45 エピローグ
次の日。
扉を開く音がして和葉はそちらに顔を向けた。西園かと思ったのだ。
「早かったですね……ってあれ?」
目を丸くした後に、和葉は笑った。
「お久しぶりです、サムリさん」
和葉を見て微笑む金髪の初老の男性は、サムリであった。和葉のベッドの隣の椅子に腰掛けると、彼女に優しい目を向ける。
「和葉、久しぶり……。酷い目に合わせてすまないね」
「えっ、まさか私をひいたのサムリさん!?」
そこまで画策していたら怖い。ラスボスかと震える和葉に、まさかと彼は笑って首を振る。
「追いかけてくる和葉には気付いていたんだけど、私と接触してしまうとまずいと思って立ち止まれなかったんだよ」
「ああ、やっぱりあれはサムリさんだったんですね」
交通事故の直前に見たのは彼だったのか。
全力疾走してでも捕まえるつもりだった和葉は間違えてなくて良かったと思った。
「届けてくれてありがとう。お礼と謝罪をしに来たんだ」
あとはお別れかな、とサムリは言う。和葉は彼をじっと見つめた。
「アベルとソランジュは、どうなりました?」
「ソランジュは、死んだよ。アベルは多分近々セリドの国王になると思う。王がソランジュの魔力の影響で体調があまり良くないからね」
「魔女ってことは、隠して?」
和葉の質問に曖昧に笑うと、サムリは言った。
「あちらの運命の女神の話は知っているかい?」
和葉は何度か運命の女神という言葉だけは聞いたが、知っているかと聞かれれば知らない。首を振った。
「あちらで信仰されている運命の女神の名前をラナと言ってね……私達の祖先がそのラナだ」
「えっ!? 女神が?」
驚く和葉にサムリは笑う。
昔、神が下りてきた。その女神の名前はラナ。多くの子孫を残した彼女には天秤の痣があった。痣を受け継ぎ、人と少し違う一族、彼らは果てに魔女と呼ばれるようになった。
「一族に天秤の痣が出るのも、魔力が強いのもその名残だ。女神を信仰する一方で、魔女を憎む。結局は名前だけが一人歩きしているようなものさ」
女神の子孫と名乗ればあがめ奉られるだろう。魔女の子孫と名乗れば恐れ迫害されるだろう。同じことだというのに、残念なことだと彼は苦笑した。
「私達は真名を持って、それを隠すようになった」
本来、真名というものは誰かに呪われても効かず、悪意ある魔法を使われても阻めるように、信頼しあっている魔女同士が送り合うものであった。主に夫婦や兄妹、親子などで。アベルの真名はエリスが持っていた。だからこそアベルにはどんな呪いも効かなかったのだろう。
「アベルもトビアスも何も言わないだろう。今後はアベルがどのような王になるかということだけが評価の対象になるだろうし、そうあるべきだと思うよ」
「エリスさんは? 元気ですか? アベルが会いたがってましたよ」
聞かれてサムリは目を伏せた。
「袋を作り上げて、亡くなったよ。最後までアベルを心配していた」
エリスがアベルの為に作り上げたあの袋は、行き先がアベルの周辺。戻ってくる設定はしてはいなかったが、なくなった空間に何かをいれると引き戻されてくるようだ。
多分ね、と彼は付け加えた。
「エリスは少しでも何かアベルの役に立つ物を送りたいと思った。私はソランジュを止めるために真名を送ってあげようと思った。でも私に接したものは送れないからね、せめて何か入れてくれそうな人に使って貰おうと思ってそうして君に渡したんだ」
和葉はなるほど、と頷いた。
「そうなんですか。なんで私なのかと思いましたけど」
「えーと。一応最大の理由としては、君がよく寝るからなんだけどね」
「……」
選出基準にクレームを入れたい表情で、半眼の和葉にサムリは笑う。
「眠りを介してあちらに送っていたから、君の眠る頻度は実にありがたかったよ」
「……」
やはり今度から早寝早起きを心がけよう。昼寝など二度と……いや、たまにしかするまい。和葉は固く決意した。そんな和葉にサムリは優しく聞く。
