洞窟
「やった、成功したぞ!」
視界がもとに戻って最初に聞こえたのはそんなセリフだった。予想とは違う状況に戸惑いを覚える。
洞窟だと思われる場所でローブを着た怪しげな男達に囲まれていた。てっきり、街の近くにでも出てくるものと思っていたのだが。
「え! なに、ここどこ」
本当にここ何処だよと思いつつ振り返ると三人の人物がいた。見覚えはないのだが俺と同じ制服を着ていたので同じ学校の生徒だろう。右胸の校章が青だから二年生か。うん、俺は帰宅部だし先輩の顔なんて一人も知らない。
一人は爽やかな感じのイケメンだ。今は険しい表情をして周囲を睨んでいる。このイケメン君に庇われるように二人の少女がいる。二人共、三鈴に劣らない美少女で髪が長く少々きつい印象を受ける方が俺を見て口を開く。
「貴方もぼうっとしてないでこっちに来なさい。てかそれつけ耳?」
あのバスにはうちの学校の生徒はあいつらと俺しかいなかったからこの人達は別口だろう。大人しく近くにいくとイケメン君は俺を彼女達の方へと押しやる。どうやら俺も庇ってくれるらしい。まじイケメンである。しかし、付け耳か。やっぱりケモ耳が生えてるんだな。
「何故獣人が」
周囲の雰囲気が喜びから戸惑い、そして嫌悪へと傾いていく。嫌悪感は俺に向けられていた。これはあれか。天使がいっていた一部地域ってやつか。
「なんなんだあんたらは」
イケメン君は雰囲気の変化に不穏なものを感じたのだろう。口調には苛立ちと怒りが込められていた。
「申し訳ありません。私はピヴィエーレ共和国の魔法戦団、戦団長、ラウロ・カウローニともうします。この度は私共の勝手で呼び出してしまい申し訳ありません」
カウローニと名乗った老人は深く頭を下げた。それに合わせて他の人たちも頭を下げたが、何人か明らかに嫌々だ。ちらっと俺を見ていたから俺が原因だろう。
「あの、ここは何処なんですか? どういう状況なんでしょうか?」
今まで黙っていた大人しそうな髪の短い少女が聞く。
「ここはピヴィエーレ共和国の首都、ピヴィエーレ城の地下です。此度の召喚は悪魔を撃退出来る異世界人を招くためにおこないました。どうか我々に力を貸していただけないでしょうか」
ずいぶんと無茶な理由である。俺はポイントでスキルを得ているけれどこの三人は様子から見て天使や神様にあっていない。なら、あくまで普通の人間だ。戦えるわけがない。
「無理です。僕らはただの学生ですよ」
「承知しています。ですが問題ありません。異世界人はこの世界において最上級種族なのです。鍛えれば必ず悪魔を倒せます」
つまり、ただの人間であろうとこちらの世界にきてこちらの自然法則に組み入れられた時点で力をもった種族になっているということだろうか。すでに人間を辞めた俺には関係ない話だな。
「それはそちらの問題でしょ、もとの世界に戻してよ」
髪の長い方の少女が冷たくいい放った。
「もとの世界へは戻せません」
しんっと静まりかえる。
「この世界は外から入ってこれても中からは出る手段はないのです。本当に申し訳ありません」
少し顔を青ざめさせてカウローニは再び頭を下げる。
「嘘、本当に?」
「はい、ですが生活の保障はします。まずは我々の女王に会って下さい」
イケメン君はショックを受けつつも警戒感を緩めたりはしていなかった。それでもこの状況では従うしかないと判断したのだろう、少女達と俺に軽く頷くとカウローニに促されてついていく。あらためて見回せばこの洞窟は半円球になっていて広くはない。壁の一部が欠けて蝋燭が置かれている。カウローニが向かった先には扉があり開けられると階段が上へと続いている。のぼった先にも扉がありその向こうは建物の中のようだ左右に真っ直ぐ廊下がのびていて窓から差し込む光が少し眩しかった。
黙ってついていってるけど今のうちに偽装スキルを使った方がいいだろう。この世界には鑑定スキルがあるのだからこれからステータスを調べられる可能性が高い。ステータスってどうやって見るんだろう? とりあえず鑑定を自分にかけてみるか。
レベル1
・名前 一条 葵
・種族 狐族(空狐)
・称号 神託の巫女 召喚に巻き込まれた者
・スキル
鑑定
探索
偽装
アイテムボックス
取得経験値十倍
全状態異常耐性
全攻撃耐性
全魔法耐性
