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アルルーナ、東海諸島語を習う

馬車の中で読み物は良くないと身をもってわかったので、東海諸島語を習う時間に充てることとした。

いくつかの単語から習い始めていると、御者席のザカハが声をかけてくる。

「なあ、それ俺も聞いていていいか?」

東海諸島は遠すぎてあまり行く商人もいないため、逆に商機があるのではというのがザカハの思惑らしい。

特に断る理由もないので、ザカハも仕事をしながら会話に加わることとなった。


「そういえば、西海岸で発見された漂着物に書いてあった言葉は、東海諸島語とは違ったのよね」

「ああ……確かにそうでしたね。我々も知らない言葉でした」

レイザンはそう言うが、もしあれが魔人大陸の言語だとしたら、そしてレイザンやカンナが魔人なのだとしたら、その言語を読めるはずだ。

嘘をつかれているのか。本当なのか。


「それとも、魔人にも国や言葉の違いがあるのかもしれないわ」

「おいおい、魔人て急に何の話だよ?」

そういえばザカハにはそのあたりの話はしていなかった。

かいつまんで、魔人大陸が実在する証拠が西海岸で上がったことと、他にもないか確認するためにそちらへ向かっていることを説明した。

私がレイザン達を魔人ではないかと疑っていることについては、ヤマナ氏との約束に抵触する可能性があるため言わないことにする。


「へ~ん。もし魔人が実在するなら、マズ教が黙ってないだろうけどな」

「ザカハはマズ教徒でしょう?何か聞いていない?」

マズ教は南の国々で信仰されており、イスミト教と成り立ちは同じだが、神話のとらえ方で相反している。

イスミト教では神人を信仰しているが、マズ教では魔人を信仰していることが大きな違いだ。

「俺は熱心な信者じゃないから知らねえよ。そんなもんが出たっていう、商人間での噂も聞かねえな……西海岸からアガート貴族に持っていかれたんなら、ペルミオレ商会だろうな」