「他に質問はあるかい?」
「サムリさんはこれからどうするんですか? セリドの国に戻るんですか?」
「ん……いや。私はもう表から姿を消した人間だからね。ただ、しないといけないことはあるね」
と、彼は呟く。
「しないといけないこと?」
「彼らに会って謝るなり殴られるなりしないとね。彼らに最後の止めを刺させることになってしまっていたかもしれないから。本当は私が殺してあげなくてはいけなかったんだ」
サムリは呟いた。
「もしかしたら、もしかしたら……って信じたくてそのままソランジュに罪を犯させた。私が悪い。止めようにも世界が隔たって手出しが出来なかった。あの子を殺してあげればよかった」
淡々と言う彼の言葉からも表情からも感情が読み取れない。ソランジュは、彼の妹はもう死んだ。エリスも既にいない。サムリは妹をみな失ったのだ。
和葉は首を傾げて言った。
「悲しいなら、別に泣いてもいいんですよ」
和葉が言うと、驚いた表情でサムリは首を振った。
「……泣く資格もないんだよ」
そっか、と和葉は頷いた。泣けない彼は微笑を浮かべていた。
「和葉、君にも色々と迷惑をかけて悪かった」
「いやぁ私は別に恨みもなにも……あっ!」
思い出して和葉は盛大に抗議した。そういえば一つ文句はあった。
「私に対する周囲の扱い方は何かおかしかった気がします!」
和葉に対する対応は確実に「ホラー映画の主役」に対するものだった。ラブ展開? 何ですかそれは、と尋ねたい。まあ人体模型に恋されても、彼らの行く末が心配になるのでいいのだが。
「それは断固として私のせいではないと思う」
きっぱりと言い切るサムリだった。どこの女子高生が袋に人体模型を入れるなど想像するかというものだ。
「ご希望があれば和葉をもう一度あちらの世界に連れて行くけど?」
この和葉を見たら、きっとアベルもトビアスも死ぬ程驚くだろう。
サムリの言葉に和葉は悩むように眉根を寄せて、そして笑みを零した。
「うーん、楽しげなお誘いだけど、やめときます! だって今日はこれから西園先生がお見舞いに来てくれるって言ってましたし」
そう、とサムリも微笑んで立ち上がる。
「じゃあ、私はそろそろ行くよ。本当にありがとう」
「あ、そうだサムリさん、あの袋……破けちゃったんですけど、どうすればいいですか?」
尋ねる和葉に、サムリは首を振った。
「もう必要のないものだから……君の好きにしていい」
「じゃあ」
和葉は布で包んだそれを、サムリに差し出した。
「アベルにあげてください。お母さんの形見でしょう?」
「……」
サムリはそれを手に取るとぎゅっと握りしめた。……エリス、と小さく呟く。
「……そうだね、ありがとう和葉」
「アベルとトビアス、キリクにもよろしく伝えて下さい。あ、キリクの真名っていります?」
「いや、いらない。そのほうがきっといい。君だけが持っててやってくれ」
異界の女神に差し出した真名として、彼もきっと真っ直ぐに生きていけるはずだから。
そしてサムリは袋をしっかりと手にして、和葉の前から姿を消した。扉を開ける気配もなく、忽然と。
彼女の不思議な異世界交流はそうして終わったのだった。
* * * * * * * * * *
全ての問題は解決したかに見えた。
だが病室で一人物思いにふける和葉は、ぽつりと呟いた。
「……そういえば帰ってきたボビー君、どうしよう」
仮にも救国の英雄だ。粗大ゴミに出すわけにもいかないだろう。だがしかし問題は一人を除いてそれを誰も信じてくれそうにないということだ。
「信じてくれる一人と、相談するか」
そう呟いて、和葉は開いた扉に笑いかけた。
「いらっしゃい、西園先生。いいところに!」
「……菅原の『鴨が葱しょってやってきた』と言わんばかりの笑顔が怖いんだが」
彼と彼女と異次元バッグ 終




