労働と対価
ラズロに案内された酒場は、裏路地を奥へ進んで突き当りにあった。
客も殆どいない、いわゆるゴロツキ共の溜まり場といった感じの店で、店主は愛想もなく「いらっしゃい」と一言言っただけだ。
ラズロ以下ゴーシュを狙った連中を引き連れて、一番奥の目立たない席に座る。
「お前達がこんな事をする様になったのは、いつ頃からだ?確かラズロ、お前達にも家族がいると言っていたな?」
「はい。俺達皆元々はまっとうに働いていました。ですがそれは随分前の事で、今は働こうと思っても、働き口が見つからないんでさぁ」
「何故だ?アルクはそこまで身分制度に厳しくない筈だが?身分が低くても能力があれば、出世出来ると聞いたぞ?現に今の宰相は元は商人だったろ?」
「はい。その宰相が問題なんでさぁ。最初は奴もいい政治をしてました。社会保障とか、教育補助とか。貧しい家の子供達もきちんと学校へ通える仕組みを作ってました。ですが、およそ7年前くらいになりますかねぇ。奴と王妃が組んでこの国の政治を牛耳ったんですよ」
「国王はどうして黙っているんだ?本来なら王が政治を執り行うべきだろう?」
「陛下は王太子殿下と2人、療養されてまさぁ。庭園に作った離れでひっそりと生活されているらしいです。7年前くらいに突然陛下は体調を崩されたって話です」
「体調を崩したなら王女の癒しで治るんじゃないのか?王女はアルクの聖女だろ?」
「一番お可哀想なのは王女様でさぁ。トーマの話じゃあの王妃が嫁いで来てから、殆ど軟禁状態だったそうです。しかも侍女に鞭を振るわれていたとか」
「鞭だと?一国の王女にたかが侍女が?おい、トーマ!詳しく話してくれ!」
「旦那が強いのは知っていますが、何故そんな話を聞きたいのですか?俺も元は兵士のはしくれです。おいそれと国の秘密を話す訳には参りません」
「お前の言い分は最もだ。私はラドニアの人間だし、簡単に信用されるとは思っていない。話せる事を少しだけ話そう。私はさる高貴な方からの依頼で、王妃の事を探りに来た。そして王女を救う手助けもするつもりだ」
「だ、旦那、そんな大それた話益々信用出来ませんぜ!」
驚いたラズロが口を開く。
「そうだな。それじゃあこれを見てくれ。トーマ、元城勤めの兵士ならこれが何か分かるだろう?」
ゴーシュはシャツの中から首にかけていた太いチェーンのペンダントを取り出した。
ペンダントトップはコインの様な形で、何かの紋章が彫られている。
トーマはそれを手に取って、繁々と見つめていたが、それが何か気付くとハッとして顔を上げた。
「ま、まさか旦那!疾風のベイン!ラドニア一の‥‥」
「シッ!トーマ、それ以上は言うな。ここは他にも人がいる。それにその呼び名は恥ずかしいからやめてくれ」
トーマは黙って頷くと、ゴーシュを尊敬の眼差しで見つめ、多少興奮気味に話し始めた。
「まさか、こんな所でお会い出来るとは思ってもいませんでした。そうとは知らず、無礼を働きました事をお詫び申し上げます」
「いや、私は秘密裏に行動するつもりだから、そう畏まらないでくれ。それよりもさっきの質問に答えてくれないか」
「はい。私は以前王女様の身辺警護の為の兵士でした。ですが身辺警護とは名ばかり。王女様が逃げ出さない為の監視役だったんです」
「軟禁状態で監視とはな。一体王女が何をしたというんだ?」
「王女様は何もしておりません。ですが王妃は最初から王女様を蔑ろにしておりました。それというのも、陛下が王女様を無視していたせいです」
「無視?」
「はい。昔は仲の良いご家族でした。この国も安定していましたし、もっと活気に満ちていました。ところが11年前悲劇が起こったのです。前王妃様がバルコニーから転落して、帰らぬ人となったのです」
「その話は知っている。その場に王女がいたという事も。その時の状況はどんなだったのか、知っていたら教えてくれ」
