スヴェン2
恐怖だけではない。本当に身体の力が抜けていくのだ。
女はスヴェンをジッと見てニヤリと笑った。
その笑顔は顔立ちの美しさに反し、ゾッとする程醜い物だった。背中を冷たい汗が伝うのが分かる。
"これは魔だ。紛れもなく純粋な魔た"と、スヴェンが思った時、女はスヴェンの足元を指差して言った。
「尊き御身なれば、その印となる指輪をお持ちでしょう?しばし我に貸してくだされはそれでよろしいのです。さあ、我に指輪を渡しなさい!もう我に逆らう力は残っていないのだから」
「‥くっ!!」
歯を食いしばるが、右手に嵌めた次期国王である印の指輪が、女に引き寄せられるかのごとくゆっくりと、スヴェンの右手ごと持ち上がる。
それと同時にスヴェンの足元には赤い光を放つ魔方陣が浮かび上がった。
女は禁書の中から一冊の本を手に取り、スヴェンの方へ近付いてくる。
スヴェンは必死に打開策を考えて、ある事を思い出した。
魔方陣の無効化。スヴェンの魔法学の教師である、魔法学者のラドウィグ教授から受けた講義の一節。
教授は言っていた。魔方陣の一部分でも消えれば、その効果はほぼ無効となると。
女は既にスヴェンの前に立ち、スヴェンの右手から指輪を抜き取り、禁書に近付けた。
パチン!という何か弾ける音がして、禁書が一瞬光った。
女はくっくっと笑い、禁書を開き何ページかを破り取る。
スヴェンは全身の魔力を一点に集中させて言った。
「弾けろ!!」
その瞬間、スヴェンの靴がパン!と小さな爆発を起こし、爆風で粉のような物が飛び散る。
魔方陣を形成していた魔法石の粉だった。スヴェンは魔方陣の形成されている成分を分析し、一番効果的な消去方法を実行したのだ。
通常、魔方陣とは、召喚や転移に利用するのが一般的だ。しかし、今回の様に繋ぎ止めて自由を奪うという魔方陣はかなり高度である為、生贄が必要となり、魔法石の下にその生贄の血で魔方陣を描くという方法を用いる。
足元の魔方陣が赤く光った時、スヴェンはその形成方法を理解した。つまり、魔法石を飛ばすだけでは解けないという事を知っていたのだ。その為靴を爆破して魔法石を飛ばし、自らの足も傷付けて血を流し、自らの血で魔方陣の一部を消した。
稀に見る魔力を持つスヴェンだったから、身体の自由を奪われても辛うじて実行する事が出来たのだ。
魔法石の粉が宙を舞う中スヴェンは叫んだ。
「王たる印よ!!聖なる光を放ち我の元へ戻れ!!」
瞬間、指輪は白く輝き女の掌を焦がす。
「ぎゃああああっ!!」
女の凄まじい悲鳴が響いて、指輪は宙を舞いスヴェンの手元へ飛んで来た。
女の掌は指輪の形に黒く焦げ、女はよろよろと膝をついた。
スヴェンも両足から血を流し、魔方陣によって体力を奪われている為、立っているのがやっとである。
それでも、最期の力を振り絞って指輪を嵌めて叫んだ。
「結界よ!!王たる印に呼応せよ!!」
途端に城中の結界がサイレンを鳴らし、侵入者を知らせる為鳴り響く。
「おのれーっっ!!」
女は美しい顔を歪め、鬼の形相でスヴェンに走り寄り、スヴェンの額からこめかみの辺りを掴み爪を立て、何かを唱えた。
スヴェンはハッとした。女の焦げた左手には、たった今破り取ったばかりの、禁書のページがあり、スヴェンの目の前にある。
女の唱えた言葉は、そのページの短い呪いの呪文だったのだ。
唱え終わった女は、先程とは打って変わった優雅で上品なお辞儀をし、満面の笑みで言った。
「私の美しい手を傷付けてくれたお礼を致しましょう。
貴方様に素敵な夜が訪れる事を願って、この場を去る事と致しましょう。では、殿下ごきげんよう!」
女は長いローブを翻しフードを被り、クルリと向きを変えると、懐から取り出した巻物を広げてその上に立った。
パアッと白い光が一瞬輝き女が消え、巻物は白い炎を上げ、見る間に燃え尽きた。
バタバタと数人の足音が近付き、衛兵達が図書館へ入って来た。
入った瞬間、衛兵達はギョッとした。図書館にいた人々は皆倒れ込んで眠っていたのだ。
隊長が手分けをして調べる様指示を出し、衛兵達は図書館を隈なくチェックして回った。
すぐに両足とこめかみから血を流し、力無く倒れるスヴェンを発見し、ベッドへ運び医師を呼び、治療に当たった。
幸い見た目程怪我は酷く無かったのだが、体力は凄まじく消耗しており、安静を余儀なくされた。
何があったのかを話そうとしたが、酷く身体が重く意識が朦朧としている。
医師から眠りを促す薬湯を飲まされると、もう目を開けている事も出来ず、スヴェンは眠りの世界へ誘われた。
女の残した言葉の素敵な夜の世界へ‥
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