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アルルーナ、テザネスに着く

「こんなちょっとだけ船乗ったくらいでこれじゃあ、東海諸島なんて行けないですよ」

「うう……数日これが続くの……?拷問かしら……」

「ナイエからは数日で着けるのは東海諸島の北端の島です。大きな街に出るにはその後何度か船を乗り換えます」

兄妹から絶望するようなことを告げられながら、船着き場の近くのバルで休んだ。

ザカハは馬たちに草を食べさせに行っているので、彼が戻ってくるまでは休める。


後ろを追ってきていたイスミト教の馬車は、船には乗らずに東へ向かったようだ。

おそらく橋を渡ってくるのだろう。

「こんな大きな船が風もなく動くのが怖いのでしょうね」

「イスミト教は保守的だからな。魔術かなんかだと思ってんじゃねえか」

いつの間にかザカハが戻ってきていた。

「アーヤールア川より南はマズ教が強いから、こんな船でもすぐ実用化されちまう。南に戻ってくるたびに驚くことがあるぜ」

「そうね……アガートにいたらこんなものに乗れる機会は早々なかったでしょうね」

いい経験をしたとは思うのだが、いかんせん揺れが体に合わなかった。

昼食を戻さなかったのは本当にギリギリのところだったので、本心を言えばもう二度と船には乗りたくない。

しかし東海諸島行きは果たしたい。なんとも悩ましいところである。



アーヤールア川から一日ほど南進したところにテザネスの街はあった。

というより、船着き場からテザネスまでは街道に沿ってずっと賑やかで、どこからテザネスだったのかわからないほど栄えている。

「よし、じゃあ本屋に行きましょう」

私がそう言うと、周りの3人が一斉にずっこけた。

「ルルおじょーさま、気持ちはわかりますけどここに何しに来たんですか?」

「情報収集よ?テザネスの本屋には技術書が豊富にあるわ。それに著者を見れば誰に聞きに行けば良いかも分かるでしょう」

私がそう言うと、レイザンが納得したようにうなずいた。

「なるほど……本が読みたいだけではなかったのですね」

「おいレイザン、よく考えろ。そんなの俺に聞けばテザネスなんて伝手はいっぱいあるんだぜ。お嬢ちゃんは本が読みたいだけだよ」

「ザカハはお黙りなさい。貴方の伝手は次の手段よ。いくら取られるかわからないんだから」


カンナとザカハは宿を探しに行き、私とレイザンは二人でテザネスの街の本屋を探した。

テザネスの中心部は背の高い建物が多く、外壁はタイルで美しく装飾されている。

大きな通りが記念碑のある広場を中心に8方向へ広がっていたので、ひとまず中心に向かってみた。

広場から街を見渡すと、南東の方に煙が何本も上がるのが見える。おそらく工場街だろう。

そして北東に見えるひときわ高い尖塔。久しぶりに見るカイセン教会だ。

カイセン教会は住宅街に建てられていることが多い。

となると、商業地区は北西のほうだろうか。


我々は広場に据えられていたテザネス市の案内板を見た。

すると、たしかに商業地区は北西であったのだが、南西の行政区域に『図書館』という文字を発見した。

「レイザン、これ行っ……」

「行きましょうか」

行ってみたいわ、と言う前にレイザンが返事をしてくる。

話が早いのは良いが、そんなにわかりやすいかと恥ずかしくなってしまった。



図書館という看板を掲げた建物は、想像より大きく、新しかった。

「立派ねえ。何冊くらい本があるのかしら」

「書籍館よりは少ないでしょうけどね」

建物を見上げながら話していると、後ろから声をかけられる。

「お嬢様方、今何とおっしゃいました?書籍館より少ない?いいえ!この図書館は、あんな北の田舎にある書籍館なんぞよりも豊富で!高尚な!本を揃えておりますよ!」

声をかけてきたのは、道化のように派手な格好をして、黒髪を後ろで編み込んだ上に大きなリボンをつけた、変な男だった。

「どちら様でしょうか?」

「私はここテザネス市の新しい財産、図書館を任されております館長のシススク・マヌ・レスリカと申します。ご旅行中とお見受けしましたが、この図書館は昨日開館したばかりなのですよ!良いところにいらっしゃいました!」

シススク館長は是非入っていけと圧をかけてくる。

どうも、客が少なくて暇らしい。面倒なものに絡まれてしまった。

あと、書籍館の者だということは伏せておいたほうが良さそうだ。

レイザンに目配せをすると、なんとなく通じたような気がした。



「アーヤールア川より南の我々にとって、書籍館は遠すぎるのです。学問や技術は大陸南部の方が発展意欲があります。我々マズ教は何度も書籍館に誘致を行いましたが、彼らはあの北の辺境から動こうとしませんでした。ですので、それならば書籍館を超える施設を作れば良いではないかと!それがこのテザネス市立図書館です」

