おまけその1
拍手に載せていました。
しばらく経った、セリド国にて。
争乱も収まり、アベルの王位継承権も回復した。
そこに至るまでに多少ならず混乱はあったが、国王ジョセフやサムリなどの助力もあり
無事アベルは王子として、そして次期国王として忙しい日々を過ごしていた。
本日も体調の回復しない父の代わりに、執務室に詰めている。
そんなアベルの傍らに小さな子供が座っていた。
「兄上」
少し緑がかった藍色の目をした弟キリクは、遠慮がちにアベルに話しかけた。
「本当によろしいのですか? 僕がお側にいても」
「当たり前だろう」
アベルは笑って言う。
「そもそもキリク、第二王子であるお前がどこに行くというんだ?」
「どこと決めてはおりませんでしたが、生きるだけならばどのようにでもなります」
目を伏せて答えるキリクに、アベルは優しく言った。
「ならここにいればいい。生きるだけでなく、何をなすべきかを考えながら。そして俺の手助けをしてくれれば助かる」
「……」
自分とよく似た顔立ちの青年を、キリクはじっと見上げた。
目を重ねてもいないのに、兄の目の優しさとその暖かさが感じ取れるようであった。
「……はい、兄上」
キリクははにかむように微笑んだ。
何故だろう、兄の周りはやはり暖かい。日が差し込む執務室だからだろうか。
キリクはそれでもまだ、あの寒々とした母の姿を思い出さずにはいられない。
病没という表向きの死因と、それでもやはり魔女という噂が消えなかった母のことを。
そこにノックの音がして、侍従の一人が入ってきた。
「殿下、ユアール国の王様と王太子様がおいでです」
「あぁ、トビアスか」
父王のお見舞いという名目で来る予定だったのだ。実際はセリドの様子伺いでもあるだろうが。
「出迎えに行ってくる、キリクはどうする?」
「僕はここにおりますので、行ってらっしゃいませ」
キリクは笑みを浮かべたまま首を振った。
彼はあまり人前に出ようとしない。以前もそうだったが理由を聞いてみると
「子供の魔力量ではありませんので」
と少し困ったように答えていた。
ソランジュと共にいたときに感じた強い魔力の一因はキリクだったのだと今では分かる。
「行ってくる」
微笑んでアベルを見送るキリクは、差し込む太陽の光を浴びて、きらきらと輝いているように見えた。
* * * * * * * * * *
「ご足労ありがとうございます、父も喜ぶでしょう」
ユアール国王に挨拶をして、もてなすために客間へと案内をしようとしたときに。
「お久しぶりです、アベル王子」
大変爽やかに挨拶された。しっかりと正装した笑顔の青年がそこにいる。
誰だお前は、と言いたいレベルで猫を被っているトビアスだった。
ちなみに先日会ったばかりではあるのだが、それはもちろん口にはしなかった。
「久しぶりです、トビアス王子」
アベルも彼の言葉に応じる形で二人は握手を交わした。
「相変わらず仲が良いのだな二人は」
ユアール国王は目を細めて言う。
油断なく光る彼の目は何か隠していないかと推し量ろうとしていた。
「はい、父上。幼なじみであるアベル王子は僕にとって大事な弟のようなものです」
にこやかに言うトビアス。大事な? と首を傾げかけたアベルだが、客間の扉を開けながら彼も笑う。
「光栄な事です。久しぶりで積もる話もありますし、トビアス王子さえよければ庭を散歩しませんか?」
「父上、よろしいでしょうか?」
トビアスが無邪気な笑みを浮かべて父に尋ねると、ユアール国王は頷いた。
「……ああ、行っておいで。失礼のないようにな」
「はい、アベル王子行きましょう」
「くれぐれも失礼のないようにな、トビアス」
二回言った。再度の念押しにも笑顔で「はい!」と頷いて、トビアスとアベルは庭へ向かう。
人気のない温室に入った途端にトビアスは大きなため息を吐いた。
「はあー。疲れたぁ」
彼はぐるぐると肩を回すと、大きく伸びをする。
苦笑しつつ「どうした」と尋ねるアベル。
「僕が空飛んで連れて行くっていうのに父上がさぁ、嫌だって言うんだもん。馬車で来たから疲れたよ」
すっかりトビアス王子の猫を脱ぎ捨てて、悪戯っ子のような笑顔を見せる。
「あれ絶対風で飛ぶのが嫌だからだよ? 何とは言わないけどさ」
失礼のないように、と念を押された記憶は多分一秒くらいで飛んでいるのだろう。
いつものことだと思いながらアベルは尋ねる。
「セリドに来て大丈夫なのか?」
「んん? あー平気。アベルが魔女って言う噂もあくまでも噂程度だし。
そこまで本気で疑ってはいないとは思うんだけど」
ただ、と追加して言う。
「父上がここに来たのはアベルとセリド国王の様子見だと思うんだよね」
ふう、とため息をついてトビアスは続けた。
「あと噂で聞いたセリド王城に出たという恐怖の化け物の話を聞かれると思う」
「……」
それは運命の女神です、と言ったら多分、セリドとユアールに埋められない溝ができそうだった。
「……誤魔化す打ち合わせをするか」
「どうしようもなくなったら不思議な風が父上の周りだけ吹く予定でいこうよ」
「その場合、犯人はお前しかいない」
失礼という言葉を覚える気のない幼なじみに、アベルは苦笑いだ。
カズハは一応、運命の女神だった。……ような気がする。
セリドの暗雲を吹き飛ばしてくれたのだ。凄まじい勢いで。
外見がアレすぎるため、公言できることではないが。
アベルは目を細めて、カズハの姿を思い出した。うん、アレだなぁ。
「元気でやっているといいな、ニホンでも」
そう呟くアベルの脳裏には、カズハのような外見の人達が沢山いる、恐怖の国ニホンが浮かんでいたのだった。




