スヴェン6
神殿の祈りの間は真ん中に水盆があり、奥に大理石で作った神の使いアレスの像があった。
ここには父に着いて何度か訪れた事がある。
豊作祈願だとか、天候についての神託を受けるだとか、主にそういった事が目的だ。
ラドウィグはアレスの前に跪き、聖典を読み始めた。
暫くジッとその様子を見守っていると、水盆の水がザワザワと水紋を描き始めた。
ピチャン!
水が持ち上がり、一本の水柱が立つ。
スヴェンは驚きゴーシュを見ると、ゴーシュは目をまん丸にして、スヴェンよりも驚いている様だった。
水柱は2つに割れ、床に飛び散る。飛び散った水は、みるみるうちに文字へと変わった。
「泉の加護の元、汝の悪夢を夢とすべし。加護は成人まで続く。それより先は狂う定め。聖女の加護が汝を導く」
ラドウィグは聖典を読み終わり、サッと文字を魔法で固める。
水盆の水は元通り、静かに水盆を満たしていた。
「これはどういう事なのでしょう、叔父上?」
「ラドニアの泉の水を飲むと、お前が悪夢を夢と認識出来るという事だ。夢と思って悪夢を見てはいないだろう?」
「そうですね。現に自分で自分の首まで締めていました」
「但し、泉の加護は成人、この国でいう20歳までだ。それを過ぎると、お前は狂ってしまう」
「‥では、泉の加護を受けずに耐えたらどうなりますか?」
「耐えられないのだよ。呪いとはそういう物だ。加護を受けないと徐々に精神を蝕み、やがて狂ってしまう」
「‥‥それではいずれにせよ、僕は狂うのですか?」
「そう悲観したもんじゃないぞスヴェン。術者さえ見つかれば、お前の呪いは解く事が出来る。成人までに何としても術者を探し出すのだ」
「私の命に代えても、必ず術者を探し出します!!」
それまで黙って聞いていたゴーシュが、力一杯叫んだ。
「暑苦しいぞ、ゴーシュ」
スヴェンはやれやれといった感じでゴーシュに言ったが、その顔ははどこか晴々としていた。
「僕は諦めない。必ず術者を探し出し、禁書を奪い返す」
ゴーシュはスヴェンの前に跪き言った。
「私は貴方の剣となり、盾となりましょう」
神殿を後にして、再び占術の館に戻り、ラドウィグに勧められるまま3人でお茶を飲む。
暫くすると、1人の神官が入ってきた。
「神官長、用意出来ました。こちらになります」
そう言ってラドウィグへ細かい細工の施されたガラスの小瓶を渡した。中には透明な液体が入っている。
「すまんな。君達はもう休んで良い。大分無理をしたろうから」
「他ならぬ王子様の御身の為であればこれしき。ですが、お言葉通り休ませて頂きます」
神官はそう言って部屋から出ていった。
「叔父上、それは?」
「ラドニアの泉から汲んできた水に、祈りを捧げた物だよ。私は今日の神託で力を使ってしまったから、彼等数人の力のある神官達に祈りを捧げて貰ったのだ。祈りの儀式というのは、非常に消耗する物なんだよ」
「僕の為に‥」
スヴェンは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「スヴェン、お前は国中に愛されている。それはお前がそういった心を持ち合わせているからだ。絶対にその心を失ってはいけないよ」
「はい!」
ラドウィグはスヴェンにガラスの小瓶を渡した。
「これは城に帰ってから飲みなさい。但し、これは最初の試練だ。飲んだ後身体に何かしら異変が起こるかもしれない。耐えられるかな?」
「耐えてみせます!!」
「よろしい。それでこそスヴェンだ。さて、神託の最後に聖女の導きとあるが‥正直言って、今の所分からない事が多い」
「ラドニアに聖女はいませんね」
ゴーシュが困った顔で言う。
「その通り。現状聖女と呼ばれるのは、隣国のアルク王国の王族の女性のみだ。今の聖女は確か6歳になる王女だった筈」
「その王女に会いに行けば良いのでしょうか?」
「それが、分からないのだよ。残念ながら私の魔力では、ここまでの事しか分からない」
スヴェンが項垂れると、ラドウィグは笑顔でこう言った。
「私の魔力ではと言ったのだよスヴェン。つまり、私以上の魔力を持つ者なら分かる筈だ。お前なら出来る。明日から占術を勉強しなさい」
「はい!」
「私もまた、教師として出向く事にしよう」
「叔父上、ありがとうございます」
ラドウィグと約束を交わして、ゴーシュと城に戻った。
スヴェンは城に戻って暫くしてから、ガラスの小瓶の蓋を開けて中身を一気に飲んだ。
飲み終わった途端に、身体中痛みが走り、激しい吐き気を催し、何度も吐いた。
ゴーシュが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたのが救いだ。
誰も部屋に近付けない様、ゴーシュに頼んでおいて良かった。
母がこの状態を見たら、泣き叫んでいただろう。
一晩中苦しんでから、倒れる様に眠った。
悪夢は相変わらずスヴェンを襲う。
それでもラドニアの水を飲んでから、夢の中で「これは夢だ」と認識していたので辛うじて耐えられた。
それからのスヴェンは、前より一層魔術の勉強に力を入れた。
"もしかしたら"呪いを解く方法があるかもしれない!と思っての事だったが、"もしかして"は11年間訪れなかった。
ゴーシュは武術の達人で、国一番の剣士になっていた。
最近では近衛騎士団の副団長も務めている。
団長だとスヴェンではなく、国王に着かなければならないからだ。
スヴェンもゴーシュと共に武術を学び、逞しい若者に成長していった。
だが、成人まであと4カ月しかない。
占術を学んでラドウィグ以上の力を付けたが、出る答はいつも同じだった。
"その時ではない"
いったい何時"その時"なる物は訪れるのか?
毎日どうしようもない不安だけが募る。
そんなある日、ラドウィグから神殿へ来る様使いが来た。
「昨日の祈りで"時が動き出す"と出たのだよ。今日はお前が祈りを捧げなさい」
祈りの間に連れてこられ、ラドウィグがそう言った。
スヴェンは迷わず聖典を手に取り、身体中の神経を集中させて読み始めた。
水盆の水は激しく波打ち、3本の水柱に変わり飛び散る。
ラドウィグはスヴェンの力に驚いた。
自分は1本の水柱がせいぜいだと。
飛び散った水から浮かんだ文字は、ラドウィグがすぐ魔法で固めた。
「汝魔の森にて聖女を待て。30日枕を共にせよ。狂いの定めは消え行き、聖女の導きにて呪いは解かれる」
11年間の苦しみに光が差し込んだ瞬間だった。
読んで頂いてありがとうございます。




