其の八
本日投稿その3です。
◆
突撃してくる厄災に怯むこともなく矢を撃ち続け、欄干を蹴ってその頭上を跳び越える少女。
上下逆さまになった状態で矢を放つツカサの横顔は、楽しそうに笑っていた。
「まったく―――」
凄まじいなとセキは苦笑する。
その視線の先では、少女が空中で手足を振って姿勢を制御していた。
さらに弓を手放した左手―――その指先が虚空を叩くような動作をしているのに気が付く。
その意味を理解したセキは、フォローに入ろうとしていた足を止めた。
下手に割り込めば邪魔になると考えたためだ。
―――メニューウィンドウ呼び出し。葛籠選択。
『装備品』選択。『武器』選択。『長柄武器』選択。『鋼之薙刀』選択。
『取り出し』―――決定。
戦闘中に次々と装備変更を行うのを防ぐためか、『陰陽洲』では、葛籠から装備品を取り出す場合、妙に多くの操作を要求される。
それを、厄災の動きを注視したまま、高速で操作するツカサの左手は、知識がなければ新手の呪印でも結んでいるように見えただろう。
「がんばれ」
そこに至るまで、ずいぶんと練習を繰り返したハズだ。
一秒にも満たない僅かな時間で、ツカサはその手に薙刀を呼び出す。
直後、風を蹴った。
「――――っ!!」
荒法師が吠える。
すでに【風踏足】は使用している。
迎え撃つ大薙刀に対して、ツカサは回避の手段がない
唸りをあげる大薙刀が、ツカサの薙刀と打ち合って甲高い音を立てた。
当然のように巨漢が打ち勝って、弾き飛ばした少女を追いかける。
大薙刀を再度振り被り、今度は両断する勢いで少女を狙う。
だが。
「――――っ!?」
打ち負けたはずの少女は、体勢を崩していなかった。
後方へと大きく弾かれながら、彼女はその薙刀を大きく振りかぶっていたのだ。
一呼吸。
未だ空中にある少女の得物に、風が収れんする。
―――戦技【風薙ぎ】
不用意に踏み込んだ厄災に、風の刃が襲い掛かった。
◆
戦技【風薙ぎ】は、近接武器のものとしてはあまり例のない、広範囲攻撃技だ。
扇状に広がる風刃により、武器の間合いを大きく超えて多数の敵を薙ぎ払う。
術法の領分にある攻撃を、わずか一呼吸の溜めで放つこの技は、実は近接戦闘で使用した際にその真価を見せる。
正体が「風」であるために、〈九字法〉による障壁などを用いなければ、防ぐことが叶わない。
術法と違って核が存在しないため、『術法斬り』は行えない。
さらに言えば、文字通り疾風の速度で迫るため、間近で放たれては回避も間に合わない。
防御不可。回避不可。
相対者は、その猛威を真正面から受け止めるしかないのだ。
ゆえに。
「さすがは、弁慶の影。守りが堅い」
風刃の多段ヒットによるダメージを、真正面から受けきった鬼若之残影に、セキは感嘆の声をもらした。
仁王立ちのまま立ち尽くしている荒法師の様子を窺いつつ、セキは着地したツカサと肩を並べる。
「ナイスファイト。よくもまあ、あそこまで追い詰めたな」
「セキ―――」
憑霊の効果が切れ、本来の黒に戻った瞳。
自分を見上げるその瞳を見返して、セキは「凄いな」と称賛の言葉を口にした。
その言葉に、若干照れたように頬を染めて、しかしツカサは首を横に振った。
「でも、倒し切れませんでした」
「クリティカルをぶち込んだとはいえ、通常攻撃だったからな」
あれが弓の戦技だったなら、そこで終わっていたかもしれない。
惜しかったな、とセキは続けた。
「ただ、さすがにそろそろ限界だろう」
「だと、良いのですけど……」
視線の先には、仁王立ちでこちらを睨む荒法師。
動かないのは、消耗しているからだ。そのハズだと、セキは思う。
だから、ここで畳みかけるべきなのだが。
「……どうしてか、踏み込みたくないです」
ツカサがポツリと呟いた。
セキもまた、先ほどから体が急に重くなったように感じている。
「これは、何らかの威圧効果……あ、【立往生】か!」
「?」
弁慶の代名詞じゃないかと、察しの悪い自分に顔をしかめるセキに、ツカサが首を傾げた。
荒法師に体力回復の気配はない。少々話をしても大丈夫だろう。
(どちらにしろ、畳みかける機は逸しているか)
一度、ゆっくりと深呼吸。
意識はそらさないように注意しながら、セキは傍らの少女に説明を始めた。
「簡単に言うと、体力値の残量に合わせて周囲に威圧効果を与えるとともに、攻撃力増加と一定以下のダメージをゼロにする特技だよ」
「じゃあ、この踏み込みたくないのって……」
特技による威圧効果によるものだと、セキはうなずいた。
確か、【意】の能力値が取得条件に絡む、【体】系統特技だったハズだと記憶を掘り起こす。
「確か、マイナス効果として被ダメージ増加が発生している」
「? ダメージが増加するんですか?」
「うん。要は威力の低い攻撃を全て無効化する代わりに、強力な攻撃を受けた時は、本来以上のダメージを受けるワケだ」
ゆえに、この特技の使用者に対しては、小さなダメージをこつこつ与えて削り殺すのではなく、最大威力の戦技や術法を叩き込まなければならない。
「つまり、決戦ですね」
「そういうこと。最終決戦だな」
その話を聞いていたから、というわけではないだろう。
しかし、二人の言葉に応じるように、鬼若之残影が動いた。
大きく跳躍し、セキ達から距離をとる。
「あ、マズい」
二人から十五メートル近く離れた橋の中央に荒法師が陣取った。
その姿を見て、セキはツカサを置き去りに、弾かれるように前方に駆け出した。
脳裏に浮かぶのは、初日に見た最後の一撃。
その記憶が、視線の先で再現される。
鬼若之残影の足元から影が炎のように吹き上がる。
(―――間に合うか?)
