其の四
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鉄輪ノ井に出現する主な厄災は二種類となる。
一つは、『鬼女の怨念』だ。
その名のとおり、鉄輪ノ井を形成した鬼女の怨念が形を成した分身である。
もう一つは、『虜囚の亡者』という。
この異界に引きずり込まれた犠牲者が、魂を囚われたせいで、蘇生はおろか成仏も出来ずにさまよっているというもの。
いずれも肉体を持たない亡者であり、物理攻撃主体のマレビトにとって相性最悪の敵となる。
その亡者が上下も含めて群がってくる様は、もはや悪夢の類だろう。
その悪夢に、真正面から立ち向かう姿が一つ。
「さあ、来なさい」
壁面に穿たれた鉄杭の上で、緋扇が胸を張って立つ。
すぅっと、大きく息を吸い―――
「喝―――――ッ!!」
一喝した。
その大音声を受けて、亡者の群れが怯んだように一瞬動きを止めた。
直後、怯えるように離脱を始めた一部を除き、周囲の亡者が一斉に緋扇へと襲いかかっていく。
特技【大喝破】だ。
効果範囲は十五メートルほど、その効果は三種類となる。
範囲内の敵に対し、怯みによる一瞬の硬直付与。
【恐怖】や【畏縮】のバッドステータス付与。
そして、己への多大な敵意付与。
ちなみに、緋扇が行うと喝破の声がやたらと可愛らしい。
あの声だと、怯んだり【恐怖】したり【畏縮】する要素はない気もするが、そこはゲーム。当たり前だが、特技の効果はしっかりと発揮されているようだった。
防御役の面目躍如とばかりに、緋扇が亡者の群れを引き付ける。
その様は、誘蛾灯のようだ。
そして、緋扇に近づく亡者へと、一段上の鉄杭からツカサが薙刀を振るう。
「と、えい!」
とはいえ、緋扇のように堂々とはいかないようだった。
不安定な足場に、おっかなびっくりといった様子で薙刀を振っている。
引けた腰で振るわれる薙刀には、速度もなければ重さもない。
離れた位置にいる亡者を突っつくような、残念な有り様だった。
「……牛若丸もかくやという身のこなしは、どこに行ったのか」
その様子を緋扇よりもさらに下方から見上げ、セキは苦笑を浮かべる。
もっとも、そんな残念な攻撃でも、当たれば亡者には大打撃となるようで、何だかんだと彼女は亡者の数を減らしている。
「さて、俺も働かないとな」
小さく呟いて、セキは左手で腰に結ばれた縄を引っ張った。
その先は、己の足場となっている鉄杭に結び付けられている。しっかり固定されていることを確認し、彼は上方を見据えた。
視線の先は、緋扇に突っ込もうとしている亡者の一体。
すぅっと息を吸う。鉄杭を蹴った。【疾風足】起動。
瞬発。
―――特技による大加速を得て、セキは虚空へと跳躍する。
「えっ、セキ!?」
ツカサの狼狽する声が聞こえた。
真っ直ぐに跳ぶ。
文字通り矢となって、虚空を奔り―――上空にいた亡者を刺し貫いた。
「――――っ」
そのまま、その霊体を突き抜ける。
じめっとした生温い空気に全身が覆われる感覚。次の瞬間には、それも置き去りにする。
もう一体、進路上にいた亡者に、駄賃とばかりに太刀を叩き付けた。
直後、空中でセキの動きが止まる。見れば、縄がピンと張りつめていた。
「おっと、と」
縄が絡まないように捌きつつ、猫の様に空中で身をよじる。
特技【軽業】による補正。その助けを借りて、セキは危なげなく空中での姿勢を整えた。
その体が落下を始める。
上から下へ。直線から曲線へ。
十メートルほどの長さの縄が、セキを錘として振り子と化した。
軌道上の亡者を叩き斬り、そのまま弧を描きながら落ちていく。
「せ、セキ!?」
もう一度、ツカサの声が聞こえた。さすがに答える余裕はない。
セキは、振り子の勢いそのままに壁へと激突―――いや、着地する。
壁面を蹴って上へと走る。『壁走り』と呼ばれる技術を以って、彼は先ほどまで立っていた杭へと駆け戻った。
「…………よし」
杭の上で足を止め、セキは大きく息をはいた。
見上げれば、徒党の面子と目があった。緋色の少女が、代表するように口を開く。
「……君は、馬鹿なのかな?」
わりと辛辣だった。
◆
実のところを言えば、セキの行動はそれほど非常識なものではない。
やったことと言えば、命綱を付けてのジャンプ斬りだ。
「命綱があるから、落下死することはないし―――」
亡者は生者以外には目もくれないので、縄を切られることはない。
ゲームなので、縄がほどけることもまずありえない。
壁走りにしても、命綱を引っ張りながら行うので大して難しくないのだ。
そして、万が一失敗しても、宙ぶらりんになるだけで死ぬことはない。
そう説明するセキに、ツカサが一言。
「だとしても、事前に教えておいてください。びっくりしました」
「はい。すみません」
第二層に下りた後、周囲の亡者を全滅させたセキ達は、小休止を取っていた。
