其の八
本日投稿分その2です。
前の投稿を読まれてない方は、是非そちらからお願いします。
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どうやら狙われたのは、セキとツカサの二人らしい。
敵意ではなく、単純に与ダメージ量で標的を選択したなと、セキは〈水槍〉に貫かれたツカサを見ながら推測した。
「……ぁ」
少女を串刺しにしていた槍が、ただの水へと戻る。
支えを失ったツカサの体が落下し、ばしゃりと水音が立った。
視界の端に表示された彼女の体力ゲージが、大幅に減少している。
―――残る体力値は、四分の一程度。まだ生きている。
だが、ツカサは動かない。正確には動けないのだろう。
一度に体力の半分以上を失うと、【朦朧】の状態異常が発生する。
この状態になると、五感が機能不全を起こすと共に体を動かせなくなるのだ。
「――――っ」
さらに、彼女の体力《HP》ゲージが徐々に減少を始めた。
もしも、もっと明るかったなら、周囲の水が赤く染まる様が見えただろう。
(……っ、【出血】の状態異常!)
危険信号だ。上げかけた声を呑み込んで、セキは太刀を握りしめた。
期せずして、ツカサを除く三人が、ほぼ同時に動きはじめた。
「オン、アミリティ、ウンハッタ。オン、バザラ、サッタ、ウンジャク―――」
同鏡が、軍荼利小咒から始まる真言を唱え始めた。
取り出した三鈷杵を左に、右にと旋転し、術法〈軍荼利明王法〉を行使する。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前。喝――――ッ!!」
緋扇は、鬼女とツカサを結ぶ直線状に仁王立ちとなった。
九字を切って、障壁を張り直すとともに、大喝による敵意の誘引を行う。
絶対に通さないと、その吊り上がった眦が告げていた。
セキは、水を蹴立てて疾走する。
向かう先は、鉄輪ノ鬼女。【疾風足】を起動し、一気に間合いを詰める。
ふと、鬼女と目が合った。
その赤い眼が笑んだを見て、セキは鬼女の狙いを悟る。
(なるほど。次の標的は俺か)
こぉおん、と槌音が鳴り響いた。
紫炎をまとった釘が斉射される。追いかけるように〈水刃〉が放たれた。
【疾風足】の大加速による一足飛び中のセキは、今さら進路を変えられない。
鬼女の口元がわずかに吊り上がった気がした。
「はン」
鼻で笑う。
右足を前に出して、制動を掛ける。同時に、全身を後傾させた。
至近に迫った攻撃に対し、セキは一足飛びからスライディングに切り替える。
―――『ふふふ。五体投地』
確かに身を伏せるのが一番早い。
胡散臭い僧の声が脳裏を過ると同時、頭上を釘の弾幕と〈水刃〉が通過した。
鬼女は反応できない。その足元を滑り抜け、水底を蹴り込んで立ち上がる。
背後を取った。体ごとぶつかりながら、刃を捩じ込む。
「カ、ハ……ッ!?」
左胸のあたりから刃を生やした鬼女が、声を漏らす。
太刀を引き抜き、さらに一閃。髪に隠れた首筋へと、白刃が吸い込まれる。
「ぎャア!?」
悲鳴を上げて、鬼女が上空へと飛び上がった。
そのまま、セキから逃げ出すように大きく距離を取る。
その背中を追撃はしない。代わりに―――
「大丈夫か?」
「はい。ご心配をおかけしました」
小走りに駆けよって来たツカサに言葉を投げた。
返って来た声に、暗いものは微塵もない。どうやら、串刺しにされたことによる精神的なショックはないようだった。
「鋼のハート、よね」
「大したものだと思うよ」
ツカサとともに合流した緋扇が、苦笑交じりに呟いた。
いつもどおりなツカサの様子に、セキは内心で安堵のため息をつく。
ゲームである以上、痛覚に制限はある。
しかし、痛みがなければ何があっても平気、などということはないのだ。
視覚・触覚的にインパクトの強い攻撃を受ければ、ショックでまともに動けなくなることも珍しくはない。
「防御役向きかもしれない、わね」
「あ~、確かに」
「?」
火だるまにされても、押し花にされても、串刺しにされても、野球しようぜお前ボールなそれホームラン、とかされても、動揺なく戦線に復帰できる。
そんな鋼の精神こそが、防御役の第一条件だ。ハードルが高すぎる。
だが、ツカサなら、そのあたりは全く問題ないなとセキは笑った。
疑問符を浮かべる彼女に、何でもないと手を振る。
「さて、それじゃ反撃といこう」
「はい!」
うなずき合って、肩を並べる。
その様を見て、というわけではないだろうが―――
「ァ、アア……アアアアアアアア――――ッ!!」
鬼女がキレた。
紫炎の釘がその周囲に大量に出現する。
一〇〇を超えているのではないかと、その数を見てセキが顔を引きつらせた。
「うお、発狂モードか」
「二人とも私の後ろに」
言いながら、緋扇が前に出る。同時に、槌音が鳴り響いた。
こぉおん、こぉおんと、繰り返し槌音が鳴り響き、立て続けに〈水刃〉が射出される。
「……っ」
緋扇が展開している〈九字法〉の障壁が阻んでいるが、このままだと削り切られる可能性が高い。
この状態がそう長く続くとは思えないが、根競べに負けると、その先は全滅コースである。
(どうしたものか)
ふと、足元の水が泡立ったのを感じて、セキは後退した。
