔ばかりするぞ。一人面倒なやつをイスミトでまいてきたが、もしかしたらこちらに来ているやも……」
「おいマリー、それってあいつか?」
ザカハが前方を指差す。
その指の先には、屈強な髭面の、全身鎧の男が仁王立ちしている。
マリーの方を振り返ると、顔をくしゃくしゃにしてイヤそうな顔をしていた。
「あれは聖女衛兵第一隊隊長、ジジオじゃ。私を捕まえに来たのじゃろう……話せばわかるかもしれんが、まず話を聞いてもらえるかわからん」
ジジオと呼ばれたその男は、馬車が歩みを止めたのを見て近寄ってきた。
ズンズンと音を立てていそうな歩き方に少し気圧される。
「私が出ます」
レイザンが馬車を降り、ジジオと向き合った。
「我が主の馬車に何用でしょうか」
レイザンが静かに問うと、ジジオは低い声で言葉少なに答える。
「うちのマリー様を返せ」
「何のことでしょうか?」
ジジオはこの問いはに答えず、鞘から剣を引き抜いた。
レイザンが身構える。しかし、剣は抜かない。
「押し通る」
ジジオはそう言ったかと思うと、レイザンに向かって踏み込んだ。
「!」
ジジオが振った剣は宙を切り、レイザンがその腕をとらえている。
「一度は不問にします。我が主の馬車に何用でしょうか?」
「この……」
捕われた腕を振り払おうとしているようだが、びくともしていない。
ジジオの顔色が悪くなっていく。
対象的に、マリーは面白そうな顔をしている。
「なんじゃあいつは!?ジジオを無手で止めるとは。やれ!やってしまえ!」
「煽るんじゃないわよ。ほら、ジジオがこちらを見てるわよ」
「マリー様……楽しそうですな」
「誤解は解けましたか?剣をしまって頂けると嬉しいのですが」
「……わかった」
ゆっくりとジジオは剣を鞘に戻し、深々と頭を下げる。
「悪かった。殺さなんでくれて礼を言う」
「いえ。ちょっと危なかったですが」
レイザンがそう返すと、ジジオはしゅんと項垂れてしまう。
まあ、聖女衛兵第一隊隊長が素手の若者に手も足も出なかったなんて、心折られるわよね……
マリーとジジオを引き合わせ、こちらに害意がないことを改めて納得してもらった。
そしてなぜいきなり剣を抜いたのか、ジジオに訊く。
ジジオ曰く、聖女が脱走するのはいつもの事だそうだ。(それはどうかと思うが)
しかし今回はイスミト市内のどこにもおらず、また日をまたいでも帰ってこない。
しかも教会の馬車が一台なくなっている。
これは誘拐かもしれぬと、慌ててジジオ他衛兵隊が馬車の足取りを追ったところ、馬車はテザネスに向かっていることがわかった。
大司教達は聖女がアルルーナの元に向かったと考え、危険かもしれぬとジジオにアルルーナの馬車を止めるよう命令したそうだ。
「マリー様が危険だと聞いて頭に血が上った。失礼をした」
「そうじゃぞ!私がこの馬車に乗せてもらっているのじゃ!もう私も大人なんじゃからほっとけ!」
マリーがぷんぷんとジジオに怒る。
しかし、状況を考えたらジジオは仕事をしているだけで別に悪くないのでは……?
と思ったが、マリーとジジオの問題なので口は挟まないことにした。
「連れて帰るなら連れて帰って頂戴。こんなところで足止めされても困るの」
「ひどいのじゃ!友達じゃろう?アルルーナ!」
「友達だって親が迎えに来たら引き渡すわよ」
聖女に敬意を払わない物言いを、ワクロのようにジジオにも咎められるかと思ったが、ジジオは目を細めて笑っていた。
「マリー様は、イスミト教会に収まる器ではないのであろうな」
それは過大評価ではないか?
「マリー様。この者たちに同行するのは理由があるのですな?」
「そうじゃ。ジジオは聞いていないと思うが、神のお告げがあったのじゃ。この者たちが何をしようとしているのか確かめねばならぬ」
「私を共に連れて行っては貰えませぬか」
「馬車の定員がいっぱいじゃ。護衛は一人おるから問題なかろう?」
ジジオはマリーの顔をじっと見つめて、諦めたように息をついた。
そしてレイザンに向き合う。
「青年よ。貴殿の強さは先程体感した。しかしマリー様をお守りできるのか、剣で確かめさせてはもらえんか」
「……納得したら、帰ってもらえますか?」
「同行は諦めよう」
レイザンが私の方を見たので、私は軽くうなずいて答えた。
「さっさと終わらせて出るわよ」
レイザンが剣を抜く。
刃が陽の光を白く反射して眩しい。
その向かいで、ジジオも構える。
「悔しいが、胸を借りる」
「いつでもどうぞ」
ジジオは先程と同じ踏み込みを見せた……と思いきや、急転して違う角度から切り込んでいった。
風を切る音がして、砂埃が舞う。
レイザンが避けた方向に、今度は突きを繰り出す。
舞うように剣を振るう姿は、髭面の顔に似合わず優雅であった。
しかしどの振りもレイザンに当たることなく。
軽業師のようにレイザンはジジオの刃を避けていく。
いつの間にか人だかりができ、レイザンが避けるごとに歓声が上がった。
そして最後。
ジジオが呼吸をする一瞬の間に、レイザンの刃がジジオの喉元を捉える。
「ま、参った」
「はい。ありがとうございました」
レイザンは最後まで秀麗に、くるくると剣を鞘に納めた。
そして観客にお辞儀をすると、拍手とともに小銭が降ってくる。
それを一枚一枚拾っている姿は、剣を避けていた人と同一人物か疑わしいほど可愛らしかった。
「な……なあ……後ろからジジオさんついてくるんだけど」
御者席のザカハが言うとおり、馬車の後ろをつかず離れずの距離を保ちながら、ジジオが馬でついてきている。
「同行はしないと言っていたけれど、帰るとは言質を取れていなかったわね」
「そんなのアリか!?うわ〜申し訳ないのう。私のせいで」
マリーが頭を抱えている。
「後ろにいるぶんには邪魔じゃないから、良いわよ。邪魔になったらすぐレイザンに追い払わせるから」
「いつでも言って下さい」
レイザンがニコニコしているのを見て、少し引きながらマリーがつぶやく。
「この男、何者なのじゃ……?」
「それね、私が一番知りたいのよ」




