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アルルーナ、東海諸島人を拾う

ルァリク氏の工房を訪れてから2日後、約束通り造船所へ向かった。

テザネスからアーヤールア川まで一日かけて北上し、船着き場の街に一泊して、今朝ルァリク氏と再会した。

ルァリク氏の馬のあとに続き、我々の馬車は湖を囲む森の中を進む。

「ここはたまに追い剥ぎが出るんで、気をつけてくだせえ」

「追い剥ぎ。怖いわね」

「旅人を狙って身ぐるみ剥いでくそうで。たま〜にしかやらねえんで、なかなか捕まらんのですわ」

追い剥ぎが出ても、レイザンがいればなんとかなるんじゃないかしら。

あまり彼を過信するのは危険だが、過信したくなる実績がある。


フィーユ重工業の造船所は、アーヤールア川のそばにある湖にあった。

湖は川と水路で繋げられており、水門が設けられている。

ドックでは現在も船を建造中のようだ。

ルァリク氏が職員に声をかけると、しばらくして髪をボサボサに伸ばした体格のいい男性が現れた。

小柄なルァリク氏と並ぶと、大人と子供のようである。

「部品の納品はちゃんと受けてるぞ。何かあったのか」

「いやぁ、おめぇを天才と見込んで話を持ってきたのよ。なあ姫様」

「書籍館のアルルーナと申します。いきなりのご訪問で失礼いたしますわ」

そう言うと男性は、キョトンとしたあとルァリク氏を見やり、ルァリク氏が頷くのを見ると、「少々お待ちを」と言って駆け出していった。


暫しそこで待つと、髪をきちんとまとめて服を着替えた先程の男性が現れた。

「お見苦しい姿をお見せしました。私はオズマ・マヌ・フィーユです。この会社の社長をしております」

先ほどとはうってかわって紳士のような佇まいのオズマ氏は、工房の職人的なルァリク氏と飲み友達とは思えなかった。

しかし先程の機械油にまみれた姿を見ていると、なんとなく納得できるのだから不思議だ。



昨日の話をオズマ氏に伝え、ルァリク氏は大西海横断船の話を持ちかけた。

「魔人大陸、ですか……」

「そうだ。俺たちのはるか先を行く技術がそこにはあるはずなんだ。興味あるだろ?お前も」

「興味はありますよ。しかし儲けになりません」

きっぱりとオズマ氏は切り捨てた。

「蒸気船の使い途は他にも考えています。まずはアーヤールア川での貿易、次に西海岸貿易。しかし、これは他言しないでほしいのですが、軍船を作れないかという声も既にかかっています」

「軍船……」

「それに、外海の航海には今の技術では足りないのです。燃料の石炭をそれ程は積めない上に、波の荒れ方も違う。出資者のいない事業に膨大な研究開発時間を割く余裕は、まだうちの会社にはありません」