ペルミオレ商会。名前は聞いたことがある。

貴族向けの骨董品や装飾品を扱っている商会で、本はあまり扱っていないので書籍館とのつながりは少ない。

「ザカハはその商会につながりはある?」

「おー、ゴティスに行けば知り合いくらいはいると思うぜ。紹介料払えば紹介してやるよ」

お金を取れるところは取る、抜け目ないわね。

でも今回ザカハに依頼してよかったと思う。若いのに顔が広いようだ。

「お願いするわ。もし関係ある情報が入ったら、質に応じて情報料も払うわよ」

「いいね。やる気出るぜ」



空が橙色になってきたころ、ユーシフの街に着いた。

ユーシフはリュカナとナエーンを結ぶ街道の宿場町で、宿がたくさんあるのだがどこも混んでいる。

北回りの街道の先が戦場になってしまったので、我々のように南回りで移動する人が多いようだ。

馬車が停められる宿は厳しいかと思っていたら、ザカハが伝手で宿を見つけてきた。有能である。

しかしザカハの宿代はザカハが懐に入れ、彼は馬車で寝るらしい。

「だってもったいねえだろ。馬車だって壁と屋根があって、床まであるんだから」

「ちょっとうらやましいわね……」

「「だめですよ」」

馬車で寝るのは面白そうだと思ったのに、兄妹に止められた。



油の節約のために、夜は早く寝て朝は日の出とともに起きる。

書籍館では夜を徹して読書をしてしまったりするので、旅の間は健康になりそうだ。

レイザンは日課の鍛錬に出掛け、朝食までの間カンナに東海諸島語の文字を習う。

「1音1字なのね。文字数が多いわ」

「まだひらがなですよ。この他に漢字もありますから、もっと覚えないと」

「よく使いこなしてるわね……」

カンナが急に賢く見える。


東海諸島語の『ひらがな』というものは、約50の種類に加え、点や丸、小さくした文字を加えて発音を変えるらしい。

サンドラ大陸共通語では28の文字しか使われないので、差が大きすぎる。

共通語からだいぶ離れた、ハスタス語やナイエ語でもこんなには違わない。

東海諸島語は他のどの言語とも繋がりがない。何だこれは。

「絶対おかしいわよ。やっぱり貴方達人間じゃないんでしょう」

「そんなこと言ったら東海諸島人が全員人間じゃなくなるじゃないですか」

「その可能性もある気がしてきたわ」

朝食ができたとレイザンが呼びに来るまで、カンナに文字を教わったが全く手応えを感じられなかった。

以前習ったテザネス語なんてちょっと表記と発音が違うだけで、使う文字も語の順序も大陸共通語と同じだったので、すぐに読めるようになったというのに。

東海諸島語はやけに変な文字を使うとは思っていたのだが、語の順序も違うとは思わなかった。これは習得に時間がかかりそうだ。




「そりゃ滑らかに話せるようになるのは大変だけどさ、言葉なんて通じれば良いんだからとりあえず単語をたくさん覚えときゃいいんだよ。あとは身振り手振りでどうにかなる」

ザカハが御者台で笑いながら言う。

彼は既にいくつもの国を回っており、いくつもの商談をこなしてきたそうだ。

「間違ったら恥ずかしいじゃないの」

「か〜!それがよくねえんだよな。間違って当たり前だろ?あんたは幸運だよ、間違ったって絶対バカにしねえ先生がついてんだから」

確かに、ザカハの言うとおりかもしれない。

レイザンとカンナは、馬車での移動時間中ずっと私の先生をしてくれている。

これまではずっと与えられた問題をこなすだけだったが、もっと積極的に覚えた事を使っていかないと、身につかないような気がする。


『わたし、はなす、レイザン、カンナ、と』

初めて自分で文章を考えてみたが、なんか違う気がする。

「良いですね。意味は伝わります。正確には『私はレイザンとカンナと話す』もしくは最後を『話したい』とすれば、話したいという意味になります」

レイザンとカンナはニコニコしながら教えてくれる。

また小さい子を見るような目で私を見て……もう子供じゃないのよ。

「う〜ん……『と』が2回出てくるのは何故なの?」

「それは……ええと……『と』にも色々意味がありまして」

そのような感じで、馬車での旅路はなんの事件もなく順調に進み、数日後には我々はリトゲニア王国最南の都市ナエーンに辿り着いた。



「お米を食べたいわ」

「おっ!ルルおじょーさまいい事言いますねえ!」

「米かぁ〜俺ぁあんまり好きじゃねえなあ。食べづらいし」

ナエーンはちょうど昼頃に到着したので、ザカハも一緒にレストランへ行くことにした。

昼食は馬車の中か野外で軽食をとるだけで、夜はザカハはいつの間にか消えているため、ザカハと店で食事をするのは初めてだ。

「そういえば貴方夜はどこに行ってるの?」

「そりゃ情報収集よ。店回って雑談したり、酒場行ったり色々あんだ」

「あら、何かいい情報は得られた?」

「あったらとっとと売ってるさ」

まだあまり成果はないようだ。残念。


レイザンとカンナが率先して店を選んでいたが、いい店がなかなか見つからない。

米が名産と言っても、東海諸島料理とナエーン料理は別物らしい。

「やっぱりこっちとあっちでは食べ方が違いますねえ〜……」

