アルルーナ、聖女に会う
「もうキキヤキにいる必要はないわ。一度テザネスに戻りましょう」
私がそう言うと、カンナが手を挙げた。
「なんでテザネスに戻る必要があるんすか?ザカハの追手がいるかもしれないっすよ」
「主な目的はマズ教からの返事を受け取ること、それが終わったらすぐに発つわ。できるだけ4人で行動しましょう。あとはカイセン教会のサトウさんに別れの挨拶をしてないわね」
マズ教からの使者はこちらがキキヤキにいることを知らない。
ザカハが今から早馬で知らせても、行き違いになる可能性があるからだ。
その説明にカンナも納得し、明日テザネスに向けて出発することに決まった。
兄にそれを伝えに行くと、寂しそうに頭をなでられる。
「そうかい。またお別れだね。次は結婚式かな?」
「ええ。日取りが決まったら早めに教えてくださる?連絡がつかない所にいるかもしれないので」
「そうだね。アルルーナの旅は不思議な方向に進むからね、父様も僕への手紙で嘆いてた」
「帰ったら、父様にも母様にもよろしくお伝えくださいな」
「うん。元気でねアルルーナ。僕も書籍館で待っているよ」
兄とレジームは、リリエマ王女の荷造りができ次第書籍館にまっすぐ帰るそうだ。
そういえば、兄の護衛のセンリとやらは最初きり見なかったが、どこにいるのだろうか。
そう思っていたら、また窓からセンリが登場した。
「アルルーナ様。これを。ユナお嬢様からです」
センリの手から手紙を受け取る。
「ありがとう。テザネスで返事を書くわ。ユナによろしくね」
センリは頭を少し下げ、また窓から出ていった。
どうやら屋根の上に待機しているようだ。ユナのところの密偵は変なのばっかりだ。
リリエマ王女と兄様が、あの姉王女二人をどう収めたのか詳しくは知らない。
ただ、ハカトルメス国王がついに二人を叱責したという噂が市中には流れていた。
王女二人で一人の男を取り合っているという話は面白おかしく尾ひれをつけられていたから、そろそろ引き締めないとサリディ王女が次期王になったとき影響が出るだろう。
しかし、私達が国境を出るとき、衛兵が「ご迷惑をおかけしました」とこっそりつぶやいてきた。
もうすでに求心力は落ちているかもしれない。そりゃそうか。
数日の旅のあと、テザネスに着いた。
まず先にザカハの追手が来ていないかを確認する必要がある。
いつもの馬車はかなり郊外の宿に停め、軽く変装をして街へ入った。
人通りの少ない道を通って、情報屋が集まるという酒場に四人で向かうと、中にいた数人が驚いたようにこちらを見てくる。
「ザ、ザカハ?お前こんなとこに戻ってきていいのかよ」
「あー、いろいろあってな。なんて聞いてる?」
「ダーシマーのやつがお前を拉致したけど、見張りの20人殺して逃げたって」
なぜこの短期間でそんなに話が盛られるのか?
