40 【ソランジュ】 月の下で
彼女は部屋の中で一人、窓を開けて月を見ていた。とても美しく輝いている。
あの日もこんな夜だった。レオが死んだ日も。
止めたのに、彼は行ってしまった。逝ってしまったのだ。
「一人残らず、死ねばいいのよ」
彼女の手の中には呪符があった。先ほど魔力が封印されたことと同時に、彼女の真名が知られたことを悟った。
「どこまでも、お兄様もエリスも、私を裏切るのね」
呟いて唇の端を上げる。
兄がアベルに真名を渡したのか。あるいは妹が? どちらにしても彼女にはどうでもいい。こうなったからにはもう彼女の魔力は戻る事はないだろうし、彼女の望みは潰えたとも思えた。
そっと目を閉じたソランジュの耳に足音が聞こえた。
「ソランジュ」
後ろからかけられた静かな声の持ち主は、予想通り。
「まあ、アベル」
優しい声がソランジュから発せられた。彼女の妹の、大切な息子。振り返ったソランジュは笑っていた。
――ああ、アベルを殺して、嘆く妹が見たかった。
扉を開けてただ一人立っているアベルは、ソランジュを見据えて言った。
「お前の魔力は全て封じた。全ての人の、父や皆の術を解いて神妙に罪を償え」
アベルの言葉に彼女は微笑む。刑を償えと? どんな罪をだろうか。
「魔女であることが罪ならば、あなたも一緒ではなくて? アベル」
「そうだな」
激高するかと思ったが、アベルはそれをさらりと流した。
おや、と思う。裁判場で彼女にくってかかってきた彼とは違った。
甥の眼には全ての真実を知って受け入れたものの静けさがあった。
「知ったのね。あなたも。魔女だということを?」
「ああ」
「なら私の気持ちも分かるかしら? 迫害され、奪われ、押さえつけられていたこの気持ちも」
「悪いが分からない」
彼の返答は短かった。もとより理解など求めていないし、理解されたところで彼女の憎しみは止まることがなかっただろう。
アベルは続けて言った。
「魔女であるなしよりも、その力をどう使うか次第だろう」
少なくとも、とアベルは口を開く。
「俺はお前のような使い方だけはしない」
ふふ、とソランジュは笑った。彼はエリスや兄と似たようなことを言う。
睨み付けてくる甥を、ソランジュは嬉しそうに見た。
だけど違う。少なくとも彼は、ソランジュを殺そうとしてくれる。兄妹のように愛情と苦しみに満ちた瞳を彼女に向けることがない。だから彼女も、アベルを殺すことに何のためらいも感じなかった。
「大人しく捕まるのなど嫌だと、言ったら?」
アベルは右手に小さく光を集めて、言った。
「死んで貰う」
この胸の中の憎しみも、吐き気のするほどの恨みも、決して癒えることはない。生き地獄などもううんざりだ。ソランジュはいっそ嬉しくなってアベルを見た。
「私を殺せなかったら、私はあなたもこの国も、ユアール国も全て滅ぼすわ」
「やれるものなら、やってみろ」
アベルの怒りに燃えた視線に、彼女は両手の呪符を構えた。
彼女の部屋には月の光が差し込んでくる。
――皆死んでしまえばいい。
彼が死んだこんな夜に、月を見上げるのは私一人でいいのだ。
ソランジュは小さく笑った。




