アルルーナ、工房を訪ねる
朝起きると、外は大雨だった。
「雨の多い地方ね」
こんな日はよく髪が巻く。朝起きたばかりの私の髪型を見て、カンナが吹き出した。
「わひゃー!なんですか、それ!すっごいくるくるですねえ!」
アガートではこんなことはあまり無かった。
湿度が高いのと、水質が違うせいか、私の黄色のくせ毛は手に負えない有様だ。
カンナが笑いながら、いつもは5本ほどのカールにまとめている髪を、後ろで一つにまとめてリボンをつけてくれた。
「こんな感じでどうでしょう?かわいくできたと思うんすけど」
「そうねえ……レイザン!」
「お呼びですか」
扉の外で待っていたレイザンが、部屋に入ってくる。
「髪型を変えてみたのだけど、どうかしら?」
「とてもお似合いですよ」
レイザンはニッコリと笑って言う。
私はそれで満足したのだが、カンナは物足りなかったらしい。
「レイ兄は女の子の褒め方がなってないなぁ〜。こういう時は、『お嬢様が眩しくて雨が上がったのかと思いました』くらい言わないと」
「カンナ……もしレイザンがそんな事を言い出したら、何か病気にかかったのかと心配するわ」
でも言われてみたいわね。本当に言われたら動けなくなってしまいそうだけど。
「おい嬢ちゃん、手紙だぜ」
ザカハが珍しく宿の部屋に顔を出した。
手には分厚い封筒がある。
「おはようザカハ。私宛の手紙をなんであなたが?」
「朝飯がてら知り合いのとこ回ってたらよ、嬢ちゃん宛の手紙を預かってるって奴がいてな」
見ると父からの手紙であった。
私がここまでずっと移動してばかりだったので、届けようにも居場所がわからず、いずれ訪れるであろうテザネスで保管されていたということか。
「ってか、髪型変えたんだな。良いじゃん。まるでイスミトの聖女様が降臨されたみたいだぜ」
「ありがとう。でも恐れ多いわ」
「レイ兄、これだよ。見習わないと」
「俺にそういうのを期待するな」
父からの手紙は、私のことを心配する文章がずらずらと並んでいたので読み飛ばし、添付された資料について確認した。
まず一つは父が紹介状を送った相手の一覧だ。テザネスにも数人いるようだ。
コモコのアシリーさんも一覧に名前があった。私達の移動が早すぎて、父の紹介状より早く出会ってしまったのだろう。
これはこれから活用させてもらうことにする。
次に、過去にカイセン教会について調べていたという先祖の資料について、いくつか写しがつけられていた。
お祖母様の叔父にあたる人だそうで、お祖母様からも手紙が入っていたので目を通す。
『アルルーナ。いろいろなことを経験しているようですね。私の記憶があなたの助けになれば幸いです。
叔父のジルベルトは、私が10歳の頃に失踪してしまったのでおぼろげな記憶しかありませんが、とても優しく、面白い方であったことを覚えています。
彼は転生者の研究をしていました。
大陸じゅうを回り、転生者の言い伝えがある土地に出向いて話を収集し、たまに書籍館に戻ってきては旅の話をしてくれるので、私は叔父が帰ってくるのを楽しみにしていたのです。
ですが、ある時を境に叔父は帰ってこなくなり、なんの便りもなくなりました。
私の父、当時の館長が人を雇って探させたのですが、イリョールでの目撃情報を最後に叔父は消えてしまったのです。
いずれひょっこりと帰ってくるだろうと、私達家族は期待していたのですが、結局今の今まで叔父がどうなったのかわかりません。
叔父は転生者の研究の中で、三大宗教に深く関わっていました。
転生者の言い伝えは神話に関係があると考えていたのです。
その中で、カイセン教会について調べていた資料がありました。
今になってジルベルト叔父様の名前を見ることになろうとは、何かの導きを感じずにはいられません。
もし。彼がどこに行ったのか、どこで生涯を終えられたのかわかったら、教えて欲しいです。