「私も聞いた話ですが、前王妃サリア様と王女キアラ様はその日、仲良く刺繍をされていたそうです。ところが、キアラ様が新しい刺繍糸を取りに席を立った瞬間、サリア様は突然立ち上がってバルコニーへ向かって歩いて行ったそうです。キアラ様や侍女達は最初サリア様を見ていたのですが、フラフラと手摺に向かって行き、空に向かって片手を挙げたと思ったら何かを呟き、手摺にもう片方の手を置いたそうです。それを見たキアラ様はサリア様に向かって走り出し、その手を掴もうとしました。ところがその瞬間、突然手摺に亀裂が入り、サリア様の足元から崩れ去ったのです。キアラ様は悲鳴を上げその場に倒れ、サリア様は地面に叩きつけられそのまま息を引き取りました」
「突然亀裂が入っただと?」
「はい。当然の事ながら、城の中は定期的に点検されています。事件があったバルコニーも2日前に点検したばかりで、何の異常も無かったという事でした。それなのに、まるで魔法を使った様な亀裂が入ったと聞いています。あんな所から落ちたらほぼ即死です。サリア様も即死でした」
「魔法‥‥」
「まるで魔法の様なという事です。しかしアルクには今や魔法を使える者はいません。王家にキアラ様の様な聖女が産まれるだけです。ですから魔法の線は考えられないと宰相が判断し、点検をした職人が罪を負い処刑されました。陛下はサリア様を溺愛しておりましたから、怒りの矛先はキアラ様にも及びました。まだたった6歳のキアラ様を罵倒し、倒れた事を責め、聖女としての儀式以外でキアラ様に声をかける事は無くなりました」
「アルク王はたった6歳の自分の子供を罵倒したのか‥‥どうかしている。同じ悲しみを抱えていると、何故分からんのだ!」
「ええ。旦那の言う通り、キアラ様は悲しみのあまり、暫くは泣きも笑いもしなくなったそうです。見兼ねたサリア様の母君、ロマリー侯爵夫人が引き取ると申し出たのですが、陛下は聖女を預ける訳にはいかぬと、その場で却下されました」
「聖女という名だけを背負わせ、自分は育児放棄とは、随分と勝手な王だな」
「全くその通りです。私はその頃城勤めを始めたのですが、城の使用人達は皆陛下の仕打ちに納得しておりませんでした。ですがキアラ様はそんな状態でも病院や施設へ出向き、癒しを施して民を救ってきました。サリア様を救えなかった分、1人でも多くの民を救いたいのだと、口癖の様に何度も仰って、聞いているこっちが辛くなりました。なのに今の王妃は軟禁する事により、キアラ様に外出すらさせなくなりました」
「今の王妃はどういう経緯でこの国へ嫁いで来たのだ?」
「宰相が探して来たという以外、誰も詳しくは知りません。どういう訳か大臣達も知らないのです」
「どういう事だ‥‥?一国の王妃の事を知らないだと?」
「ヨルグという国のオライアス公爵夫人であったという事以外、誰も詳しくは知りません。嫁いで半年でオライアス公爵に先立たれたそうです」
「ヨルグか‥‥調べてみる必要がありそうだな。よしラズロ、皆で城の内情を探ってくれないか?明日またこの時間にここで落ち合おう。トーマは兵士仲間から国王と王太子の様子を探ってくれ。とりあえずお前達、報酬はこれでどうだ?」
そう言ってゴーシュは懐から革袋を取り出すと、ラズロに渡した。
ラズロが革袋を開けると、中には砂金が入っていた。
「だ、旦那!気前良過ぎですぜ!持ち逃げしたらどうするつもりなんです?」
「お前達はしない。なぜなら報酬はこれで全てではないからだ。働きによってはもっと支払うつもりだ。分かるな?」
男達は目を輝かせ、全員ゴーシュに笑顔を向けた。
「旦那!あんたは神様だ!」
「いや、それだけお前達に期待しているんだ。頑張ってくれよ!」
「「「「「「任せてくだせぇ!!」」」」」」
それからゴーシュは店を出て、安宿へと帰っていった。
ゴーシュを見送ったラズロ達は、トーマに詰め寄る。
「なあトーマ、あの旦那は何者なんだ?」
「あの方は別名疾風のベインと呼ばれているラドニア一の剣士だ。あの方が見せてくれたのは、3年前にアルクとその周辺5ヶ国から、名だたる剣士を集めて開催された対抗試合の、優勝者だけに送られる最高の剣士の証だ。だからあの方はラドニア一どころか、5ヶ国一の剣士なんだ」
「「「「「ヒェッ!!」」」」」
「あの方が来てくれたという事なら、王女様をお助け出来るかもしれない。俺達はあの方の指示に従おう」
全員無言で頷いた。
そして自分達も今までになくやる気に満ちている事を、ひしひしと感じていた。
読んで頂いてありがとうございます。




