36 【アベル】 封印
「じゃあ、僕らは一足先に王城に行っているね」
トビアスはマントに全身隠した状態のカズハを連れて空に浮かんでいった。真っ黒なマント姿のカズハもトビアスも、浮いてしまうとすぐに闇に紛れて見えなくなってしまう。それを路地裏でアベルは見送った。
夜陰に紛れて彼らはセリド国へ忍び込んだが、城下町はひっそりと静まりかえっている。
アベルは以前、ソランジュが魔女の集会を行っていたという場所の近くにいた。
騎士団の人間が周囲を見回っているようで、町は夜になってもざわめきのような喧噪が残っている。見回る騎士団の中には、アベルの顔を知るものもいたし、アベルが知っている騎士もいた。
だが今は声をかける訳にも、見つかる訳にもいかない。彼は今、罪人なのだ。
騎士達は皆一様に暗い顔をしながら、アベルが隠れた物陰の脇をすりぬけていった。
「エルベル団長はいつになったら解放されるんだろうか」
「しっ、黙って歩け。王妃の犬に見つかったらやばいだろ」
「お前は不満じゃないのか? アベル殿下がいなくなって団長も騎士隊長も投獄、近衛兵だって――」
「あいつらが虚ろな目をしてるなんて分かってる。今は耐える時期だと思えって言われているだろ」
叱りつけるような声は段々と遠くへ行ってしまった。残されたアベルは物陰から出ると彼らの後ろ姿を見て項垂れた。
エルベルは投獄されたと聞いたし、共にいたユインとアルゼは殺されたと聞いた。
唇を噛みしめるようにアベルはある家の扉の前で手をかざす。ソランジュが魔女の集会を行っていたという家は硬く閉じられている。師匠のような結界ではない。物理的な施錠だ。
ならば破壊して入ればいい。
「魔力を使うのは、久しぶりだな」
アベルは呟いた。
彼が魔法を使うとソランジュに見つかってしまう恐れがあった。
人を操る能力を持つらしきソランジュだが、恐らくそれだけのはずはない。彼女とアベルの魔力量を比べても、戦った場合勝てる可能性が低いと分かっていた。
「だがそれも、今日までだ」
封印をするには魔力が出来るだけ多いところがいい。魔女の里も魔力が多かったが、あまりにセリド王城から距離があると、ソランジュに逃げられてしまうかも知れない。
そんなときに思い出したのだ。かつてアベルが捕らえられるきっかけとなった魔女の集会の場所は、城下町にあり、確かに魔力に満ちていた。
アベルの手に集中していく魔力は、その家の扉を吹っ飛ばした。轟音が周囲に響く中、アベルは家の中に素早く入り込む。ぽっかりと開いた扉のあった場所は食器棚やソファを動かして塞いだ。
きっとソランジュはこの瞬間に気付くだろう。そして王城にいる近衛兵や自分の私兵に指示を出すだろう。
「セリドの城下町にいるアベルを殺せ」と。
その隙をついてトビアスとカズハは王城に忍び込み、操られている人々の覚醒と解放を頼んである。不安な点があるとすれば、覚醒後の人々にカズハが叩き切られないかという心配だけだが、トビアスがついているなら何とかするだろうと思う。
その家の地下に入ると、そこには前と同じ骸骨の飾られた祭壇があった。その前で祈るようにアベルは両手を組み合わせた。
母のことも自分自身のことも今は忘れよう。アベルには取り戻すべき国があり、そのためにソランジュを倒さなければいけないのだ。
目を閉じ、精神を集中させて、脳裏にソランジュの顔を思い浮かべて呟く。
「彼女が持つ魔力を全て封印する」
アベルの両手に強い魔力がどんどんと集まっていく。アベルの魔力では封印しきれないほどにソランジュの魔力は強い。周囲の魔力によってそれが暴れそうになった時に、アベルはその名を口にした。
「カルミーナが持つ魔力を全て封印する」
名前に秘められた響きが波紋のように周囲に広がり、あっさりと。本当にあっさりとソランジュの魔力は小さな光となって、消えた。
アベルが目を開けると、周囲からは何事か叫ぶような声が聞こえた。ここの入り口は適当に家具を積み上げて封鎖してあるが、恐らく騎士団の見回りがそれを発見したのだろう。
アベルは地下の奥へと急いだ。
ソランジュの私兵が突入してきた隠し通路があり、それは王城へと繋がっていた。それもまた、アベルの部屋に、だ。
アベルに罪をでっちあげようとしたソランジュの仕業ではあったのだが、今はそれに感謝する。一秒でも早く王城に行かなくてはいけない。
「でっちあげられた罪、でもないか……」
苦笑しながら言うと、左腕の天秤の痣が、魔力を使ったことで少し熱くなっているような気がした。