ただし、危ないことには近づかないように。貴女が叔父と同じように消えてしまったら、私達は翡翠湖より深い悲しみに沈むでしょう』
転生者。
まさかここでそれが出てくるとは。
転生者と魔人とカイセン教。
私はすぐさま添付の資料に手を伸ばした。
ジルベルトが集めた転生者の逸話は、イリョール周辺のものが多かった。
言い伝えによれば、荷車や下水道、紙の作り方や印刷技術、蝋燭や眼鏡など、転生者の発明は多岐にわたっている。
しかしどれもが古い伝承で、記録のある中で一番新しいものでも350年以上前のものだった。
転生者はフラリと現れ、知らない言語を話すという。
我々の言葉を覚えた晩年の転生者が語った話が記録されていた。
『私は一度向こうで死んだ。それは確かだ。
だから目が覚めてここにいた時、異世界に転生するという古い物語が現実になったのかと思った。
それは、これまでの転生者もそうだったのだろう。
しかし私は帰る方法がわかった。』
その転生者の記録を最後に、彼らは現れなくなる。
言葉が通じないということは、魔人である可能性がある。
向こうの大陸の魔人が、何らかの事故でこちらの大陸に来てしまったということだろうか。
しかし転生者はイリョール周辺に現れることが多い。
イリョールは内陸に位置しており、海からの漂着はありえないのだ。
魔人の魔術のせい、としたら説明できるのだろうが、転生者が魔術を使ったという記録はない。
彼らは我々よりも技術の発展した世界から来ただけで、我々が使えない力を使っているわけではなかった。
ザカハにこれらの情報をかいつまんで伝え、意見を聞いてみることにした。
「転生者ねえ……魔人大陸は証拠があったけど、転生者は言い伝えしか残ってないんだろ?それは流石に作り話なんじゃねえの」
「何でそう思うの?」
「いや……なんて言うかな、歴史上のいろんな発明が、俺たちの力で生み出されたものじゃなくて、全部教えてもらったんですよ〜ってのが気に食わねえんだよな。それじゃあ俺たちは小さな子供か、阿呆みてえじゃねえか」
俺たちだってものを考え出す力くらいある、と、ザカハはマズ教らしいこだわりを見せた。
「そうね。この伝記集も、半分くらいは嘘のように見えるわ。恐らく昔に居た発明家のうち、大きな功績を残した者は転生者と疑われたのかもしれない。でも、半分は真実味があると思う」
段階を踏んでいない、いきなり完成された技術が出来ているものがいくつかある。
偶然にしては数が多い。
ジルベルトも最後に執筆した論文で、信憑性の高い言い伝えをいくつか取り上げている。
そして、その論文では魔人と転生者の関係についての考察が述べられていた。
『イスミト教においては転生者は魔人の遣いであり、堕落を唆す者として関わることを良しとしていない。マズ教においては魔人と同等のものとされ、人々を栄光の世へ導く者として、救世主と呼ばれている。カイセン教は教義を知ることが困難であったが、転生という考え方を持っており、転生者自身が言う異世界の魂の転生はカイセン教の考え方に最も近い』
魔人と転生者とカイセン教。
ここで繋がりが見え始めた。
ジルベルトは失踪直前にカイセン教に興味を持ち、調べ始めたようだ。
資料は少なかったが、いくつか分かったことがある。
サンドラ大陸のカイセン教会は、イリョールに出来たものが最古である。
東から徐々に増えたのでは無いのが気になった。
またジルベルトは街で東海諸島人と見ると声をかけ、転生について聞いて回ったらしい。
明らかに不審者だ。それで捕まったのではないだろうか。失踪の原因が掴めたかもしれない。
それはともかく、ジルベルトが声をかけた東海諸島人はおおよそ2種類に分けられる。
転生に関して軽く答える者と、ジルベルトをひどく警戒する者とではっきり分かれたそうだ。
