アルルーナ、鯨の骨を拾う
コモコの街は散々な状態であった。
嵐で流された家もあり、住むところがない人々が道端でテントを張っている。
「こりゃあ、宿は取れないかもな」
ザカハが頭を掻きながら言う。私も同感だ。
我々の馬車は奇異な目で見られている。季節外れの、被災したばかりの観光地に来る馬鹿貴族は誰だ、といった雰囲気である。
「どうする嬢ちゃん」
「まだ時間はあるわ。また野営したって良いのだし、まずはコモコビーチに向かって」
馬車を海に向けて走らせると、そこには瓦礫の山があった。
人々が少しずつ手作業でゴミを運び出している。
そのうちの一人に声をかけてみた。
「すみません。鯨が上がったというのはここですか?」
「ああ?鯨ならもっと南だよ。何だお前ら観光に来たのか?」
日に焼けた肌の壮年の男性は、大分訛った方言でそう言った。
「いえ、鯨を解体しているという女性に会いに来たんです」
「じゃあアシリーの知り合いか。もう鯨の解体はだいぶ終わったらしいから、今日もいるかはわかんねえな」
女性はアシリー・ナムツェと言うらしい。
居なければここを訪ねろ、と簡単な住所を教えてもらい、南へ馬車を進める。
右側は凪いだ海、どこまでも広がる水平線、底のある雲。
そして美しかったであろう砂浜は、目を背けたくなるような惨状になっており、景色を楽しむような雰囲気ではなかった。
「おい、アレじゃねえか。っていうかアレだろ」
ザカハが指す方を見ると、鯨の頭骨であろう白く大きい塊が見えた。
そしてその横には、動く人影がある。
「行ってみましょう」
ザカハはそこで馬車と待っていてもらい、私はレイザンとカンナを連れて瓦礫の上を慎重に歩いた。
鯨の頭骨は、近づくほどにその巨大さを増した。
また、肋骨や脊椎も辺りに散らばっている。
その骨を拾っては並べている女性がいた。
「お尋ねしたいのですが、貴女はアシリー・ナムツェ氏ですか?」
声をかけると、ウエーブがかった白髪を結んだ老年の女性はニッコリと微笑んだ。
「はい〜。私がナムツェです〜。何か御用ですか?」
「私は書籍館のアルルーナと申します。嵐の後に、この辺りで不思議な物が発見されたと聞いたのですが、心当たりはないかと思い声をかけさせて頂きました」
私が名乗ると、ナムツェ氏は深いオリーブ色の目を輝かせて私の手をとった。
「アルルーナ様……!もうこんなに大きくなられたのですね〜!十年前に書籍館へお伺いした時は、まだこんなに小さかったのですけれど〜」
聞いてみるとナムツェ氏は、やはり学者だった。
アガートヘは王立大学に仕事の関係で来たことがあるらしい。
彼女の専門は海洋生物学、特に海獣を主に研究しており、コモコなどのゴティス西海岸では漁の邪魔をする害獣対策のために、地元の漁師組合と仕事をしているとのことだ。
今回の鯨は特別で、趣味に近い研究だとナムツェ氏は言う。
「こんなに大きな鯨は、外洋でもなかなかお目にかかれません〜。そうそう、アルルーナ様が仰る不思議な物体も、この鯨の胃の中から出てきたんですよ〜」
そう言ってナムツェ氏は懐から小さな小瓶を取り出す。
小瓶、と思ったが、ガラスではない。
それは、ユリス博士が私に見せた魔人大陸の証拠と似た素材をしていた。
「いくつか出てきたので〜。一番大きいものはオークションにかけて研究費の足しにしました〜。ユリス博士の元へ行ったのなら、正解でしたね〜」
「それを少し、見せていただくことはできますか?」
「どうぞどうぞ〜。凄いんですよこれ〜、ひねると開くんですが、ホントにピッタリ閉まるんです〜」
ナムツェ氏から渡された小瓶は、鮮やかな青色をしていた。軽く、柔らかく、つやつやとしている。