オズマ氏の言う事は分かる。

時間とお金をかけて魔人大陸を見つけたとして、人類的には得られるものがあるかもしれないが、オズマ氏には何の特も無い。


ルァリク氏は食い下がったが、熱意だけではどうにもならない。

「予算は幾らぐらいあれば開発可能でしょうか?」

オズマ氏に問うと、少し考えた上で「一千万マイツは要ります」と答えた。

まったくもって無理な数字だ。

一千万マイツなど、書籍館をひっくり返しても出てこない。

国の予算で動くような額を、誰が用意できるというのか。

ルァリク氏と二人で落ち込んでいると、端で聞いていたザカハが口を出した。

「一千万マイツあれば、作れるんだな?」

「ザカハ、あなたまさか……」

ザカハが慌てて首を左右に振る。

「いやいやいや、俺は持ってねえよそんな金!俺が言いたいのは、マズ教なら出すかもしれねえな〜って思っただけ」

「確かに、マズ教なら魔人大陸があると言えば出資してくれるかもしれませんね」

オズマ氏も、否定的だった体制から少しこちらに寄ってきた。

「姫様が導師長達を説得してくれれば可能性はあるかもしれねぇですな」

ルァリク氏もこちらに期待の目を向ける。


「……分かりました。ミェドラ山に行ってみましょうか」

イスミトより先にマズ教の本山に行くことになるとは。

ミェドラ山は翡翠湖の南、アーヤールア川の上流にある高い高い山で、マズ教の当代首長が住まう寺院がある。

そこには首長の他に各地域を統括する導師長がおり、マズ教の重要な決定はそこで行われている。

「ただ、本当にお金さえあれば出来るのですか?蒸気船はオズマ様の考案で?」

「蒸気船はもちろん社の皆で作り上げたものですが、最初の発案は私です。私は常日頃から蒸気機関を他の事に使えないか考えておりまして、ポンプの運動を回転運動に変える機構を知ってからは早かったですね」

実は蒸気船の発明に転生者の関与がないか疑っていたのだが、確かに彼は天才のようだ。

渡し船に使用した技術を詳しく解説してくれたが、閃きと応用力が素晴らしい。

「オズマ様は優秀な発明家でいらっしゃるのね」

「優秀というほどでもないですよ。蒸気機関で回転運動を作るのは私が考えたことではないです。私は、既にある技術を組み合わせただけですから」

オズマ氏はいくつかの特許を挙げながら言う。

「あれもこれも、書籍館から頂いた情報です。良い材料があれば、半端な料理人でも形になるものですね。テザネスでは商売敵に技術を教えるなんてことはめったに無いですが、書籍館を介せば世界中の情報が手に入りますからね」

謙遜された上に、こちらを褒めるとはオズマ氏はなかなか話上手な人だ。

開発者としてだけではなく、経営者の力もあるのだろう。

「うちこそ大したことはしておりませんわ。それに、テザネスにも図書館が出来たそうですわね。より便利になって良いでしょう」

「ああ、あれですか。うーん、まだ信用度が足りませんね。特許は扱っておりませんし、書籍館とも関わりがないんでしょう?」

「要望が多ければ、何かしらの提携は考えたいですわ」

「書籍館の名前が入ってくれれば使いやすいですね。まあ、あの館長では難しいかもしれません」


オズマ氏は一回手を叩いて、話を戻した。

「私の事をご信用頂けましたか?まずは一千万マイツ。予算さえあれば、海洋航海用の蒸気機関船を必ずや実現してみせましょう」

「分かりました。マズ教に掛け合ってみますわ」

私は、自分の鞄から筆記用具を取り出す。

「具体的な課題をメモしておきますわ。石炭の積載量が足りないことと、外洋の波に耐えうること、でしたか」

「そうですね。大西海の外洋は非常に荒れます。外輪の強度がかなりいるでしょう。石炭は、蒸気機関の効率を段違いにあげないといけませんね。効率に関しては、外洋船でなくても必要な研究なのですでに行っています」

先程のオズマ氏の話では、あの渡し船は外輪のパドルを回すことで推進力を得ているとの事だった。


回転と推進力について、何か近いものを最近見た気がする。どこだったろうか。

ふと思い出して、口にしてみる。

「先日テザネスの図書館で、足漕ぎボートの論文を見ましたわ」

「なんですって?」

「足でペダルを漕ぐと、水面下のスクリューが回転して進む仕組みの発明で、面白いなと思ったんですの」

図書館でいくつか論文を見ているときに、目についたものだった。

論文はだいぶ新しいものだったように思う。

オズマ氏は少し考えて、顔を上げた。

「息子が最近ペダルを作っていて、何をしているのかと思ったのですが……もしかしたらなにか知っているかもしれません。今呼んできます」

オズマ氏はそう言って部屋を出ていった。


残された私に、ルァリク氏が話しかけてくる。

「オズマの息子のメースンは、昔からなにかに熱中すると周りが見えなくなる質でな。オズマとしてはもうそろそろ仕事を手伝ってもらいたいみてえだが、メースンは自分がやりたくない事は頑固としてやらねえからなぁ……オズマも、そろそろ息子の名前を名乗りたいだろうに」

