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アルルーナ、大河を東へ

「アルルーナ様、これをお貸しします〜」

アシリーさんは私に青の小瓶を手渡した。

「いいのですか?」

「はい〜。ヘイズがあんなに喜んでくれたので、私はじゅうぶんです〜」

とても嬉しそうに、アシリーさんは笑った。

ヘイズ氏は、彼女の大切な人なのだろう。言葉にしなくても伝わってくる。

私はありがたく、その小瓶を預かった。



「というわけで、テザネスに行きます」

旅程の打ち合わせのために、他の三人を馬車に集めた。

アシリーさんの部屋を借りてばかりなのは気が引けたからだ。

「なんでテザネスなんすか?」

カンナが不思議そうに聞いてくる。

「テザネスは職人の街だけど、同時に加工技術や材料を研究してる研究者も多くいるのよ。そういう人にこれを見てもらおうと思って」

「テザネスかぁ〜。アーヤールア川を渡んなきゃなんねえな。アーヤールア川まで海沿いに南下して、川にぶち当たったら川沿いに東へ、って感じか」

ザカハと二人で地図を見る。

レイザンが、「ナエーンまで戻って、そこから南に行くほうが道が良いのでは」と発言したが、「できれば行ったことのない道を通りたい」という私のわがままで、却下した。

「それに、南に行けば広い平野になるから馬車にも良いんだ。エジオステ山脈も切れるし」

まず南へ向かうことに決定し、大体の旅程を組み立てる。


テザネスまでコモコからひと月以上はかかるだろうか。

馬をとばせばもう少し早いが、急ぐ旅でもない。

南に行くほど治安が悪くなるらしいので、レイザンにもそう伝えた。

「わかりました。お嬢様、私から離れないで下さいね」

そんなことをその焦げ茶の瞳で私をまっすぐに見つめられながら至近距離で言われたらまるで告白じゃない!?

ぽやぽやとしている私を、ザカハとカンナが冷たい目で見ていた。

「なああれ、早く付き合えよと思わねえか?」

「レイ兄も悪いんすよね、思わせぶりな態度とるから」

「聞こえてるぞ!!」



コモコを発つ前に、魔人の証拠をアガートに持ち込んだと思われる、ペルミオレ商会を訪問した。

コモコにあったのは商会支部だったが、ザカハが名前を出すと支部長に会えることとなって驚く。

「ザカハか?コモコに来るなんて珍しいな」

「マイヴァ?お前が支部長?笑ってもいいか?」

なんでもザカハの知り合いというのが、偶然にもコモコ支部長だったらしく再会を懐かしんでいた。

マイヴァと言うその人は、黒髪を横になでつけた20代後半程の若い青年で、およそ支部長という役職には見えない。

「あの謎の容器の事だろ?アレをうまく売れたおかげで一気に支部長さ。というか、アレをもっと見つけてこいって意味なんだろうけど……無理だよなあ」

私は鞄に入れた小瓶を思い出し、絶対に見せないでおこうと決めた。

「では、ああいうものはこれまでに見たことはないですか?」

「もともとうちの商会は、このあたりの作家が制作した絵画や木彫りをアガートで売る細々とした商売をしています。先日のアレはうちの商会の売り上げ一年分くらいの値がつきました。あんなのが度々あるなら、こんな小さな店にいないですよ」

ペルミオレ商会の建物は、確かに小さかった。

魔人の証拠が他にもあれば良かったのだが、この小瓶とユリス博士のところのものしか存在しないのか。


待って。アシリーさんはなんと言っていた?

