其の七
本日は、3回更新予定です。
2回目が14時頃、3回目が16時頃の予定です。
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深く昏い井戸の底。
中天に至った月から、銀の光が差し込む。
それは、まるでスポットライトのように、中心にて浮遊する者の姿を、セキ達に露にした。
朱を塗りたくった顔には、赤く爛と点った瞳がひとつ。
身にまとった赤布は、ボロボロに朽ちており、その下から黒ずんだ小袖が覗いている。
その右手には、ひび割れた木槌を握りしめ、釘を持つ左手は、骨がむき出しとなっていた。
鉄輪を冠にいただく髪は、酷く乱れ果てている。
改めて、その名が視界の端に刻まれた。
『鉄輪の鬼女/脅威度:四』
人位級最上位。鬼へと転じた女。
恐れから生まれた『鬼若之残影』と並ぶ、人の想念が生んだ京の闇だ。
「―――ォオ、オォオオォォゥ」
木槌の音は止んでいる。
代わりに、嗚咽のような、唸りのような―――低く枯れた声が木霊した。
怨と。
ただ、それだけが込められた音。
怖気の走るその声を聞きながら、セキはそっと太刀を握り直した。
ゆっくりと、脛まで水に浸かった足を動かし、立ち位置を整える。
先ほどまでの亡者と釘のラッシュとは裏腹な、ひどく静かな、しかし張り詰めた空気。
そこにどこか心地よさを感じながら、セキは始まりの号砲を待つ。
「―――さあ、ここからが本番、よ」
一行の最前に立つ緋扇が、錫杖を鳴らした。その正面には、すでに格子状の防壁が展開されている。
ちらりと、視線を横に動かせば、薙刀を構えたツカサと目が合った。
うなずき合う。
背後では、きっと同鏡が胡散臭い笑みを浮かべているのだろう。
すぅ、と緋扇が息を吸い込んだ。
「喝――――ッ!!」
【大喝破】―――それを合図として、『鉄輪ノ井』におけるボス戦の火ぶたが切って落とされた。
こぉおん、と槌音が鳴り響く。紫炎を帯びた釘が―――
「ぬるい」
鬼女が木槌を振り上げると同時に飛び出したのだろう。
至近まで間合いを詰めた緋扇が、障壁越しに冷たく告げた。
彼女に追従した〈九字法〉の障壁に阻まれ、勢いを失った釘が水面に落下する。それを踏み潰すように、山伏の娘が踏み込んだ。
―――硬く鈍い音が響き渡る。
(打撃系の武器って、物凄く痛そうな音がするんだよな)
鬼女の頭を錫杖で殴りつけた少女を見て思う。
柄の中ほどを持った緋扇は、セキの視線の先で巧みに杖を操り、間髪入れずに石突で鬼女の顎をかち上げた。
衝撃にふらふらと鬼女が浮遊したまま後退する。
緋扇は追撃しなかった。代わりに。
「どうぞ!」
と、声を上げた。
―――【疾風足】起動。
鬼女が後退したことで緋扇の間に生じた間隙を、セキは左方から斜めに横切るように駆け抜けた。
鬼女の傍らをすり抜けざまに太刀を振るう。
戦技【疾風剣】の効果により、速度を刃に変えた一閃が深々と鬼女のわき腹を斬り裂いた。
「――ァアアアアッ!?」
悲鳴が上がる。
鬼女の後方三メートルほどの位置で、セキは【疾風足】の勢いを殺しながら振り返る。
その視界に、己とは逆―――右方から接近するツカサの姿が映った。
「はっ!!」
痛撃に怯んだ隙を狙った強攻撃。
月明かりを受けて煌めいた薙刀が、三日月を描いて鬼女の体を薙いだ。
一瞬遅れて、風の刃が追撃する。
【風薙ぎ】により、多重にダメージエフェクトをまき散らす鬼女が、たまらず上空へと逃げ出した。
「―――ォオオオオ!」
距離をとった鬼女が、赤い独眼でこちらを睥睨する。
その周囲に、紫炎をまとった釘が出現した。
―――こぉおん、こぉおん、こぉおん。
連続斉射。
一音に付き二〇の釘を射出―――それを三度繰り返す。
「弾幕が薄い」
