馬車
「へえ、冒険者になるのか、だったら俺と組まない? 今ソロだからさ。そろそろ誰かと組もうと思ってたんだ」
ごっとんがっとんと馬車に揺られながら俺はナンパされていた。昨日は結局、三人同じベッドで寝たのでもんもんとしてあまり眠れず、寝不足気味だ。それが悪かった。自分が女だってことを忘れて隣に座った少年と気楽に話しすぎた。もし、俺が少年の立場だったら確実に勘違いする程度には。
「俺ソロでやっていくつもりだから」
目に見えて少年が落ち込む。悪いことをしてしまった。男との距離感が近い女性の気持ちはこんな感じなのだろうか。
「はは、残念だったな坊主」
「うるせえ」
御者にからからかわれた少年は顔を真っ赤にする。他の客も苦笑いしていた。馬車は森林地帯を進んでいる。幌馬車なので外は少ししか見えないし、風景自体がかわりばえしない。有り体にいってみんな暇なのだ。
「まあ、困ったことがあったら頼ってくれ」
「ああ、その時はお願いするよ」
少年は照れくさそうに頭をかく。また対応を誤ったかもしれない。美少女ってどうやれば正解なんだ? 悩んでいると頭の中で音が響く。起動していた探索スキルに何か引っかかったみたいだ。意識を集中すると円形の中に青い点と赤い点を感じる。見えているわけではないので不思議な感覚だ。青い点は味方で赤い点は敵である。赤い点は森の中で馬車を囲むように点在している。魔物か、山賊の類いか。
「あの」
「なんだい嬢ちゃん」
御者に声をかける。信じてくれるだろうか。
「何かに囲まれてます。襲われるかもしれません」
「さすが獣人だな。つっきれねえかな?」
なにか勘違いされたがいちいち訂正しなくていいだろう。実際、獣人になってから五感は鋭くなっている。
「道をふさいでるっぽいです。罠があるかもしれません」
「んー、引き返してもなんかありそうだな。よっし、おい、戦える奴は準備しろ襲撃だ!」
馬車は大型でざっと三十人くらい乗っていた。その中で冒険者風の格好をした六名がいやそうに近づいてくる。
「なんだよ。くっそ、面倒くせえな」
ひげ面の三十代くらいの男がぼやく。
「そういうな。ちゃんとギルド経由で金は払う。だいたいだな、こういう時のために冒険者は運賃が安いんだからな」
へいへいとやる気無さそうに男が止まった馬車から飛び降りる。
「ちょっとヘイズ、態度悪いよ。ちったあ行儀よくできないのかい」
男と同年輩くらいの女性が下りると同時にヘイズとやらの頭をはたく。結構いい音がしたぞ。相当痛いんじゃないかあれは。
「つっ、おい、メリー、今の本気ではたいただろ! 滅茶苦茶いてえぞ!」
痴話喧嘩を始める二人をよそに少年が真剣な眼差しを俺に向ける。
「まだ名乗ってなかったな。俺はカルロ。お前は俺が守ってやる」
ほんとどうしよ。こんななりだけど男にまったく興味ないんだけど。
騒いでいる間に囲んでいた赤い点が包囲を狭めてきた。そろそろくるか。
「しゃあ! 一番槍いただくぞ!」
敵の影が森の中に見えるとヘイズは迷いなく飛び込んでいく。さげていた剣を引き抜くと力まかせに上から下へとふり下ろす。単純な一振りだ。むこうはなんなくかわして反撃しようと身構えてそのまま燃え上がった。
「どわち! この、メリー! 俺も燃えちまうだろうが!」
「よけりゃあいいだろ」
ふんっとそっぽをむくメリーの手には杖が握られていた。話しには聞いていたけど本当に魔法があるのか。俺も早く使えるようになりたい。
敵はどうやら山賊らしい。みすぼらしい格好をした男達が次々に姿をあらす。みなそれぞれに武器をかかえ、怒鳴りながら向かってきた。カルロも山賊の一人と切り結んでいる。俺に出来ることはなにもない。探索スキルで状況をみると一人、また一人と山賊が倒れていき、やがて全滅する。切られて血まみれだったり、腕がとれかけていたりと、凄惨な死体が転がっていた。普通ならこんな光景をみたら吐くのだろうか? 俺はわりと平気だ。人の命は等価ではない。冷たいかもしれないが襲ってきた人間の死体に思うところは何もなかった。
「おっし、全員生きてるな?」
ヘイズが確認する。怪我人はいても動けなくなるほどでなく、たいした被害はない。
