其の六
◆◇◆◇◆
攻略を再開した。
◇
―――こぉおん。
槌音が鳴り響いてから、十秒……十五秒……二十秒が過ぎても、次の音が聞こえてこない。
「また、音が止まった?」
「警戒を!」
下の足場まではまだ遠い。杭の上で、全員が鬼女の出現に備える。
二十五秒経過。三十秒―――……
―――こぉおん。
「どうやら、音の間隔がズレただけみたいですね」
「嫌がらせか!」
◇
―――こぉおん。
前の槌音から、二五秒が経過したところで、新しい槌音が響き渡る。
それを耳にして、一行は警戒を解いた。空気が弛緩する。
直後、セキの目が下方に紫炎の輝きを捉えた。
「……っ、最下層から撃ってきた!?」
警告の声を上げつつ、セキはその動きを注視する。
光の尾を引きながら、こちらに向かって飛んでくる紫炎。その数、二〇。
標的は―――
「俺かっ!?」
舌打ちしながら、下方の杭へと飛び移る。
だが、回避するセキの動きに呼応して、紫の光跡が折れ曲がる。逃げられない。
「ほ、ホーミングした!?」
「ああ!? セキが! セキが!?」
持ってて良かった命綱。
◇
―――こぉおん、こぉおん、こぉおん。
―――こぉおん、こぉおん、こぉおん。
短い間隔で槌音が鳴り響く。それを聞いて、セキは舌打ちをした。
「……くっそ、馬鹿にしやがって」
「くくく。遊ばれているな」
セキが悪態をつき。同鏡が喉奥で笑った。
三々七拍子だった。
◇
幾多の苦難を乗り越えて、第六層に到達した一行は、大きくため息をついた。
これが最後の小休止になるだろう。
「何だか、セキばかり狙われていたような」
ツカサの言葉のとおり、道中、地の底から撃ち込まれた呪いの釘は、その全てがセキを標的としていた。
回数にして、約六回。撃ち込まれた釘の数は、全部で一二〇にも上る。
そのほとんどは、太刀で叩き落としたり、空中機動を駆使することで難を逃れているが、それでも幾度かは直撃を喰らっている。
本当に、持ってて良かった命綱。
こぉおんと、今は定期的になっている槌の音。
その発生源がいるだろう方向と視線を向けて、セキは昏い笑みを浮かべた。
「待っていろよ。もうすぐ会えるからな」
「セキ。目が怖いです」
ツカサが引いたような声を出した。
しかし、とその隣で緋扇が首を傾げる。
「なぜ、セキばかりが狙われた、のかしら?」
「大した理由はあるまい。単に先頭だったからだろう」
同鏡の身も蓋もない言葉に、だろうな、とセキは同意する。
視界外、絶対に反撃できない場所からの鬼女の攻撃は、厄災による攻撃という体裁を採っているが、実際のところダンジョンギミック―――罠の一種だ。
そして、罠であれば、標的は機械的に選ばれる。
「何の根拠もないけど、特定の杭を踏むことでスイッチが入って、対応した反応が返ってくるとか、そんな感じだと思う」
スイッチを踏むと飛んでくる仕掛け矢のような。
そう、セキは推測を口にする。
「音の間隔がおかしくなったり、釘が飛んで来たり」
「三々七拍子に変わったり?」
「何か最後おかしい気がするが、そういうこと」
運営の嘲笑う声が聞こえてくるようだと、セキは低く唸った。
サイレント修正の理由は、何も知らないまま突然ボスに襲撃を受けて慌てふためくプレイヤーを見たいとか、そんな理由に違いあるまい。
「ところで―――」
気分を入れ替えるように、同鏡が手を叩いた。
視線を向けると、彼は「今更ではあるが」と前置きをして。
「セキとツカサの二人は、どうしてこの鉄輪ノ井を攻略しに?」
本当に今更な質問をしてきた。
その問いに、セキとツカサは顔を見合わせる。同鏡が笑った。
「何、大して深い意味はない。もうじきこのダンジョンも終わりだからな。
そうなれば、この徒党も解散だ。
ならば、多少は親交を深めておきたいと思うのが人情だろう?」
「……解散。そうですよね」
ツカサが、小さな声で呟いた。
寂しげなその顔を見て、緋扇が苦笑を浮かべる。
「……また徒党を組みたいから、仲良くなっておきたい。
そう言わないと、これっきりみたいに聞こえる、わよ」
「これはしたり」
ぺしりと、己が膝を叩いて同鏡が笑う。
その言葉を聞いて、セキはそっと息をはいた。口元がほころぶのを感じる。
「本当に今頃なんだけど、こっちの目的は『縁切り水』だよ」
告げながら、メニューウィンドウを呼び出す。
葛籠に、自動格納されている戦利品を取り出す。
手元に竹筒が出現した。『縁切り水』だ。
それを見て、ふと緋扇が首を傾げた。
「……そういえば、どうして亡者が縁切り水を落とすの、かしら?」
「ああ、それは―――」
『縁切り水』
飲ませた相手との縁を切る霊水。
その正体は、手ひどく裏切られた鬼女の血涙か。
あるいは、鬼女との縁切りを願う囚われし亡者達の慟哭か。
縁切り水の情報欄にある説明文を読み上げた。
「え、それって涙なんですか?」
「何で涙を竹筒に……?」
「本当に涙かどうかは別として、竹筒に入ってるのは、ゲーム的な都合だろうな」
何の容器にも入っていない液体を、そのままドロップしても困るだろう。
そう言って、同鏡が苦笑する。
「なぜ、縁切り水を?」
「鍛冶師から武器を作る対価として、縁切り水を一〇〇個要求された」
「鍛冶師が?」
「何か、焼き入れの時の水として使うと夫婦特攻の属性が付くとか言ってた。そっちは、どうして鉄輪ノ井に?」
「ああ、私たちは―――」
異界としては、近場で手頃だったのだと緋扇が答えた。
緋扇と同鏡のログイン頻度は、それほど高いわけではなく、お互い以外のマレビトと固定で徒党を組むのは難しい。
とはいえ、即席の徒党を組もうにも、同程度の力量を持つ―――要は新人のマレビトがあまりいないのが現状だ。
それで、二人だけでも挑めそうな近場の異界として、この鉄輪ノ井を選んだのだと彼女は説明する。
「まあ、二人で挑んでいたら、今頃は普通に全滅していただろうな」
「セキとツカサに出会えたのは、幸運だった、わね」
「わたし達も、緋扇ちゃん達と出会えて良かったです」
ツカサの言葉に緋扇がうなずく。何やら微妙そうな表情を浮かべた彼女を見て、同鏡がクツクツと喉奥で笑った。
そういえば、とツカサが首を傾げた。
「お二人は、ずっと一緒に行動しているんですか?」
「何しろ夫婦だからね。ああ、リアルでの話だよ」
「ふうふ……?」
いきなりのカミングアウトである。ツカサが動きを止めた。
耳に入った言葉を吟味するように、しばしの沈黙の後、理解が追い付いたのか、彼女は目を見開いた。
「ええ!?」
「休みの日に、夫婦でVRMMOをやっているのだよ」
「ん? 休みの日って、今日は月曜だったような」
「あ、あのわたし、もしかして年上の方にちゃん付けで……」
「大丈夫。気にしていない、わ」
「ふふふ。年次有給休暇」
「ごごご、ごめんなさい」
ツカサの反応に、同鏡が満足げな様子を見せる。
緋扇が大きなため息をつくのに、セキは苦笑した。
果たして、これで親交は深まったのか。




