其の四
気が付けば、投稿開始から一週間が経っていました。
お付き合いいただいている皆様には、心から感謝申し上げます。
引き続きよろしくお願いします。
◆
灰色の空の下、どこまでも続く橋。
漂う霧に遮られて、せいぜい五〇メートル程度しか視線が通らない。
いくら進んでも代り映えのしない景色と相まって、本当に進んでいるのかと不安になってくる。
そんな状況に、そろそろ飽きてきたなと、セキは欠伸を噛み殺した。
(いつになったら、本番が始まるのか)
斥候として五〇メートルほど先行する忍者。その姿を見失わないよう気を付けながら、こっそりとため息をつく。
歩き始めてすでに三〇分ほど。
その間、何度か戦闘が発生しているが、いずれも突っ込んで来る小鬼を蹴散らすだけのものでしかない。
兵蔵が接近を告げ、視界に入ったところで勝嗣が矢を放ち、数が減った小鬼をセキとツカサが斬り伏せる。
早くもパターン化してしまった雑魚処理は、セキから緊張感を奪いつつあった。
「これって、同じところをグルグル回ってるとか、ないですよね?」
「それは大丈夫だと思う」
ツカサの呟きに応えたのは、勝嗣だった。
彼は、懐から何かを取り出してツカサへと渡す。
「えっと……赤く塗った、石? 」
「それと同じものを、時折、欄干の上に置いている。
もしも妖術などで化かされて同じ場所をさまよっているのなら、石を見つけているはずだ」
異界では、一本道でも迷うことがある。
そんな話を聞いたので、用心のために準備したのだと男は続けた。
その言葉に、セキとツカサは顔を見合わせた。すすっと彼から離れて言葉を交わす。
「……わたし、そういうこと全然考えてませんでした」
「新米だから仕方ない。うん、仕方ないな」
今後は気を付けようと、二人で頷く。
怪訝そうな勝嗣へと愛想笑いを向けた後、セキは咳ばらいをした。
(出てくる敵を片っ端から倒しながら進めば、そのうちボスの所にたどり着けるし)
そしてボスを倒せば、異界が崩壊したり、脱出口が出現したりで、特に迷うこともなく現世へと帰還することになる。
だから、迷った時のために目印を置くという発想がなかったのは仕方がない。
とりあえず、そう結論付けて、セキは話題を変えることにした。
「そういえば、勝嗣殿は、拐われた娘とは面識が……?」
「ああ。知っている。姫の乳母の娘でな」
小さい頃から知っているのだと、勝嗣は続けた。
「名前は、鈴という。姫にとっては実の姉妹も同然の存在だっただろう。
よく泣いて、よく笑う。とても情の深い娘だった」
「……そうですか」
男の言葉に、ツカサは一つ頷くと視線を橋の先へと向けた。
無言のまま、歩調を速める。
「あまり気負い過ぎるのもどうかと思うでござるが」
「向き合い方は人それぞれだろう。で、何事だ?」
いきなり背後から話しかけられ、一瞬、肩が跳ねたのは内緒だ。
セキがジロリと背後に視線を向ければ、兵蔵は「忍者の習性故ご勘弁を」と笑って受け流す。
そのまま、するりと前を歩くツカサに並びつつ、口を開いた。
「さて、報告があるでござるよ」
「わっ!? え? いつ戻って来たんですか?」
「勝嗣殿が朱塗りの石を取り出したあたりでござる」
「……ぜ、全然気が付きませんでした」
「ハハハ。某、忍者でござるからな!」
目を丸くしているツカサに得意げに笑う兵蔵。
その姿を半眼で見ていると、ふと視線を感じる。
顔を向けると勝嗣と目があった。
彼は、ツカサの様子を気にしながら、どこか気まずげな様子で口を開いた。
「……すまない。要らないことを言ってしまっただろうか」
「いえ。話を切り出したのは俺ですし。ツカサは、やる気が増しただけでしょう。
話を聞けて良かったと思いますよ」
「そうか」
勝嗣がホッとしたように息をはいた。
