其の七
ボス戦省略は、さすがにどうかと思い、僅かですが加筆しました。
何となく消化試合の感は否めませんが、さてどうでしょうか……
冗長であればすみません。
◆◇◆◇◆
赤鬼を相手にし始めてから、二〇分が経過した頃。
鬼が、唐突にその動きを止めた。
「…………?」
先ほどまでとは打って変わったその様子に、セキは緩み切っていた意識を締め直す。
(ツカサ達の方で何かあったな)
おそらくは、拐われた娘を救い出したのだろう。
この状況の変化を、攻略が進行したことによるものと、セキは推測した。
「―――アア」
低い声が響く。
昏い、陰鬱な声。鬼の口の端から、ひゅるりと細く炎が漏れた。
「我が命ヲ奪うカ」
「はン」
その言葉に、セキは鼻で笑ってみせた。
嗤いながら、太刀の切っ先を向ける。
「何を今さら。まさか身代わりを失って、怖くなったとか?」
「……オノレ」
まさかの図星だったらしい。
セキが肩を竦めて嗤うと、戻橋之奪命鬼は軋るような唸り声を漏らした。
俯いたまま肩を震わせるその様子に、セキは首を傾げた。
「とりあえず。もう勝ったじゃダメか?」
告げた直後、鬼が激発した。
「オノレオノレオノレ、オノレエエエエ――――っ!!」
怒号とともに飛び掛かってくる。
もはや余裕などない。狂乱した様子で両手の鉤爪が振り下ろされる。
交差するように振るわれた双腕を、セキは慌てることなく回避した。
試しに、そっと太刀を振った。鬼の腕を浅く斬りつける。
―――わずかにダメージエフェクトが散った。
「―――ゥぐ」
「なるほど?」
大した傷ではない。
だが、それを見た鬼は顔を歪めた。
一瞬前までの怒気が消えて、代わりに広がるのは怯えの色だ。
それを見て、セキは眉を上げる。口の両端がつり上がるのを感じながら、太刀を構え直した。
「どうやら。ちゃんと斬れるようになったみたいだな」
「あ、アアアアア――――っ!!」
鬼が飛び退る。悲鳴染みた咆哮を上げながら、その右腕を振り上げた。
開かれた五指に、赤く炎が点ったのを見て、セキは橋板を鬼への間合いを詰める。
―――【疾風足】起動。
一瞬で加速し、鬼のすぐ傍らを駆け抜けた。
すれ違いざまに【疾風剣】を乗せた太刀を叩き込む。
悲鳴が上がり、炎とダメージエフェクトが虚空に散った。
「何か脆いな。……ああ、それはそうか」
太刀から伝わる手応えと、発生するダメージエフェクトの量。
そして、一撃で大きく怯んだ鬼の様子。
それらに、セキは少しばかり困惑するが、すぐに合点がいってうなずいた。
推測されるギミックの内容を考えれば、当然のことだろう。
大鬼と同じ仕組みであるのなら、赤鬼の体力は、簡単に削り切れる方が望ましい。
何しろ、削り切ったその瞬間、救うべき娘は死ぬのだから。
そして。
(そんなギミックがあるなら、回生の加護が仕事するワケないよな)
何らかの理由によって、蘇生は叶うまい。
おそらくは、魂が失われる事態となるのではないかと、セキは予想する。
ギミックに気が付くことなく調子に乗って攻撃を続ければ、あっという間に「娘を救出する」という目的は果たせなくなるだろう。
(身代わりの娘が複数いれば、若干難易度は落ちるだろうけど)
最後に鈴が身代わりとなるのなら、手遅れになる前にギミックの正体に気が付いて、彼女を救い出せる可能性は増えるだろう。
ただ、モブと言えど、自分の攻撃で死んだ娘がいるとなれば、後味は非常に悪い。
えぐい、ろくでもない、嫌らしいと、セキは眉をひそめた。
とはいえ、今はもう何の意味もない。
(流石に、一撃や二撃で死ぬほど弱くはないだろうが)
ツカサ達が戻って来る前に、片づけたい。そう考えながら、セキは太刀を構える。
「オノレエエエエ―――!!」
「ハァッ!!」
振り下ろされた鉤爪を太刀で弾く。
間髪入れずに手首を翻し、切っ先を跳ね上げた。
斬り上げの一閃。赤鬼の身体を斜めにぶった斬る。