そりゃ知らない人に訳のわからないことを聞かれたら、警戒するのは尤もだとは思う。
しかし添えられたジルベルトのメモが興味をひいた。
『ある女性は、私の問いに答えてはくれなかったが、私の事を書籍館の者だと見抜いた上で『翡翠湖の浜辺へ行きなさい』と言った。彼女はそれ以上何も言わずに逃げるように立ち去ったが、始まりの地に何があると言うのだろうか』
翡翠湖の南側は険しい山が張り出しているが、北側には海辺のような浜がある。
そこは始まりの地と呼ばれ、我々人類が魔人と神人に出会った聖地とされている。
全域がイスミト教により管理され、湖水浴などもまかりならぬ、立入禁止の浜辺だ。
なお、いくつか抜け穴はあるそうで、聖地巡礼の土産にこっそり翡翠湖の水を持ち帰る不届き者も居るとか居ないとか。
もう少し情報が欲しいが、テザネスは比較的新しい街のため転生者の逸話は無いようだった。
やはりテザネスでの情報収集が終わり次第、イリョールに行かねばならなそうだ。
イスミト教会に行くのはおっくうだが、世界一の歴史ある街であれば得られる情報も多いだろう。
ただ、ジルベルトのメモは気になるが、聖地に入れるとは思えない。
私は読み終えた手紙をしまい、出かける準備をした。
カンナには買い物を頼み、私はレイザンとザカハを伴い工房へと向かう。
ザカハの案内で訪れたそこは、テザネス市街の南、小さな工場が集まった区画のうちの一つだった。
『ルァリクよろず加工』と看板にそっけなく記されている。
「おやっさん、いるかー!」
工房内は様々な作業する音でやかましく、ザカハは大きな声で問いかけた。
すると、作業者と機械の合間を縫って小柄な壮年の男性が現れる。
作業着を着ているが、ここの社長のようだ。
「アサトラのとこのザカハか。こないだのアレは売れたか」
「おかげさまで全部売れたよ。今日は商談じゃなくてちょっと相談なんだが、いいかな?」
ザカハがそう言うと男性がこちらを見たので、私は少し腰を落として礼をする。
「初めまして。書籍館のアルルーナと申します」
そう言うと男性は目を見開き、ザカハに詰め寄った。
「おい!書籍館の姫様がこんなトコにオメェなんかとなんで来るんだ!?俺を騙してるんじゃないだろうな!」
「嘘じゃねえよ!リュカナで雇われて、なんだかんだあって案内してきたんだよ」
そう言われて男性はまだ腑に落ちないといった顔をしながらも、こちらに笑顔を向けた。
「この工房の頭やってるルァリクです。姫様のお噂はかねがね聞いちょります……汚え所で申し訳ねぇです」
そう言ってルァリク氏は、小さな応接室のような部屋に我々を案内してくれた。
「まず、これを見ていただきたいのです」
私は鞄の中から例の小瓶を取り出した。
しばらく持ち歩いているが、破損もなく丈夫だ。
ルァリク氏はその青い小瓶を、まじまじと観察する。
「姫様、これは……どこで手に入れたんでしょうか?」
「入手先は言えないのです。こういったものを加工できる所に心当たりはありますか?」
蓋を開けたり締めたりしながら、ルァリク氏は眉間に深いシワを寄せる。
「こんなものは……こんなものは、見たことがねぇです。まず材料がわからねえ。鮮やかな青なのに塗装じゃねえ。青い顔料を入れた土でもこんなに鮮やかにするのは難しい……」
私は頷きながら、ルァリク氏の話の続きを促した。
「何かの削り出しでもねぇ。ここ、縦に半分に線が入ってるでしょう。これは成形線でして、型を使って作られてることが分かりやす。でもこの形じゃあ、口が狭くて中の型が抜けねぇはずなんです。」
「つまり、この世でこれを作れるところは……」
「俺が知ってる限りでは無いと思いやす。作り方も素材もわけがわからねえ。姫様、これは何なんですか?」
「それを解明しようと思っていますのよ」
ルァリク氏には口止めをしてから、これが魔人大陸のものではないかという疑いがあると伝えた。