シススク館長はよくしゃべる。

そして、書籍館への悪口が多い。

何かを下げてこちらを上げる話術か、それとも本心かはわからないが、肩身が狭い思いがする。

「蔵書は何冊ほどありますの?」

「現在は非図書資料も含めると10万点ほど保管しております。テザネスで書かれた論文などはほとんどがここにありますよ!書籍館には無いものも多いのではないでしょうか?お嬢様は北方から来られたとお見受けしましたが、リトゲニアからいらっしゃったのですか?書籍館をご覧になったことはありますか?」

「ええ……リュカナの方から参りましたの。書籍館の噂は聞いておりますわ」

心の中で舌を出す。

嘘をつくのは得意ではないが、シススク館長なら騙せる気がする。

彼はこちらの話をあまり聞いてなさそうだからだ。

「そうですか!リトゲニアとアガートは隣国といえど、アガートにはわざわざ訪れるほどのものも無いですからね!その点、テザネスにはどんどん人が集まってきますから。本も情報も、アガートとは比べ物にならないくらいの流通があります。書籍館の存在意義が問われるのも時間の問題でしょう」

シススク館長は長い鼻をフンスと鳴らし、誇らしげに胸を張った。

「素晴らしいですわね。私は研究論文に興味があるのですが、ご案内いただけます?」

「もちろん!こちらです。研究論文をご覧になりたいとは、大学を目指されているのですかな?」

「いえ……少し調べものをしたいだけですわ」


最新のものだという機械加工の研究論文を開くと、全てテザネス語で書かれていた。

しかも知らない単語が多い。

これは難儀しそうだと、思わず額に手を当ててしまう。

「テザネス語は大陸共通語との差が広がっていますわね」

私がそう言うと、シススク館長は大きくうなずいた。

「そうです。大陸共通語では我々の技術の発展について行けないので、テザネス語の方が説明しやすいのですよ。職人たちの中には、テザネス語しか話せないものも多くいますから」

