其の二
本日投稿分その2です。
◆◇◆◇◆
「昨日は、楽しかったです」
「それは何より」
隣を歩くツカサの言葉に、セキは良かったなとうなずいた。
頷きながら、思う。
(あれを「楽しかった」の一言で済ませるか)
踊りの演出用らしき術法が野次馬に直撃したり、それを見て悪乗りを始めた連中が周囲から袋叩きにあったりと、最後は結構な地獄絵図だったのだが。
現実時間では昨夜―――『陰陽洲』内では、三日前の魔宴を思い出し、セキは遠い目になる。
「ただ、寝落ちするまでログインを続けるのは、正直あまり感心しないな」
「あはは。反省してます」
自分も人のことは言えないが、と続けた言葉にツカサが目を逸らした。
一条戻橋での一件の後、鴻臚館に戻ったところで誘われた懇親会。
『ちょっとした食事会程度なんだけど、どうかな?』
そんなに時間を取らせることはないと思う。
そんな中堅マレビトの言葉で始まったのが、先の新歓コンパだ。
現実では、夜の十時頃。
普段なら、そろそろログアウトする時刻だったのだが、「せっかくのお誘いだし、少しだけなら」と応じたツカサは、結局、寝落ちするまで付き合っていた。
(本当に楽しそうだったからな)
馬頭と兎耳の踊りや、光のお坊さんが魅せるブレイクダンス。
それらを、目を輝かせて見ていた様子を思い出す。
実際、素人の出し物としては妙にレベルが高かったと思う。
「知り合いも増えたし、良かったな」
「はい! 友人帳に名前がたくさん増えました」
本当に嬉しそうに笑う。
人との関わりによって、良くも悪くも面白さが変わるのがMMORPGだ。
知り合いが増えたことを素直に喜ぶ彼女は、実にMMORPG向けの性格をしていると、セキは思う。
少なくとも、人の輪を遠巻きに見る傾向がある自分よりは余程に向いている。
そんなことを考えていると、目的地に着いた。
二人は、鳥居を前に足を止めた。
「待ち合わせはここだっけ?」
「はい。お手紙では、粟田天王宮で待ち合わせとありましたので……」
鳥居の先は、長い参道が続いていた。その参道の脇からは、薄っすらと雪の積もった木々がアーチのように枝を伸ばしている。
秋ごろであれば、鮮やかな紅葉のトンネルが見られただろう。
粟田天王宮。
平安京の東―――清水寺や祇園社の北に位置する社だ。
平安京の三条大路と接続される東海道及び東山道――ちょうどセキとツカサが歩いて来た道――に面しており、京と東国を行き来する旅人の多くが、旅の安全を祈願、感謝して参拝するという。
「えっと……」
「とりあえず、【伝書鳥】を飛ばしたら良いんじゃないか?」
「あ、そうですね」
頷いたツカサが、虚空を掻くような動作を見せる。
セキからは見えないが、メニューウィンドウを操作しているのだろう。
「これで―――」
「へえ。【伝書鳥】に雀を選んだのか」
「はい。可愛いので」
照れたように笑う彼女の指先に、一羽の雀が留まっている。
マレビトが共通して持つ能力の一つ【伝書鳥】だ。
縁深き者への言葉を鳥に変えて飛ばすという設定の下、プレイヤー間の連絡用に用意されたメッセージ機能である。
ちなみに出現する鳥は、マレビトが任意に設定することが出来る。セキの【伝書鳥】はカラスだ。なぜかと言うと恰好良いから。
「お願いしますね」
チチュンと一声鳴いて、雀は空へと飛び立った。
【伝書烏】は、異界の中にいる場合などの一部の例外を除けば、相手がどこにいようとも十秒程度で届く。
ほどなくして、鷹が飛んで来た。待ち合わせ相手からの返信だろう。
鷹の姿をした【伝書鳥】は、ツカサの手元で一通の書状へと姿を変えた。
「えっと、すぐこちらに来るそうです」
「そうか」
しばしの間、二人は薄く雪化粧をした参道を眺めることにした。
◆
