29 【和葉】 自己紹介
何回逃げても戻されるホラー映画のような状態だった和葉は、諦めて小屋へと忍び込んだ。目的は携帯電話である。
この二十一世紀、小学生でも持っている必須アイテムだ。ひのきのぼう(選択コマンド:殴る)でどうにか携帯を奪って警察に通報しよう、あるいは家へ連絡しよう。
そう思って部屋を漁っていたところ誘拐犯らしき男が目覚めてしまった。彼が言うには和葉は死んでいるのだという。やっぱりという意識が半分、でも何かあの世っぽくはないなぁという意識が半分だ。
「……」
眉間の皺を指でほぐすようにして、ベッドに座った青年は額に手を当てている。暗くて見えづらいが彼はとても整った顔立ちをしているようだ。
誘拐犯にしては和葉に向ける眼差しが何故か恐怖なのである。そんなにこの、ひのきのぼう(材質:ごつごつ)が怖いのだろうか。
「そもそもお前、その姿は一体……」
問われて和葉は眉をあげる。マント姿が怪しいのだろうか。くるりとまわるとマントもふわりと広がった。
「防寒です」
「……まあ寒そうだよな」
左半面とか特に、と青年は呟く。何故縦分割? 和葉は自分の左手を見てみる。
――特になんともない、普通の左手である。
「ところでお兄さん、携帯電話お借りできませんか?」
とりあえず話は通じるようだと思って、和葉は下手に出てみた。
「ケイタイデンワってなんだ?」
怪訝そうに聞き返された。マジですか、と和葉の声が漏れる。
どうもここがあの世かどうかはわからないが、少なくとも目の前の青年は携帯を知らないようである。その声は、嘘をついている様子はない。
「日本って分かります?」
青年は首を横に振った。
「地球って分かります?」
再度首を振られて、汗が出てくるような気がした。本当にあの世なのだろうか。
「ニホンっていうのは何だ?」
「えーと、私みたいな外見の人が沢山いる島国、かな?」
「……それは、怖いな。多分、子供は見たら泣くな……」
どういう意味だ。和葉は青年を睨み付けた。そりゃあ目の前の青年ほどではないが、怖いと言われるような容姿は持っていないつもりだ。頭の仕組みが怖いと西園先生に言われたことはあるが。
「とりあえず一つだけ確認したい。お前は、その……敵か、味方か、その他か」
青年は困ったような表情で和葉を見てきた。その他って何だ。しかし和葉としても同じ問いかけをしたいところだった。
「すくなくともあなたが私を攫ってきたとかじゃないなら、敵じゃないと思うけど。あなたは?」
「なら俺は無罪だ。先ほどまでずっとトビアスと魔女の森に行っていた」
さっきも聞いたが魔女とは一体何なのだろうか。中世ヨーロッパでは魔女狩りがあった等と歴史で習ったが、まさかの中世ヨーロッパとか。……あれ?
ハッと和葉は気付いた。マントに見覚えがあったはずである。
「これ、水浸しで袋から出てきたやつだ!」
「!?」
目の前の青年が目を見開く。やはり、とその口が小さく動いた。
「えぇ!? やだここ、もしかして袋の中!? こんな別世界広がってたりしたの!?」
和葉にとってはさすがに人体実験をするつもりも、自分が実験体になるつもりもなかった。しかし自分が身にまとっているのは袋に消えたはずのマントであり、目の前の青年が着ているのもあの豪華な衣装ではないが、似たような欧州風の服装である。
「ここ、西暦何年?」
和葉は青年に尋ねた。彼女の予想では未来だったのだが、恐らく違うのだろう。和葉の質問にもまた青年は首を横に振る。
「セイレキとやらは知らない。セリド国歴なら木陰歴83年だ」
「……」
まさか、と和葉は絶句した。これはもしや。
「これは異世界の荒ぶる神様が私に救世主だと囁いてくるパターン!?」
「言っている意味が分からない」
目の前の青年はまるで西園先生のように疲れた顔で首を振った。
* * * * * * * * * *
「とりあえず」
現状をまだ理解しきれていないが、和葉はぺこりと頭を下げた。どうもここは異世界のような気がする。自分の中の中二病が暴れているのでなければたぶん。
「菅原和葉、高校二年生です。初めまして」
「……アベル・セリドだ」
金髪の青年がアベルというらしい。となると先ほど一緒に空から降りてきた赤毛の人がトビアスという人だろうか。小屋の前で名前を呼んでいた気がする。
「こちらからもいくつか聞きたい。その奇妙な服、水、黄色い果物……覚えはあるか?」
「あぁ、やっぱり。うん、袋の中にいれたやつだね。黄色い果物ってバナナのことかな?」
アベルは眉間に皺を寄せるとため息をついた。
「……ご助力、感謝する。女神の祝福だと思っていたが……。あなたは女神なのか、それとも……魔女なのか?」
感謝するといいながらも落ち込んだような雰囲気に和葉は首を横に振る。
「私は人間以外にはなったことないつもりだけど?」
「えっ」
何故驚かれるのか分からない。アベルは和葉を上から下まで見て、もう一度言った。
「えっ、人間?」
何言ってんだこいつみたいな視線が居たたまれない。和葉は聞き返してみた。
「……そう見えない?」
「どこからどうみても見えないから言っているんだが」
失礼である。どこからどう見ても普通の女子校生だと思うのだが。
しばらく逡巡したあとに、ゆっくりとアベルはベッド脇の机に手を伸ばして、引き出しを開けた。
「これ、見てみろ」
鏡である。この金髪は何を言っているのだろうと和葉がそれを覗くと、予想外なものがどアップで映っていた。
「っきゃああああああ!」
そこにはボビーくんが――理科室にあった人体模型がアップで映っていたのだった。