全魔法素養
全武術素養
刀術
思考加速
全言語理解
完全記憶
・固有スキル
金色眼
千里眼
祭具魔術
▼
ああ、やっぱり巻き込まれ召喚か。天使が何もいってなかったし、そんなとこだろうとは思っていた。しかし、神託の巫女? 神託は天使と会話出来る加護とかいうやつだろうが巫女って男でもなれるのか? まあ、男の巫女もいるって聞いたこともあるような。そこは保留でやばそうなのは偽装しよう。
・レベル 1
・名前 一条 葵
・種族 狐族
・称号 召喚に巻き込まれた者
・スキル 刀術
▼
知力や魔力などの数字で示されるステータスはおかしな数字ではないのでそのままでいいだろう。種族を選ぶときに見た狼族のステータス値とかわらない。人族よりも高いけど今、俺は獣人だしね。後はさっきから気になってるけど一番下にある三角マークはなんだろう。押すと項目が出てくるマークに似てるけど。
「此方で女王様がお待ちです。どうぞおはいり下さい」
おっと、もうついたのか三角マークは偽装で隠しておこう。
簡素だが品のある大きな扉を左右に控えて衛兵が開いた。どうでもいいんだけど衛兵が俺にだけ忌々しげな視線を投げてくる。この国だと獣人は生きずらそうだ。
「ようこそおいで下さいました」
部屋はちょっとした会議室みたいな感じで謁見の広間とかではなかった。中央に長方形のテーブルがおいてあって向こう側に穏やかそうな女性が立っていた。お婆ちゃんと言える歳なのだろが背筋ものびているし、若く見える。
「私はピヴィエーレ共和国の女王、サンドラ・ピヴィエーレです。女王と言ってもあくまで象徴ですので気軽にせっしてください」
気軽にと言われてもサンドラの後ろにいる衛兵達からの圧力が強くて気が休まらない。すすめられるまま席についたけど立ってた方が楽かもしれない。
「まずは自己紹介をお願いしてもよろしいですか」
相手が名乗ったのだから答えないわけにもいかない。
「斎藤一輝です。高校二年生です」
イケメン君は斎藤というのか。そういえば噂で斎藤っていう格好いい先輩がいるって聞いたことあったな。
「柚木楓、二年生です」
髪の長い子が名乗ると少し慌てて髪の短い子も答える。
「藤宮ことりです。二年生です。よろしくお願いします」
最後に俺か、そういえばこの世界にきてから初めて喋るな。
「一条葵です。一年生です」
自分の声に違和感を覚える。なんかキーが高い。獣人になったからかな。
「ご丁寧にありがとうございます。ではあらためて我々の状況を説明いたします」
悪魔とは何か。長年謎に包まれていた。いや、そもそも悪魔の存在を認知していなかった。
魔物の暴走現象で急激に魔物の数が増えるとその群れの中に飛び抜けた強さをもつ魔物が発生する。発生メカニズムは不明で群れのボス程度の認識しかなかった。しかし、今では破滅の邂逅と呼ばれるようになった運命の日にそれはあらわれた。
それは一見すると人に見えた。だがよく見れば口は裂け、肌は紫色で手の指が長く、目は白目がなく真っ黒だった。
それは自らを悪魔と名乗り、世界の破壊を宣言した。多大な犠牲を出しながらも悪魔を倒したものの、魔物の暴走現象が多発し、悪魔は何体もあらわれた。追い詰められいく世界に人類は最後の手段として神の召喚を試みた。かつて神代の時代、神界へとさっていった神々が残したと言われる神界へと繋がる魔法陣を起動させ、世界の救済を願った。そしてあらわれたのが異世界人である。異世界人は神の使徒という称号を持っていたがステータスは少し高い程度。人々は神は世界を見放したと絶望した。だが、無理矢理召喚した筈の三人の異世界人は絶望しなかった。
座して死を待つくらいなら戦って死ぬ。
彼らは最前線へと突入すると悪魔達と壮絶な戦いを始めた。異世界人だけに戦わせるわけにはいかないと諦めかけていた人々も戦ったが次々と倒れていく、もはやじり貧。誰もがそう思っていたのだが、日がたつにつれ少しずつ前線が上がり出した。異世界人は敵を倒していくうちにレベルが上がり悪魔を打ち倒すまでに強くなっていたのだ。後はもう異世界人の独壇場だった。悪魔を倒すごとに力を増していく異世界人達はついに悪魔を殲滅する。だがこれで終わりではなかった。悪魔達は語っていたのだ。魔物の暴走は悪魔達が世界を渡るための儀式であると。これ以後、悪魔があらわれる事例はないが、それは魔物の暴走がおこる前に魔物を間引いているからである。油断すればまた悪魔はあらわれるだろう。