「俺が作ったほうが早いかもしれないな……今日は材料だけ買って諦めるか」

なんと、レイザンは料理もできるらしい。それは食べてみたいものだ。

その言葉に同意しようとしたら、ザカハが思いついたように言った。

「あ、それなら知り合いがこの街で店出してるから、そこで作ってみねえか?」

「急にそんなことできるの?」

「どうせ暇してるだろうから大丈夫だろ」



ザカハに案内されたそこは、ハスタス料理のレストランのようだった。

人通りの少ない通りにひっそりと構えており、お世辞にも人気店には見えない。

「おーう、ケスエト。邪魔するぜ」

「何だザカハか……客じゃねえなら帰れよ」

店の中に客は一人もおらず、たいそう筋肉質で髪の毛のない男が一人座っていた。

「こいつの見た目がコエーから、全然新規客が入らねえんだよ。ドア開けたらすぐ閉めて逃げちまう」

「この街の人間はみんな照れ屋なんだよ……ってか、後ろのは誰だ?」

ザカハに紹介され、ケスエトと言うこの店の店主に挨拶をする。

書籍館の名前を出すと少し驚いていたが、それ以上の反応はなかった。


「そんでさあ、ちょっと厨房貸してくんね?あと材料も」

「はあ?俺の料理を食べに来たんじゃないのかよ!?」

「俺別にハスタス料理なんて食いたくねえもん。こいつが東海諸島の料理を作ってくれるらしいんでよ」

ケスエトは文句を言いながらも、ザカハと値段の交渉をしだした。

ケスエトも経営に困っているらしく、普通に料理を出すより儲かるとふんだのだろう。



「材料が違うので、東海諸島料理そのものではないですがいいでしょうか?」

レイザンが防具を脱いで厨房に立つ。この店は狭いので客席から厨房がよく見える。

「構わないわ。期待しているわね」

ああ、レイザンの後ろで結んだ髪型や、腕まくりをした袖から見える腕の筋肉。

あまり見れないものが見れてとても嬉しい。

カンナは厨房でレイザンの手伝いをしている。

カンナも料理ができないわけではないらしいが、レイザンの方が上手だそうだ。



「じゃあ食事を待つ間、この先の旅程について打ち合わせましょうか」

「ああ、地図かなんかあるか?」

私は鞄から地図を出し、机に広げる。

地図にはこれまでの道程を書き込んであり、私は今日の道のりをそこに書き足した。

「そうだな……この、リトゲニアと南のガンデンゲ国との間にあるナーエフテ街道を進む。目指すはアリスベンツの首都フトドラニフだ。途中の宿はこことここと……大雨でもない限り、7日ってとこだな」

「そこから先が大変そうね」

フトドラニフの先はエジオステ山脈がそびえ立っている。

一応地図には街道があるが、どう越えるのか。

「フトドラニフで山越えの準備をする。まだ雪にはならないと思うが……峠の上の方はわかんねえな。俺もここは通ったことねえ」

「厳しい道なの?」

「北回りより少しな。でも北は北ですぐ雪降って通れなくなるし、南もちゃんと馬車が通れる道にはなってっから大丈夫だ。山登れとは言わねえよ」

「野宿する必要はある?」

「そうだな、だからフトドラニフでテントを買ったほうが良い。山小屋もあるがおすすめしねえ。ありゃ徒歩で登る奴らの寝場所だ」

山の麓の街で一泊し、早朝に出て峠を越え、山を降りきる手前で野宿になりそうとのことだ。

テントで寝るのが、今から楽しみになってきた。



「ケスエトはザカハとどういう知り合いなの?」

店の隅で暇そうにしていたので、声をかけてみる。

「ああ、知り合ったのはハスタスの地元の酒場で、俺がここに店を出すときに店の調度品をザカハに手配してもらったんすわ。その後はたまに店に顔出しては、悪口言って帰っていくんですけど」

「だってオメー、店出すときにも言ったろ?こんな分かりづれーとこに出すならもっと看板デカくするとか宣伝するとかしねえと。あと可愛い店員を雇ってお前は隠れてろ」

「でも味には自信があるんだよ……常連さんもチラホラいるしさあ」

ザカハとケスエトの会話が弾み始めたので、私はレイザンの方に意識を向ける。

レイザンは何かを油で揚げており、パチパチと音がしている。

奥では鍋がグツグツと泡を吹いており、少しいい匂いがしてきた。

「何を作ってるの?」

「出来てからのお楽しみです」

「レイ兄これ東海諸島料理って言っていいの?」

「しょうがないだろ、醤油も味噌もないんだから」

何か材料が足りないらしい。いつか東海諸島に行ったら、本当の東海諸島料理を食べてみたいものだ。

ただそれがレイザンの手作り料理に勝るかと聞かれると、難しいところだが。



しばらくして料理ができたとの声がかかった。

4人分の盆が運ばれてくる。

「東海諸島料理からだいぶかけ離れましたが、味見したんで恐らく旨いと思います」

レイザンとカンナも着席し、4人でテーブルを囲む。

ケスエトは興味深そうにザカハの盆を覗き込んでいた。

「まずご飯は炊き込みご飯にしました。きのことベーコンを炊き込んでます。汁物は根菜のスープ、主菜は鶏の唐揚げ、甘酢はお好みで付けて食べてください。副菜はかぼちゃのバター煮とチーズ入りサラダです」


