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37 【和葉】  主役(ホラー的な意味で)

 和葉は思う。何故自分はこんな所に、しかも何故かボビーくんの姿になっているのだろうと。

 思いはするが、それはそれとして今は彼女に課せられた使命を果たすしかない。

 即ち……全力で脅かすのだと。


「あはは、待って~」

「いやああああああ!!」


 笑いながら走る人体模型に追いかけられ、生気の無い虚ろな目をしたメイドさんが一瞬で覚醒し、本気で泣きながら逃げ出した。

  彼女が目を覚ましたのを確認して、和葉は追いかけるのをやめる。

  夜の暗い闇の中、蝋燭に照らされた和葉の姿は多分、昼間の数倍の(精神的)攻撃力を持っていた。まさに無双である。

 そのまま王城の一階廊下を歩いて行くと、廊下の向こう側から歩いてくる気配がした。和葉は忍び寄るとひょこりと廊下の向こう側から目のうつろなおっさんが歩いてくるのを確認してその前に飛び出した。

 目を見開いた男に、和葉はにやりと笑って手を広げる。そして一声脅かした。


「わっ!!」

「うっうわああああああ!」


 髭を生やしたおっさんが腰を抜かしかけながら這って逃げていった。


「……僕、このときだけセリドに生まれなくて良かったなぁって思った」


 全身をマントに隠して物陰にいるトビアスがぽつりと呟く。

 両手を大きく広げて威嚇していた和葉は「へ?」と聞き返した。


「あ、駄目こっち向かないで。さすがに僕もカズハと二人でお喋りしているところを誰かに見られたら、父上に殺される」

「……」


 だから全身隠れているのだろうか。何だろう、異世界召喚者に対する扱いが何か違う気がする。テレビから髪の長い女の人が出てきたらこんな反応されるのだろうなという気持ちだ。和葉は両手をぱんと打ち鳴らした。そうだ。ソレだ。


「いいこと思いついた。次の人は這いながら近寄るのはどうかな?」

「君のいいことって絶対おかしいことだよね!」


 もう十分でしょ、精神崩壊オーバーキルだよそれ! と叫ぶトビアスを尻目に、数人ほどの騎士らしき青年達とエンカウントしたので、和葉(IN人体模型)は大理石の床を呻いて這いながら近寄った。

 すると彼らはこの世のものとも思えない大悲鳴を上げて逃げていったが、一人が腰を抜かした様子で座り込んだ。つい和葉は調子に乗ってにじり寄ったら彼は気絶してしまった。

 ちょっとだけやり過ぎた。和葉は反省した。


「ほらやっぱり! もう信じられない、僕腕力ないのに」


 ぶつぶつ言いながらトビアスはずるずると気絶した青年を脇に寄せる。壁に手をついて反省していた和葉は、さっき和葉やアベルを飛んで連れてきたように浮かせればいいのに、と思う。


「魔法使えば?」

「駄目。アベルが来るまでにソランジュにこっち来られても困る。ここ魔法に対する網が張ってあるんだよね」


 だからなのか、和葉を見て全速力で逃げるものはいても魔法で攻撃してくる人はいなかった。和葉はトビアスに尋ねる。


「封印魔法はちゃんとかかってるっぽい?」

「うん、あとさっき近衛の過半数が城下町に出たからね。多分アベルがうまいことやったんじゃないかな? ……あ」


 トビアスは少しだけマントから顔を出すと、真剣な表情になって言った。


「悪いんだけど、アベルとどこかで会っても話したりしないでね。君と一緒の所を見つかったらアベルの立場が奈落に落ちるからね」

「オッケー。その代わり、サムリさんが出現したら早急に私に知らせてくれるって約束忘れないでよ?」

「分かってる。ユアールにきたらすぐ知らせるし、アベルも約束は守ると思うよ。馬鹿正直だもん」


 先ほどの真剣な表情を消して、トビアスはへらりと笑う。和葉もふひひと笑った。


「素直じゃないのねぇ」

「何の話だか全然わかんない」


 もう一度トビアスはマントを被ってそっぽを向いた。親友っていいなぁとほのぼのしながらも、和葉は全然ほのぼのしていない阿鼻叫喚の王城の廊下を歩いて行った。

 誰しも和葉と出会った瞬間に逃げていく。蜘蛛の子を散らすってこういうことなんだろうと思う。

 その時遠くから、ガチャンという金属音が聞こえてきた。そういえばそもそも人体模型って鼓膜あるんだろうか。色々聞こえるんだけど。

 和葉がそんなどうでもいいことを思っていると、トビアスが「まずい」と呟いた。中庭の反対側にちらりとその姿が見えたようだ。


「あれ、多分近衛兵。正気に戻った人達が武器持って来た可能性高いよ」

「えっ、逃げた方が良いかな?」


 トビアスは頷くと、近くの部屋を開けるとそこに和葉を押し込んだ。


「とりあえず僕が撒いてくるから、カズハはそこにいて、隠れてて! 絶対出ちゃだめだからね?」

「分かった」


 トビアスも頼りになるのだなぁと思いながら、和葉は扉の鍵をしっかり閉めて周囲を見回す。綺麗に整頓された部屋だった。

 扉の外に耳を当てて(左側は骸骨らしいので一応右側を当ててみた)、ばたばたと走り去る足音と「見つかったか!?」「抜刀はするな、王城だぞ!」などと怒鳴る声が聞こえる。


「意外と人が正気にかえるの早かったなぁ」


 連鎖反応なのか、正気に戻った人が隣の虚ろな目の人をたたき起こし、どんどんこの城には生気が満ちていくようだった。すなわち和葉の危険も増すというものだ。


「あの」

「ごめんちょっと今忙しいから、後でね」

「あ、はい……」

「……」


 ん?

 外の騒音が収まってから、はたと思い返した。何か今後ろから聞こえた気がした。

 振り返るとそこには、ちょこんと大人しく椅子に座っている男の子がいた。


「!!?」


 和葉のほうがよっぽど驚いて悲鳴をあげるところであった。人体模型に話しかけて、あまつさえ素直に待てる男の子って。


「もう大丈夫ですか?」


 心配そうに聞きさえするが、こちらのほうが大丈夫なのかと聞きたい。話しかけても泣き出しませんかと。


「い、いやまあ、一応私は大丈夫だけど……」

「良かったです。初めまして、キリク・セリド四歳です」

「ご丁寧にどうも……菅原和葉、十六歳です」


 お互いぺこりと頭を下げて、何かおかしいと和葉は思い至った。

 ――この男の子、あれ、名前にセリドはいってるってもしかしてアベルの……?


「カズハさんは兄上の味方ですか?」


 キリクはそう無邪気に聞いてくるが油断はならない。実はこういった少年こそがラスボスで、千年以上生きている悪の大魔王だったりするものである。と荒ぶる神様辺りが言っていた。

 さりげなさを装って和葉は聞いてみた。


「兄上って誰のことかな?」

「アベル王子です。セリドの第一王位継承者です」

「ぜぜぜんぜん、毛ほども知らない人だわ! 完全なる他人ね!」


 だが致命的に演技力というものが無かった。キリクはくすりと笑う。


「では兄上を全く知らないカズハさん。もしも偶然兄上に会ったらお伝え下さい」


 その小さな手で和葉の手を取ると、少年は視線を和葉に向けた。その顔はとてもアベルに似ていた。


「……僕の名前はキリク。真名はオルフ。どうか兄上に、僕の真名を届けてください」




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