最初の夜
「うん!どれも全部美味しいよ!もうゴーシュの作った料理なんて食べられないね!」
スヴェンはよっぽど空腹だったらしく、次々と料理を平らげていく。
しかし、その食べ方は非常に洗練された、マナーに乗っ取った物だった。
最初に食事をした時も思ったが、スヴェンとゴーシュはかなり上流なマナーを身に付けている。
従者がいる事を考えると、スヴェンは貴族の出なのだろう。と、キアラは推測していた。
だけどそれは敢えて聞かなかった。
30日後には話してくれる。その為にも私は、自分の務めを果たさなければいけない。
「30日間の添い寝」という務め。
そしてその、第一日目に当たる時間が、段々と近付いてきた。
夕食後、2人で片付けをして、お茶を飲みながらスヴェンに初歩的な魔術書の説明を聞いた。
しばらくすると、スヴェンは何かを思い出した様に言った。
「ところで、君が居なくなった事で騒ぎになっているんじゃないかな?」
スヴェンが唐突に切り出した。
「分かりませんが、私は普段からいない物として扱われておりましたので、侍女さえ騒がなければ誰にも気付かれないかと思います」
「いや、騒がない訳ないと思うけど?」
「彼女は物欲が一番の人なので、念の為置き手紙と宝石を用意して来ました。必ず戻るので、居ない間は病気で伏せっている事にしてくれと。戻ったら、更に報酬を支払うとも書いておきましたので、心配ないのではないかと思います」
「とんでもない俗物だね」
「ええ。彼女にとって、人をいたぶるという行為は喜びであり、金銭を受け取る事は幸福に値します。ですから、全て私に向けられた行為は、彼女にとって"悪意"ではありませんでした」
「て、事は、癒しが通用しない相手?」
「はい。義母はそれをよく分かっていた様です。それ故今の侍女を、自分が嫁いで来た時に連れて来た者の中から選んだのでしょう」
「君と王妃はあまり接点がないんじゃないの?どうしてそれを知ったのかな?」
キアラは暫く考え込み、決心した様に口を開いた。
「初めて挨拶した時に、握手をしました。その時義母は手袋をしたままだったのです。以前の嫁ぎ先で手に怪我をしたという事だったのですが、私はその怪我が何による物か言ってしまったのです。握手をした時に分かってしまったので」
「それで?何と言ったの?」
「痛かったでしょう?火傷と。すると義母は、思ったより力があるのね。そんな証拠などどこにもないし、誰にも言ってはいけないと私に言いました。そこから暫くして今の侍女に変わったので、多分最初の挨拶の時に義母は知ったのだと思います」
「腑に落ちないのは、証拠が無いと言う割に、誰にも言うなと言う事だね。そんな酷い火傷だったのかな?」
「いいえ。丸い輪の様な、ちょうど指輪位の大きさでした」
指輪?火傷?スヴェンの心臓がドクドクと早鐘を打つ。
王妃は黒髪で黒い瞳。
ありえない。いや、余りにも揃い過ぎている。しかし相手は一国の王妃だ。そんな事はないと思うが、もしかして‥
「どうしましたか?スヴェン?」
スヴェンの様子がおかしいので、キアラが心配そうに覗き込む。
スヴェンは深呼吸してキアラに聞いた。
「火傷があったのはどっちの手だった?」
「左手です」
義母の話をしてから、スヴェンの様子が明らかにおかしいとキアラは思った。
だが、スヴェンは「気になる事があってね。分かったら教えるよ」と言って、今日の所は何も話す気はない様だ。
キアラにとって最も気になる事は、今正に迎えようとしている、1日目の"添い寝"だ。
スヴェンは自室で入浴を済ませ、寝台の上で待っている。
キアラも昼間使った客間で入浴を済ませ、スヴェンの部屋の前へやってきた。
クローゼットの中の寝間着は、少し胸元の開いている、身体にピッタリしたデザインだ。
少々露出が多いのでは?と感じたが、文句は言えない。
コンコン。ドアをノックすると、中からスヴェンが返事をした。
緊張の面持ちでドアを開けると、スヴェンは既に寝台の上で布団に潜り込み、本を読んでいた。
「とりあえず入って」
そう言ってスヴェンは布団を捲り、左側のスペースへキアラを誘う。
言われた通りキアラはスヴェンの左側スペースへ潜り込んだ。
ベッドはキングサイズでかなり余裕があった。だが、今身体の一部はスヴェンと密着している。
「緊張しないで。と、言っても僕も緊張しているから無理か」
「スヴェンも緊張しているのですか?」
「当然さ。前も言っただろ?君は自分の価値を知らな過ぎるって。でも安心して。誓って君に何もしない」
「スヴェンは紳士ですもの。所作で分かります。それに、これには何かの理由がある事も。30日間務め終わったら、話して下さいね」
「約束するよ。必ず話すと。あと、一つ言っておくけど、僕が寝ている時にうなされていても気にしないで」
「気にしませんわ。よく眠れる様に子守唄でも歌いましょうか?」
「フフッ。聖女の歌なら良く眠れそうだね。頼むよ」
「ええ」
そう言ってキアラは歌い始めた。
不思議な響きの初めて聞く歌だった。
聞いている内に心地良くなり、いつの間にかスヴェンは寝息を立て始めた。
スヴェンが眠ったのを確認してから、キアラはそっとスヴェンの頬へおやすみのキスをして、スヴェンの横で目を閉じた。
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