『いくつか出てきたので〜。一番大きいものはオークションにかけて研究費の足しにしました〜』

「……マイヴァ様、あの容器は誰から?」

「地元の漁師組合からですよ。買い取りではなく、オークション代行を頼まれまして。手数料は取りましたが、買い取っておけば良かったですね……」

アシリーさんは、あれが魔人の証拠であると信じていたからこそ、その価値を見抜いていたのだ。

自分の名前が出たら面倒なことになると考え、また日々の研究協力者へのお礼と被災した街への寄付を兼ねて、魔人の証拠をオークションにかけるように指示したのだろう。

そして、彼女はまだそれを複数個持っている。

「マイヴァ様。まだ海岸も片付いていないですわ。片付くにつれてまた発見されるのではないでしょうか?」

「そうですね、それを期待します」

「どうでしょう?商会として、海岸の片付けに寄付金を出すなどしてみては?アレがまた見つかるかもしれませんよ」

「なるほど……そうですね。本部に掛け合ってみましょう。ここでただ待つよりはマシですね」



ペルミオレ商会からアシリーさんの家に戻り、在宅していた彼女に残りの魔人の証拠について訊いてみた。

「あら〜、さすがアルルーナ様〜。バレてしまいましたね〜」

そうなる事がわかっていたように、アシリーさんは木箱を1つ持ってきた。

「鯨の胃からはたくさん魔人の証拠が出てきました〜。ただ、全部の形を保っているのは少ないです〜。オークションに出したものと、その小瓶が一番状態の良いものですね〜」

確かに、木箱の中には容器の破片らしきものがたくさん入っていた。

パッと見た限りではただのゴミにしか見えない。

「アシリーさん、これをどうする気ですか?」

「これは亡くなった鯨の胃から出てきました〜。もし人類が、同じものを作れるようになってしまったら〜、海にたくさんこういうゴミがあふれて〜、海獣たちが間違えて食べて亡くなります〜。だから、あまり解析して欲しくはないんです〜」

