其の五
◆◇◆◇◆
大鬼を倒し、さらに進むことおよそ五分。
橋のたもとを霧の向こう側に捉え、ツカサが足を止めた。
「あれ? 橋が……」
「ここが終点でござるか?」
このままだと橋を渡り切ってしまう。
一行は、困惑しながら辺りを見回すが、敵影は見当たらない。
「先ほどの大鬼が大ボスであったでござるか?」
「いや。話に聞いていた鬼と姿が違うし」
「何かフラグが足りてないでござるか……?」
兵蔵が橋のたもとまで進む。が、やはり何も起こらない。
首を傾げながら、こちらへと戻ろうと踵を返し―――直後、けたたましい笑い声が響き渡った。
「え!?」
「どうやら、お出ましみたいだな」
一番後方にいた勝嗣の背後で、赤々とした炎が吹き上がる。
一つ、二つ、三つ―――……と立て続けに出現し、その連なりが炎の壁を成す。
少し遅れて、橋のたもと側にも炎の壁が形成された。
轟々と燃え盛る炎で区切られた領域。
その中心にソレは姿を現した。
二メートルを超える体躯。赤銅色の肌。婆沙羅髪の内から伸びる一本の角。
こちらを見据える瞳には鬼火が灯っている。
視界の端に、その名前と脅威度が表示された。
『戻橋之奪命鬼/脅威度:三』
その内容に、セキは眉をひそめた。
ゲラゲラと、声を上げてこちらを嘲笑う赤鬼に首を傾げる。
「脅威度が、三?」
この異界に足を踏み入れてからずっと付きまとう違和感が、一層強まる。
お助けNPCの範疇を超える強さの源勝嗣。
出てくる雑魚も中ボスもそれほど強くない。
難易度四と示された仕事であるのに、障害となる厄災は大ボスですら脅威度三。
(つまり、敵の強さ以外の部分で難易度四ということか)
そこまで考えて、セキは舌打ちと共に側方へと飛び退いた。
一瞬遅れて、炎の奔流がセキのいた場所を呑み込む。
さらに飛び退いたセキへと、赤鬼が飛び掛かって来た。
「―――っ」
振り下ろされた右の鉤爪を、セキは太刀で弾いて捌く。
間髪入れずに斬り返した。切り上げに振るった刃が、赤鬼の胴を斬り裂く。
しかし。
「ダメージエフェクトが……っ」
こちらの反撃を無視して、左腕が振るわれる。それをまともに受けて、セキは呻き声を漏らした。
右肩から袈裟斬りに爪痕を刻まれて、視界端の体力ゲージが一気に減少する。
一撃で体力の半分以上を失う、とまではいかなかったが、あと二度も受ければ倒れる羽目になるだろう。
(仕切り直す)
さらなる追撃を太刀で弾き、【疾風足】を起動。
下がるのではなく前進。
鬼の脇をすり抜けるように、赤鬼の間合いから離脱する。
「―――追撃はさせぬでござるよ」
追いかけようとした鬼の機先を制するように、兵蔵が数本の苦無を投げ放つ。
腕のひと薙ぎで弾き飛ばす赤鬼だが、そのうちの一つが足へと命中した。
その様を見て、セキはポツリと呟いた。
「……やっぱりダメージエフェクトが出てないな」
「セキ! 大丈夫ですか?」
「とりあえず、生きてるから問題ない」
ツカサが駆け寄ってくるのに応じながら、インベントリから丸薬を取り出して口に含む。
体力が徐々に回復を始めるのを確認して、セキは赤鬼の様子に注意を戻した。
兵蔵にターゲットを移したらしき赤鬼は、被弾を気にしていないような動きをしている。
苦無や勝嗣の矢が、その体にいくつも突き立っているが、堪えた様子は見られない。
そして、やはりダメージエフェクトが生じていない。
「小鬼は、いませんよね?」
「そう、だな。ダメージの肩代わりをしているらしき……あ」
ふと脳裏に浮かんだ考えに、不味いと目を見開く。