マズ教の文化圏では、子が一人前になると親は姓の代わりに名乗っていた自分の親の名を捨て、息子の名を姓にする。

ザカハがザカハ・マヌ・アサトラと、父親のアサトラの名前を名乗り、父のアサトラはアサトラ・ミェド・ダーシマーと、長男の名前を名乗るように。

長男以外は良いのかと思わない事もないが、長男の出来が悪ければ次男の名前を名乗ることもあるらしい。


オズマ氏に連れてこられたメースンは、手に何かの機械を持っていた。

「は、初めまして……メースン・マヌ・オズマです……」

弱々しく、聞き取れないくらいの声でそう言う。

目はこちらを見ようとせず、ずっと下を向いている。

「メースン、お前いつの間にか論文を書いていたらしいな」

オズマ氏が強い口調でそう言うと、メースンはビクッと体を硬直させた。

「書籍館のアルルーナです。メースン様、わたくし先日足漕ぎのスクリュー推進装置に関する論文を拝見したのですが、その機械がそれですか?」

オズマ氏を遮り、メースンが大事に抱えた機械を指して訊くと、彼は小さな声で説明しだした。

「これは模型……ここを回すと、チェーンでこの歯車に伝わって、シャフトが回って、スクリューが動く……」

「凄いですわね。実寸でテストもされたのですか?」

「一回だけ……でも推進力が足りない……スクリューじゃなく外輪の方がいいかも……でも大きくなるから好きじゃない」

「ここが足漕ぎではなく蒸気機関にしたらどうでしょう?」

「理論的には可能……でも……蒸気機関は好きじゃない……危ないし臭いし暑いし……」

「うちの家業だぞ、いい加減慣れろ!」

オズマ氏が怒ると、メースンはそれ以上話さなくなってしまった。


やれやれと思い、メースンの作った模型を観察する。

機構がよくわかる模型で、彼も親に似て技術力は高いことが伺えるが、社交性は似なかったようだ。

しかし社交性なんて無くたって、人にできない事が出来るというのは素晴らしい価値だ。

私にはこんな機構は思いつけないし、模型だって作れない。

「スクリューのまま、推進力を高めるには何が出来そうですか?」

私がそう問うと、メースンは父親の顔を伺ったあと少し考えて言った。

「スクリューを大きくする……これは重くなるからやりたくないし、良くないと思う。動力を強くする……蒸気機関にすれば人力よりはいいかも。スクリューの形状を変える……これは今僕が研究してる事」

「形を変えるんですか?」

「スクリューを作るのはめんどくさい。めんどくさいからツギハギで作ってたら、何枚か無くなった時に推進力が高まった。板が少ないほうが進むのは意味がわからない。意味がわからなくて面白い。わかる?」

