おまけその2
恐怖の国ニホンに突っ込みを多々頂いたのでおまけその2更新です。
対外関係も落ち着き、王の体調も復活したことから、アベルは政務を手伝いつつも比較的時間がとれるようになってきた。
アベルが自室で古書の書き写しをしていると、そこに小さなノックの音がする。
「兄上、よろしいですか?」
「どうぞー!」
軽い声がアベルより先に入室を促す。苦笑するようにしてアベルも声をかけた。
「キリク、入って構わない」
「失礼します」
扉を押し開けるようにして少年が入ってきた。第二王子キリクだ。
彼は室内にいる二人に笑顔を向ける。
「お久しぶりです、トビアス様。兄上も急に来てすみません」
「久しぶり-!」
軽く返事をするのはトビアスだった。今日はユアール国から古書を何冊か持って来てくれたのだ。
「いや、どうかしたのか?」
アベルが尋ねるとキリクはこくりと頷いた。
「先日伯父上とお話する機会がありまして」
「師匠と?」
アベルとキリクの伯父であり、アベルにとっては師匠でもあるサムリである。
彼はソランジュの混乱を収めるとすぐに「表舞台からは引いた身だから」とそのままどこかに行ってしまった。
「しばらくあちらの世界へ……ニホンにいるとのことなのですよ」
「ニホンに!?」
それはまた剛胆な、と思わずアベルが呟く。喰われてないといいが。
「その際に何かあったら来ると良いとのことで、異界渡りの術を教えて頂きました」
キリクはまだ幼いのだが、魔力量では恐らくサムリに次ぐ。
魔力制御の仕方と共に一気に魔力を減らす方法として異界渡りの術も教えられた。
「兄上の戴冠式の日程も半年後に決まったことですし、良かったら一緒にニホンに伝えにいきませんか? ついでに和葉さんにも会えたら嬉しいですし」
そんなあり得ない提案を、何の悪意もない笑顔でキリクはしたのである。
トビアスとアベルは顔を見合わせた。半分筋肉で半分骸骨の運命の女神。そしてそれとそっくりな人が沢山いるというニホン。
カズハには感謝している。してはいるがその群れに囲まれたら泣かずにいられるだろうか。
アベルは頭痛をこらえるように頭に手を当てた。
「……ちょっと心の準備が出来ていない」
「僕はその中からカズハを見分ける自信がないなぁ」
口々に後ろ向きな反応を示されて、キリクはきょとんとした。
「あ、術は試しておりますので失敗の心配はなさらなくても大丈夫ですよ。ただ一度に二人は連れて行けないのでお一人だけになりますが」
「いやキリク、心配しているのはそこじゃないんだ」
アベルの懸念としては、ブリッジしたまま後ろ向きで追いかけてくるアレな生き物がいないだろうかということだ。
「一人だけだってさ、アベル。ああ残念だなぁ! 僕カズハに会いたかったのに!」
わざとらしくホッとした笑顔でトビアスが言うとキリクが小首を傾げた。
「お会いしたいのであればトビアス様をお連れするのでも。兄上さえよろしければ」
しまった墓穴を掘った。そんな顔のトビアスを遠慮無くアベルは墓穴に突き落とした。
「そうか、じゃあ俺はまた次の機会に連れてって貰うことにしようか。行ってこいトビアス」
「や、やだ! 僕だってさすがにニホンは嫌だし! カズハだけならまだしも何人もいるんでしょアレ!」
押しつけあう二人に不思議そうな顔をしていたキリクだが、ハッとした顔で尋ねた。
「……あれ、もしかしてお二人とも、和葉さんの本当のお姿をご存じないのですか?」
まさか説明していないとは思わなかったキリクが目を丸くしていると、アベル達は眉根を寄せた。
「……まさかカズハには第二形態があるのか?」
「やめてよ、やだよ僕。本当の私をお見せしましょうとかいって変身されるのは!」
これは激しく誤解している。
年頃の娘には大変不名誉なことだろうと思って、慌ててキリクは訂正した。
「ち、違いますよ! 和葉さんは普通の女の子ですよ!」
「キリク、普通という言葉を間違って使ってないか?」
「外見も内面も絶対普通じゃないと思うよ」
口々に言うアベルとトビアスに、外見はともかく内面はフォローし辛くてキリクは口を閉じた。
これは論より証拠。見て貰ったほうが早い。
「……トビアス様。行って見れば分かりますから、さあ」
「えっ、ええー! やっぱり行くの!?」
小さな手を差し出すキリクに、逃げ腰のトビアスは思わず後じさった。
引く様子のないキリクに渋々とトビアスは手を差し出す。
その手をしっかりと握ると、キリクはアベルに微笑んだ。
「兄上の誤解も必ず解くようにいたしますので」
トビアスも観念した様子で呟いた。
「……いってくる」
そうしてキリクが呪句を口に紡いで、彼ら二人は消え去った。
ぽつんと一人残ったアベルは、トビアスの冥福を祈って手を合わせたのだった。
* * * * * * * * * *
数日後、帰ってきたトビアスに話を聞くと「ものすごくびっくりした」としか言わないので、きっと心に大きなダメージを負ったのだろうと思ってそっとしておいた。
キリクに尋ねると笑顔のまま「魔力を貯めるのに相当時間がかかりますので僕にはしばらく異界渡りは無理です」とのこと。ホッとした。
そんなこんなで半年ほど過ぎ、あっという間にアベルの戴冠式が来た。
* * * * * * * * * *
セリド国、アベルの戴冠式の日。王都は祭りの陽気に沸いていた。王城の周りの柵にはアベルの姿を一目見ようと膨大な量の見物人がいた。
戴冠式の宣誓を終え、アベルが先王ジョセフや弟王子キリクと共にバルコニーに出ると民衆から口々に「万歳!」「アベル国王万歳!」と歓声が上がる。
その人々に笑顔で手を振るアベルは、ふと城を囲む柵の傍に居る二人に目を止めた。
遠目だが見間違えるはずもない。一人は師匠のサムリだった。
そしてその隣には奇妙な衣装をした小柄で黒髪の少女が立っていた。独特の形状をした大きな襟と短めの格子縞の模様のスカートをはいた娘は、サムリに話しかけて時折こちらを見て笑みを零していた。
「兄上」
こそりとキリクが笑顔を崩さないまま囁いてきた。
「伯父上の隣におられる方が見えますか?」
「ん? ああ」
キリクもその奇妙な衣装に目をつけたのかと思いながら応えると、義弟はくすりと笑った。
「あの方が和葉さんですよ」
「……」
言われた言葉と視界が一致しなかった。カズハって、あの?