「魔人……本当に、居るんですかぃ……」
「これでだいぶ存在が確定しつつありますわ。でも、実際に見つけるまではただの推論です」
ルァリク氏は膝を叩いて言う。
「蒸気船だ!あれを使えば大西海を越えられるかもしれねぇですよ。うちも部品をいくつか作りましてね、造船元に話してみましょうや!」
「残念ながら、私程度ではそれほどの投資を許されておりませんの」
私がそう言うと、ルァリク氏はガックリと首をうなだれた。
そして薄くなった頭をかき、白い無精髭の生えた顔を撫でる。
「悔しいです。俺たちだって最先端の技術を持っていると思っていた。しかし、こんなものを見せられちゃあ……俺たちだって出来る!と言えないのが悔しいです」
「テザネスで、他の工房にも聞きに行ってみようと思うのですが……」
「姫様。どこだって一緒さぁ。行くだけ無駄ですわ。そりゃ魔人のものだ。間違いねぇです」
ルァリク氏は言い切った。
「あなたの知らない、新しく開発された技術ということはないですか?」
「西で見つかったんでしょう?この大陸の西側に、そんな大層な工房はねえです。イリョールやリトゲニア、ハスタスで見つかったんならまだしも、西ってんなら魔人のほうがまだ納得できまさ」
「そう……じゃあ、魔人はやっぱり、いると考えて良いわね」
魔人はいる。
天国でも地獄でもなく、海の向こうに。
手が届きそうで届かない、遥かな先に確かに居るのだ。
ルァリク氏は私に小瓶を返しながら、言った。
「俺はなんとか海を渡る船を作れないか、掛け合ってみたいと思いやす。姫様、できれば俺と一緒に来て説明してくれませんかね」
「ぜひ、そうさせていただきたいですわ」
「造船所はアーヤールア川の側にあるんで、今からじゃ遅いでしょう。明後日の朝に船着場でどうでしょうか?」
造船所は新しい会社で、「フィーユ重工業」というらしい。
テザネスの東の山岳地帯近くに本社があり、そこでは炭鉱用のポンプなどを作っていたのだが、社長が急に船を作ると言って造船を始めたとのことだ。
「社長は知り合いなのですか?」
「飲み友達でさぁ。船作るって言い出した時は止めたんですがね、まさかあんなにちゃんとしたもんができるとは思いやせんでした。もしかしたら天才なのかも知れやせん」
ルァリク氏と造船所訪問を約束し、その日は終わった。
「どうする嬢ちゃん。船ができて、魔人大陸まで行けるってなったら、行くか?」
「そうね……魔人大陸には行きたいけれど、船は嫌ね……」
何か船に酔わない薬などは無いだろうか。
アガートの大学に研究してもらうよう頼んでみようか。
しかし彼らはそんな事より先に、もっと人の命を救わねばならないのだと思い直し、反省した。
「レイザン。船に酔わないいい方法を知らない?」
「こればかりは体質ですね。東海諸島からこちらに来る船でも、何人かは船室から一度も出てこれませんでしたよ」
困ったわ。私もいずれそうなる。
悩んでいると、レイザンが「そういえば」と声を上げる。
「耳の後ろのくぼみを押すと、酔いにくいと聞いた事がありますよ」
「耳の?」
私が自分の耳を触っていると、レイザンの形良い指がのびてきて。
「ここを強めに押すんです。……お嬢様?」
私は、今何をされたのか、全くわからなくなって。
耳のてっぺんまで熱くなっているだろうことが、わかる。
「お……お嬢様?大丈夫ですか?私は何か失礼を……」
「おまえさー、今のはダメだろ。ホント駄目。女心が分かってない」
「ええ?!そんなに触ったらダメだったか?軽くのつもりだったんだが」
「だぁってさ、こーやって顔近づけて両手で顎に手ぇ添えて?キスするんじゃねーんだから」
「き……キス!?俺はそんなつもりでは」
キス!キス????キスって言った???!!!
「ああ、嬢ちゃんがさらにダメになっちまった」