どうやら、ツカサの反応が気になっていたらしい。
気を使うタイプなんだなと、セキは小さく笑い、前を歩く二人へと声をかける。
「それで、報告って?」
「うむ。一〇〇メートルほど先に大物がいるでござる」
身の丈五メートルほどの鬼を確認したと、忍者は続けた。
―――直後、炎の塊が飛んで来た。
◆
霧を貫いて現れた炎弾は、気がついた時には己のすぐ傍まで迫っていた。
話に意識を割いていた兵蔵は咄嗟に反応できない。
(しま―――)
驚きと焦燥に硬直した意識の中、目を見開いて、目前に迫った赤い輝きを凝視する。
と、その視界に誰かの背中が割り込んだ。剣閃が走る。
「――――っ!?」
刃が真芯を捉えたのか、炎弾が無数の火の粉となって消散する。
当然のように『術法斬り』を成功させたセキが、前方を睨みながら叫んだ。
「次が来る! 散開しろ!!」
その警告どおり、霧の向こう側から、さらに数発の炎弾。
「――――!!」
全員がその場を飛び退いて散開。
直後、追い打ちの炎弾が橋上に着弾した。
「く、ぅ!?」
炎が弾け、小規模な爆発が生じる。
連続する爆発により吹き荒れる熱風の中、兵蔵はマフラーの下で歯噛みをした。
この事態を招いたのは己の油断だ。
「申し訳ない。某の失態にござる!!」
「いや。一〇〇メートル近く離れてるのに、こっちを感知して動くとは普通思わないだろ」
「先行するでござる!」
セキから返って来た言葉に頭を下げ、兵蔵は走り出した。
何にせよ距離を詰めなければ、このまま一方的に攻撃を受けるだけだ。
霧に阻まれて見えない敵を捉えるため、前進を始めた仲間達に先行し、一気に加速する。
数秒後、再び敵の姿を捕捉した。
霧の向こう側で、右掌をこちらへと向ける大鬼。開かれた五指に一つずつ炎が灯っている。
「――――っ! 炎弾五発。警戒を!!」
炎が放たれたのを見て、兵蔵は声を上げながら、さらに大鬼との距離を詰める。
足を止めることなく、苦無を投げ放った。標的は炎弾、ではない。
時速二〇〇キロメートル近い速度で飛ぶ炎弾に、苦無を命中させる自信はない。
代わりに狙ったのは、大鬼の周囲に突如現れた小さな影だ。
「取り巻きの出現を確認! 小鬼が……十八!」
「承知。こちらでも捉えた!」
勝嗣の声が返ってくる。同時、炎の一つが空中で弾けた。一瞬遅れて、さらにもう一つ炎の華が咲く。
どうやら、高速で飛ぶ炎弾を射落とした変態がいるらしい。
(これだから、武士系のNPCは……)
その技量に苦笑しながら、兵蔵は背中から剣を抜き放つ。
両刃の片手剣を手に、さらにギアを一つ上げた。
―――【雷迅速】起動。
瞬発。雷光の尾を引きながら、小鬼達の間を一瞬で駆け抜ける。
「ハッ!!」
すり抜けざまに斬り捨てた小鬼が消失する様を背に、忍者は大鬼へと刃を振るう。
その大きな腹を真一文字に斬り裂いて―――
「……?」
手応えはあったのに、ダメージエフェクトが発生しない。
脳裏に疑問符を浮かべながらも、兵蔵は次の行動へと移った。
(とりあえず、タゲを某に向けるでござるよ)
反撃と振るわれた大鬼の左腕を躱し、背後へと回り込む。
同時に斬りつけるが、やはりダメージエフェクトは発生しない。
もっとも、攻撃自体は成立しているのか、敵意は稼げているらしい。
狙い通りに己に向き直った大鬼に、兵蔵は、むむ、と唸り声を上げた。
「……これは、何か絡繰りがあるでござるな?」
応えるように、大鬼が炎を放つ。
頭上から降り注ぐ炎弾を、忍者はひらりと躱してみせる。
本来、彼にとって、この大鬼はさほどの脅威ではないのだ。不意を突かれたりしなければ、早々被弾することはない。
「それでは、謎解きを始めるでござるよ」
熱風が吹き荒れる中、マフラーをたなびかせながら、兵蔵は静かに刃を構えた。