「……冗談だろう?」
「本当ですよ、兄上。ですから普通の女の子ですとお伝えしました」
キリクの言葉に改めて彼らを見直すと、遠目に見えるのは小柄の、普通の可愛らしい少女だった。衝撃で口から魂か何かが出るんじゃないかと思った。
アレが、カズハ? いやいやいや、嘘だ。目と脳が反発しだした。カズハといえば、アレというイメージしかなかったのに。
心の中は大荒れながらも表面上は笑みを崩さないアベルが彼女を凝視していると、カズハは柵の向こう側で嬉しそうな笑みを零して手を振った。そして彼女はサムリを促すようにして、雑踏に消える。
そこには誰もいなくなった。
夢と言われたらそれはそれで納得しただろう。しかし白昼夢でなければ、真実だ。
「……何であんな姿だったんだ?」
まさか、やはりソランジュに呪いでもかけられてあんな姿になってしまったのだろうか。だとしたら自分の態度は酷かったかも知れない、と申し訳なさを感じてキリクに尋ねると、彼は視線を逸らした。
「……自業自得といいますか、いえ、ええと……」
言葉を濁すキリクだったが、フォローしようとして言葉が思い浮かばなかったのだろう。彼は諦めたように口を噤んだ。
アベルは再度雑踏に彼女の姿を探したが、その後どれだけ目をこらしてもカズハを見つける事は出来なかった。
* * * * * * * * * *
「もう、いいのかい?」
サムリに尋ねられて和葉は笑顔で頷いた。雑踏の中を歩く和葉だったが、誰も悲鳴をあげたり逃げ出したりしない。なぜなら今日の彼女は無双の戦闘力を持ったボビーくんではないからだ。
「はい! いやー、堂々と闊歩できる異世界っていいですね!」
あの時もこれ以上ないほどに堂々と王城を闊歩していたと思わなくもないが、それはそれこれはこれだ。
「アベルに会わなくていいのか?」
「今日はこれから補習なんです……」
がっくりと項垂れて和葉は言う。憎らしい。あのヅラめ。合格点を取れなかった生徒は冬休みもみっしり補習がある。冬休みだというのに制服なのだ。
行きがけに少しだけという条件でアベルの戴冠式を見に来たのだ。
「頻繁に使える術じゃないから、もう会えなくなるかもしれないけど、いい?」
「さっきさよならしましたし、大丈夫ですよ」
和葉は、見間違えでなければアベルと目が合った気がした。思わず嬉しくなって手を振ってしまった。
彼は笑顔のままだったので気付いたのかどうか分からなかったが。
「それよりサムリさん。本当にボビーくん持ってこなくて良かったんですか?」
「それはやめてあげて」
心からサムリは止めた。残念そうに和葉は呟く。
「いやあ王様おめでとうの記念プレゼントにどうかと思ったんですけど」
「お願いだからやめてあげようね」
そんなものをプレゼントされるくらいなら王様にならなきゃよかったと思われそうである。渋々と和葉はアベルにプレゼントするのを諦めた。救国の英雄なのだが残念だ。怖くて飾れないという問題があるだけなのに。
「じゃあ帰ろうか、和葉」
「はーい、サムリさん」
促されて和葉は雑踏から一度だけ振り返る。もはや遠くて見えないが、王城にはアベルがいるのだろう。
半年以上会ってないせいか、久々に見た彼はより大人びていたように見えた。私も早く大人に、色気たっぷりな大人にならなくてはと和葉は両手を握りしめた。
「お互い頑張ろうね、アベル」
雑踏の片隅で、言葉だけが小さく残って、消えた。