待ち合わせ相手の名を、宗近という。鍛冶師である。
ちなみに、『陰陽洲』では名前の重複ありのため、同じ名前の鍛冶師が大勢いる。
似たような例として、「村正」や「政宗」も多い。
そんな大勢の「宗近」の中で、真・宗近―――最も腕の良い者は誰かというと、NPCの三条小鍛冶宗近さんであるというのが、マレビト達の統一見解だった。
この粟田郷に居を構える十数名の偽・宗近達は、真・宗近の称号を勝ち取るため、日夜鍛冶に勤しんでいるのだそうだ。
「悪いな。わざわざ来てもらって」
「いいえ」
そんな偽・宗近の一人である彼に案内されたのは、一軒の庵だった。
粟田天王宮の北にある竹林。そこにほど近い場所に建てられた小さな建物が、彼の自宅だ。
通された板の間で、宗近が円座に腰を下ろしながら口を開いた。
「昨日、話をした時、二人の得物がまだ初期装備のままって聞いたからな。
もし良かったら、一振りずつ打とうかと思ってな」
「それは、ありがたいが―――」
「無論、タダとは言わない。といっても、今回は金を取るつもりもないけど」
「?」
タダではないが、金は取らない。
宗近の言葉に、ツカサがことりと首を傾げた。
その様子を見て、宗近が笑う。
「要するに、素材を採ってきて欲しいってことだ」
「素材……えっと、鉄とかですか?」
「いや。お願いしたいのは、水だ」
「……水?」
怪訝そうな表情を浮かべるツカサ。
理由は分かる。水など、それこそ、鴨川に行けばいくらでも汲むことができる。
それでは対価にならないのでは、と彼女は考えたのだろう。
間違ってはいない。要求されるのが、ただの水であったなら。
ニヤリと笑う宗近に、セキは嫌そうに顔をしかめた。
「どこの水かを訊いても?」
「うん。鉄輪ノ井の『縁切り水』をお願いしたい」
「うげ」
「あの、鉄輪ノ井って?」
「五条大路から少し下ったところに入り口がある異界のこと。
そこの厄災が落とす戦利品が『縁切り水』なんだよ」
セキの説明に、「流石に話が早いな」と宗近が膝を叩いた。
そんな彼に、セキは嫌そうに視線を向ける。
「あそこの敵は、ボス以外は全部亡霊系だろ。
神道系の術法を使えるツカサはともかく、俺は対抗手段がないんだが……」
「それについては、こちらで手段を用意してやろう」
具体的には、霊属性攻撃可能な武器の貸し出し。
そう続けた宗近の言葉を受けて、セキは内心でため息をついた。
(ここまでお膳立てされると、断れないな)
宗近は、意地悪を言っているわけではない。むしろその逆だ。
タダで作ってあげる、と言われれば、ツカサは断るだろう。
仮に彼女が断らなくても、セキは断る。施しを受ける云われはないのだと。
「どうする? まあ、素材じゃなくて金での支払いでも構わないが」
だから、対価に素材集めを要求してきた宗近の厚意はありがたい。
ある程度の品を買おうと思えば、当然に相応の出費となる。
決して懐に余裕があるわけではない二人にとって、素材で良いというのはかなり助かるのだ。
要求してきた素材が、異界での戦利品というのも良い。
集めるのに手間が掛かる分、遠慮なく武器を作ってもらうことが出来る。
(しかも、この素材集めのために、新しいダンジョンに行くことになる)
さらに、武器の貸し出しというオマケ付きだ。
もはや、据え膳上げ膳の類だろう。
だから、嫌がるのは、単に自分のわがままだ。
「セキ?」
「いや。うん。良い話だし、縁切り水を集めに行こうか?」
「はい!」
行ったことのない異界ということもあって、興味津々だったのだろう。
ツカサが嬉しそうに笑顔を浮かべた。
(実際、気が向かないのは、単に俺のわがままだしな)
言えるわけもない。
亡霊系の敵は斬った時の手応えがないので、つまらないなどとは。




