女王
「大統領、異世界人との会談は私に一任されたはずですが」
手で衛兵を制止しながらサンドラは闖入者である大統領を睨み付ける。
「異世界に獣人などいないのだろう! ならばヴァルドゥング帝国のスパイではないのか!」
「神界に繋がる魔法陣にどうやって横入りするのですか。それに戦争は三十年前に終わりました。彼らは北方同盟の一員です。今更スパイなどなんの意味があると」
「まだ三十年だ、独立派が蠢動しても不思議ではあるまい」
「とにかく下がりなさい。大統領、女王として命じます」
大統領は顔を真っ赤にして拳を握りしめた。
「女王としての権能をおつかいになるなら私も大統領としての権限をつかわせていただきますよ」
「お好きになさい」
大統領は忌々しげに俺を一瞥してから出ていった。
「申し訳ありません、面倒なことになってしまいました」
「面倒ですか、さっきの人が何かしてくるということでしょうか」
斎藤の言葉には少しトゲがあった。
「おそらくは、一条さんを国外退去にするでしょう」
みんな揃って息をのむ。サンドラは俺達の生活の面倒を保障すると言った。なのに大統領とやらの国外退去命令でほうり出されるのなら話しが違う。
「私の権限で守れるのは神の使徒です。神の使徒でない一条さんの扱いには口出し出来ないのです。召喚者の情報は明日彼に開示されますから、そうなれば国外退去は免れないでしょう」
斎藤達は怒ってくれているが俺としてはそれでもいい。もともとあてもなくこの世界に来る予定だったし、お金や食糧もあるのだ。それに、俺には悪魔と戦う自信なんてない。豊富なスキルや
空狐という最上位種族ではあっても戦った経験などない。何よりも、称号の神の使徒。こっそり鑑定してみたらこんな効果があった。
悪魔と戦う時、防御と攻撃に特効効果がつく。この効果は悪魔の戦力すべてが対象である。
神の使徒を持たない俺では足手まといになるかもしれない。
「俺は国外退去でかまいません」
「ちょっと、女の子一人でどうするつもり?」
「か、楓ちゃん、言い方」
何故か藤宮が柚木の服の袖を引っ張った。
「僕も賛成できないよ。見た目は女の子なんだから、回りはそんなふうには見てくれない」
「そうだけど」
斎藤にさとされていいよどむ藤宮。
まて。これはどういう状況だ? まるで俺が女みたいじゃないか。いやな予感が立ち上る。声が少し高くなっていたし、視界が若干低くなっているような気はしていたのだ。獣人という種族に変更できるのなら、あれも変更出来るのではないか。
おそるおそる自分の身体を見下ろす。ある。大きくはないがしっかりとした膨らみが二つ、胸元に。
マジか。衝撃を受けると同時に納得した。斎藤達は俺が女なのに男性の制服を着ていたから外身は女で中身は男だと判断したのだ。あっているんだけど、あってはいるんだけどね。驚きを通りこして笑いが込み上げてくるのを耐える。あの神様の仕業なのだろう、まったく好き放題やってくれたものだ。悩んでも今更なので現状の打開を優先させよう。
「獣人の女の子が一人で安全な国とかないですか」
サンドラは気が進まない様子ながらも説明してくれる。
まず、共和国は幾つかの国がまとまって出来た国であり、一つ一つの国は今もそれなりの権限を持っている。大統領は共和国の代表ではあるが犯罪者でもない俺を法的に国外退去処分にしてもあくまで不法滞在者にたいするものになる筈だ。俺が退去せなばならない範囲は首都であるピヴィエーレを含む旧リーヴァ王国の範囲内のみ。この範囲外であれば共和国内であっても別の国外退去命令が必要になる。旧リーヴァ王国地域外の共和国の代表者はわざわざ一人の獣人のために獣人全体を敵に回しかねない行為はしないだろう。治安については共和国は安定していて警戒心は必要だが獣人の女の子が一人暮らし出来るそうだ。
それってあの大統領はそういうことをするってことだよね。戦争もあったみたいだし一概には責められないけど。
「旧リーヴァ王国の外で共和国内に滞在して先輩達と定期的に連絡をとるって形がいいかなって思うんですけど」
落としどころとしてはこんなものだろう。
「連絡手段はあるの?」
柚木が首をかしげる。やっぱりちょっと幼い印象があるな。
「でしたら冒険者ギルドに登録してはいかがですか?」
冒険者ギルドとは魔物の討伐を生業している者達の集まりである。ここに登録しておけば冒険者ギルドにある連絡手段が使える。詳しくは言えないらしくサンドラは言葉を濁したが携帯のメール機能のようなものがあるようだ。
「登録するだけで仕事はしなくてもいいように書状をしたためましょう」
もめ事を回避する手段としては上出来だろう。
「それでお願いします」
「わかった。困ったことがあったらすぐ連絡して」
斎藤はまだ納得していないようだが、俺の意思を尊重してくれるようだ。
柚木と藤宮も何かあったら頼ってねと言ってくれた。
「では明朝までに用意しておきます。今日は部屋でお休みください」
衛兵の先導で会議室をでて部屋えと案内された。そこで問題が生じる。部屋が二つしかなかったのだ。男女別を想定していたらしい。
「俺は斎藤さんと同じ部屋でいいです」
中身は男だから女性二人と同室なんて色々無理だ。
「駄目でしょ、私は気にしないからこっちにきなさい」
柚木の言葉に藤宮も同意した。いや無理ですよ。もともと男なんですから。隠す必要もないのでその事を言おうとしたら息がつまった。咳払いしてもう一度言おうとしてまた息がつまって喋れない。ああ、これ、なにかしら制限されていてもともと男だと言えないパターンか。助け船を求めて斎藤を見る。
「あー、僕と同室は勘弁してほしいな」
苦笑いする斎藤。
「二人共本当にいいの?」
嫌だと言ってくれと目で訴えるも、上手く伝わらずにっこり笑って頷かれてしまう。
「後輩にそういう子多かったからもうなれたわ」
「あー、楓って女子にもてるからね」
どうやら、逃げ道は塞がれたようだ。
最早反論はできず、結局俺は美少女二人と同室で一夜を明かすこととなる。