◆
雷光の尾を引いて、忍者が小鬼達の間をすり抜け―――大鬼へと刃を振るう。
その光景を見て、セキは「なるほど」と呟いた。
「そういうギミックか」
一瞬で兵蔵が斬り伏せた二体が倒れ、残りは一六。そのうちの一体が、突如、脈絡なくダメージエフェクトを生じさせ、よろめいている。
いや。脈絡はあった。大鬼へと兵蔵が刃を振るっている。
それが意味することは、つまり―――
「大鬼が受けるハズのダメージを小鬼が肩代わりしているみたいだな」
「ダメージの肩代わり?」
「ただ、ダメージがそのまま転嫁されてるわけじゃなさそうだ」
兵蔵の能力値は、自分達のソレとは比べものになるまい。
ゆえに、クリティカルではなくても、一撃で小鬼の体力値を消し飛ばす攻撃力を有しているハズだ。
それにもかかわらず、傷を肩代わりしたらしき小鬼が、未だに健在なのを見据え、セキは推測を口にする。
「多分、大鬼の体力値の減少割合相当のダメージが小鬼に発生してるんだろう」
「えっと?」
疑問符を浮かべるツカサに、セキは「分かりにくかったな」と説明を組み直す。
「大鬼の体力が一〇〇あって、兵蔵の攻撃で、一割の十ほど減るとする」
「うん」
「小鬼の体力値が十だった場合、傷の肩代わりで受けるダメージは、小鬼の体力の一割に相当する一になるってこと」
「なるほど。じゃあ―――」
周りの小鬼を先に倒さないと大変だ。
そう続けられたツカサの言葉に、セキはそのとおりと同意する。
ちらりと背後に視線を向ければ、勝嗣が矢を番えながらうなずいてみせた。
「よし。兵蔵が大鬼を引き付けてくれてる間に、サクっと小鬼を全滅させようか」
「うん!」
「承知」
三人は、まず小鬼を全滅させるため動き始めた。
◆
大鬼が断末魔の声を上げ、次の瞬間、黒い靄となって消散する。
完全に倒し切ったのを確認して、セキは小さく息をはいた。
「いやぁ、強敵だったな」
「……少々哀れだったでござるよ」
炎弾はその尽くを射落とされ、取り巻きの小鬼は召喚する端から瞬殺され―――為す術なく袋叩きにされた大鬼の最期を思い浮かべ、兵蔵が苦笑いとともに首を振った。
「それにしても、絡繰りを、あれほど早く解くとは、流石でござるな」
「いや。遠目からだと一目瞭然だったし」
兵蔵の言葉に、セキは手を振って応える。
兵蔵が大鬼に攻撃を仕掛けた瞬間、離れた位置にいた小鬼がダメージエフェクトをまき散らしていたら、ギミックの正体は誰でも分かるだろう。
逆に乱戦になっていたら、肩代わりをする小鬼に気がつかず、ギミックの把握にもう少し時間がかかったハズだと、セキは続ける。
「兵蔵が先行して大鬼に仕掛けていたから、ギミックが簡単に割れたんだよ」
「そう言ってもらえると、救われるでござるな」
今回は良い所なしでござると、肩を落とす兵蔵。
そんな彼に「十分仕事はしていただろう」と、セキは首を振る。
実際、兵蔵が大鬼を抑えてくれていたから、セキ達は好き勝手に動けたのだ。
役回りは、完全にタンク―――敵の攻撃を引き受ける盾であったので、忍者的にどうなのかという問題はあるかもしれないが。
(ま、一番活躍したのは勝嗣だけど)
炎弾を片っ端から射落としていた武士へと視線を向ける。
彼は、最終的に大鬼が五指に炎を点した瞬間、その全てを射抜くという神業をやってのけていた。
その強さは、お助けNPCと考えても異常だ。
そんな彼の助力を受けることが前提と考えると、大ボスはどういう化け物になるのだろうかと、セキは霧の向こうで待ち受ける鬼を思う。
「おそらく、単純な強さじゃなくて、何らかのギミックがあるんだろうが……」
今のところ見当もつかないが、警戒だけはしておこう。
そう肝に銘じながら、セキは霧の向こうへと足を踏み出した。