つまり、隠しておきたいということか。

「でも私達はテザネスでそれを見てもらうつもりですわ」

「アルルーナ様は、その小瓶の作り方が知りたいんですか〜?違いますよね〜?魔人と我々の技術格差を確かめるだけでしょう〜?」

アシリーさんはニッコリと笑い、木箱に蓋をした。

「魔人大陸の続報、お待ちしています〜。必要なくなりましたら、その小瓶を返しに、またコモコヘ来て下さいね〜」




アシリーさんに必ずまた来ることを約束して、我々はコモコの街を出発した。

海から少し内陸に入ったところに街道が続いており、南へ向けて進む。

私は定期的に外の景色を眺めることで、馬車内で本を読んでも酔わないという技術を身につけた。

「そこまでして読みたいのかよ」

ザカハは呆れたように言うが、そこまでしても読みたいのだ。

色々なことを知るには、私の人生は短すぎるし、世界は広すぎる。

そうして、本を読んだり東海諸島語を練習したりしながら、しばらく南へ旅を続けた。




目の前には、対岸が見えない大きな流れがある。

「これは海じゃなくて?」

「どっかからは海だな。でも左っかわは川だと思うぜ」

流れは左、東から来ている。

我々はアーヤールア川河口へ辿り着いた。


海沿いは街が等間隔に存在していたが、ここから東に進むにつれ街が減っていくらしい。

我々は野営用の品を買い足し、河口の街を後にする。


「ザカハはこの辺来たことあるんすか?」

カンナがザカハに聞く。

私が馬車で本を読むようになってから、私以外の3人で会話をしていることが増えた。

「この辺はねえな。特に名産品があるわけじゃねえし……もう少し上流に行けば、良い川魚が食えるんだけどよ」

「川魚いいっすねぇ〜。前に野営で食べたのも美味しかった」

そんな話を聞くと、お腹が空いてしまうわ。

ぐう、と私のお腹が元気に鳴り、思わず顔を赤くする。

「あー、昼飯にすっかあ」


昼はパンに野菜の塩漬けとハムを合わせて食べた。

少し塩からかったが、保存食なので仕方がない。

「腹いっぱいになったかあ?お嬢ちゃん」

ザカハがからかうように見てくる。

「ええ。お気づかいありがとうザカハ。あなたは?」

「ちょっとしょっぱ過ぎたな。おかげでパン3個食っちまった」

二人で少し笑う。

タマラとマスケトも草を食んでいるので、そのまま川沿いで小休憩した。


「ザカハがこの仕事を受けてくれて助かっているわ。こんな無計画な旅、受けてくれる人なんてなかなか見つからないわよ」

旅に出る前は徒歩でも行けるのではと思っていたが、全くの思い違いであった。

本当に私は世間知らずだったのだなと、そして旅に出て良かったと思う。

これも知識を身につけるということなのだ。

両親はそういうことを私に教えたかったのだろう。

「俺は結構楽しんでるぜ。定期的に収入はあるし、人脈は広げられるし、雇い主はカワイイし」

ザカハが変なことを言うので、どう返したらいいかわからなくなってしまった。

「ハハハ。嬢ちゃんはレイザンが好きなんだもんなあ。残念残念」

「からかわないで、ザカハ」

「ルルおじょーさま、今ならまだ間に合いますよ。ザカハだっていい男じゃないすか」

カンナまで加わってくる。

レイザンは居辛いのか馬の様子を見に行ってしまう。

「商才あり、機転よし、おまけに見た目も悪くない!なかなか無い物件すよ!」

「物件て、俺は建て売りの家かなんかかよ」

「そうねえ……」

「おっ?脈ありです?」


そんな話をしていたら、曇っていた空からパラパラと雨が落ちてきた。

西の空も暗い。通り雨ではなく、しばらく降るだろう。

「せめて次の街までは行きてえな。雨が弱いうちに行くか」

 ザカハはそう言って立ち上がり、馬車へ向かった。

反対にレイザンはこちらへ戻ってくる。手には上着を持って。

「どうぞ、お嬢様。濡れないようにして下さい」

レイザンは自分の上着で私を雨から守ってくれた。

「すぐそこなのだから、いいのよ」

「良くないです。さあ、馬車へ」

きっぱりと言い渡され、それ以上何も言えずに馬車へ向かう。

だめだわ。どんどん好きになるもの。

諦めるとか、心移りするとか、そんな未来が見えないわ。

私、独り身のまま死ぬ可能性もあるわね。



雨が強くなってきたが、もう次の街が見えているのでそのまま進む。

しかしザカハが急に馬車をとめた。

「おい!危ねえだろ!」

「どうしたの?」

ザカハが指差す方を見ると、雨の中馬車をさえぎるように立つ男が居た。

レイザンは馬車が止まった時点で身構えている。

男は武器を持っていないことを示すように、両手を上げて近づいてくる。

「何者だ!」

レイザンが誰何する。

男は懐から何かを取り出した。

それは、イスミト教の紋章旗であった。

「書籍館のアルルーナ様の馬車とお見受けした。私と共にイスミトへ来ていただきたい」



男の名前はワクロといい、イスミト教の司祭とのことだった。

なんでも、イスミト教の偉い人が私に会いたがっているという。

イスミト教の聖地は、イリョール国翡翠湖北岸のイスミトという街にある。

ここからは、北東に馬車で1ヶ月以上かかる距離だ。

「次の街に馬車を用意しています。そちらに乗り換えて下さい」

「え。嫌ですわ」

そう言うとワクロは眉間に皺を寄せ、不可解だというような顔をした。

「何故です。このような不便な旅はさせませぬが」

その言葉に私も少しカチンと来て、強めに言い返してしまう。

「何も不便ではありませんわ。そもそも私達はテザネスに向かっておりますのよ。イスミトなんて全くの別方向に行ったら、戻ってくるのも大変ですし、またザカハのような良い運び屋を見つけられるとは思えないのですが、私達に何も得がないではないですか」