「やべーうまそうなんだけど」

ザカハと同感だ。

レストランに来たかと思った。いやここはレストランではあるのだが。

「米の給水時間をもっと取れれば美味しい白米を出したのですが……」

「何を言っているかはわからないけれど、十分美味しそうよ。食べましょう」


東海諸島では食事の前に『いただきます』と言うらしい。

ここ最近この四人ではいつもそれを言っており、今日も揃って『いただきます』をした。

「おいしい!」

「うめえ!」

ご飯を食べた私と、唐揚げを食べたザカハが同時に言う。

「おいしいわ……きのこの香りにベーコンの塩味が合ってて……ほんのりバターの香りもする……いくらでも食べれちゃうわ……」

「おいこの鶏肉も食ったほうがいいぞ!甘酢つけなくてもうめえ!甘酢、ちょっとつけてみるわ!あっうめえ!!!これはうめえなー!!!」

語彙が貧弱だわ。でも私より美味しそうに食べるわね……。


私も唐揚げを一口かじると、サクッとした食感のあとに熱々の肉汁が弾けて、肉にも下味がつけられていて、もう何というか、おいしかった。

語彙が貧弱になるおいしさだわ。

止まらずに食べ続ける我々を見て、兄妹は苦笑していた。

ケスエトが羨ましそうにこちらを見ていたので残りを分けてあげると、ものすごい勢いで食べたあとに、レイザンに作り方を根掘り葉掘り聞きはじめた。

「どうやったら米をこんなふうに煮れるんだ?ナエーン風だともっとドロドロまで煮るし、ハスタス風は炒めるからもっとパラパラなんだが」

「煮るというより、炊くんですよ。ちょうど良い水の量で、最後に蒸らすのが重要です」

レイザンの解説を、ケスエトは必死に書き留めている。

この店のメニューにする気かしら。

ここはハスタス料理屋でしょうに。



「うまかった……なあ、ゴティスに行くのやめて東海諸島に先行かねえか?」

「それは魅力的ね……でもだめよ、ゴティスにはできるだけ早く行きたいの」

おかわりもしてパンパンになったお腹を抱えながら、ザカハと二人で椅子の背に倒れ込む。

「この間西海岸では稀な大嵐だったでしょう。だから普段なら流れつかないようなモノが流れ着いたのよ。今を逃したら、もう何年もチャンスはないかもしれないわ」

「あー、西海岸の方は大変だったらしいっすね。街もいくつか水没したって聞きやした」

ザカハと私の会話に、レイザンから料理を習っていたケスエトが割って入ってくる。

どうやら料理講習は終わって、今は兄妹が後片付けをしているようだ。

「砂浜がゴミだらけで観光客も来ねえし、散々な夏だったみたいで。北の方はリトゲニアが攻めてくるし、ゴティスはまた分裂しちまうかもしれないな」


ゴティス帝国とは、常に小競り合いをしていた西側のいくつかの国をゴティス王国が平定して出来た国で、まだ歴史が浅い。

「特に元ヴァレノラ国だったあたりが被害がデカくて、さらに鯨が打ち上げられたって騒ぎになってましたぜ。山みたいな大きさの鯨で、ほっといたら膨らんで爆発したんだと」

「鯨が爆発!?何言ってんだオメー?」

「本で読んだことがあるわ。内臓が腐って気体が発生して、破裂するらしいわね」

私の言葉に、ザカハが嫌そうにうええと舌を出した。

「その上、なんでも鯨の死骸を漁る変な女がいるらしいぞ」

「はあ?何だそれ妖怪のたぐいか?」

「それ、ヴァレノラのどこのあたりの話?」

「コモコビーチでさあ。綺麗なビーチだったのに可哀想にな」



ゴティス帝国南西部、元ヴァレノラ国のコモコビーチ。

我々の目的地はそこに決まった。

「鯨の死骸を見たいのかぁ?物好きな嬢ちゃんだな」

「違うわよ。きっと鯨の死骸を漁っているという人は研究者だと思ったの。そして、例の漂着物の価値が分かるのは研究者くらいだろうと思うわ」

ただの予想だが、間違っていたとしてもコモコビーチで得られるものはあるはずだ。


そして次の日から我々は進路を西に曲がり、夕日に向かって進み始めた。

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