ナムツェ氏の言うとおり、蓋と本体には非常に精度の高いネジ山が切られている。ユリス博士が持っていたものと同じだ。
しかしそれより気になったのは。
「レイザン、カンナ、この文字は……」
表面にはほとんど何も書かれていなかったが、小さく文字が印刷されている。
書かれている文字は半分は読めず、半分は読めた。
「この数字、東海諸島語と同じよね」
「そう……ですね。漢数字ではない、算用数字ですね」
レイザンとカンナは顔を青くしている。
「……後は自分で調べるから、いいわ。あなた達はただの東海諸島人ですものね」
そう私が言うと、兄妹は目を伏せた。
ナムツェ氏に、ユリス博士と話し合った結果これは魔人大陸のものである可能性が高いという話をしたところ、興味を持ってくれた。
「魔人大陸ですか〜。こちらの地方では有名な話ですね〜。『航海記』を書いたペローの実家は隣町ですよ〜」
「これをお借りすることは可能ですか?」
「いいですよ〜、と言いたいところなのですが〜。まだ会ったばかりのあなた方に託すのは、ちょっと〜」
それはそうだろうな……と思い、少し肩を落としていると。
「だから今日、うちにいらっしゃいませんか〜?魔人大陸のお話、もう少し聞きたいです〜。美味しいお魚、ご馳走しますよ〜」
思ってもない申し出に、是非にと答えた。
被災で大変なのではと聞いたところ、ナムツェ氏の家は高台にあり風の被害はあったものの水没はしなかったらしい。
「あと、一つお願いしたいのですが〜。この鯨の骨を運ぶのを、手伝ってくれませんか〜?」
ナムツェ氏はこの骨を自宅に保管しているとのことで、少しずつ持ち帰っていたが、馬車があるのなら大きいものを運びたいらしい。
魔人大陸の証拠を借りるためならと承諾した。
レイザンとザカハが大きめのものを二人で持ち、ナムツェ氏は細い見た目にそぐわない力で骨を一度に数本持っていく。
私とカンナは小さめの骨を運んだ。
ナムツェ氏の自宅は海に張り出した海食崖の上にあり、そこからの眺めはとても良かった。
背後にはエジオステ山脈を背負い、北に向かって長い砂浜が見え、南には遠くに大陸一の大河であるアーヤールア川まで見える。
その代わり、ここまでの急坂は辛かった。馬車から皆降りて、カンナが前から馬を先導し、レイザンとザカハとナムツェ氏で荷台を後ろから押して登らなければいけなかった。
「きっ、聞いてねぇぞ〜!!こんな、坂、馬たちがダメんなっちまう〜!!」
「そう思うならもっと押せ!気を抜くと下がるぞ!!!」
「あらあら〜、ちょっと骨を積みすぎましたね〜」
馬のタマラとマスケトも鼻息荒く一歩一歩を踏みしめており、これは明日は使い物にならなそうだ。
私も何かやると言ったのだが、全員からやめておけと言われ渋々横をついて歩く。
「いや〜、みなさんのおかげでだいぶ運べました〜。今日は泊まっていって下さい〜」
「お言葉に甘えますわ……」
男性陣はさすがにグッタリしている。今日の野営は無理だろう。
老齢のナムツェ氏が元気なのが不思議である。
ナムツェ氏の家からは、どこまでも続くような水平線に夕日が落ちていく景色が見えた。
それを眺めながら、皆でナムツェ氏が用意してくれた夕食をとる。
彼女は一人暮らしで、家族はいないとのことだった。
「コモコのお魚はいかがです〜?たくさん食べてくださいね〜」
ナムツェ氏は白身魚のトマト煮込みと、赤身の魚を使ったパスタ、また小さめの魚をまとめて油で揚げたものなど、地元の魚尽くしのメニューで歓待してくれた。
漁師からよく貰うのだが、消費に困っていたところだそうだ。
「とても美味しいですわ。ありがとうございます」
「うふふ〜。皆さん食べっぷりが良くて嬉しいわ〜」