メースンは少し興奮しながら言った。

彼の言うことはなんとなくわかる。

理解できない事に出会ったとき、何故なのか知りたくなる。

それはとてもワクワクして、面白いのだ。


「オズマ様。どうでしょう、メースン様が改良したスクリューを蒸気船に取り入れてみては」

「まあ、改良結果次第ですな。コイツは蒸気船が嫌いなようですし」

「……別に、僕は勝手にやるから……」

メースンはそう言ってさっさと部屋を出ていってしまった。

ずっと居心地が悪そうにしていたし、限界だったのだろう。

「すみません、あんな息子で」

「何故謝るのです?研究熱心な素晴らしい息子さんでしょう。それに、わざわざ船にまつわる研究をしているなんて、家業の助けになると思ったのではないですか?」

オズマ氏は、私の言ったことに首を傾げながらも少し微笑んでいた。

「だと良いのですがね」




ルァリク氏はそのままフィーユ社に残って、打ち合わせをするとのことで、我々四人はテザネスへの帰路についた。

湖のほとりの道を、馬車でのんびりと進む。

冷たい風が木々を揺らして、湖面では水鳥が遊んでいた。

「冬が近いのに、これだけ緑があるのは不思議な感じね」

「アガートと比べちゃだめっすよ〜。この湖だって、冬も凍らないと思いますよ」

「暖かいって良いわね。夏は湖水浴とかをするんでしょう?夏に来ればよかったわ」

コモコも夏なら海水浴ができたのに……と、惜しんでいると。

「でも多分、ルルおじょーさまは暑いって体験したことないから、すぐへばっちゃうと思いますよ」

「そうねえ。アガートでは夏でも暑いということはほとんど無いから。汗をかくなんて書籍館の大掃除の時くらいかも」

「それはもっと日常的に動いたほうがいいですねぇ」

そんな事をカンナと話していると、道沿いの草むらが動いた。


「た、助けて……」

草むらから一人の男性がまろび出てきた。

男性は一枚も服を着ておらず、びしょ濡れであった。

レイザンが立ち上がり、馬車に積んである布を持って駆け寄る。

ザカハも、カンナに馬を任せて様子を見に行った。


「噂の追い剥ぎかしら」

「この時期の湖に落とすなんて、ひどいことするっすね」


全裸の男性ということで我々は近寄ることはできなかった。

レイザンが話を聞きつつ、ザカハが火を焚きはじめる。

馬車に物を取りに来たザカハに様子を聞いてみた。

「ああ……なんか、東海諸島人みたいだぞ。大陸共通語があんまり上手じゃなくて、レイザンが何があったか聞いてるとこ」

そう言いながらザカハが首をひねるので、何かあったのかと問うと。

「いや……あのひと、左足がねえんだよな。よくここまで来れたなと思ってよ」

「追い剥ぎに切られたの?」

「いや、生まれつきみてえなんだ……不思議だなぁ」



大分体温が戻ってきたそうで、ザカハの服を借りた男性が馬車に乗ってきた。

歩くときはレイザンの肩を借りており、ズボンの左裾はヒラヒラと風に舞っている。

『わたしは、アルルーナ、です。だいじょうぶ、ですか?』

習った東海諸島語で問いかけると、彼は目を見開いてレイザンを見た。

レイザンは、おそらく私が東海諸島語を練習中だというような事を男性に説明し、男性はそれを聞いて頷いていた。

『私はユキヤ・サトウです。助けて頂いてありがとうございます』

サトウ氏は短い黒髪の、レイザンより少し年上に見える男性だった。

「レイザン、何があったか聞いたの?」

「はい。やはりこのあたりの追い剥ぎにやられたそうです。義足も高価なものだったので盗まれたと……」

「そう……それはひどい目にあったわね。行くあてはあるの?」

「テザネスのカイセン教会に知り合いがいるそうです。できれば、送り届けてあげたいのですが」

断る理由はない。どうせこちらもテザネスに一度戻る予定だったのだ。

ミェドラ山へ行くならまた長い旅になる。準備も休息も我々には足りない。


サトウ氏を乗せて、一度船着き場の街に戻る。

遅めの昼食を取るために、5人でレストランへ向かった。

川魚が朝良く捕れたそうで、香草焼きを勧められたので全員それにした。

出てきた魚は、川魚と思えないほど立派な大きさの切り身で、味はスッキリとしていてとても美味しい。

「サトウ様、どうです?お口に合いますか?」

「おいしい、です……」

サトウ氏は大陸共通語を話せないわけではないが、それ程流暢ではなかった。

まだショックが大きいらしく、なんだか元気がない。

「たくさん食べてください。おかわりを頼んでもいいんですのよ。レイザンなんていつもおかわりしますわよ」

「わ、私の事は良いでしょうお嬢様!」

レイザンが抗議の声を上げる。

でも、私いっぱい食べる人、好きよ。


そんなやり取りをしていても、サトウ氏は浮かない顔だ。

「まあ、一文なしは大変だと思いますが、生きていただけマシですわよ。生きていれば、またやり直せますから」

「生きて、いれば……」

サトウ氏は、手に持っていたフォークを皿に落として、両手で顔を覆った。


『生きてる……俺、生きてるんだ……!』


そのまま、嗚咽を漏らしながらサトウ氏は号泣してしまった。

レイザンが彼の背中を撫でてあげている。

「あーあ、ルルおじょーさまが泣ーかした」

「泣ーかした泣ーかした」

カンナとザカハが私を責める。私のせいかしら!?


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