いくつかの論文を参照し、執筆者と所属を写し取っていたところ、それまで黙っていたレイザンが声を上げた。

「あっ」

「どうしたの?」

「いえ……今その本棚の後ろを、ロムが走っていったので……」

「何ですって!?ロムが出た!?い、今すぐ人を呼んできますので、お客様方はご自由にご覧になっていてください!」

シススク館長は慌てて駆けていった。

無理もない。ロムは本を食べる害獣だ。もう被害が出ているかもしれない。



ロムは鼠ほどのサイズの、二足歩行の動物である。

目が2つ、耳が2つあり、全身に毛が生えているところは鼠に似ているが、顎が左右に開き木や草を好んで食べる。

そしてロムが街に入り込むと、家の柱や本を食べてしまうのだ。

書籍館が北のアガートの地にあるのは、乾燥しているためもあるが、寒さで冬を越せないためロムが生息していないことも大きな理由の一つである。

テザネスのように暖かく、また街がどんどん広がっているようなところでは、街中にロムが発生しやすい。

「見なくて良かったわ。私、ロムが苦手なの」

他の生き物と道理が違ったような見た目と、本を食べるというその生態が生理的に受け付けない。

幸いアガートでロムを見ることはなかったが、もし書籍館に出たら大事なので、親からロムについては小さい頃から教えられてきた。

「私もああいうすばしっこい生き物は苦手で……」

レイザンの言う苦手とは、捕まえられないとか殺せないという意味だろう。

見るのもイヤ、という私の苦手とは違うのだ。

「言葉って難しいわね」

「え?テザネス語の事ですか?」

「そうね……それもあるわね」


しばらくすると、シススク館長が息を切らして戻ってきた。

「いやはや、なんとかロムを捕まえました。排水口から上がってきたようです……まったく、どこにでも湧きますな」

「1匹見たら30匹いると言いますからね。私はそろそろ失礼いたしますわ」

ロムがいるかもしれない場所にあまり長居はしたくない。

シススク館長にお礼を言い、テザネス市立図書館を辞した。



待ち合わせ場所のカイセン教会前に行くと、既にザカハとカンナがいた。

馬車は宿に置いてきたようだ。

「おーう。来た来た。腹減ったぜ」

「ホントですよう〜」

「お待たせ二人とも。お陰でいい情報が集められたわ」

グウグウと二重奏のお腹の音が聞こえる。

いつの間にかもう夕食の時間であった。

「テザネスは何が美味しいのかしら」

「テザネスといえば、スパイスたっぷりの肉だなぁ〜。俺についてこい!」


ザカハの案内で来たのは、広場に大きな屋根があり、広場を囲むようにして様々な屋台が立ち並んでいる屋台村であった。

地元の人が大勢食べに来ており、貴族風の服を着た私は少し浮いている。

「大丈夫ですか?お嬢様。別のところでも……」

「いえ。ここが美味しいのなら、私はここがいいわ」

お世辞にも綺麗とは言い難い机と、様々な大きさの椅子から丁度いいものを選んで座る。

カンナが椅子にハンカチを引いてくれたが、そんな事を気にしていてはここで食事などできないだろう。

「適当に買ってきたから、好きなもん食いな!」

机の上にザカハがどんどん料理を乗せていく。

「これは鶏?こっちは麺かしら。見たことない料理ばかりだわ」

「その鶏は手づかみで食べんだ。こっちの挽き肉は野菜と一緒にこの生地に包んで、このソースをつけて食べる。辛いのが好きならソース多めだ」

ザカハの言うとおりに、鶏を手づかみで食べる。初めての経験だ。

「あら……すごく複雑なスパイスね!美味しい!辛いけどそれがいいわ」

「おいしー!私これ好きっす!」

少し辛いのがあとをひく。

指についたスパイスは舐めてから拭けと言われて、行儀の悪さに少し戸惑うが自分の指を舐めたらとても美味しかった。


麺料理は野菜がたっぷりで、私はそれが一番好きだった。

カンナとレイザンは鶏肉が気に入ったらしく、追加までしていた。

ザカハは挽き肉包みに辛いソースをたっぷりつけて、満足そうに食べている。

最後にフルーツを甘く煮付けたデザートも食べて、四人ともしっかりお腹いっぱいになったところで、少しテザネスでの予定を話し合う。


「明日はこの会社に行ってみようかと考えているのだけど。ザカハは何か知っている?」

「ん〜、こっちより、この二番目の会社のほうがデカいぜ。あとは、このメモにはない会社だけども、同じ業種の会社で知り合いがいる所がある」

「腕は確かなところ?」

「偏屈親父の小さい工房だがな」

魔人大陸のことやその技術について、まだ大事にはしたくない。

小さいところのほうが好都合だと思い、情報料は少しかかってしまうが、明日はザカハの案内でその工房に行くことにした。


「そういえば、新しくできた図書館に行ったのだけど。ロムが出たわ」

そう言うと、カンナが「見てみたかった〜」と反応する。

東海諸島にはロムがいないらしい。居ないに越したことはないわ。

「ロムは食ってもうまくねえし、根絶やしにしちまえばいいのにな」

「人類よりも前から居る生き物よ。ちょっとやそっとじゃ死に絶えないわよ」

人類の歴史は記録され始めてから700年ほど。

それよりもはるかに古い地層から、ロムの化石が見つかっている。


ロムや、それに似た生物の化石は見つかることがある。

しかし、人類や犬、猫、馬や鳥などの今の世界でよく見かける生き物は、化石のような過去に存在した証拠が見つからない。

人類が魔人と神人に出会った700年前、それよりも前の時代のことはほとんど分からないのだ。

数種類の植物と、魚に似た生物、そしてロムは居たことがわかっている。

学者の中では、ロムを「生きた化石」と呼ぶものもいるそうだ。



「人はどこから来たのかしら」

そうつぶやくと、3人がこちらを見た、

「お?なんだ嬢ちゃん。哲学か?」

「いえ。歴史学……生物学かも。それとも宗教学?」

「ルルおじょーさま。それはこんなうるさいところで考えるようなことじゃないのでは?」

それもそうだと、屋台村を後にして宿へと向かう。

季節は冬になろうとしていて、日が沈むのが早い。


「さっきのおじょーさまの言ってたことですけど」

「なあに?カンナ」

「人はどこに行くと思いますか?」

どこから来るのかではなく、どこへ行くのか。

「イスミト教では、人は皆地獄へ行くわ。そしてここへ戻ってくる」

「じゃあ、そういうことなんじゃないでしょうか。どこからも来ないんです。戻ってくるんですよ」

「でもマズ教では、人は星になるわ」

そう言うと、カンナはうーんと考え込んでしまった。

ザカハがその後を引き継ぐかのように口を出す。

「でも天文学者は星は増えてないって言うぜ。ありゃ比喩なんだよ。どっか遠いところに行くって意味なんじゃねーの」

「カイセン教では、別の生き物になると言っていたわよね。大体人は死んだあと何かになると考えられるようね」

「それは、そうであって欲しいからでしょう」

レイザンが、静かに言った。

「でも、生まれる前のことを覚えている人はいません。だから、これは考えてもわからない事です」



「でもレイザン、世界の各地にはいくつか『転生者』の言い伝えがあるわ。」

転生者とは、異世界で死んだ人間が記憶を持ったままこの世界に転生してきた者の事だ。

異世界の技術をもたらし、文明の飛躍的な発展に貢献してきたと言われている。

知識の伝道者という点で、転生者は魔人の遣いと考える者もいる。

「転生者って、魔人大陸と同じくらいのおとぎ話じゃんかよ」

「じゃあ、実在したのかもしれないわね」

確かにこの数百年の間、転生者が現れたという記録はなく、古い古い言い伝えに残るだけだ。

しかし歴史上の大発明は転生者が考案したと言われているものが数多くある。

「私達は死んだら異世界に行くのかもしれないわ。そして、ごく稀に記憶を残して……転生者になるの」

「おじょーさま、それで小説書けるんじゃないですか?面白そうですよ」


そんな答えの出ない話を、意外と楽しく続けながら宿までの道をのんびりと歩いた。

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