41 【アベル】 手をのばした先に
ソランジュはもう魔法を使えないはずだった。ところが彼女の持っている呪符は魔法と同じ働きをした。
「炎よ!」
叫んだ彼女の手から呪符は飛び出して、アベルの前に炎の壁を作った。
「くっ」
アベルはすぐに一歩飛び退いて距離を開ける。右手に集中してその炎に手を向けた。
「消えろっ」
空気中の水蒸気が固まるかのように炎の周囲に水や氷が出現し、炎の勢いを削いでいった。陽炎の向こう側のソランジュは微笑んでいる。
「水くらいは使えるのね、じゃあ、これはどうかしら!」
ソランジュの叫びと共に、稲光のような眩しい光がその部屋に満ちる。それは真っ直ぐにアベルに向かってきた。
アベルは腰から短剣引き抜くと、稲光に向かって投げた。
光は短剣に当たると激しく暴れ回って消えた。焦げた短剣が地面に落ちる。
アベルが炎の静まった床を駆けてソランジュへ向かう。彼の右手の光は彼女を貫くように発せられた。発動に詠唱を必要としない光の攻撃はアベルの得意とする攻撃魔法だった。
光がソランジュの直前に迫る。すると彼女は符の一つを投げてそれに当てた。符は形を変え、魔術の盾であろう壁が光を遮断し、霧散した。
即座にアベルと距離を取るソランジュ。
「ソランジュ、符はいずれ尽きるぞ!」
アベルの叫びに彼女は笑みを崩さない。
「あなたの魔力も無尽蔵じゃないでしょう?」
ソランジュの手から放たれた闇の欠片とでもいうべき呪符は、ナイフのように鋭く走ってアベルに襲いかかる。左手で円状の防御壁を張ったアベルだったが、闇の一部が彼の頬を切った。
ぽたり、と赤い血が一滴床に落ちる。
「魔女も、血は赤いのだと知ってらした?」
からかうように言うソランジュに、アベルも笑みを見せる。
「トビアスに付き合わされて、よく怪我していたものでな。魔女の血が青いならばもっと早く、自分が魔女だと知っただろう」
答えるアベルに、くく、とソランジュは笑った。
「その赤い血を床一面にぶちまけて、死ねばいいのよ!」
「本性が出たなソランジュ!」
飛び交う呪符。光。
轟音のように爆発した床と、空から降ってくる硫酸のような液体を避けながらアベルは小さな狙いを付けた。両手、特に右手を使えなくすれば。
アベルの放った光をソランジュは避けた。一体どこに呪符を持っているのか、その両手にまた呪符が増える。
戦いは互角とも、膠着状態を迎えているともいえる状態だった。ソランジュの呪符が尽きるのが先か、アベルの魔力が尽きるのが先か。
その時、風に吹かれたかのようにひらりと一枚の紙がソランジュの傍を舞った。
「――っ!?」
一瞬それに視線を向けて、思わずソランジュはその紙を取ろうと手を伸ばした。その右手に。
「っきゃああああ!」
アベルから放たれた光が当たり、火傷の痛みと共にソランジュは叫んだ。
風に舞ったその紙は、ゆらりと揺れながら足元に落ちた。
裏返しになったその紙には、「レオより、最愛の妻ソランジュへ」と書いてあった。