「近年、魔物の数が増え、対応が難しくなってきました。このままではいずれ悪魔が出現するでしょう。そうなる前にあなた方をお迎えしたのです」
異世界人が悪魔を倒せるにしても時間がかかる。倒せるようになるまでに被害が大きくなるよりはあらかじめ召喚しておいた方がいい。理屈はわかる。理屈だけは。
「あまりにも身勝手ではありませんか」
斎藤の一言に空気が氷る。サンドラは目を伏せたが後ろの衛兵はけんのうな気配を隠そうともしなかった。
「その通りです。けれど綺麗ごとだけでは国の運営などできません。それに無理矢理戦えとは言いません。拒否されても生活の面倒はみます」
「拒否したらまた召喚するんですか?」
柚木は呆れたようにいった。
「人類の存亡がかかっていますので」
なりふりかまっていられないということか。
「わかりました。ですが戦うのは僕だけではいけませんか?」
「それは駄目よ」
斎藤の言葉を即座に柚木が否定する。
「やるなら私もやる。文句はいわせない」
柚木が不敵に笑って見せた。
「わ、私だってやるよ。二人だけ戦わせられない」
続けて藤宮も参戦を表明した。俺はどうしようか、迷っているうちにサンドラがわって入る。
「ありがとうございます。ですが確認しなくてはいけないことがあります」
サンドラが合図をだすと衛兵が透明な球をサンドラに手渡した。
「これは鑑定石です。触れればステータスを確認できます。神の使徒であれば称号がついているはずです」
ついてないね、俺には。
「我々が召喚したのは三人です。その言いにくいのですが貴方は何者なんですか? 異世界人の世界に獣人はいないと記録されているのですが」
「獣人? それって付け耳でしょ?」
きょとんとする柚木は冷たい雰囲気が消えて幼い感じがする。気付かなかったけどわりと顔立ちが幼いな。
「いえ、気づいたらこうなっていて。もとは普通の人間ですよ」
言いながら頭に触れるとやはり耳があった。柔らかくこりこりしている。
「いいなあ、私も獣人になりたかったなあ」
目を輝かせる藤宮に斎藤が苦笑いしている。
「召喚事故でしょうか。聞いたこともないですが。とにかくステータスを確認させて下さい」
斎藤が鑑定石を受け取って言われた通りに手で触れた。
・名前 斎藤一輝
・種族 人族
・称号 神の使徒
・スキル
剣術
汎用言語理解
スキルはたいしたことはないがステータス値が俺の三倍はある。衛兵がどよめいていた。鍛えるまでもなく自分達より強いとは思っていなかったのだろう。
「次は私ね」
・名前 柚木楓
・種族 人族
・称号
神の使徒
慈母
・スキル
回復魔法
汎用言語理解
「え? 慈母? 楓ちゃん子供いたの?」
藤宮が驚く。俺も驚いた。
「そんなわけないでしょ馬鹿!」
顔を真っ赤にして柚木は否定するも必死過ぎてますます怪しい。
「慈母は子供に優しい方につきますから子持ちとは限りませんよ」
サンドラのとりなしできゃーきゃー騒いでいた藤宮は落ち着き、鑑定石に触れる。
・名前 藤宮ことり
・種族 人族
・称号
神の使徒
剣姫
・スキル
刀術
汎用言語理解
「剣姫? 剣道やってたからかな?」
「全国大会優勝してれば剣姫でしょ」
人は見掛けによらないものだなあと関心しつつ、俺も鑑定石にふれた。当然、表示されたのは偽装後のステータスだ。
「獣人で神の使徒でもないのですか、完全言語理解は珍しいスキルですが……」
サンドラは複雑な表情で思い悩んでいるようだ。さっきからの様子から獣人が歓迎されていないのは確実だ。これは俺の事情を話したところで変わらないだろう。むしろ今は獣人である俺が天使や神に会ったなんて言ったら宗教感によっては事態が悪化しかねない。
「気になってはいましたが、獣人になにかあるんですか?」
「はい、その……」
いいよどんだ言葉は闖入者によって止められた。
「女王陛下! 獣人を召喚したとはどういうことですか!」
扉を勢いよく開いて入ってきたのは五十代くらいの男性だった。白い法衣のようなものを着て厳めしい顔付きをしている。男はぎっと俺を睨み付け。
「衛兵! 獣人を叩き出せ!」