一緒にツカサの手を引っ張る。
「え?」
何事かと、ツカサが困惑した声を上げる。
直後、一瞬前までセキとツカサが立っていた場所を〈水槍〉が貫いた。
一応、予兆はあるらしい。
「こんなもの、気が付けるか」
今回は反応できたが、何かをしながら察知するのは無理だろう。
小さく舌打ちをして、セキは鬼女の動きを見据える。
「【大喝破】で一瞬動きを止めてもらって、一気に斬り込むか?」
「やってみる価値はあるが、押し切れないと圧殺されることになる」
近くに寄ってきた同鏡が難しいと声を出す。
ある程度のダメージは無視できても、呪詛ばかりはどうにもならない。
「十秒間なら、【大威徳明王法】で無効化できるが……」
「連続使用は?」
「意味がない、というのが正しい。術の効果後、十秒間は掛け直しても効果がない」
「受ける側にクールタイムがあるタイプか」
「―――何かやるなら、早めに。釘はともかく、〈水刃〉がキツイ」
緋扇が肩越しにこちらを振り返る。
〈九字法〉による障壁は、術者の動きに追従する一方で、受けた衝撃を術者にフィードバックする仕組みだ。
釘を防いでいる時には前進さえできた彼女が、今は弾き飛ばされないよう必死に足を踏ん張っている。その様が、攻撃の重さを如実に語っていた。
先ほど〈九字法〉を張り直していなかったなら、今ごろ障壁を叩き割られていただろうと、彼女は告げた。
(このまま根競べはマズそうだな)
素早く考えをまとめる。
ちらりとツカサを見て、セキは笑った。二の矢があるし、多分大丈夫だろう。
「しくじったら、後は任せる」
「それは……っ、わかりました」
セキの言葉に、ツカサは何か言いたげに口を開き―――結局、言葉を呑み込んでうなずいた。
不満げな彼女に、しくじるつもりはないと笑う。
「オン、シュチリ、キャラロハ、ウンケンソワカ」
「分かっているだろうけど、〈九字法〉は味方の動きには干渉しない、わ。
気にせずに突っ込んで大丈夫」
同鏡が印を結び、大威徳明咒を口にする。
緋扇の言葉にうなずいて、セキはぐっと身を低くした。
静かに息を吸う。
同鏡の声が止まった。〈大威徳明王法〉の発動準備が整ったようだ。
緋扇が衝撃を受け止めながら、カウントを開始した。
「……三、二、一、今!」
「――――ッ」
【疾風足】起動。
緋扇の【大喝破】を合図に飛び出した。
鬼女が〈水刃〉を放った直後、一瞬の硬直が生まれ、矢継ぎ早に放たれていた攻撃に揺らぎが生じている。
その一瞬だけの空白を、セキは疾走する。
「アアアア――――ッ!!」
鬼女が吠えた。
再び斉射された紫炎の釘が迫るが、セキは左手を眼前に掲げて突っ込む。
被弾。体力ゲージが減少するが、呪詛の効果は顕れない。
追いかけるように〈水刃〉が迫る。
「―――ふっ」
息を吐きながら、太刀を振るった。
こちらを輪切りにせんとする三日月の刃。その中心を割るように、白刃の一閃を差し込む。
術法斬り―――〈水刃〉がただの飛沫となって飛散した。
あれだけ何度も使ってくれば、核の位置もわかるとセキは笑う。
もはや鬼女は間合いの中だった。太刀を一閃する。
「ァがっ!?」
首筋からダメージエフェクトを散らして、鬼女が悲鳴を上げた。
【疾風剣】による威力上昇を得た上での弱点攻撃だ。怯みが発生し、攻撃の手が止まった。
ここからが勝負だと、セキは続けて刃を閃かせる。
たとえ〈大威徳明王法〉の効果が切れても、呪詛を受けなければ問題はない。
ようは、釘を打たせる暇を与えずに斬りまくれば良いのだ。脳筋力が唸りを上げる。
「ごり押しも良いところだが」
もう少しスマートな方法はないものかと笑いながら、セキは太刀を鬼女へと叩き込む。
袈裟斬り。斬り上げ。逆袈裟―――……槌と釘で受けられるものならやってみろと、彼は刀を操った。
ふと、嫌な予感を覚えた。側方にステップ。
「だから、ノーモーションは止めろ! 水が泡立つから予兆は示したとか、ふざけんな!」
空を貫いた〈水槍〉に、セキが悪態をつく。
結果、攻撃の手が緩む。
その瞬間を狙って、鬼女は上空へと逃れようと飛び上がった。
「チ―――」
「行かせません!」
直後、上から降ってきたツカサの刃に叩き落された。
(弾幕が止まったから、突っ込んで来たのか)
おそらくは、薙刀を使っての高跳びで高度を稼いだのだろう。
以前、からくり武者相手に見せた大跳躍からの空中回転斬りだ。
くるりと身を回して、少女が華麗に着地する。
「まったく」
ため息とともに笑いがこぼれる。
体勢を立て直した鬼女が木槌を振り上げる。
その手首をツカサの薙刀が打ち据えて止めた。同時にセキが足を払って転倒させる。
そして。
立ち上がった鬼女の首を狙って、セキは太刀を振った。クリティカル。
怯んだ鬼女の足元を、ツカサが薙刀で払った。
転倒したところを、セキが逆手に持った太刀で滅多刺しにする。
悲鳴を上げて逃げようとした鬼女を、ツカサの薙刀が縫い留めた。
集中力が極限まで高まっているのか、妙に視界が鮮明だ。
鬼女の動きを完全に掌握し、セキとツカサは無言のまま息を合わせる。
―――ザクザクザクザクと、二人は攻撃を叩き込み続けた。
「これはひどい」
「うわ……」
かくして、鬼女は討ち滅ぼされたのだ。




