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32 【アベル】 彼女が彼に届けたいもの



「……カズハは一体どんな未来を想定してこれを?」

「えっ、私こんなの入れた覚えないんだけど」


 セロハンテープってこっちの世界にはないの? と驚いた声を出すカズハに、アベルは首を振る。


「見たことはないな」

「何これ面白い、どう使うの?」


 興味津々のトビアスに、カズハが使い方を見せてくれる。


「この丸い輪になってるのがセロハンテープで、周りのこの四角いのがカッター台。持ち歩き出来る便利サイズなのよ」


 ぴぴぴ、と透明なテープというものを引き出して、銀色の部分で手を捻るとそのテープが切り取られた。


「で、こう」


 そのままぺたりと紙の一部に貼り付けると、普通に触っても大丈夫なくらいに表面が丈夫になった。カズハはそれを指先でつまんで、机の上に置いた。


「ね? こんな感じ。これならジグソーパズルもまだやりやすそうじゃない?」

「わぁ、僕もやる!」


 好奇心にかられてトビアスも手を出してきた。子供か。そんなトビアスにカズハは言う。


「あ、最初は端から探すのがジグソーパズルの基本だからね! 四つ角とか探すといいと思う」


 言いながらカズハも手伝い始めた。一人でやるつもりだったアベルではあるが、いつの間にか三人で熱中して修復にのりだした。カズハの持って来たセロハンテープとやらは予想以上に有能で、劣化した紙なのに壊れることもなく着々と絵が元通りになってくる。

 数時間一緒に喋りつつ修復していると、段々カズハの外見がアレなのが気にならなくなってきた。多分麻痺したんだと思う。

 途中の食事休憩など挟みながらもちゃくちゃくと、アベル達はその似顔絵を修復していった。 


「できたー!」


 トビアスが叫ぶ。所々ずれたりもしてはいるが、ほぼ完成形といえるような形にはなっている。カズハがセロハンテープを長めに引き出して、最後の破片をとめる。

 そこには笑顔を浮かべたソランジュとその夫が四角い紙に描かれていた。


「じゃあ、ひっくり返すぞ」


 ごくり、と息を呑んでアベルはゆっくりとそれをひっくり返した。

 そこには。


「……レオより、最愛の妻ソランジュへ……だけ!?」


 トビアスが裏面に書かれていた文字を見てがっかりしたように叫ぶ。アベルもその場に突っ伏したかった。これだけ時間がかかって手がかりは無しだと。

 師匠は異世界にいるらしいし、母ももう亡い。古書によればソランジュの夫ももういないらしい。

 真名という大事な物は、書き残すことはやはりないのだろうか。口伝でだけ伝わるのなら、名を知るものはソランジュと師匠しかいない。そして恐らく師匠はソランジュのせいでこちらの世界にいない。来られないのだとすれば。

 もう、一体どうすればいいのか。完全に手詰まりだ。


「えっ、えっ? なんでがっかりしてるの!? 裏面見たかったんじゃなかったの?」


 カズハだけが分からずに、一気に雰囲気の暗くなった様子の二人に慌てている。


「いや、見たかったのは裏面なんだが……」


 アベルはそういえばきちんと説明していなかった、と思って古書を開いた。似顔絵を指す。


「これが俺の師匠、お前も知ってるよな?」

「うん、サムリさんだよね」

「で、こっちが俺の母だ。次女エリスって書いてあるほうだ」

「うん? エリス?」


 カズハは聞き返してきた。アベルが頷く。


「エリス・セリドだ。……どうした?」


 まじまじとその絵を見て、カズハは言った。


「この人さ、あまり見てないんだけど……サムリさんと一緒にいた奥さんに似てるなぁって」

「奥さん?」


 師匠は独身だったはずだ。怪訝そうに聞き返すアベルに、カズハは何度も絵を見て自信なさそうに言う。


「病気がちで、しょっちゅう入院してるんだけどさ。確か名前がエリスさんだった気がする。サムリさんから貰った袋の文様がこの絵の着てる服に似てるんだよね」


 母の着ている服は複雑な古代文様が描かれている。カズハは言うがそんな訳はない。母はもう死んだはずだ。確かに病気がちではあったが。


「金髪で綺麗な碧い目でね。あぁ、刺繍好きだったみたいで、家にいるときはずっと刺繍してたみたい。サムリさんとは夫婦にしては年が離れてるし夫婦っぽい感じじゃなかったけど仲は良さそうだったんだよね」

「師匠と母は、二人ともとても穏やかで優しい人だったからな。兄妹という話は聞いたことがなかったけど……」


 変に期待してはいけない。異世界に母が生きているなど。しかし母はたしかに刺繍好きであった。アベルは否定しようとさらに言葉を促した。


「他には?」

「他? えーとえーと、エリスさんとはあまり話してないんだよねぇ。サムリさんとは色々話したけど。エリスさんが病気がちなこととか、息子がいるとか、姉がいるとか」


 息子ってアベルのことだったんだね、とカズハは笑う。

 そして骨の指がソランジュの絵を指さした、


「で、このよく似てる人がエリスさんのお姉さんでしょ?」


 さらりと、カズハは続けて言った。



「カルミーナってお姉さんがいるって言ってたよ」



 ソランジュの真名を。




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