クローゼットには
スヴェンに手を引かれて、キアラは応接室から出た。
連れて来られた部屋は、自分が寝ていた部屋だ。
「入浴をして、さっぱりしてきた方がいい。いつまでもその格好という訳にはいかないだろう?」
言われて、自分の格好が恥ずかしくなる。
「クローゼットの中に、着替えは入っている筈だよ。中の物はどれでも好きに使ってくれていい。ただ、申し訳ないが、ご覧の通りの男所帯だから、君の入浴や着替えを手伝う事は出来ないが、一人で大丈夫かい?」
「一人で大丈夫です。いつもやっていますから」
キアラは恥じらいながら言った。
スヴェンはキョトンとして、キアラに尋ねた。
「いつも?君に侍女は付いていないのかい?」
キアラは一層恥じらいながら、躊躇いがちに言った。
「侍女は付いていました。ですが、恥ずかしながら私は、王女とは認めて貰えず、全てを自分でやるしかなかったのです」
これはどういう事だろう? とスヴェンは思った。
貴族の令嬢は普通、一人で着替えはおろか、入浴だってしない。
必ず侍女が体を洗ったり、服を着せたりするものだ。
ましてや王族ともなると、入浴だけでも5、6人は侍女が付く。
「王女とは認めて貰えないとは、どういう意味?」
聞いて良い物かと思ったが、やはり気になったので、スヴェンは思い切って聞いてみた。
キアラは哀しげな笑顔で答えた。
「その、何と申しますか‥‥不甲斐ない私は血の繋がらない義母はもちろん、父でさえ顔も見たくないと思われておりまして‥。そういった事は使用人達も、敏感に感じ取る物なのです」
キアラの笑顔が、まるで泣いている様に思えて、スヴェンの胸は傷んだ。
「言いにくい事を聞いて悪かった‥‥。僕はどうもデリカシーに欠けるようだ」
「いいえ、私は今やスヴェン様の弟子にして頂いた身。師匠の問いに対してお答えするのは当然です」
「スヴェン」
「はい?」
「スヴェンでいい。僕もキアラと呼ぶから。よろしく!僕の弟子のキアラ」
「よろしくお願いします!私の師匠スヴェン」
2人で顔を見合わせ、プッと吹き出す。
「僕は応接室で待っているから、ゆっくり支度しておいで。ああ、きちんと風呂で温まるんだよ?」
「はい。お言葉に甘えてきちんと温まります」
スヴェンは部屋を出て応接室へ向かった。
部屋に備え付きの浴槽は快適で、足を伸ばしてゆっくりお湯に浸かれる。
さっきの薬草茶も効果を発揮してきたのか、体の芯がポカポカと暖かく、疲労もかなり回復した。
入浴を終えてクローゼットを開けると、ズラリとドレスやら下着やらが並んでいた。
"男所帯"と言っていたのに、この、まるでいつ女性が滞在しても大丈夫なラインナップはどういう事だろう?
そこでハタと思った。
「きっとスヴェンには、ここに滞在する様な女性がいるに違いない」
あんなに素敵なんですもの。いて当たり前だわ。もし、その女性がここへ来た場合、誤解を招く事のない様、姿を消さなければならないわね。
そう思ったら、胸が苦しくなった。
でも、だったらなぜ私が「添い寝」をする必要があるの?
スヴェンは言った。
「君でなくてはならない」と。
この言葉の意味は何なのだろう。
それに、魔術師に従者がいるとは思わなかった。
謎だらけだが、それはお互い様だ。
自分も充分に謎だらけだと思われている事だろう。
信頼を築き上げなければ、協力は得られ無いわね。
少しずつ自分の事情を話して理解して貰おう!
そう決心し、ドレスに着替えて応接室へ向かった。
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