ザカハやレイザンはしゃべる気力もないようで、黙々と料理を口に運んでいる。
静かなザカハは見たことがあまりなかったので新鮮だ。
「そうそう、魔人大陸の話ですけど〜。私もあの小瓶は魔人大陸のものじゃないかと思っていたんですよね〜」
「ナムツェ様は魔人大陸を信じていたのですか?」
「アシリーと呼んでください〜。私はペローの孫と仲が良いので、魔人大陸もほんとうだと思っていますよ〜。ただ、人にはあまり言いませんが〜」
私の専門分野でもないし、とアシリーさんは言う。
「航海記を書いたペロー、エミリオはここ地元でも嘘つき扱いでした〜。ただ、航海記を元にした小説を別名義でひっそりと出して、それがだいぶ売れたそうです〜」
ファンが書いた創作小説の中に、本人が書いたものが混じっているのか。
それは知らなかった。後で父に調べてもらうよう手紙を送ろう。
「エミリオの孫、ヘイズ・ペローは私の友人で〜、彼に魔人大陸のことを伝えたら喜ぶと思いますよ〜。もしよければ、明後日彼の家に行きませんか〜?」
「ぜひ!お話を伺いたいですわ」
アシリーさんが良いというので、家に滞在させて貰うことにした。
その代わり、魔人大陸についてわかったことを全部教えるという約束だった。
「なるほど〜、東海諸島で使われている数字が、なぜか印刷されていると〜」
「はい。ただ、他の文字は全く違います。それが今日わかった事ですわ」
アシリーさんは手の中の物体を眺めながら考えている。
「じゃあ、東海諸島の人達は魔人に言葉を習ったのでは〜?」
「なるほど……。ただ、人類は翡翠湖畔で魔人と神人の降臨を受け、それから世界に広まったとされていますが……」
「それは今の学説です〜。なぜ人類がそこから始まったかもわからないのだから、他のところでも人類が発生していてもおかしくないでしょう〜?」
確かに、それはないとは言い切れない。
確かめるためには、東海諸島の歴史を紐解く必要がある。
「レイザン、カンナ。私に東海諸島の歴史を教えてくれない?」
そう声をかけると、二人は「覚えている範囲でなら」と了承してくれた。
東海諸島の始まりはサンドラ大陸より少しだけ遅く、500年前くらいと言われているそうだ。
暦の数え方がサンドラ大陸と違うため、確かではない。
8つの島のうち一番大きな島にいくつかの村があり、そこから徐々に人の住む場所が広がっていったという。
そして、サンドラ大陸東端のナイエ国が出来たのと同時くらいに、東海諸島人は大陸への航行を果たした。
「それが本当なら、やはり我々と東海諸島人はルーツが違うのね」
「言葉の違いもうなずけますね〜」
兄妹の話を、私とアシリーさんは食後のお茶を飲みながら聞く。
ザカハは夕食のあと、ローチェアに座って夕日を見ていたらそのまま寝てしまったので、そっとしておいた。
「じゃあこの数字についての謎は、東海諸島では魔人が教えた数字がそのまま使われているという仮説を立てておきましょう」
「数字以外は全く別物なのが、気になりますけどね〜」
アシリーさんは専門外といっても学者、的確な指摘をしてくるので考えがまとまりやすい。
「さて。そろそろ寝ましょうか〜。ここは下の街からもよく見えるので、明るいと目立つんです〜」
そう言われ、カーテンの隙間から覗くと、確かに下の街にチラホラと火が焚かれているのが見える。
家をなくした人々が焚いている火だろう。
何かしてあげたいが、全員を救うことができるほどの財力はない。
カーテンをぴったりと閉じ、使っていないという二階の部屋へ上がった。
屋根裏のような雰囲気のその部屋は、昔アシリーさんが使っていたという部屋で、しばらく人は使ってないとのことだ。
私とカンナはその部屋を使わせてもらうことになり、レイザンは下の広間で寝た。