ザカハも苦笑いして、「まず殺してねえし、やったのはこっちの奴だし、人数は15人だよ!」と細々と訂正していた。
ダーシマーからの追手についても、その話しかけてきた男が教えてくれた。
結論から言うと、それらしい人間は来ていないとのことだ。
ついでに面白い話を聞くことができた。ダーシマーは再修行になったそうだ。
まだ独り立ちさせられないということで、アサトラが名前を戻したらしい。
ダーシマーは商会本店からしばらくは出られなさそうだ、と情報屋の男は言っていた。
「ざまあみやがれ」
ザカハはその後しばらく上機嫌であった。
次に、マズ教からの返事を待つ。
その間に、父から届いていた手紙やユナの手紙を確認し、返事を書いた。
ユナにはブローチのお礼も言っておこう。
ハカトルメス王宮では王女の上二人に装飾品をやたら褒められたが、私が買ったものではないのでうまく説明ができなかった。
でもユナから貰ったブローチだけは、自慢することができた。
父からの手紙では、アガートのリトゲニア編入がほぼ終わったとのことだった。
同時に王立大学もリトゲニア王立になったが、卒業生達からの反対でそこはアガートの名を残すことに決まったそうだ。
アガートとは、建国王の名だと言われている。
しかし実は書籍館の創設者の家名で、当時の建国王に与えたという話が書籍館にだけ残されていた。
そのため我々には家名がない。
それを思うと、アガートという名が残ってくれたのは少し嬉しかった。
マズ教の使者は間もなくやって来た。
「外洋船への融資については、会って判断するそうよ。首長とシャマツタールに残る導師長が、山から降りて待っていてくれるらしいわ」
使者から聞いた話を3人に伝える。
「首長まで降りてくるなんて、マズ教は相当嬢ちゃんを気にしてるみてえだな」
「首長と会うのは極秘事項だから、気をつけて。対外的には導師長のみとの会談予定になってるから」
次の目的地はミェドラ山麓のシャマツタールに決まった。
そうと決まれば、あとはサトウ氏に挨拶をしていくだけだ。
そう考えていたのだが。
「お嬢様、ワクロ氏がまたお見えですが………」
夜遅く、そろそろ寝ようかという時間に非常識な来客があった。
「今?なんでこんな時間に。緊急なの?」
「我々が明日の朝に発つと聞いたらしく、今でないと駄目だと」
「ハァ……まだ着替えてなくてよかったわ。通して」
「こんな時間に申し訳ありません。お時間をいただきありがとうございます」
「……いいえ……それより、あなたが連れてきたその方……もしかして」
ワクロは、女性をひとり連れてきていた。
この状況で予想するのはただひとりだが、まさかこんな所に来るわけないという気持ちとで混乱する。
「……マリーエルヴェ聖女台下です」
紹介された人間は帽子を取り、口元の布を外した。
「会えて嬉しいぞ、アルルーナ。そのように嫌そうな顔をするな。傷つくのじゃ」
「台下。なぜこんなところに来ているのですか。とっととイスミトヘ帰って下さい」
私の物言いに、ワクロが絶句している。
言われた本人は苦笑しているが。
マリーエルヴェ聖女は変装なのかさらりとした黒髪を後ろで一つに束ねており、聖女らしさはあまりなかった。
特に主張の強い胸と腰回りが、厚着をしていても女性だとわかるほどであり、聖女というより踊り子のようだ。
顔つきも派手なので、踊り子だったら物凄い売れっ子になるだろうに。
やはり女性だったらあのくらいの大きさは憧れる。
私だってそれほど小さい方ではないが、レイザンはどのくらいが好みだろうか?
「何を考えておるのじゃ?話をしてよいか?」
「あぁ、どうぞ。ちょっと考え事をしていました」
どうしようもないことを考えていたことは悟られぬように、涼しい顔をしておく。
「お前達が魔人について調べている事は聞いておる。即刻やめるのじゃ」
「お断りしますわ」
「そう言うと思っていた」
聖女は大きな胸を揺らしながら笑った。
つい目がいってしまうわね。
こっそりレイザンの方を確認したら、目が合ったので安心して話を続ける。
「なぜ魔人のことを調べてはいけないのですか?」
「神人がそう言ったからじゃ。神を探ろうとしてはならない。欲を持つな、満足して生きよ。イスミトの教えじゃ」
それは知っている。しかし私のところに聖女が来るほどのことではないと思う。
聖女もわかっているようで、こちらを試すように眺めたあと言葉を継いだ。
「実は先日、神のお告げがあったのじゃ」
「台下、それは」
聖女は口を挟んできたワクロを手で制し、続ける。
「お告げなど私は初めて受けた。先代からもそのような話は聞いておらぬ。祈祷の途中に急に声が聞こえたときは驚いて腰が抜けたぞ」
その大きな腰が抜けたらさぞ大変だろう。
「私だけではない。ワクロも聞いたな?」
「……はい。その時聖堂にいた数名は、声を聞いております」
「お告げの内容は何でしたの?」
聖女とワクロは一度目を見合わせて、聖女が口を開いた。
『魔人を崇め神に仇なそうとする者がいる。その者は魔人になろうとしている。書籍館のアルルーナを救え』
「神が名指ししたんですの!!???」
まさかお告げとかいうものがそんなに具体的なものだとは思わなかった。
あと、魔人になろうとしているって何だ。なれるものならなりたいが?