「アルルーナ様はイスミト教徒ではないのですか」

「イスミト教徒なら司祭の言うことに全て従わないといけないのですか?」

ワクロと少し睨み合いになる。


平行線の会話に、早く進みたいザカハが横から口を挟む。

「あーもう、じゃあさあ、まずテザネスに行って、それからイスミトヘ向かうってのじゃ駄目か?」

「ザカハ、それは私が判断することでしょう」

「嬢ちゃん、どうせ東海諸島へ行くんだろ?そんならイリョールは通り道なんだからいいじゃねえか」

東海諸島へ行くには、東端のナイエ国から船が出ているのだが、ナイエ国へは翡翠湖の北側を回らなければならない。それはイリョールを通るのが普通だ。

しかしワクロがそれに反対する。

「それでは遠回りだ。今すぐにイスミトヘお越し頂きたいのだ」

「あんたもさ、こっちに得がない取り引きをしたってハイそうですかってなるわけないだろ?金やるから来いってんならわかるけど、何の用かもわかんねえじゃん」

ワクロは言葉に詰まる。

ワクロは、我々を誰が呼んでいるのか、何の用なのかを話そうとしない。

いくらイスミト教の紋章旗を持っているとはいえ、信用がならない。

「ザカハの言うとおりね。私達はテザネスにしばらく滞在する予定ですから、またテザネスで声をかけて下さいな。それでは」

ザカハに馬を出してもらい、ワクロを置いて走り去った。

「馬が冷えちまった」と、ザカハが文句をいう。


「レイザン。今の人どう思う?」

「体つきは大きいですが、見かけだけですね。武の素養はなさそうでした。司祭というのは嘘ではないのでは」

レイザンがそれほど警戒しているように見えなかったので、そのような気はしていた。

「イスミト教が私に何の話かしらね?」

「魔人大陸の事では?」

それもそうか。今この件について調べているのは私とユリス博士くらいのものだろう。

「だからって、ねえ。もっと呼びつけ方あったでしょうに」

「でもイスミト教の聖地の司祭って偉いんじゃないんすか?」

カンナが心配そうに言う。

私が破門されるのではと思っているようだ。

「大丈夫よ。書籍館には大司祭の知り合いが何人かいるもの」

書籍館はイスミト教とマズ教、両方と繋がりがある。

アガートの国教がイスミト教なので我々もイスミト教徒になるが、基本的にそれほど仲良くない。

イスミト教は知識を魔のものとして、あまり好んでいないからだ。

しかし倫理学においては別で、イスミト教内の教理体系会議に館長が呼ばれるなどの交流がある。

マズ教には、信徒ではなく聖人として扱われているため面倒なので距離をおいている。

「むりやり呼びつけるのは意図的な嫌がらせかもしれないわ。無視しましょう」



嫌がらせ説は合っていたのかもしれない。

次の街では我々の取った宿のすぐ近くに、なんとも豪勢な馬車がとめてあった。

そして、その後我々がテザネスに着くまで、馬車はつかず離れずの距離を保ちながら我々の後をついて来た。

監視されているようで、鬱陶しい。

しかし無視すると決めたので、我々はその馬車のことをあまり話題に出さないようにしながら、普段通り旅を続けた。



アーヤールア川の対岸が見えるようになってきた頃、不思議なものを目にした。

「大きい船ね……不思議、帆がないわ」

「手漕ぎにしちゃデカいな。俺もあんなの見たことねぇ」

「……あれに乗れば対岸に渡れるかもしれません。聞きに行ってみましょう」

もっと東に行けば橋がかかり始めるとのことで、そちらへ向かっていたのだが、ここで渡れるのなら少し近道になる。

レイザンの案に賛成して、船が向かった川岸の街を目指した。



船はまさにテザネスへの旅行者を運ぶために整備された、テザネスの最新の発明品とのことだった。

船着き場で休憩していた船員が教えてくれる。

「帆がないけれど、動力は何なの?」

「仕組みはうまく説明できねぇが、この船は石炭を食って動いてんだ。石炭を燃やして、なんやかんやあってあそこについてるパドルを回してんだよ」

「蒸気機関ね!」

最近炭坑で揚水に使われている技術だ。船の動力にするのは初めて聞いた。

「この技術があれば、魔人大陸まで航行できるようになるかも……テザネスで発明者に話を聞いてみたいわ」


その船は馬車も乗せることができたので、我々はその船でテザネスへ向かうことにした。

テザネスと行き来する商人が使うため、ある程度大きい馬車も乗せられる仕組みになっている。

馬たちは少し不安そうにしていたが、ザカハがなだめていた。

私も船の旅は初めてで、揺れに慣れない。

船内を歩くときはレイザンとカンナの手をとって歩いた。

流れでレイザンと手をつなぐことができて、船って良いものだなと感じる。

しかしその後気分が悪くなり、対岸に着いたあともしばらく休まなければ動けない程になったので、差し引きしても船は最悪という感想で終わった。


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