鉄杭を飛び移ること二〇回。六〇メートルを超える高さを下りたのだ。
精神的な疲労は相当に溜まる。
「これを、あと五回繰り返すと思うと、少々うんざりとする、わね」
「中央の吹き抜けを飛び降りれば、一度に最深部まで行けるがね」
「死ぬ」
緋扇と同鏡の会話を聞き流しながら、セキは借り物の太刀を眺めた。
亡者を一撃、とはいかないが、二撃ないし三撃で倒せる。
亡者に対して有効となる【霊】属性攻撃は、通常の物理攻撃―――【斬】【刺】【打】の三属性のように速度や重量による威力補正を受けない。
代わりに、マレビトの意志力を表す【意】の能力値による補正を受けることとなる。
自分の【意】の能力値は大したことがないため、亡者へのダメージは、この太刀が有する【霊】属性攻撃力によるものと考えて良いだろう。
ツカサが、薙刀を見つめながら呟いた。
「わたし達、もしかしてすごい武器を借りちゃったんでしょうか?」
「ん……霊刀よりの調整がされてるのは確かだろうな」
その結果、ツカサの残念な感じの攻撃でも亡者を倒せている。
そうセキが続けると、彼女は拗ねたように顔を背けた。
「いじわるですね」
「いや。五条大橋の時の鮮やかな身のこなしがイメージにあったから、ギャップで笑ってしまった」
「……もう」
可愛らしく口を尖らせていた彼女だったが、「そういえば」とセキに視線を戻す。
どうしたのかと視線で問えば、ツカサは少しばかり言い難そうに口を開いた。
「あの、今更なんですけど、ロールって何ですか?」
「……そういえば、まだ説明してなかったな」
彼女の問いに、セキは同鏡と緋扇の様子を見る。
二人も何やら雑談を続けているようだった。出発までは、まだ余裕がありそうだ。
「それほど難しい話じゃない。戦闘における役割のことだよ」
「戦闘における役割、ですか」
うん。とセキは頷いた。
『陰陽洲』には、システム的な意味での職業の概念はない。
各々が好きなように特技を取得し、その組み合わせによって自分の在り方を表現する形を採っている。
武士だとか巫女だとか、あるいは忍者といった職業は、ぶっちゃけ単なる自称に過ぎない。
「だから、術法を操る武士とか、刀を振り回す陰陽師とか、やりたいようにやれる。ある種、その最たる例が兵蔵の忍者だな」
「なるほど」
「ただ、そうなると、各々の出来ることが違い過ぎて、どう連携したら良いのかが分からなくなってしまう」
気心が知れた者同士であれば、お互いに調整しながら戦闘での立ち回りを組み立てていけるが、今回のように即席の徒党を組む場合はそうもいかない。
そのため、プレイヤー達は、他のゲームに見られるクラスロールの考えを持ち込んだのだ。
「これに則って立ち回りを行うようにすれば、役割分担が明確になるワケだ。
ついでに自分のキャラの成長方針も立てやすくなる」
「それが、タンクとかヒーラーとかですか」
「そのとおり」
セキは頷いた。
「高い防御力と体力を活かし、敵の攻撃を引き付ける防御役」
「緋扇ちゃんのことですね?」
「ちゃん……うん、そのとおり。
味方がダメージを負ったり、状態異常を引き起こしても戦闘を継続できるよう回復を行う回復役。これは同鏡のことになる」
「戦闘中、緋扇ちゃんが傷を負ってもあまり回復してなかったような……」
「ダメージを受ける度に回復していたら、攻撃の標的にされかねないからな」
大切なのは死なせないこと。
一度に受けるダメージ量と残りの体力を確認しながら、最小限の回復で状況を切り抜けるのが、良いヒーラーだろう。
首を傾げるツカサに、あれで正解なのだとセキは続けた。
「で、最後は攻撃役。DDとか、DPSとか呼んだりもする。
書いて字のとおり、より高いダメージを叩き出して、速やかに敵を倒す役割だ」
「セキのことですよね?」
「神道の術法をどう扱うかにもよるけど、ツカサもここに該当してるぞ」
誰かを守ったり、回復したりではなく、基本的に敵を倒す側だろう。
そう続けたセキに、ツカサは確かにとうなずいた。
「役割全部っていう人もいるんですか?」
「いるよ」
ツカサの問いに、セキは首を振る。ただし、と続けた。
「特技枠に限りがある関係上、器用貧乏になって専業に比べると弱い。
その弱さをプレイヤースキルで補う化け物もいるけど、そういう人は多分専業化したらもっと強くなると思う」
「そうでしょうね」
「ま、何にせよ。今言ったような役割を意識して動くと、任せるべきこと、自分がやるべきことがハッキリするから、動きに迷いがなくなるワケだ」
囚われ過ぎる必要はないが、覚えておいて損はないだろう。
そう締めくくりながら、セキは立ち上がる。そろそろ攻略再開だ。
「……ところで、どうして防御役を戦車と呼ぶんですか?」
「知らない。戦車は硬いからじゃないか?」