魔人になれたなら、レイザンも結婚してくれるかもしれないし。
「魔人を崇めているのはマズ教ではないでしょうか?」
「それはそうじゃ。しかし崇めている程度なら神は咎めないということじゃろう。アルルーナはそれ以上のところに踏み込んでいるようじゃな」
そうか。
なら、私のしてきた事は間違いではなさそうね。
「私は神のお告げに従って、アルルーナを救わねばならぬ。そちらが来ないというからテザネスまで来たのじゃ」
「救うって、どうしてくださるの?」
「そうじゃな、しばらく一緒に同行させてもらおうかの。また神のお告げがあるやもしれぬからな」
「台下!それは聞いておりませんぞ!!?」
そんな事を周りが許すはずがない。聖女の独断だろう。
しかし、なんの考えもなくこちらに付いて来たいと言っているわけではないようだ。
面白い。聖女が私をどうしたいのか気になる。
「いいですわね。でも、馬車の乗車料や生活費は払っていただきますわよ?」
「私にも個人資産がある。安心せい」
「話を進めないでください!!台下がイスミトに居ないなんて知られたら大問題ですよ!?」
「それを知られぬようにするのがおぬしらの仕事じゃろう?」
少しワクロがかわいそうになってきた。
「まあ、しばらくしたらイリョールには向かう予定でしたので、それまでの間ではどうですか?」
「ふむ?明日からはどんな予定じゃ?」
「次の目的地はシャマツタールでマズ教の導師長と会う予定ですわ」
「そんな所にイスミト教の聖女を行かせられるわけないだろう!?」
ワクロが叫ぶ。
そんな横で、聖女は腕を組んで大笑いしていた。
「はははは、シャマツタールときたか!マズ教の聖地に行った事のある聖女はおらんだろうな。私がその一号になろうかの」
「台下!」
「くどいわ。私に何かあったら妹のハナストラシアに後を継がせれば良いじゃろう。神のお告げが最優先じゃ。何か言われたらそう答えておけ」
ぴしりと聖女が言い放つ。
ワクロはそれ以上進言することができず、悔しげに黙り込んでしまった。
「では、明日の朝また来る。よろしく頼むぞ」
聖女はまた顔を隠しローブを羽織ったが、体つきが隠しきれていない。
ワクロがため息をつき、自分のローブを上から重ねた。
「……暴漢に気をつけてくださいね」
「うむ?そんなものがいるのか。物騒だのう」
よく分かっていないように、聖女は首をかしげた。
ワクロはその横でまた深いため息をついている。
まあ、街の中を馬車で移動するなら滅多なことはないだろう。
イスミト教の紋章がついた緑色の馬車は、ガラガラと音を立てて夜の街を去っていった。
「まさか聖女が来るなんてね。神のお告げって一体なんなのかしら?」
もう夜も遅いが、寝る前に少しカンナと話をしてみた。
ランプの炎がゆらゆらと影を揺らしている。
「なんでしょうね……それよりすごくなかったですかあの……でっかいの!」
「あれは……すごかったわね。何食べたらあんなになるのかしら?」
「きっと良いもの食べてるんですよ……今が夏じゃなくて良かったですねえ……もっと薄着だったら目がやられていたかもしれない」
カンナが目を押さえながら想像して苦しんでいる。この子はバカね。
そこにレイザンが温かい飲み物を持って現れた。
「二人とも眠れませんか?」
「そうね、まだちょっと眠くなくて……カンナとさっきのことを話してたの」
「ああ、聖女のことですか」
聖女のなんの話をしていたかは言わなかった。
「彼女は恐らく監視されていると思います」
「あら……じゃあ同行は断ったほうが良かったかしら」
「お嬢様が嫌なら、追い払いますが」
イリョール聖騎士団は、リトゲニア軍に匹敵する練度だと聞いている。
しかしレイザンができるというのならできるのだろう。
