相手に対して
翌朝キアラが目覚めると、やはりスヴェンの姿は無かった。
昨夜は早く休んだ為、今日は寝過ごしはしなかったが、キアラ以上に早くスヴェンは起きた様だ。
キアラは急いで身支度を整えると、キッチンへと向かった。
今日はコーヒーを入れた形跡も無く、室内はシンと静まり返っている。
手早く調理に取り掛かり、テーブルへ運ぶ。
すっかり準備が整ったので、スヴェンを呼びに書斎へ行った。
書斎にはスヴェンの姿は無かった。
他の部屋も探してみたが、この家の中にスヴェンの姿は無い。
いったいスヴェンは何処に行ったのだろう?
キアラは急に不安になった。
思い立って外を探してみようと、玄関のドアを開け、家の周りを探し始める。
半径500メートル以内を意識して、スヴェンの結界に触れない様に進んで行くと、ビュンビュンと空を切る様な音が聞こえてきた。
更に近付くと人影が見え、もっと近付くとそれがスヴェンである事が分かった。
スヴェンは剣を手にしており、それを操り見事な剣技を披露していた。
キアラはそのあまりの美しさに、声を掛ける事も出来ず只々見とれていた。
無駄のないしなやかな動きは、まるで踊っているかの様な軽やかさと美しさだ。
暫く呆けた様に見とれていると、スヴェンと目が合った。
スヴェンは手を止め照れた様な笑顔を向けると、キアラに向かって歩いて来た。
ドクンとキアラの胸は熱く高鳴り、落ち着かない気持ちになる。
スヴェンを前にすると、どうしてこんな気持ちになるのか、キアラには分からなかった。
家庭教師はいたが、学校へ通わせて貰えなかったので、相談出来る友達はいない。
仲の良い同年代の侍女でもいれば多少は違っただろうが、異性に対する気持ちの変化を教えてくれる人は誰もいなかった。
「おはようキアラ。早起きだね」
「おはようございます。スヴェンはもっと早起きですね」
「最近体を動かしていなかったから、今朝は早く目が覚めたんで、久しぶりに稽古をしてみたんだ」
少し照れながらスヴェンは話したが、本当は朝目覚めた時に隣に眠っているキアラを見て、どうしようもなくキスしたいと思ってしまったからだった。
キアラにキスしたい。触れたい。抱きしめたい。キアラが欲しい。
そんな気持ちでいっぱいになった頭の中を、必死に理性で抑え込み、打ち消す様に無心で剣を振った。
呪いを受けてからスヴェンは異性との接触をなるべく避けてきた。
例えばもし自分に好きな相手が出来ても、先の見えない自分の未来では、相手も自分も不幸になるだろうと考えての事だった。
まあ、今迄気になる相手も出来なかったし、呪いについての勉強に必死で、特に異性には興味も湧かなかったのだが。
だからキアラに対する気持ちは、今迄に経験した事のない気持ちだ。
この気持ちをどう抑えたらいいのか、その対処方法を端から考えて実行してみるしかない。
剣を振るのは良い方法だった。
やっと落ち着きを取り戻し、戻ろうと思ったのだ‥‥が、朝日に輝く銀の髪と緑色の愛らしい瞳を目にした瞬間、全てが何処かへ飛んで行ってしまいそうになる。
ずっと2人きりというのは、スヴェンにとってはまずい状況だった。
それでもギリギリスヴェンの理性が保てているのは、傷付けたくない、守りたいというキアラに対する気持ちがあったからだ。
僕はきっと、キアラに強く惹かれているんだろう。
だけどこの気持ちを打ち明けてはいけない。
もしそういう時が来るとしたら、呪いが解けて全てが解決した時か、何もかも上手くいかず狂う直前か‥‥
スヴェンは前者を強く望んだ。
そしてその為の行動は早い方がいい事も分かっていた。
「朝食を作ってくれたの?」
「ええ。スヴェンが何処にもいなかったので、もしやと思い外を探してみたのです。あの、とても美しい剣技でしたわ。思わず見惚れてしまいました」
美しいのは君だといいそうになったが、それは我慢した。
「ありがとう。ゴーシュはもっと凄いよ。わざわざ迎えに来てくれて悪かったね。汗を掻いたから、シャワーを浴びて食事にしたいんだけどいい?」
「はい」
家に戻りスヴェンはシャワーを浴びながら、今日自分がやるべき事を整理した。
そう、行動は早い方がいいのだ。
自分に残された時間は僅かなのだから。
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