31 【和葉】 四角い箱
その絵は、少し若いように見えたが、白髪交じりの金の髪で青い瞳の隣人であるサムリさんにそっくりだった。
和葉が尋ねた言葉に予想通りの台詞が返ってきて、驚いて良いのか納得して良いのか分からなかった。
「師匠に会ったことがあるのか? カズハ」
「会ったことがあるというか、お隣さんだったというか」
何と説明したらいいのか困ってしまう。和葉はううむと悩んだ。
「お隣!? 師匠は今、どこにいるんだ!?」
くいつくようにアベルは聞かれるがそれは和葉のほうが知りたい。
「日本にいたんだけど、スウェーデンに帰ったって聞いたのよ。でも、あれ、交差点で見かけたのはやっぱりサムリさんだったのかなぁ」
「連絡、とれないか?」
「多分無理だと思う。この世界にはいないんじゃないかなぁ」
そもそも手元にあの袋がない。サムリさんから貰った袋が。
和葉はほいほい色々なものを入れたが、それは幸いアベルの役に立っていたようである。役立てようとして入れたつもりは全く無かったのだが。
もし今袋が手元にあって、和葉自身を入れたら日本に戻れるのかと考えたが……難しい気がした。
どうにもあの袋は一方通行で、返ってくるには何らかの規則がありそうなのだ。
「師匠ならソランジュの真名を知っているはずなのに……。いや、だからか? ソランジュの真名を知っているのは師匠一人だからこそ、狙われたのか? ……それでニホンに」
目の前の憂い顔のアベルである。ぶつぶつと何か呟いている。なにやら大事な話をしていたらしいので口を出さなかったが何の話なのだろうか。
「出来れば師匠と連絡をつけたかったんだが……無理か」
そんなアベル青年は、首を振って部屋を出て行ってしまった。
アベルを見送ったトビアスは和葉と目が合うと、彼は心配そうな表情を一瞬にして消して、へらりとした笑顔を作った。
やれやれ、と和葉は思う。現状がよく分からないがアベルは魔女のようで、それはここではあまり歓迎されない存在らしいのだ。
トビアスはそれを知っていて付き合っているようだ。彼が「半分は嘘だよ」と笑ったとき突っ込んでいいのか悪いのか分からないので、黙っていた和葉だったが。
「半分はアベルのことを大切に思ってるんでしょ?」
「何のこと?」
赤毛の青年は心当たりもないなぁ、とばかりに笑う。
和葉は指を一つ立てて尋ねた。
「どんな話でもあなたの言葉をちゃんと信じる、ってアベルに言われたらトビアスは嘘をつく?」
和葉の質問に、虚を突かれたようにトビアスは黙った。数秒考え込んで、にやりと笑う。
「『片方嘘だけど』って前置きをしてから両方本当のことを言うかもね」
やばいこの人同族だ。ものすごく気持ちが分かる。
思わず和葉がハイタッチしかけたところにアベルが戻ってきた。手には四角い包みのような物を抱えている。
机の上でそれをゆっくりとあけると、中にはばらばらの古い紙のようなものがあった。
「これが昨日、魔女の集落で見つけた似顔絵だったんだ。あまり強く触ると砕けるから気をつけてくれ」
言われて和葉はじっとその破片を見る。一つのサイズは一㎝あるかどうかだろう。
「ソランジュがいて、裏に何か書いてある様子だったんだが、俺が壊してしまった。すまない」
そっと指でつまむくらいなら問題なく触れそうではある。
「とりあえず俺はこれを修復してみようと思ってる」
「えぇ! どうやって……っ!?」
思わず大声を出しかけて、慌てて口を押さえるトビアス。アベルもそっと紙を触りながら言った。
「一枚ずつ合う破片を探してくっつける」
ジグソーパズルか! 思わず和葉が突っ込みかけた。何ピースだこれは。多分これ千ピース以上はあるうえに、ジグソーパズルならば分かりやすい凹凸があるがこれにはない。
「そもそも、やってるうちに更に割れちゃわない?」
「出来るだけそっとやる」
出来るだけそっと千ピースか……場合によっては二千ピースくらいに増える気がする。何日かかるだろうか。和葉はアベルの根性に心の中で拍手した。和葉の根性では手伝える気がしない。
「頑張ってアベル」
トビアスも拍手してた。こいつも多分手伝う気はないらしい。
和葉はその茶色く変色している紙を見た。触ったら多分崩れてしまいそうな紙、ジグソーパズルを完成させる最中にもおそらく割れてしまうだろう。
「ねぇ、セロハンテープ使ったら?」
上から透明なテープで補修すれば触れることにあまり気にしなくて済むだろうし、繋がった破片を維持しやすい。
「セロハンテープ?」
問いかけるようなアベルの台詞だが、こちらでもセロハンテープはあるだろうに、と和葉は首を傾げた。
「あったでしょ? アベルの部屋の、棚の上に」
待ってて、と言い残して和葉はパタパタと駆け戻ってきた。
「ほら」
和葉が差し出したのは、四角い小さな箱……表面にセロハンテープと書かれた四角い箱だった。