ほとんど両断する勢いで放たれた一閃を受け、赤鬼が悲鳴を上げながら後退する。
「逃がさない」
苦し紛れに鬼が放った火炎を、一閃で斬り散らして追撃する。
太刀を振り抜いた右手を、脇に引き付ける。
柄を握るその手を後ろに引いて、左手を刃に添える。弓を引き絞るような構え。
切っ先が、鬼の心臓を指し示す。
―――【疾風足】起動。踏み込んだ。
「ギャガ、ァア!?」
至近距離からの瞬発による刺突。
問答無用で鬼の心臓をぶち抜く一撃だ。当然ながら致命的な一撃となる。
ダメージ量に耐えられず、赤鬼が膝を着く。
一撃で体力値の半分以上を削られた場合、【朦朧】の状態異常が発生することがある。
おそらくは、今の鬼の状態はそれだろう。
首を垂れる赤鬼の傍らに立って、セキは太刀を振り上げた。
「それじゃあな」
―――白刃を振り下ろした。
◆◇◆◇◆
青い空が目に入る。
冬の日差しの下、さほど大きくない橋を、人々が行き交っている。
唐突に切り替わった風景に、セキは目を瞬かせた。
太刀を鞘に戻して周囲を見回せば、すぐに自分が立っている場所に気が付く。
一条戻橋。そのたもとだ。
「……ああ。戻って来たのか」
振り返ると、橋の反対側に見知った顔ぶれを見つける。
セキはホッとため息をついた。
「えっと……ぁ、セキ!!」
困惑した表情で辺りを見回していた少女が、こちらに気が付いて目を丸くした。
ぱっと表情を輝かせたツカサの反応に、何となく照れくさいものを感じながら、セキは軽く手を振った。
近づけば、彼女たちの周囲には、十二名もの娘の姿があった。
「これは、また……ずいぶんとたくさん居たな」
「はい。助けられて良かったです」
半数は未だに意識を取り戻していないが、いずれも命に別状はない。
それらを介抱していた、無骨な武士が大きく息をついた。
おおよその状況は理解したのだろう。その表情は、困惑よりも安堵の色が濃い。
「終わった、のか……?」
「然り。それと、お迎えが来たようでござるな」
「お迎え?」
「む?」
兵蔵の言葉に、ツカサが首を傾げた。
彼の視線の先には、一台の牛車。
そこから降りてきた人影を見て、勝嗣が眉をひそめた。
壺装束姿の娘だ。
市女笠とそこから垂れ下がる薄布に遮られ、顔を見ることは出来ない。
だが―――
「あれは―――」
「姫様!?」
勝嗣の言葉を遮るように、意識を取り戻していた娘―――鈴が飛び出す。
彼女は、壺装束姿の娘へと駆け寄ろうとし、しかし、その途中で大きく体勢を崩した。
「……あっ!?」
「鈴!!」
壺装束の娘が転倒しかけた鈴を抱き留めるように支える。
その衝撃で笠が落ち、娘の顔が露になった。
「あっ!? も、申し訳―――」
「無事でよかった……」
慌てたように体を離そうとする鈴を、壺装束の娘が抱きしめる。
良かったと、安堵の表情を浮かべる彼女を見て、目を丸くした勝嗣が駆け寄って行った。
その様子に、ツカサが弾んだ声を出す。
「助けられて、良かったですね」
「そうだな」
少女の笑顔に、セキはうなずきを返した。
推測が合っていて良かったと、内心、安堵のため息ついているのは内緒だ。
「さて、鴻臚館に報告に戻るか」
「お邪魔をしても何ですし、そうしましょう」
「ま、そのうち別の依頼で関わることもありそうでござるしな」
顔を見合わせて、セキ達は、そっとその場を後にした。
◇
『かくして、一条戻橋の鬼は討たれ、拐かされた娘たちは、無事に橋を戻ることが出来たのです』
―――めでたし、めでたし。
後日、そんな一節で締め括られた物語が、冊子となって東市で売り出された。
作者の名を『夢草子』という。
改めて、これにて第三話終了となります。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
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