「死体をどけるか、めんどくせえ」
俺も手伝うべきかと馬車からおりる。視線が下を向いてその瞬間は見えなかった。
「ヘイズ!」
メリーが上げた悲鳴に驚いて、次いで俺の真横をヘイズがぶっとばされていくのに驚く。ヘイズをぶっ飛ばしたのは死んだと思われた山賊だった。のだろうおそらく。山賊の姿は激変していてそれが人間であったのかも疑わしい。紫色に変色した腕は膨れあがって巨大化していたし、全身も紫の斑模様になり、目が白眼が消えて真っ暗になっていた。その姿は聞かされた悪魔の姿に似ている。
「悪魔崇拝者? なんでこんなとこに」
メリーが苦々しげに言うとさっきと同じ炎を放つ。
「今のうちに逃げな!」
「すまん!」
メリーの指示に従って御者が馬を走らせた。
「嬢ちゃん乗りな!」
御者が声をかけてくれたが首を横にふった。足手まといだろうが、スキルに刀術もある。それになんとなくだが。
俺が狙われたっぽいんだよなあ。
悪魔を倒すべく召喚された者の一人が悪魔崇拝者に襲われる。偶然なわけがない。
メリーの放った炎はまともにあったたが山賊は着ていた服を燃やしながらも平然としている。いや、荒く興奮した風に息をあらげてはいるが炎でダメージをおっているようには見えなかった。
「おい! 俺らも逃げるぞ!」
残っていた冒険者達が警戒しながらも馬車の向かったほうに逃げていく。正しい判断だと思う。出来れば俺もそうしたいのだが生きているか死んでいるかも分からないヘイズを置いていくのは後味が悪い。それにメリーも逃げなかった。
「前衛やります。援護お願いしますね」
「ちょっ、待ちな嬢ちゃん!」
構わずにかけだす。アイテムボックスオープンと念じて左手に魔剣血潮を呼び出す。アイテムボックスは念じるだけで自分の至近距離に物を取り出せるのだ。血潮の鞘は漆黒で更に赤い不気味な紋様が描かれたいかにも魔剣といった感じである。右手で引き抜いて鞘はアイテムボックスにしまった。血潮の刀身は赤みがかっている以外は普通の刀だった。スキル刀術のおかげで、握りかたや振り方はわかるものの、頭に浮かぶイメージを実際にできるかというと否だ。これは馴れというか修練が必要だろう。今は出来ることをやっていくしかない。思いの外、獣人の身体は身体能力が高い。人間であった頃に比べれば雲泥の差だろう。あっというまに山賊の懐に飛び込み、スキルに従って血潮を振り上げる。
浅い。
スキル通りに動けないのもあるがそれだけではない。スキルはあくまでやり方を教えてくれるだけで応用まではきかないようだ。
「嬢ちゃん下がりな!」
言われた通り後ろに跳ぶ。炎でできた槍が俺のわきを通って山賊に命中した。俺がつけた浅い傷に当たって貫通したらしい。山賊は苦悶の声をあげてあばれまわった。狙ってやっているわけではないのだろうが暴れながら俺に迫ってくる。避ければいいのだが、俺の背後にはメリーがいる。
「ばっか! 嬢ちゃんも避けな!」
声は後ろからでなくほぼ横から聞こえた。どうやら格好をつける必要はなかったようだ。うん、よく考えたらあちらは本職、そりゃあ避けるよね。完全にタイミングをいっして今更逃げられない。ならば切るしかない。不格好ながらも下段に構える。はやる呼吸を無理矢理整えて意識を集中、もやが晴れたように頭が冴えてくる。
ふんっと気合いを吐いて一振り。手に伝わる肉を切り裂く感触と押し込んでくる衝撃。力負けしている。このままでは押し潰されると冷や汗がぶわりと背中に湧いた。
だが幸いにしてそんな未来は来なかった。手にかかる不可がふっと消える。山賊は頭を刀の刃に貫かれて絶命していた。
紫の血を滴らせる刀を握っていたのは二十代前半くらいの女だった。褐色の肌に銀色の瞳。ポニーテールにしている銀髪が僅かに揺れていた。日本人的な顔立ちをしていて隣に住んでる綺麗なお姉さん的な感じだ。身体のラインがわかる革鎧をきているのでスタイルの良さがよくわかる。ノースリーブからのぞく筋肉質な腕が剥き出しでそこはかとなく色っぽかった。
「怪我は?」
声は少し低めでこれまた色っぽい。なんというか、俺の好みを具現化したような容姿に目が放せなくなり、自然と口が開いた。
「結婚してください!」