「ありがとうレイザン。お願いするわ」
「わかりました。明日手を打っておきます」
次の日の朝、ザカハと馬車の準備をしていたらイスミト教の馬車が現れた。
「お早う。今日からよろしく頼むのじゃ」
昨日と変わらぬ格好の聖女が馬車から降りてくる。
大量の荷物を持ったワクロが、その後ろをついてきた。
「あんたが同行するっていう姉ちゃんか?まずは契約と金だ」
ザカハには事前に聖女がお忍びで同行することを伝えてある。
その時はたいそう驚いていたが、「まあ嬢ちゃんならそういうこともあるか……」と何か納得したようだった。
しかしこんなに気安く声をかけるとは思わなかった。怖いもの無しねこの男。
ワクロも驚いて怒ろうとしていたが、聖女が嬉しそうにザカハに答えた。
「今料金を用意しよう。そうそう、私のことはマリーと呼んでくれ。君はなんと呼べばよいかの?」
「ザカハだ。マリー、こっちの馬はタマラとマスケト。俺と他3人にしか懐いてないから後ろに立つなよ」
「わかった。アルルーナも敬語はよすのじゃぞ」
「……後で不敬罪で罰しないで頂戴よ」
マリーがワクロをひと睨みし、ワクロが渋々といった感じで頷いていた。
レイザンが少し汗をかきながら戻って来た。
「お待たせしました。行きましょうか」
「もういいのね?じゃあ皆乗って」
そう言って馬車に乗ろうとしたら、レイザンがマリーを見つめていた。
特に胸元のあたりを。
急に心がざわつき、レイザンの腕をとる。
「何してるの、レイザン。行くわよ」
「……お嬢様、耳をお貸し下さい」
耳?と不思議に思っていると、レイザンが私の髪をかきわけて、左耳に口を寄せてきた。
『聖女のペンダント、あれは魔人の道具です。我々の場所や会話が筒抜けになります。外させたほうが良いかと』
こそこそとレイザンが小声で伝えてくる。く、くすぐったい。
あと顔が近い!顔が近すぎる!!
でも胸を見ていたわけではなかったのね。信じてたわレイザン。
顔が真っ赤になりながらも、言われた内容について考える。
ペンダントを外させる?ペンダントが魔人の道具?
マリーの胸元で光るそれは、イスミト教の紋が銀と宝石で描かれた高そうなものだった。
「マリー、そんな明らかにイスミト教です!っていうペンダントをつけてたら、お忍びにならないじゃない」
「うむ〜、そうじゃな。アルルーナの言うとおりじゃ。ワクロ、これも持って帰れ」
思ったより素直に言うことを聞いてくれた。
マリーは外したペンダントをワクロに向かって放る。
ワクロは慌ててそのペンダントを受け止めた。
「あの、くれぐれも台下をよろしくお願いいたします」
ワクロが深々と頭を下げる。
「金もらった分の安全は保証するぜ。契約以上のことが起きたら知らねえけど」
「く、くれぐれも!お願いします!!」
ザカハが馬車を進めた。
まずはサトウ氏に挨拶するためにカイセン教会に寄らねば、と思っていたら。
私の横に座っていたマリーが声をかけてきた。
「よくペンダントのことがわかったのう。あれは神がこれをつけていけとお告げをしてきたものじゃ」
「あら、置いてきて良かったの?」
「趣味に合わぬからな」
そう言ってマリーは笑った。
「迷惑をかけるのう。きっと騎士団が追ってきておるし、そなた等は監視される事になった」
「それならレイザンが全部追い払ったわ」
そう言うとマリーは目を見開き、レイザンを見た。
レイザンは静かにうなずく。
「どうやったのか知らんが、面白い奴らじゃ……街中へ出ているようじゃが、どこへ行くのじゃ?」
「カイセン教会よ」
「……イスミトの聖女をシャマツタールのみならずカイセン教会に連れて行くとは。楽しいのう。出てきてよかった」
そう言うマリーは、とても嬉しそうに笑った。