セキは嗤った。
ばら撒くように撃ち出された釘は、広範囲に広がる分、密度が低い。
しかも、追尾のない直線的な射撃だった。
セキは、水をはねさせながらステップを刻み、最小限の動きでかわす。
どうしても回避が難しいものは太刀で打ち払いながら、他の者達の様子を窺った。
「と、ほっ!」
ツカサは回避を選んだようだった。
薙刀を利用した高跳びの要領で、射線の外へと己が身を退避させている。
対照的に、緋扇は防御を選択していた。
足を止め、障壁で釘の雨を受け止める。そのまま、じっと鬼女の動きを観察しているようだった。
なお、その背後には、しっかりと避難している同鏡の姿。
(さすが……)
各々の方法で危なげなく対応している様子に、セキは頼もしいなと笑う。
口の端を吊り上げて、その視線を上方に向けた。
水面から、五、六メートルほどの高さで鬼女が浮遊している。
(届かないことはないな)
踏み込み、水底を蹴ると同時に【疾風足】を起動。
特技の効果による大加速が背中を押す。
本来は、足場の水平方向に発生するその力を、セキは上方へと捻じ曲げる。
跳躍した。
特技【軽業】の効果を受け、重量軽減を受けた体が、文字通り矢となって鬼女へと放たれる。
激突した。
「――――!?」
鬼女がもがくように虚空に手を伸ばす。
その胸を貫いた太刀の柄を支点に、セキは体を回す。その勢いで刃を引き抜き、斬撃に繋いだ。
空中で、華が咲くようにダメージエフェクトが散る。
鬼女とセキ、二人そろって落下する。水飛沫が散った。
「ァ、アアアア―――ッ!!」
即座に水面から飛び上がった鬼女が、セキから距離をとりながら金切り声を上げた。
そんなに嫌がるなよと、セキがずぶ濡れのまま軽口を叩く。
「ククク。水も滴るという奴かね? ずいぶんと男前が上がったではないか」
「たった今、近寄るなと振られたが」
同鏡の言葉に笑って応じる。応じながら、セキは目を細めた。
水面が所々で沸騰するように泡立っている。
「人を呼ばれたようだ」
「変質者扱いかよ」
ばしゃりと水音を立てて、人影が立ち上がった。
「亡者!」
ツカサが声を上げた。
湧出したその数、全部で七つ。
「亡者は、セキとツカサに任せる。緋扇は、鬼女の動きを警戒」
「了解」
「はい!」
同鏡の言葉に、セキとツカサがうなずいた。
足場がある状況ならば、亡者は大した脅威ではない。
セキは一息でその一体へと間合いを詰めて、太刀を叩き込んだ。
袈裟斬り。間髪入れずに、手首を返し切っ先を跳ね上げる。
斬り上げた刃を、再び振り下ろせば亡者が悲鳴を上げて消散した。
「次―――」
ほどなくして、喚び出された亡者は全滅した。
借り物の太刀様々である。
◆
釘の射出は、緋扇が至近距離で防いで即座に反撃。
空中に舞い上がれば、セキが跳躍して叩き落す。
亡者を喚ぶと、セキとツカサが斬って回る。
木槌と釘を頼りに白兵戦を挑めば、囲んで太刀と薙刀と錫杖でボコボコにする。
その繰り返し。
「このままパターンで押し切れると楽だが」
「残念ながら、多分、そろそろ動きが変わる」
同鏡が呟くのが聞こえたので、セキは注意を促す。
それに応えたわけではないだろうが、上空にいた鬼女が高度を下げ始めた。
「あ、下りてきました」
「警戒を!」
パターンが変わったと、緋扇がツカサに注意を促す。
鬼女が降り立った。浮遊ではなく、己が足で立っている。
ざわりと、水面が揺れる。
ほぼ直感で、セキは後方に跳んだ。
「―――っ!?」
眼前を何かが貫く。
それが、下方から伸びた〈水槍〉だと気が付いて、セキは警告の声を上げようとする。
直後、目を見開いた。
「……ぁ」
複数の〈水槍〉に貫かれ、宙に持ち上げられたツカサの姿を目にしたからだ。