弾かれるように、攻撃を仕掛けている二人へと声を張り上げた。
「二人とも、攻撃中止!! それ以上のダメージを与えるな!!」
「!? どういうことでござるか!」
兵蔵が説明を求めて声を上げる。勝嗣も怪訝そうな目をセキへと向けてくる。
困惑しながら、それでもこちらの言葉に従ってくれた二人に感謝する。
セキは、赤鬼を睨みながら告げた。
「おそらく、ダメージの肩代わりをしてるのは、拐われた娘だ!」
「え!?」
ツカサがぎょっとした声を上げた。
声を張り上げながら、セキは考えをまとめる。
(嫌らしいな)
中ボスで事前に示されたダメージの肩代わりというギミック。
大して強くない敵に、やたらと強力な同行NPC。
そして、今回の仕事は「討伐」ではなく「救出」であり、難易度は四。
―――普通に赤鬼を倒すと、ダメージの肩代わりで救出対象の娘が死ぬ。
その推測を口にした瞬間、赤鬼がセキへと飛び掛かってきた。
「こっちに来た!!」
「つまり、俺の推測は当たりということだな」
ニヤリと笑って、セキは振り下ろされた鉤爪を体捌きで躱した。
反撃をしないまま、推測の続きを口にする。
「拐われた娘は、ここにはいない! じゃあ、どこに、いるか!!」
「ダマレ!!」
赤鬼が焦ったように腕を薙ぎ払う。
大振りになった鉤爪をしゃがんで躱し、立ち上がる勢いを利用して後方に飛び退く。
「攫われた娘は、ここに来るまでには見つけられなかった。だったら―――」
思えば、『戻橋之奪命鬼』の出現タイミングもヒントだったのだろう。
兵蔵が橋のたもとから戻ろうと踵を返した瞬間に、赤鬼が出現した。
それを思い出し、セキは笑った。
邪魔するように追撃を仕掛けてくる大鬼を躱し、他の三人へと告げた。
「橋を戻れ!!」
◆
告げられた言葉に、ツカサは橋を塞ぐ炎へと視線を向けた。
―――燃え盛る炎の壁。
石壁や結界の類と異なり、ダメージ覚悟なら通過可能な障害。
逃げられないよう領域を区切っているように見せかけて、「ここで赤鬼を倒さないといけない」と思わせるための罠。
セキの推測が合っているのなら、そういうことになる。
「某が道を開くでござる。水遁〈水霊〉」
生み出された水の龍がアギトを開き、炎の壁へと襲い掛かり―――
「炎がっ!」
「急いで抜けるでござるよ!!」
炎壁の一部が消失する。
感嘆の声を上げた勝嗣を促しながら、先ず兵蔵が炎壁の隙間をすり抜けた。
即座に勝嗣が後を追い、ツカサもそれに続く。
無事に通り抜けて、彼女は背後を振り返った。
「セキ!!」
「俺は、こいつを抑えておくから、三人で行ってくれ」
「そんなっ!?」
「―――駄目でござる」
赤鬼の進路を塞ぎ、セキが答える。
その言葉に、慌てて戻ろうとするツカサの肩を兵蔵が掴んで止めた。
「で、でも!」
「役割分担でござる」
拐われた娘を見つけるのは、彼女のことを知っている勝嗣の役割だ。
呪いの類で娘が赤鬼の身代わりにされていたなら、その解呪は【神道】の使い手であるツカサの役割となる。
そして、二人を無事に送り届けるのが自分の役割なのだと、兵蔵が続けた。
「――――っ」
直後、再び炎が吹き上がり、炎壁が再生する。
姿が見えなくなったセキへと、ツカサは口を開きかけ、首を横に振った。
踵を返す。炎を背に、彼女は霧の先へと視線を向けた。
「すみませんでした。急ぎましょう!」
「うむ。急げば、それだけセキ殿の負担も減るでござるよ」
兵蔵の言葉に頷いて、彼女は橋を戻り始めた。




