28 【アベル】 未知の遭遇
アベルは、小屋へ着くまでは大分気を張っていたせいか、人の気配に聡かった。
ここの隠れ家は他の人間は現れないとはいえ、警戒心を緩めるべきではないと分かってはいた。分かっていたが、ついつい、一人じゃないということもありアベルは寝室で、トビアスは別の部屋でぐっすりと眠りについた。
妙な気配を感じたのだ。誰かが自分を見ているかのような。そんな気配が。
ふっと目を覚ますと、消し忘れたのか燭台の蝋燭に、照らされた人がそこにいた。
「……」
アベルは多分夢だと思った。寝起きだったせいもあるだろうし、まだ夜明け前だということもあるだろう。
最大の理由としては、目の前に立っている人間は。いや人間なのか?
――体の半身が皮をはがされ、残り半身が露出した骨になっているものがそこにはいた。
アベルが目をこぼしそうなほどに見開きながらそれを見ていると、落ちそうなぎょろしとした目がこっちを向いた。怖い。すごく怖い。なんだこの悪夢。
それはアベルの部屋をあちこち探るように動いている。手に持った棒は撲殺用なのだろうか。黒いローブのようなものを着ている。恐怖のせいで体が動かない、いや金縛りというやつか? 怖い。
アベルが完全に混乱した思考のまま、目を見開いて固まっていると、それはぶつぶつと何か呟いている。黒魔術だろうか。怖い。
「なんなの携帯どこなのよ。今時携帯ないとかありえない」
言っている意味が理解出来ないながらも、なにやら呪われている気がしてきた。
思い切って動かない体を無理矢理動かすように体を起こすと、それはビクッと慌てたようにこちらを向き直って棒を構えた。
「来ないで!」
大丈夫だ、間違っても近寄りたくない。
ソレは睨むようにして叫んだ。無表情の骸骨部分と、筋肉のある部分の表情の差が怖い。
「あんたたち、何が目的なの!? うちはお金ないからね!」
目的を聞かれたがむしろそれの目的の方を聞きたい。人を喰らうとかか。すごく怖い。
警戒した顔でソレは呆然としているアベルを見て、尋ねた。
「ここ、どこなの?」
トビアスの悪戯でも夢でもないなら、多分現実である。
アベルは掠れた声で尋ねた。
「……ソランジュの刺客か?」
むごいことをするものである。死んでおかしくないほどの拷問のせいだろうか。ローブらしきものの中の奇妙な服から出ている両手は骨と筋肉であるし、顔は完全に片方骨が見えている。これで生きているのだろうか。
ん? 奇妙な服?
アベルはそれにどこか見覚えのあるような気がした。
「ソランジュ、って?」
ソレは首を傾げたが、これっぽっちも可愛くない。怖い。
「セリドを支配しようとしている魔女だ。ソランジュに頼まれて俺を殺しにきたのじゃないのか?」
「え、魔女?」
驚いたような声が漏れる。何それ、と言わんばかりに怪訝そうな声が聞こえた。
「この二十一世紀に何を馬鹿なこと言ってるの? それよりここどこなのよ」
「……ユアール国だ」
「ゆあーる?」
何それ健康ランドか何か? と重ねて尋ねるそれは、嘘をついているような素振りではない、ないが……。
「どうして私、ここにいるのか知ってる?」
尋ねる声に応える言葉は一つしかない。
「死の世界に行き損ねたのかと、思うんだが……」
「えっ、やっぱり私死んだの!?」
急に困った顔をしたソレは、頭を抱えるようにしていた。その姿で死んでいないと言われても説得力の欠片もない。
「何で衣装が体操着なのよ。三途の川の渡し賃だって、金貨くらいしかないし。絶対これ金額過剰よね」
またぶつぶつ言いながら取り出した金貨。半分に割られたそれを見て、アベルは叫んだ。
「っ! それは!?」
「え?」
気付いたのだ。その奇妙な衣装も、半分に割られたそれも。
何者かによって助けられた、アベルが一度触れたものだった。
「まさか、あなたは」
ごくり、と一度唾を呑んだ。それならば確かに納得がいく。人ならざるものだからだ。命があるはずもない姿で生きていることも。アベルに何かを届けようとしてくれたことも。
「女神、なのか?」
問われたそれは一つ首を傾げると、言った。
「……君が僕の女神だ、的な口説き文句でしょうかそれは」
「口説くか!!」
アベルの怒声が早朝の小屋に響いた。