一歩。
影が大薙刀へと収束し、黒刃が形成される。
闇を寄り集めた巨刃が、黒焔の揺らめきと共に、その威を以って雪華を散らす。
―――【疾風足】起動。瞬発。
しかし。
(間に合わない)
加速した意識の中で悟る。
いくら大加速を得ようとも、残り十五メートルほどの距離を詰めるより、厄災が大薙刀を振る方が早い。
良くて相打ち。
おそらく、四半呼吸分ほど遅かった。
このまま行けば、斬られながら一太刀入れられれば御の字だ。
悪ければ、届かぬ距離を見つめながら吹き飛ばされるだろう。
二歩。
荒法師が、闇色の大薙刀を振り被る。
その様を睨みながら、セキは左足を踏み込んだ。
【疾風足】による大加速は、一足飛びに組み合わせて使うことが通例だ。
加速を受けた状態で下手に足が地に着くと、制動が掛かってしまったり、つんのめって大転倒する危険があるからだ。
ゆえに、セキの行いは暴挙に近い。
(……畳みかける機会を逸した挙句、最後の一太刀も届きませんでした、ではな)
あまりに恰好が付かない。
セキの脳裏にあるのは、先ほど目にした攻防だ。
魅せられた。本当に大したものだと思う。正直に言えば、嫉妬もした。
新参巫女は、大きく前に進んだ。
ならば、出戻り武士は、どうなのか。
「アアアアアアア――――ッ!!」
吠える。【連継足】起動。
その効果は、直前に使用した歩法特技の再現だ。
すなわち【疾風足】による大加速。
二重【疾風足】―――今の己にとって最強最速の一閃へと繋ぐ。
「――――っ」
最後の一歩。
太刀を振りぬいた体勢で、セキは大きく息をついた。
手ごたえはあった。届いた。
しかし、それで厄災の体力を削りきれたかは、別の話だ。
背後の鬼若之残影が倒れる気配は、ない。
(だったら、もう一回斬れば良い)
幸いにも、厄災の大技は中断されている。
間合いも詰まっている以上、もう一勝負できるだろう。
あるいは、ツカサが追撃を仕掛けてトドメに入っているかもしれない。
「…………」
だが、その気配はなく。
振り返ったセキの目に、その姿が飛び込んだ。
舞い散る雪の中、仁王立ちで佇む鬼若之残影。
その背中は威風堂々と。
「……ぁ」
―――風が吹いた。雪が舞い上がる。
そして、鬼若之残影は、雪煙とともに姿を消した。
◆
はらはらと舞い散る雪の中、ゆっくりと、二人並んで五条大橋を戻る。
「勝ちましたね」
「そうだな。とりあえず、何とかなって良かった」
「あの、最後のは何だったんですか?」
最後の一瞬。
後ろから見ていたので、見失うことはなかったものの、突然、尋常でない加速を見せたような気がすると、ツカサがセキへと視線を向ける。
その問いに、セキは肩をすくめて答えた。
「それほど難しいことじゃない。単に【疾風足】の効果を二重発動しただけだよ」
それは、セキに取っての切り札の一つ。
しかし、【連継足】の効果を知る多くの者が思いつくだろう特技連携でもある。
だから、決してオンリーワンなどではない。
また、当然のこととして、より強力な歩法を用いた上位互換も存在するだろう。
けれど、だからと言って、それを使いこなすために繰り返した練習の価値が下がるとは思えない。
ゆえに、少しだけ。本当に少しだけ、セキは誇らしげな響きを声に乗せる。
それに気が付いたのか、クスリとツカサが微笑んだ。
「……セキさん」
「?」
数歩分ほど先行したツカサが、こちらを振り返る。
彼女は、真っ直ぐにセキの目を見つめて―――
「わたしと遊んでくれて、ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします」
満面の笑みで告げられた言葉に、セキは目を丸くした。
「あ、えっと……」
何故か動揺してしまい、セキは目を泳がせる。
ひとつ深呼吸。
「こちらこそ、ありがとう。今後ともよろしくな」
辛うじて、そう返すことが出来たのだった。
―――ひとりは新参。ひとりは出戻り。
そんな二人は、こうして第一歩を踏み出した。
これにて第五話終了となります。
ここまでお付き合いいただいて、本当にありがとうございました。
また、評価、ブックマークをしていただいた皆様、改めてお礼申し上げます。
本日投稿その4は、20時頃の予定です。




