限界を超えて
スヴェンが城と森を往復する生活を始めて、そろそろ1週間になる。
元々は自分の仕事だから仕方がないが、ダニールはここぞとばかりに次々と仕事を押し付けてくる。
こんなに長くかかるとは思っていなかった。
ダニールが進めている調査は、想像していたより遥かに時間がかかった。
なぜなら学園以外の線も考えられる可能性が出て来たからだ。
アルク王は留学中、頻繁にラドニアの貴族達と交流していた。
交友関係が広くなればなるほど、調査の範囲は広がって、その分時間もかかる。
ダニールはそれでも根気よく調査を進めてくれている。
それでやっとある程度の目星がついたということで、あともう3日程で割り出せる様だ。
最近キアラとはまともに会話が出来ていない。
夜寝る前に戻り、そのまま一緒に眠って、朝早くから出かけている為だ。
今朝目覚めるとキアラの姿が無く、かなり焦ったが彼女は早く起きて朝食を作ってくれていた。
少しキアラの顔色が悪い様に見えたのが気になるので、今日はいつもより早く戻る事にしよう。
キアラと眠る様になってから、悪夢に変化が見え出した。
真っ暗闇で何も見えなかった世界が、少しずつ色付き、昨夜は自分の周りが仄かなオレンジ色に包まれていたのだ。
そして1番の変化は温度だ。
今迄は寒いだけだった。
ところが今は暖かく感じる。
キアラの体温と心臓の鼓動が、安らぎと安心感を与えてくれる。
眠るという事に恐怖を感じなくなってきた。
おかげで気力も体力も充分にある。
もしかしたら本当に、狂いの定めから脱け出せるかもしれない。
スヴェンのいない間、キアラはひたすら訓練を行っていた。
この訓練は酷く疲れるのだが、何かに取り憑かれた様に何度も繰り返し、少しずつ精度と速度を上げていった。
毎日フラフラになるまで訓練をして、何も考えられない様に自分を追い込む。
1人でいると、どうしても考えてしまうのだ。
スヴェンがいなくて寂しいという事を。
こんな事を考えるのはどうかしている。
スヴェンにとって自分は、呪いを解く為に必要な人間なだけで、それ以外特に必要がないという事は分かっている。
自分がたまたま聖女の力を持っていたというだけだ。
それなのに、なぜこうもスヴェンの事を考えてしまうのだろうか?
スヴェンの笑顔を思い出すと、胸がギュッと締め付けられる。
ずっと側にいたいと望んでしまう。
そんな事を考えるのは、スヴェンにとって迷惑なだけなのに。
キアラは一度深呼吸して、訓練を再開した。
何度目かの訓練で、今迄で一番の成果が見られた。
肩で息をする程疲労困憊していたが、結果には満足している。
流石に限界だったので、少し休憩しようとソファへ向かったが、足元がグルグル回って上手く歩けない。
必死に足を上げて進もうとしたら、部屋全体が回転して、目を開けていられなくなってしまった。
目の前は真っ暗になり、身体中の血の気がサッと引いて行く。
キアラは自分の限界が分かっていなかった。
とうに限界を超えているのに、それ以上の力を絞り出した結果、身体が悲鳴を上げたのだ。
そうして力尽きその場から動けないまま、意識を失ってしまった。
目の前に緑豊かな明るい森が広がる。
沢山の鳥達が囀り、蝶が舞い、色とりどりの花が咲いている。
この世の物とは思えない、美しい景色を目の当たりにして、キアラは戸惑っていた。
「私は何故こんな所にいるのかしら?」
さっきまで訓練をしていた筈なのに。
もしかして死んでしまったのだろうか?
辺りをキョロキョロと見渡すと、少し離れた木の陰から人が現れた。
人と思ったのは人の形をしていたから。
でも現れたのは人よりもっと神々しい、人以外の存在だった。
肩までのサラサラと風になびくプラチナブロンドに、吸い込まれるような濃い緑の瞳。
繊細なペン先で丁寧に描いたかのような、見た事も無い程美しい顔立ち。
体全体はキラキラと輝き、一歩足を踏み出す毎に足元から光が溢れる。
「君は死にかけていたんだよキアラ。私はそれを望まない。だからここへ連れてきた」
音楽の様に心地良い声が聞こえた。
「わ、私は夢を見ているのでしょうか?あなたは一体誰なのですか?それにここは‥‥?」
「夢ではないが、夢とも言える。何故なら君の死にかけた魂を連れて来たのだから。私が誰かは君の魂が知っている。聞こえないか?私を呼ぶ声が」
キアラは静かに目を閉じた。
頭の中に声が響いて自然に涙が溢れ出す。
「‥‥アルク‥様」
「君の中には二つの魂が存在する。元々の君の魂と、癒しの力に溶け込んだ、我が愛しのラミアの魂だ。私を呼ぶのはラミアの魂。涙を流すのもラミアの魂。私はラミアを解放し、今度こそ共に永遠を生きる」
「それは、一体どういう事ですか?私は死ぬのでしょうか?」
「君が死んだらラミアの魂はまた失われてしまう。長い長い時間を私は待った。そしてようやく君が完全なラミアの魂を持って、この世に産まれてきたのだ。もうすぐだ。もうすぐ。ラドニアには恩がある。君はラドニアの子孫に協力して、城へ戻ったら弟を訪ねるのだ」
「ですが弟には会わせて貰った事がありません。城での私は自由がないのです」
「ラドニアの子孫にかかった呪いを解き、黒い魔物を滅ぼしなさい。ああ、もう時間切れだ。君は意識を取り戻す。二度と限界を超えてはならない。戻れば少しは回復しているだろう」
アルク様はそう言うと、光の塊になって飛び散った。
景色は段々とぼやけて、また暗闇が広がった。
夢ではないが、夢とも言える世界で、キアラには言われた事の半分以上が理解出来なかった。
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