ザカハは、ローチェアからそのまま起きずに朝まで寝た。余程疲れたんだろう。
翌日は鯨の骨拾いを手伝いつつ、アシリーさんと一緒に街の片付けも少しだけ手伝った。
馬車は馬が休みたがっていたので、手に持てるだけの骨を持って帰る。
私も小さな骨をいくつか背負わせてもらった。私が荷物を持つことにカンナが恐ろしい顔をしていたが、見なかったことにする。
そういえば、コモコの街にはカイセン教会がなかった。東海諸島人が住み着いていないかららしい。
このあたりは大陸の西の果てで、ここまで来る東海諸島人は稀らしく、レイザンやカンナは珍しいものを見るように人に囲まれている。
それもあり我々団体は最初は怪しまれていたが、私が書籍館の者だと言うと、何代か前の館長がアガートやリトゲニアなどの北方貴族にコモコを夏の観光地として広めた張本人らしく、非常に好意的に受け入れられた。
先祖に助けられる人生だわ。
私も、子孫に感謝されるようなことをしたいわね。
その日、アシリーさんはペローの孫という人に無事約束を取り付けることができたらしく、次の日は予定通りペロー家へ向かうこととなった。
ヘイズ・ペローはアシリーさんと同い年くらいの、薄くなった髪もたっぷりとした髭も真っ白の男性であった。
「そうですか……魔人大陸の証拠が……。祖父が生きているうちに、見つかれば良かったのですが」
ヘイズ氏は少しさみしそうに微笑んだ。
「私の父も母も祖父を嫌っていたんです。祖父のせいで嘘つきの家と言われたりしましたからね。でも、私と祖母だけは祖父の話を信じていました。信じていましたよ……」
手に持った青色の小瓶を見て、ヘイズ氏は涙をこぼした。
「良かった……祖父は嘘つきじゃなかった。本当に魔人大陸に行っていたんだ……。すごい人だったんだ」
アシリーさんがヘイズ氏の背中を撫でてあげている。
ヘイズ氏を泣かせてしまったが、この事を伝える事ができただけでも、旅に出たかいがあったと感じた。
「お祖父様は、魔人大陸についてどんな話をされていましたか?」
「それはもう、夢のような話でした。天をつくような塔が何十、何百と建ち、魔術で夜も明るく、矢のように空を飛ぶ乗り物があるそうです」
それは、『航海記』にも書かれていた。
航海日誌の方には手描きのスケッチもあったが、ペローは絵心がなかったのか何が何やらわからないものだったのが残念だ。
「こういった証拠になりそうなものは、魔人大陸を出るときに持ち出さないよう徹底的に調べられたそうですよ。証拠さえあれば、マズ教からは聖人として迎えたいという申し出もあったらしいのですが……」
やはりそういったものをペローは持ち帰っていないようだ。
鯨の胃の中にあったものが見つかったのは、大変幸運だった。アシリーさんに感謝である。
「魔人の見た目などについては、何か言っていませんでしたか?」
「ああ、普通の人間と変わらないそうですよ。顔立ちは少し違うそうですが……」
「使う言葉については?」
「祖父が会った人は皆、大陸共通語が話せたそうです。ただ、彼ら同士では違う言語で喋っていたと言っていました」
魔人は大陸共通語が話せるのか。
それではやはり、この大陸にも魔人が来ているという可能性がある。
「『航海記』に書いていないことで、ヘイズ様がお祖父様から聞いたことのある話などはありますか?」
「そうですね。あれに書いていないことだと……祖父が後に書いた小説には出てくるのですが。魔人たちは非常にきれい好きで、毎日湯を張った大きな水槽で全身を洗うそうですよ。湯は、魔術で自在に出てくる口があるらしいです」
私は、カンナやレイザンのきれい好きな面を思い出し、「やっぱり」と思うしかなかった。




