~春はあけぼの~
現実では、夏真っ盛りだ。
八月もそろそろ半ば。世間的には、お盆時期に合わせた夏休みを取る社会人が増える時期。
『陰陽洲』の平安京では、梅の花が見ごろとなっていた。
昼夜を問わず花見の宴が発生し、羽目を外し過ぎた愚か者が天罰を受けて沈む光景は、ここ最近の風物詩だ。
そんなこんなで騒がしい京の都も、夜明けごろになれば静けさを取り戻す。
魑魅魍魎どもが姿を消して、人々が動き始めるまでのわずかな隙間。
陰陽が交差するその時刻に、一台の牛車が京から山陰道を北西に進んでいた。
牛を引く牛飼童も、車副として従う者もなしに、勝手に進むその様子は、マレビト達が乗る車に特有のものだ。
「そろそろ夜が明けるな」
「ですね」
その牛車の後部に御簾を引き上げて、外の様子を眺めている男女の姿があった。
セキとツカサである。
二人は、東の空を見上げていた。
山々の稜線が白くなっていく。
徐々に明るさを増す空には、薄紫に染まった雲が細くたなびいていた。
「春はあけぼの、というやつだな」
二人で、ぼんやりとその光景を眺める。
くぅ……と、何やら音がした。ほんのりと、ツカサの顔が赤くなる。
同時に、何やら食欲を誘う匂いが漂ってきた。
もしかして、この匂いに釣られたのだろうか。
「って、カレー!?」
風情もへったくれもない。
いや、そもそもレシピがあるのか。
驚いたセキが振り返ると、匂いの発生源―――マイクロバス程の広さを有する車内の前方で、同鏡が火鉢を使って鍋を温めていた。
彼は、セキの視線を受けて、ニヤリと口の端をつり上げる。
「拙僧達は、今日から三食カレーなのでな。是非お裾分けをと」
「……え、もしかして、陰陽洲内で三食カレーを作るつもりでござるか?」
「フフフ」
その隣では、緋扇が額を押さえ、深々とため息をついている。
セキと目が合うと、彼女は小さく首を横に振った。
彼女は、リアルと併せて、これから何食カレーを食べるのだろうか。
「……さて、ここから片道約一〇〇キロ以上か」
「本当に遠出になりますね」
「フフフ。カレーはいらんかね?」
「某もご相伴に預かりたいでござるが、良うござろうか?」
「もちろん。ああ、お気持ちは、こちらの鉢に」
「有料でござった!?」
「……いや。お前ら、盛り上がるのそこかよ。俺にもくれ」
「あの、わたしもいただいて良いでしょうか?」
これからの旅路よりも、色々と場違いなカレーで盛り上がる車内。
そこに混じりながら、セキは小さく笑った。
―――まあ、こんなものだろう。
これを以って、本作は完結となります。
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最後に、ここまでお付き合いいただいた皆様に、改めてお礼申し上げます。
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